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第一章 スチュワート編(一年)
第20話 イリアの心
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私はイリア・クリスタータ、形式上はクリスターア男爵家の三女。
兄妹は兄が二人に姉が二人、その全員が名門ヴィクトリア学園に通い、私もいずれこの学園へと通う事になるんだと思い続けていた。あの時までは……
あれは一年ほど前だろうか、前々から母と姉の金遣いの荒さを指摘していた義父がついに我慢の限界を越え、二人に対して厳しく叱ったのだ。
それに対し母と姉は激しく抵抗、その結果母たちは私たち兄妹を連れて実家に戻るのだが、しばらくすれば自分たちを迎えに来てくれると思っていた義父は一向に姿を現さず、送られてきたのは一枚の離縁状。
もともと両親は再婚同士だった為、義父の元には実子である長男の義兄と長女である義姉が残り、母の元には次男の兄と次女の姉、そして私が残った。
義父からすれば母との間に生まれた子はおらず、亡くなった前の妻との間に二人の子がいる為、私たちは必要のない存在だったのだろう。母はすぐに自分の置かれた状況に気づき、急ぎ謝罪手紙を出したが怒りが収まっていない義父には届かず離婚が成立。その後母の実家からも邪魔者のように追い出される事になるのだが、義父が毎月生活できるだけのお金を送ってくれていたので、私たちは現在も無事に生活が出来ている。
そんなある日、私は友人の誕生日パーティーに呼ばれ、以前父から買って貰ったドレスを来て友人宅へと向かった。
「久しぶりデイジー、今日はお招きありがとう」
「あら、来てくれたのねイリア」
デイジーは子爵家のご令嬢で母達が再婚してからの付き合いだが、私は彼女の事を友達だと思っていたし、彼女も私の事を友人としてみているものだと思っていた。
「イリアさん、デイジー様に対してその気安い口調はどうかと思いますわ」
「あら、それを言うならよくそのご身分で顔を出せたのかと、言ってさしあげればどうでしょうか? ふふふ」
口を開いたのは嘗て私が男爵家にいた当時に知り合ったご令嬢達。以前は私に対して愛想良くしていたというのに、男爵家と言う看板が無くなった瞬間にこの態度。
父と母が別れた事は公けにはされていないが、母が実家に戻っていた事や、私たちが現在貸家で暮らしている事ぐらいはもう筒抜けだろう。私だって何時までも隠し通せるとは思っていなかったが、まさかここまで態度が変わるとは考えが甘かったと反省せざるを得ない。
それでも友達のデイジーだけは違うと信じていた。だけど……
「二人とも、イリアにそんな事を言ってあげては失礼よ。私は友達を身分で選んだりはしませんわ」
「流石デイジー様ですわ」
「なんて心が広いのでしょう、私感動いたしましたわ」
この二人はなんて白々しいのだ、そんな事微塵も思っていないはずなのに。
でもデイジーだけは私の事を思ってくれている、私が男爵家という看板が無くなっても今まで通りの関係を続けてくれる。それだけで私は……
「まぁ、あれはジーク様とアストリア様ですわ」
「どうしてお二人がここに?」
パーティーに現れた二人の男性、レガリア王国の四大公爵家のご子息たち。このパーティーはデイジーの個人的な誕生日パーティーであって、規模もたいして大きくもない。それなのに何故これほど高貴な方がこのパーティーに?
二人が目をキラキラさせながら必死に自分をアピールしているが、その気分は私も同じ。年頃の女性ならこの二人に惹かれない者はいないだろうと、私たちの中では知れ渡っている超有名人。三つ年上にこの国の王子様がいるのだが、生憎既に婚約者がおられるので、玉の輿を狙うなら間違いなくこの二人は外せないだろう。
「お久しぶりですジーク様、アストリア様。今日はようこそお越しくださいました」
私たちに見せつけるように無意味に体を近づけ挨拶をするデイジー。その視線は何処か私たちを見下している気がする。
「よろしければダンスを一曲」
「ん? あぁそうだな」
デイジーがジーク様にダンスを強請るので、私はもう一人のアストリア様に近づこうとするが
「イリア、身分をわきまえなさい。下賤の者が近づいていい方ではありませんわよ」
「っ!」
思いがけないデイジーの一言で完全に思考が停止してしまう。
下賤の者? さっき自分は友達を身分で選ばないって……
クスクスと周りのご令嬢から失笑の声が聞こえて来る。そしてデイジーは今まで見た事もないような醜い笑顔で
「申し訳ございません、どうしてもパーティーに参加したいと言うものですからお招きしたのですが、このような下賤の者をお二人に近づけたとあれば我が家名に傷がつきます。この子にはキツく申しておきますのでどうかお許しください」
「……」
あぁ、そうか。初めから私をみんなで笑い者にするために。
そんなに爵位の家名が偉いの? 身分がそんなに大事なの? 男爵家という名が無ければ友達じゃいられないの?
そのあとの事はよく覚えていない。
ただ、悔しさの余りその場から逃げ出した事だけは憶えている。
やがて私が学園へと入学する時期が来た時、母から告げられたのは父からの仕送りが少ないからヴィクトリアには通わせられないという言葉だった。
現在ヴィクトリアの二年生である兄は、両親が別れる際に父が全額学費を支払っていた事から今なお通い続けており、もしかして私の学費を出してもらえるんじゃないかと淡い期待を寄せていたが、現実はそんなにも甘くはなかった。
こんな事を私が言うのもなんだが、血を分けた兄達より血のつながりがなかった兄達の方が優しくしてくれていたし、父からも一番下の子として可愛がられていた。だけど所詮は血のつながりのない赤の他人。
結局反論しようにも母や姉は一向に取り合ってくれないし、元々兄からよく思われていなかった私は誰に相談する事も出来ず、スチュワートの入学式を迎える事になる。
入学式当日、参列する母のありえない姿に愕然とするも、本人は似合っているとでも思っているのだろう、周りからの視線を浴び満足そうに笑みを浮かべているが、見た事がないドレスを一体どうやって手にれたのか。
新しいドレスを買うようなお金があれば、私がヴィクトリアに通える資金も出せたのではないかと問い詰めたい気分になるが、何を言った処で取り合ってくれない事は既に分かっている。むしろ責任を別れた父や兄たちに押し付け、悪口を並べられるだけなので、父や兄達を慕っていた私にとっては心が苦しくなるだけ。もうこれ以上自分が傷つくのは耐えられない。
入学後、自己紹介の時に私は敢えてクリスタータと名乗りを上げた。
両親が別れたとはいえ公式に発表された訳ではないし、母や兄達も未だにクリスタータと名乗り続けている事から、私もそう名乗る事を決めたからだ。
せめてこの程度ぐらいの反抗は許されてもいいだろう、見捨てられたとはいえ一時でも父として慕っていたんだ。ここでなら私を知る者はいないし、私より身分の高い者はいない。そう思っていたのに……
アリス・アンテーゼ。銀髪で目立つ上にファミリーネームをもつ存在。
私より目立ち、私より多くの者が集まっている。
本人は貴族ではないとか言っているが私だって貴族のはしくれだ、男爵家にいる間は一番上の姉様から立ち居振る舞いを教わって来たから分かる。この子の動作一つ一つが鮮明且つ優雅。そこに本人の性格からか相手に不快感を感じさせず、ついつい親しみを感じさせてしまう。
何なのこの子は、今まで出会ってきたどのご令嬢達とも違う、全く違う別の生き物。おまけに聖女の力ですって?
あの日、つい腕を振り回しカトレアさんを傷つけてしまったせいで、私に近寄る生徒は居なくなった。
だけど不器用な私と違い彼女は次第に友人を増やしていき、今やクラスの人気者にまで昇り詰めている。
本音を言えば差し出された手を握りしめたかったが、裏切りに遭ったばかりの私にはどうしても手を取る事が出来なかった。いや、これはただの言い訳だ。男爵家という名に変なプライドが出来てしまい、見下す事で己の心を保とうとした。私が嫌いなデイジーと同じ事をしてしまったんだ。だけどもう、私は誰にも負けたくない、負けないとそう決めたんだ。
「あら、どうしてあなたがここにいるんですの? 確か隣の学園に通われているとお伺いしていたのですが」
目の前に現れた女性、パーティー組に参加すると決めた時から覚悟はしていたが、こうも早い段階で対面するとは思っていなかった。おまけに見慣れた二人の女性もセットで付いている。
「ごきげんようデイジーさん。私がこのパーティーにいては不思議ですか?」
男爵家を出たとは言え、私の中に貴族の血が流れているのは間違いない。
スチュワートに入学願書を提出する際、貴族の血筋を記入する欄が設けられている。流石にクリスタータの名前は書けなかったが、母方と随分前に別れたという本当の父にも貴族の血が流れており、願書には母の実家の名前を記したから今この場に私はいるのだ。
「えぇ、不思議だからお尋ねしてますの。よくもまぁ恥ずかしげめもなくこのような場所に出られた物だと感心しておりますのよ」
何を偉そうに、自分より下の者を見下す事でプライドを保ってる愚か者が。
「私が何処にいようがあなたには関係のない話ですわ。それとも私がこの場にいて何が困るような事がお有りで?」
「まぁ、デイジー様になんて口の利き方。男爵家を追い出されて随分荒んだ性格になられたんですのね」
よくもそんな事が言えたもんね。以前は男爵令嬢の私に尻尾を振っていたというのに、一度看板がなくなればコロッと態度を変えてくる。
「ただの腰巾着に言われる筋合いはありませんわ。自分一人では何も出来ない腰巾着にはね」
「ま、まぁ、なんて失礼な人なの!」
顔を真っ赤にして文句を言ってくるが、自分でも心当たりがあるのだろう。怒りを表しているのが何よりの証拠。所詮はデイジーという笠がなければ私と身分はそれほど変わらないんだから。
「私のお友達にひどい事を言うのは止めていただけます? 以前は男爵家のご令嬢だと言うから仲良くして差し上げたのに、所詮は何処の馬の骨とも分からぬ血筋の小娘。二度と私と私のお友達には近づかないでくださいませ」
悔しい、身分がそんなに大事? 貴族がそんなに偉いの?
自分は身分で友達を選ばないとか言っていた癖に、本音ではただ見下したかっただけ。
……あぁ、そうか。私も人の事が言えないわね。
アリス……、あの子に結構ひどい事を言っちゃったから、これは私に対しての罰なんだ。
変なプライドなんて捨てて素直にあの子の手を取ればどれだけ良かったか、でも今更なかったになんか出来るはずがない。
あの時、あの子を支度役に誘った際に少しでも近づけたらと思ったけれど、多分私の性格なら余計に関係を拗らせてしまっていたかもしれない。
これで良かったんだ。
涙を必死に我慢し、ただ目の前の三人を精一杯やせ我慢をし睨め付ける。
「イリアさん?」
「えっ?」
突然声を掛けられ、反射的に声の主の方へと顔を向けるも、この場に居るはずもない彼女に動揺を隠せない。
「やっぱりイリアさんだ、お友達ですか?」
「アリス……さん?」
眼に映る姿は、綺麗な銀髪に似合った煌びやかなドレスに身を包んだ一人の少女。なんで、なんであなたがここにいるのよ。
一瞬悔しさの余り、私の妄想が目に映っているのかと思ったが、何処か間の抜けた飾りっ気のないそのままの姿は、間違いなく本物。
「ん? あぁ、この姿? ちょっとお義兄様に頼まれてピアノの代奏をしてたんだよ。ドレスはたまたまエレノアさんが持ってきてくれていて、変かな?」
言っている意味の大半は分からなかったが、ドレス姿が似合っている似合っていないだけなら間違いなく似合っているだろう。むしろ今の姿の方がしっくりくるとは変な言い方だが、純粋にそう思えてしまったのだから仕方がない。
「何なのよあなたは、イリアの知り合いと言うのならあなたもどうせスチュワートの生徒なんでしょ? 気安く私たちの会話に口を挟まないでちょうだい」
私を助けに来たとでも思ったのだろう、デイジーがアリスに向かって見下すように言い放つが、当の本人は私の時のように怒りの感情を表さず、ただ不思議そうに眺めているだけ。
「……そ、そうよ。あなたには関係のない話。誰かとダンスでも踊ってくればいいわ」
こんな時だと言うのに強がって、他人の気分を害する言い方しかできない。
でも、私の問題にこの子を巻き込むのはプライドが許さない。
「でも、イリアさんが何か困っているような気がして。放っておけないですよ」
「……」
何で、何であなたはこうも簡単に私の心に入ってくるんですの。
突き放そうとしても何度も何度も近づいてきて、最後は私の壁をも壊してしまう。一体あなたは何なのよ。
「そういう事なので、イリアさんを苛めるのでしたら私がお相手します」
その後ろ姿に、私はただ一筋の涙が溢れた。
兄妹は兄が二人に姉が二人、その全員が名門ヴィクトリア学園に通い、私もいずれこの学園へと通う事になるんだと思い続けていた。あの時までは……
あれは一年ほど前だろうか、前々から母と姉の金遣いの荒さを指摘していた義父がついに我慢の限界を越え、二人に対して厳しく叱ったのだ。
それに対し母と姉は激しく抵抗、その結果母たちは私たち兄妹を連れて実家に戻るのだが、しばらくすれば自分たちを迎えに来てくれると思っていた義父は一向に姿を現さず、送られてきたのは一枚の離縁状。
もともと両親は再婚同士だった為、義父の元には実子である長男の義兄と長女である義姉が残り、母の元には次男の兄と次女の姉、そして私が残った。
義父からすれば母との間に生まれた子はおらず、亡くなった前の妻との間に二人の子がいる為、私たちは必要のない存在だったのだろう。母はすぐに自分の置かれた状況に気づき、急ぎ謝罪手紙を出したが怒りが収まっていない義父には届かず離婚が成立。その後母の実家からも邪魔者のように追い出される事になるのだが、義父が毎月生活できるだけのお金を送ってくれていたので、私たちは現在も無事に生活が出来ている。
そんなある日、私は友人の誕生日パーティーに呼ばれ、以前父から買って貰ったドレスを来て友人宅へと向かった。
「久しぶりデイジー、今日はお招きありがとう」
「あら、来てくれたのねイリア」
デイジーは子爵家のご令嬢で母達が再婚してからの付き合いだが、私は彼女の事を友達だと思っていたし、彼女も私の事を友人としてみているものだと思っていた。
「イリアさん、デイジー様に対してその気安い口調はどうかと思いますわ」
「あら、それを言うならよくそのご身分で顔を出せたのかと、言ってさしあげればどうでしょうか? ふふふ」
口を開いたのは嘗て私が男爵家にいた当時に知り合ったご令嬢達。以前は私に対して愛想良くしていたというのに、男爵家と言う看板が無くなった瞬間にこの態度。
父と母が別れた事は公けにはされていないが、母が実家に戻っていた事や、私たちが現在貸家で暮らしている事ぐらいはもう筒抜けだろう。私だって何時までも隠し通せるとは思っていなかったが、まさかここまで態度が変わるとは考えが甘かったと反省せざるを得ない。
それでも友達のデイジーだけは違うと信じていた。だけど……
「二人とも、イリアにそんな事を言ってあげては失礼よ。私は友達を身分で選んだりはしませんわ」
「流石デイジー様ですわ」
「なんて心が広いのでしょう、私感動いたしましたわ」
この二人はなんて白々しいのだ、そんな事微塵も思っていないはずなのに。
でもデイジーだけは私の事を思ってくれている、私が男爵家という看板が無くなっても今まで通りの関係を続けてくれる。それだけで私は……
「まぁ、あれはジーク様とアストリア様ですわ」
「どうしてお二人がここに?」
パーティーに現れた二人の男性、レガリア王国の四大公爵家のご子息たち。このパーティーはデイジーの個人的な誕生日パーティーであって、規模もたいして大きくもない。それなのに何故これほど高貴な方がこのパーティーに?
二人が目をキラキラさせながら必死に自分をアピールしているが、その気分は私も同じ。年頃の女性ならこの二人に惹かれない者はいないだろうと、私たちの中では知れ渡っている超有名人。三つ年上にこの国の王子様がいるのだが、生憎既に婚約者がおられるので、玉の輿を狙うなら間違いなくこの二人は外せないだろう。
「お久しぶりですジーク様、アストリア様。今日はようこそお越しくださいました」
私たちに見せつけるように無意味に体を近づけ挨拶をするデイジー。その視線は何処か私たちを見下している気がする。
「よろしければダンスを一曲」
「ん? あぁそうだな」
デイジーがジーク様にダンスを強請るので、私はもう一人のアストリア様に近づこうとするが
「イリア、身分をわきまえなさい。下賤の者が近づいていい方ではありませんわよ」
「っ!」
思いがけないデイジーの一言で完全に思考が停止してしまう。
下賤の者? さっき自分は友達を身分で選ばないって……
クスクスと周りのご令嬢から失笑の声が聞こえて来る。そしてデイジーは今まで見た事もないような醜い笑顔で
「申し訳ございません、どうしてもパーティーに参加したいと言うものですからお招きしたのですが、このような下賤の者をお二人に近づけたとあれば我が家名に傷がつきます。この子にはキツく申しておきますのでどうかお許しください」
「……」
あぁ、そうか。初めから私をみんなで笑い者にするために。
そんなに爵位の家名が偉いの? 身分がそんなに大事なの? 男爵家という名が無ければ友達じゃいられないの?
そのあとの事はよく覚えていない。
ただ、悔しさの余りその場から逃げ出した事だけは憶えている。
やがて私が学園へと入学する時期が来た時、母から告げられたのは父からの仕送りが少ないからヴィクトリアには通わせられないという言葉だった。
現在ヴィクトリアの二年生である兄は、両親が別れる際に父が全額学費を支払っていた事から今なお通い続けており、もしかして私の学費を出してもらえるんじゃないかと淡い期待を寄せていたが、現実はそんなにも甘くはなかった。
こんな事を私が言うのもなんだが、血を分けた兄達より血のつながりがなかった兄達の方が優しくしてくれていたし、父からも一番下の子として可愛がられていた。だけど所詮は血のつながりのない赤の他人。
結局反論しようにも母や姉は一向に取り合ってくれないし、元々兄からよく思われていなかった私は誰に相談する事も出来ず、スチュワートの入学式を迎える事になる。
入学式当日、参列する母のありえない姿に愕然とするも、本人は似合っているとでも思っているのだろう、周りからの視線を浴び満足そうに笑みを浮かべているが、見た事がないドレスを一体どうやって手にれたのか。
新しいドレスを買うようなお金があれば、私がヴィクトリアに通える資金も出せたのではないかと問い詰めたい気分になるが、何を言った処で取り合ってくれない事は既に分かっている。むしろ責任を別れた父や兄たちに押し付け、悪口を並べられるだけなので、父や兄達を慕っていた私にとっては心が苦しくなるだけ。もうこれ以上自分が傷つくのは耐えられない。
入学後、自己紹介の時に私は敢えてクリスタータと名乗りを上げた。
両親が別れたとはいえ公式に発表された訳ではないし、母や兄達も未だにクリスタータと名乗り続けている事から、私もそう名乗る事を決めたからだ。
せめてこの程度ぐらいの反抗は許されてもいいだろう、見捨てられたとはいえ一時でも父として慕っていたんだ。ここでなら私を知る者はいないし、私より身分の高い者はいない。そう思っていたのに……
アリス・アンテーゼ。銀髪で目立つ上にファミリーネームをもつ存在。
私より目立ち、私より多くの者が集まっている。
本人は貴族ではないとか言っているが私だって貴族のはしくれだ、男爵家にいる間は一番上の姉様から立ち居振る舞いを教わって来たから分かる。この子の動作一つ一つが鮮明且つ優雅。そこに本人の性格からか相手に不快感を感じさせず、ついつい親しみを感じさせてしまう。
何なのこの子は、今まで出会ってきたどのご令嬢達とも違う、全く違う別の生き物。おまけに聖女の力ですって?
あの日、つい腕を振り回しカトレアさんを傷つけてしまったせいで、私に近寄る生徒は居なくなった。
だけど不器用な私と違い彼女は次第に友人を増やしていき、今やクラスの人気者にまで昇り詰めている。
本音を言えば差し出された手を握りしめたかったが、裏切りに遭ったばかりの私にはどうしても手を取る事が出来なかった。いや、これはただの言い訳だ。男爵家という名に変なプライドが出来てしまい、見下す事で己の心を保とうとした。私が嫌いなデイジーと同じ事をしてしまったんだ。だけどもう、私は誰にも負けたくない、負けないとそう決めたんだ。
「あら、どうしてあなたがここにいるんですの? 確か隣の学園に通われているとお伺いしていたのですが」
目の前に現れた女性、パーティー組に参加すると決めた時から覚悟はしていたが、こうも早い段階で対面するとは思っていなかった。おまけに見慣れた二人の女性もセットで付いている。
「ごきげんようデイジーさん。私がこのパーティーにいては不思議ですか?」
男爵家を出たとは言え、私の中に貴族の血が流れているのは間違いない。
スチュワートに入学願書を提出する際、貴族の血筋を記入する欄が設けられている。流石にクリスタータの名前は書けなかったが、母方と随分前に別れたという本当の父にも貴族の血が流れており、願書には母の実家の名前を記したから今この場に私はいるのだ。
「えぇ、不思議だからお尋ねしてますの。よくもまぁ恥ずかしげめもなくこのような場所に出られた物だと感心しておりますのよ」
何を偉そうに、自分より下の者を見下す事でプライドを保ってる愚か者が。
「私が何処にいようがあなたには関係のない話ですわ。それとも私がこの場にいて何が困るような事がお有りで?」
「まぁ、デイジー様になんて口の利き方。男爵家を追い出されて随分荒んだ性格になられたんですのね」
よくもそんな事が言えたもんね。以前は男爵令嬢の私に尻尾を振っていたというのに、一度看板がなくなればコロッと態度を変えてくる。
「ただの腰巾着に言われる筋合いはありませんわ。自分一人では何も出来ない腰巾着にはね」
「ま、まぁ、なんて失礼な人なの!」
顔を真っ赤にして文句を言ってくるが、自分でも心当たりがあるのだろう。怒りを表しているのが何よりの証拠。所詮はデイジーという笠がなければ私と身分はそれほど変わらないんだから。
「私のお友達にひどい事を言うのは止めていただけます? 以前は男爵家のご令嬢だと言うから仲良くして差し上げたのに、所詮は何処の馬の骨とも分からぬ血筋の小娘。二度と私と私のお友達には近づかないでくださいませ」
悔しい、身分がそんなに大事? 貴族がそんなに偉いの?
自分は身分で友達を選ばないとか言っていた癖に、本音ではただ見下したかっただけ。
……あぁ、そうか。私も人の事が言えないわね。
アリス……、あの子に結構ひどい事を言っちゃったから、これは私に対しての罰なんだ。
変なプライドなんて捨てて素直にあの子の手を取ればどれだけ良かったか、でも今更なかったになんか出来るはずがない。
あの時、あの子を支度役に誘った際に少しでも近づけたらと思ったけれど、多分私の性格なら余計に関係を拗らせてしまっていたかもしれない。
これで良かったんだ。
涙を必死に我慢し、ただ目の前の三人を精一杯やせ我慢をし睨め付ける。
「イリアさん?」
「えっ?」
突然声を掛けられ、反射的に声の主の方へと顔を向けるも、この場に居るはずもない彼女に動揺を隠せない。
「やっぱりイリアさんだ、お友達ですか?」
「アリス……さん?」
眼に映る姿は、綺麗な銀髪に似合った煌びやかなドレスに身を包んだ一人の少女。なんで、なんであなたがここにいるのよ。
一瞬悔しさの余り、私の妄想が目に映っているのかと思ったが、何処か間の抜けた飾りっ気のないそのままの姿は、間違いなく本物。
「ん? あぁ、この姿? ちょっとお義兄様に頼まれてピアノの代奏をしてたんだよ。ドレスはたまたまエレノアさんが持ってきてくれていて、変かな?」
言っている意味の大半は分からなかったが、ドレス姿が似合っている似合っていないだけなら間違いなく似合っているだろう。むしろ今の姿の方がしっくりくるとは変な言い方だが、純粋にそう思えてしまったのだから仕方がない。
「何なのよあなたは、イリアの知り合いと言うのならあなたもどうせスチュワートの生徒なんでしょ? 気安く私たちの会話に口を挟まないでちょうだい」
私を助けに来たとでも思ったのだろう、デイジーがアリスに向かって見下すように言い放つが、当の本人は私の時のように怒りの感情を表さず、ただ不思議そうに眺めているだけ。
「……そ、そうよ。あなたには関係のない話。誰かとダンスでも踊ってくればいいわ」
こんな時だと言うのに強がって、他人の気分を害する言い方しかできない。
でも、私の問題にこの子を巻き込むのはプライドが許さない。
「でも、イリアさんが何か困っているような気がして。放っておけないですよ」
「……」
何で、何であなたはこうも簡単に私の心に入ってくるんですの。
突き放そうとしても何度も何度も近づいてきて、最後は私の壁をも壊してしまう。一体あなたは何なのよ。
「そういう事なので、イリアさんを苛めるのでしたら私がお相手します」
その後ろ姿に、私はただ一筋の涙が溢れた。
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