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第一章 スチュワート編(一年)

第5話 メイドにダンスは必須です

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 翌日のお昼、午前の授業を終えた生徒達が各々の昼食をとる為、お弁当を広げる者、敷地内に設けられた食堂へと出かけていく者と別れていく。
 昨日の説明では、学園の敷地内にはヴィクトリアとスチュワートの両生徒が使用できる食堂があり、私たちでも自由に出入りすることが可能。なんでもこの学園には地方から来ている子も大勢おり、通えない生徒達の為に学生寮も完備。その関係で平民でもお手軽価格でとれる食堂が用意されているんだとか。もちろん貴族ようの豪華な食事もあるらしいが、国が人材育成の為に用意された学園なだけに、ご家庭の財布には大変優しいらしい。
 そんな私も実はミリィ達と一緒に食堂で食事をとる話にはなっていたのだけれど、今は少しでもクラスに溶け込む為に今日はお弁当を用意してもらった。

 お弁当箱を片手に辺りを見渡せば入学からまだ二日目のせいか、教室内では一人で昼食をとる姿がチラチラと見かけるも、お互い積極的に話しかけながら次第に小さなグループが幾つも出来上がっていく。
「アリスちゃんもお弁当? だったら一緒に食べない?」
 声を掛けてくれたのは昨日お友達になったばかりのココリナちゃん。自分のお弁当箱を見せながら誘ってくれる。
「よかった、ココリナちゃんもお弁当なんだ」
 私がお弁当にした一番の理由がこれ。昨日帰りに話した際、今年から初等部に通う事になる妹にお弁当を作るんだと言っていたんので、もしかしてココリナちゃんはお弁当じゃないかと思い、無理を言ってお弁当を作ってもらった。
 これでも一応おかし作りは得意なんだよ。でもお料理の経験がないのと学生の本分は勉強だからと説得され、結局お城の料理人さん達にお願いした。

「アリスちゃんのお弁当って綺麗だね、まるでプロ料理人さんが作ったみたい」
 二人の机をくっつけて、お互いのお弁当箱を開けたところでココリナちゃんがそんな事言ってくる。
 私のお弁当の中身はサンドウィッチとサラダのセット。育ち盛りという理由で卵や野菜、お肉などが挟まっており、それらがお弁当箱に色鮮やかに盛り付けられている。
 一方ココリナちゃんの中身はと言うと里芋の煮付けに卵焼き、お豆のおひたしにレガリアの平民では一般的なご飯が入っている。

「えへへ、料理人さんが作ってくれたんだ」
「料理人!?」
 思わず大声を出しそうになったのだろう、咄嗟に自分の手で塞ぎ急に小声で訪ねてくる。
「もしかしてアリスちゃんって何処かのご令嬢だったりする?」
「ん? 違うよ。なんで?」もぐもぐ
「えっ、だって料理人さんが作ったって言ったら、普通そう思うのが当然じゃない?」
「そうなの?」もぐもぐ
 ん~、よく考えれば普通のご家庭って私知らないんだよね。お城から出た事なんてほとんどないし、唯一お世話になった家といえばお義母様の実家でありルテアの暮らすエンジウム家か、リコの実家であるアルフレート家、後は幼馴染であるジークとアストリアのお屋敷ぐらいしか記憶にない。
 そのどれもが料理人さんが食事を作ってくれたからそれが普通だと思っていた。
 でも、それだけでご令嬢だって勘違いはどうかと思うんだ。もぐもぐ

「ねぇ、アリスちゃんの両親って何してる人? もしかしてお金持ちとか?」
 ん~、なんて説明したらいいんだろう。まぁ国王夫妻お義父様達に育ててもらっているってところをて適当に誤魔化せばいいか。
「私の両親って8年前に亡くなっちゃったんだ。今は両親が仕えていたあるお屋敷でお世話になっているだけだから、お金持ちとは全然違うよ」
「えっ、ごめんなさい。そんな事とは知らずに図々しく聞いちゃって……」
「気にしなくていいよ。亡くなった両親の事は悲しいけど、お世話になっているご家族には大事にしてもらっているし、今は全然寂しいとかは思っていないから」
 今までも私の事情を聞いいてはココリナちゃんのような反応が返って来た事はあるが、今の生活で寂しいとか辛いとかした思いは一度もない。ミリィの話では両親が亡くなった当時は見ていられなかったらしいけど、私には何時も側にいてくれたミリィや義両親との思い出が強くて、よく思い出せない。

「でもアリスちゃんってファミリーネームがあるんだよね? それってやっぱり貴族かお金持ちって事じゃないの?」
「へ? なんでそんな事になるの?」
 アンテーゼというファミリーネームは、昔お母さんが名乗っておられた名前だと義両親から聞いているし、私の戸籍はアリス・アンテーゼとして登録されている。
 それにお世話をしてくれているエレノアや、他のメイドさん達だって普段はほとんど名乗られないが、全員ファミリーネームは持っていたんだ。

「普通私たち平民にはファミリーネームってないんだよ?」
「えっ、でもそれって不便じゃないの? ファミリーネームがないと何処の家の子かわからないじゃない」
 ファミリーネームって何処のお屋敷の子か、何処の貴族の子かって聞くだけでわかるから便利なのよね。これでも一応レガリア国内の爵位名と、有名な商家の名前は全部頭に入っているから、両親がどんなお仕事をされているかは大体わかる。
 中には遥か遠縁の人が今尚爵位名を乗っている関係で、時々話が噛み合わない時があるとは聞いた事があるが、社交界デビュー前の私としては未だそのような方とはお会いした事はない。

「別に不便じゃないよ。それほど人付き合いが多いわけじゃなし、近所では父さんや母さんの名前を言えばいいだけだから、返って全員の名前をまた覚えなきゃいけない分楽じゃないかなぁ」
「ん~、そんなものなのかなぁ。私はあった方が便利だとは思うんだけど」
 今までファミリーネームでこんな話をした経験がないし、出会った人たちは全員自分の家系の名前を大事にされていた。私だってお母さんのアンテーゼと名乗っていたと聞いただけで、嬉しかったぐらいだ。その辺りは育った環境の違いかもしれない。

「それに昨日の自己紹介の時にダンスや礼儀作法を学んでるって言ってたよね。それってやっぱりお嬢様じゃないの?」
「へ? なんでそうなるの? 立派なメイドになる為には必要な事でしょ?」
 お義母様やお義姉様、エレノアやメイド長であるノエルまで立派なメイドになる為には必要だって言ってたもん。ダンスやウォーキングレッスン等体を動かす事は専門の先生に教わっているが、お茶の嗜み方や礼儀作法はエレノアやメイドさん達が教えてくれている。
 皆んなそのぐらいはマスターしているのが普通だって聞いているんだけれど。

「アリスちゃんってもしかしてお城に仕えようとか考えていない? お姫様や聖女様にお仕えする人って貴族出身の人が多いって聞くし、来客の関係でメイドでも礼儀作法は大事だって言われているもの」
「え、あ、うん。そう……なるのかなぁ?」
 改めてミリィやお義姉様の事をお姫様や聖女様と呼ばれると、妙に変な気分にさらされてしまう。私にとって二人は大事な家族であり優しい姉達だから、今更お姫様や聖女様って感覚が少ないのよね。少々ミリィを姉と呼ぶのは些か腑に落ちないが、私が姉だと言い張ってもルテア達から『ないわぁ』と一言呆れられるだけなので、今は素直に現状を受け入れている。まぁ実際私の方が2ヶ月遅いんだけどね。

「アリスちゃんってもしかして推薦入学?」
「推薦入学? なにそれ?」
「えっとね、この学園に入る時に試験とか受けた?」
 ん、試験?
「受けてないよ、だって私がこの学園に入る事が決まったのって……えっと、5日前だったかな」
 お義母様達は私をヴィクトリアに入れたがっていたから、最後の最後まで言い争っていたからね。結局最後は義両親達も分かってくれてスチュワートへの入学を認めてくれた。お陰で制服の出来上がりがギリギリになってしまったんだけどね。

「5日前って……、私達が試験を受けたのは3ヶ月も前だよ。推薦の事は良く知らないけれど、貴族の紹介がないと入れないって」
「ん~、良くわかんないけど私がお世話になっている義両親が推薦してくれたんじゃないかなぁ。一応貴族? なんだと思うから」
 詳しくは知らないけれど、ヴィクトリアとスチュワートは国が運営している学園だから、言わば国王であるお義父様が最大の出資者って事になっている。だから入学式の際にお義父様が挨拶をしても別段可笑しくはないんだろうが、ヴィクトリアだけではなくスチュワートまでもとなると、少々異例の出来事であった事には違いない。

「そうなんだ、余りその辺りの事は聞かないほうがいいよね。うん、大丈夫。貴族の人でも家庭の事情で、名前を隠してスチュワートに通っている人もいるって聞くし、身元がハッキリしていれば、憧れのお城でお姫様や聖女様にお仕えすることも出来るらしいから、アリスちゃんも頑張ればきっと夢も叶うよ」
 ん? 何か勘違いさえている気がしないこともないが、お姫様であるミリィの側にいたいが為にメイドを目指しているんだから、大きくは間違えていないのだろう。
 とにかく学校にいる間はアンテーゼの名前は伏せておく方がいいのかもしれない。ココリナちゃんの話ではファミリーネームを持っていても敢えて隠している人も多いらしいから、とりあえずここは素直に従っておこう。
 でもそうなるとイリアさんはいったい……

 そう思い、ついつい後ろの席に目をやると
「私の席に何のご用かしら」
 突如背後から声を掛けられ慌てて振り向くと、そこには予想通りのイリアさん。

「あ、ごめんなさい。今ココリナちゃんからファミリーネームの話を聞いて知ったんだけど、スチュワートでは名乗らない方がいいらしいから、イリアさんは知ってるのかなぁって」
 イリアさんも私と貴族社会似たような環境で育っていれば知らないのは当然だろう。突然声を掛けられ焦ったが、別に疾しい事があるわけでもなく、ただイリアさんの事を心配しただけなので昨日のように睨まれる事もないだろう。だけど……

「あなたに言われる筋合いわないわ。私はクリスタータ男爵家の娘、本来こんな使用人を育成するような学園に入るべき人間ではないの。どこの成り上がり商家の娘かしらないけれど、気安く私に話しかけないで頂戴」フン
 それだけ告げると何事も無かったように私の横を通り過ぎ、背後で椅子を引いて座る音が聞こえて来る。

 目の前のココリナちゃんは何故かビクビクしているけれど、それ以前私はある種の感情が芽生えていた。
「ねぇ、ココリナちゃん……」
「ん?」
「私、初めて悪役令嬢様って見たよ。本当にこんな人がいるんだね」
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