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二章 襲いかかる光と闇
第57話 仮面のその下で
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「まさかシリウスがカーネリンの次期領主だったとはね」
私しかいない部屋で、数日前にアレクから聞かされた内容を頭の中で整理する。
亡き領主様の息子でもあるシリウスは、カーネリンの街へと移り一つの商会を築き上げた。
もともとこのアクアの地でも商売をしていたと言うことなので、おそらく拠点をそのまま移しでもしたのだろう。
そしてカーネリンの地で一人の女性と結婚し、商会を今の地位まで押し上げた。
どうやら商会の運営にカーネリンの領主様が大きく関わっているという話だし、妻に迎えた女性が領主様の一人娘となれば、別段不思議な事でもないだろう。
「オヴェイル商会は元々小さな商会だったという話ですが、領主の娘を迎えたことで急成長を遂げました。その理由は領主が運営していた商会との合併が原因らしいのですが、裏では色々と噂が囁かれていたという話です」
それはそうだろう、ただでさえ領主の一人娘との結婚だ。
それだけでもビッグニュースだというに合併だ、急成長だとくれば噂が立たないわけがない。しかも一人娘と結婚したというのなら、旦那はカーネリンの次期領主だと言っても過言ではないだろう。
もしかしてそれ以上よからぬ噂が立たないよう、アクアの領主の子だという事実を伏せていたのかもしれない。
この世界でファミリーネームを名乗れるのは一定以上の貴族だけだが、お金さえ積めば一介の商人でも認められている。
おそらくオヴェイルという姓もその辺りを踏まえて名乗っているのだろう。
「理由はわかったわ。だけどこれは私たちにとっては吉報ね、これで領主の座を渡せと言ってくる可能性は完全になくなったわ」
連合国家の条約により、合併や他の領地を犯すことは認められていない。
シリウスがカーネリンの次期領主と言うことならば、アクアの領地運営には手が出せず、また継承権があったとしても領主の座に就く事は出来ない。
もしその可能性があるとすればカーネリンの次期領主の座を放棄する事だが、既に正式な手続きの元で私が領主の座にいるのだから、今更奪えるかどうかも分からないものの為に、今の地位を手放したりはしないだろう。
「果たしてそうでしょうか?」
「えっ?」
私が一息をつこうとした時、アレクが疑問の声を返してくる。
「シリウスはカーネリンの次期領主なんでしょ? アクアとカーネリンの発展具合を見ても、どちらを取るかは目を見るよりも明らかじゃない」
「確かにそうなのですが……、いえ、私の思い過ごしかもしれません」
「?」
なんだかアレクにしては踏ん切りがつかないようだが、私が領主の座にいる事は村中が了承済み。それに後見人として、ヘリオドールのガーネット様からも承認をもらっているうえ、本来の継承者でもあるフィルも認めている事実である。
たとえ自身に継承権があると叫んだとしても、そう簡単には私を引きずり降ろす事は叶わないだろう。
「大丈夫よアレク、私もこの商会もちょっとやそっとでは潰れないわ。街道の問題は頭が痛いけれど、それも何か策を考えるわ」
「そう……ですね。いえ、不安がらせるような発言をしました」
「ふふふ、アレクでも不安に感じる事があるのね」
きっと全てが上手くいく。
街道の問題も思いついた事があるし、アクアのリゾート化計画も順調に進んでいる。
唯一不安なところがあるとすれば、私を支えてくれていたヴィスタのヴィルが帰国してしまった事だが、確実に商会のスタッフも成長しているのだ。
それに私にはアレクだって。
「ふぅ、疲れたわね。悪いんだけれどお茶を……あっ」
書類仕事で疲れた首を、コキコキ動かしならがノヴィアにお茶の催促をするも、この部屋にいない事を思い出す。
「そうだったわね、ノヴィアにはヴィスタが抜けた穴埋めをしてもらっているんだったわ」
いつもならこの辺りでヴィスタ達が休憩がてらにやってくるのだが、彼女はすでに王都へ帰国。いつも私のサポート役兼お世話がかりのノヴィアは、その埋め合わせとして受付に入ってもらった為、今この部屋には私以外だれもいない。
おそらくノヴィアも慣れない仕事で一杯一杯なのだろう。この時間になっても現れない所をみると、今頃必死に仕事をしてくれているのだろう。
「はぁ、この部屋ってこんなにも広かったのね」
ヴィスタも居ない、ヴィルも居ない。
もともと居なかった筈の二人なのだが、この半年は余りにも一緒にいすぎてしまった。
それでもまだアクアかノヴィアが居てくれればに賑やかにはなるのだろうが、二人とも私のお願いでそれぞれ仕事に励んでくれている為、いまこの場にはたった一人。
こんな事で寂しさを感じてしまうなんて……。
自分では随分逞しくなったつもりだったが、本質的な中身は何も変わっていないのかもしれない。
もしリアが居なければ、もしノヴィアやアクアが居なければ、今頃私は叔父のいいなりになって望まない結婚をしていたかもしれない。
これがいい訳だという事は分かっている。だけど人間は孤独では生きて行けないのだ。
「ダメダメ、何弱気になっているのよ」
沈み気味だった感情を強引に放り払い、据え置きのオイルコンロでお湯を沸かす。すると誰かが部屋の扉をノックしてきた。
コンコン
もしかしてノヴィアかしら? 仕事に集中しすぎて、慌ててやってきたってところかしら。
私は少し笑顔になりながらノックの相手に「どうぞ」と入室を求めるが、やってきたのアレク。
しかもその表情はどこか思いつめたような、厳しい様子だった。
「どうしたの!? そんな顔をして」
「実はリネアさんにお話しなければいけない事が起こりまして、しばらくこの地を離れようかと思っています」
「えっ?」
アレクが居なくなる?
その言葉が徐々に頭の中が理解し出すと、全身に恐怖と不安が一気に襲いかかってくる。
「実は国の方で些か不穏な影があるとゼストから手紙が来まして」
この場合、国とはアレクの故郷のことだろう。
もともとアレクとは期間限定での雇用契約なので、本来の仕事にトラブルが起こればそちらを優先させるようになっている。
わかっていた事じゃない。アレクはただこの商会で学び、私はアレクから人脈や商人のノウハウを教わる。
それは永遠ではなく、必ず別れがくるんだと。
わかっていた、わかっていたのに、なんで……なんでこんな気持ちになるの……。
「あっ、えっと、そんな顔をなさらないでください。国に戻るとしても一時の間です。さすがに直ぐにというわけにはいきませんが、三ヶ月……いえ二ヶ月で戻ってまいりますので」
いまの私の顔はそうとう酷いものだったのだろう。慌てたようにアレクが話を付け加えてくる。
「ご、ごめんなさい。急な話だったので驚いちゃって」
無理やり笑顔を作りながら必死で心の中に生まれた不安を押し殺す。
大丈夫、大丈夫よ。今までだって別れはいっぱい経験してきたんだ。
それに国へと帰ると言ってもたった二ヶ月。ヴィスタもヴィルも居なくなっちゃたけれど、私にはまだノヴィアやアクア、家に帰れば家族同然の使用人達が暖かく迎えてくれるんだ。
私は心を落ち着かせると同時に笑顔という仮面を被る。
「わかったわ。アレクの席はそのままにしておくから、そちらの問題が解決したらいつでも戻ってきて」
そう、私は大丈夫。いまの私は昔の弱い私ではないんだ。
「ありがとうございます。出来るだけ早く戻ってまいりますので」
「えぇ、待っているわ」
私は笑顔の仮面を被ったままアレクに言葉を返す。
それを数日後に彼が旅立つ瞬間まで被り続けた。
私しかいない部屋で、数日前にアレクから聞かされた内容を頭の中で整理する。
亡き領主様の息子でもあるシリウスは、カーネリンの街へと移り一つの商会を築き上げた。
もともとこのアクアの地でも商売をしていたと言うことなので、おそらく拠点をそのまま移しでもしたのだろう。
そしてカーネリンの地で一人の女性と結婚し、商会を今の地位まで押し上げた。
どうやら商会の運営にカーネリンの領主様が大きく関わっているという話だし、妻に迎えた女性が領主様の一人娘となれば、別段不思議な事でもないだろう。
「オヴェイル商会は元々小さな商会だったという話ですが、領主の娘を迎えたことで急成長を遂げました。その理由は領主が運営していた商会との合併が原因らしいのですが、裏では色々と噂が囁かれていたという話です」
それはそうだろう、ただでさえ領主の一人娘との結婚だ。
それだけでもビッグニュースだというに合併だ、急成長だとくれば噂が立たないわけがない。しかも一人娘と結婚したというのなら、旦那はカーネリンの次期領主だと言っても過言ではないだろう。
もしかしてそれ以上よからぬ噂が立たないよう、アクアの領主の子だという事実を伏せていたのかもしれない。
この世界でファミリーネームを名乗れるのは一定以上の貴族だけだが、お金さえ積めば一介の商人でも認められている。
おそらくオヴェイルという姓もその辺りを踏まえて名乗っているのだろう。
「理由はわかったわ。だけどこれは私たちにとっては吉報ね、これで領主の座を渡せと言ってくる可能性は完全になくなったわ」
連合国家の条約により、合併や他の領地を犯すことは認められていない。
シリウスがカーネリンの次期領主と言うことならば、アクアの領地運営には手が出せず、また継承権があったとしても領主の座に就く事は出来ない。
もしその可能性があるとすればカーネリンの次期領主の座を放棄する事だが、既に正式な手続きの元で私が領主の座にいるのだから、今更奪えるかどうかも分からないものの為に、今の地位を手放したりはしないだろう。
「果たしてそうでしょうか?」
「えっ?」
私が一息をつこうとした時、アレクが疑問の声を返してくる。
「シリウスはカーネリンの次期領主なんでしょ? アクアとカーネリンの発展具合を見ても、どちらを取るかは目を見るよりも明らかじゃない」
「確かにそうなのですが……、いえ、私の思い過ごしかもしれません」
「?」
なんだかアレクにしては踏ん切りがつかないようだが、私が領主の座にいる事は村中が了承済み。それに後見人として、ヘリオドールのガーネット様からも承認をもらっているうえ、本来の継承者でもあるフィルも認めている事実である。
たとえ自身に継承権があると叫んだとしても、そう簡単には私を引きずり降ろす事は叶わないだろう。
「大丈夫よアレク、私もこの商会もちょっとやそっとでは潰れないわ。街道の問題は頭が痛いけれど、それも何か策を考えるわ」
「そう……ですね。いえ、不安がらせるような発言をしました」
「ふふふ、アレクでも不安に感じる事があるのね」
きっと全てが上手くいく。
街道の問題も思いついた事があるし、アクアのリゾート化計画も順調に進んでいる。
唯一不安なところがあるとすれば、私を支えてくれていたヴィスタのヴィルが帰国してしまった事だが、確実に商会のスタッフも成長しているのだ。
それに私にはアレクだって。
「ふぅ、疲れたわね。悪いんだけれどお茶を……あっ」
書類仕事で疲れた首を、コキコキ動かしならがノヴィアにお茶の催促をするも、この部屋にいない事を思い出す。
「そうだったわね、ノヴィアにはヴィスタが抜けた穴埋めをしてもらっているんだったわ」
いつもならこの辺りでヴィスタ達が休憩がてらにやってくるのだが、彼女はすでに王都へ帰国。いつも私のサポート役兼お世話がかりのノヴィアは、その埋め合わせとして受付に入ってもらった為、今この部屋には私以外だれもいない。
おそらくノヴィアも慣れない仕事で一杯一杯なのだろう。この時間になっても現れない所をみると、今頃必死に仕事をしてくれているのだろう。
「はぁ、この部屋ってこんなにも広かったのね」
ヴィスタも居ない、ヴィルも居ない。
もともと居なかった筈の二人なのだが、この半年は余りにも一緒にいすぎてしまった。
それでもまだアクアかノヴィアが居てくれればに賑やかにはなるのだろうが、二人とも私のお願いでそれぞれ仕事に励んでくれている為、いまこの場にはたった一人。
こんな事で寂しさを感じてしまうなんて……。
自分では随分逞しくなったつもりだったが、本質的な中身は何も変わっていないのかもしれない。
もしリアが居なければ、もしノヴィアやアクアが居なければ、今頃私は叔父のいいなりになって望まない結婚をしていたかもしれない。
これがいい訳だという事は分かっている。だけど人間は孤独では生きて行けないのだ。
「ダメダメ、何弱気になっているのよ」
沈み気味だった感情を強引に放り払い、据え置きのオイルコンロでお湯を沸かす。すると誰かが部屋の扉をノックしてきた。
コンコン
もしかしてノヴィアかしら? 仕事に集中しすぎて、慌ててやってきたってところかしら。
私は少し笑顔になりながらノックの相手に「どうぞ」と入室を求めるが、やってきたのアレク。
しかもその表情はどこか思いつめたような、厳しい様子だった。
「どうしたの!? そんな顔をして」
「実はリネアさんにお話しなければいけない事が起こりまして、しばらくこの地を離れようかと思っています」
「えっ?」
アレクが居なくなる?
その言葉が徐々に頭の中が理解し出すと、全身に恐怖と不安が一気に襲いかかってくる。
「実は国の方で些か不穏な影があるとゼストから手紙が来まして」
この場合、国とはアレクの故郷のことだろう。
もともとアレクとは期間限定での雇用契約なので、本来の仕事にトラブルが起こればそちらを優先させるようになっている。
わかっていた事じゃない。アレクはただこの商会で学び、私はアレクから人脈や商人のノウハウを教わる。
それは永遠ではなく、必ず別れがくるんだと。
わかっていた、わかっていたのに、なんで……なんでこんな気持ちになるの……。
「あっ、えっと、そんな顔をなさらないでください。国に戻るとしても一時の間です。さすがに直ぐにというわけにはいきませんが、三ヶ月……いえ二ヶ月で戻ってまいりますので」
いまの私の顔はそうとう酷いものだったのだろう。慌てたようにアレクが話を付け加えてくる。
「ご、ごめんなさい。急な話だったので驚いちゃって」
無理やり笑顔を作りながら必死で心の中に生まれた不安を押し殺す。
大丈夫、大丈夫よ。今までだって別れはいっぱい経験してきたんだ。
それに国へと帰ると言ってもたった二ヶ月。ヴィスタもヴィルも居なくなっちゃたけれど、私にはまだノヴィアやアクア、家に帰れば家族同然の使用人達が暖かく迎えてくれるんだ。
私は心を落ち着かせると同時に笑顔という仮面を被る。
「わかったわ。アレクの席はそのままにしておくから、そちらの問題が解決したらいつでも戻ってきて」
そう、私は大丈夫。いまの私は昔の弱い私ではないんだ。
「ありがとうございます。出来るだけ早く戻ってまいりますので」
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