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一章 精霊伝説が眠る街

第38話 アレクの正体?

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 アレクにお姫様抱っこのまま、お食事処兼、我が家へと帰って来た私。
 初見こそ、見ては行けない場面を見てしまったと顔を反らしていたノヴィアだったが、私とアレクがびしょ濡れの状態に気づき、着替えやら湯浴みやらを手際よく用意してくれた。


「……で、大体の経緯は理解出来ましたが、お連れになったアレク様という方は本当にリネア様の想い人なのですか?」
 湯浴みを終え、自室で私の髪を乾かしながらノヴィアが尋ねてくる。

「あ、あ、あ、アレクが私の想い人だとか、な、な、何を言ってるのよ!」
 唐突の質問に、若干言葉が震えている事は見逃してほしい。

「リネアちゃん、そんなに慌てなくても、リネアちゃんの想い人がアレクさんだってのは私もノヴィアさんも分かってるから」
「ちょちょ、ちょっと、ヴィスタまで何を言ってるのよ!」
 自分でも動揺しまくりなのだが、二人は私とアレクとの馴れ初めを話している数少ない友人。
 幸い男性陣達はヴィルの部屋でお着替え中なので、ここで潔く認めてしまえば楽になれるのだろうが、素直になれないのもまた乙女心というもの。
 さらに今は10年ぶりの再会という事もあって、気持ちが高ぶっている事もまた事実なので、私としては今は正常な状態ではないとも反論したい。

「そうじゃなくて、ノヴィアさんはあの人は本当にリネアちゃんの知ってるアレクさんなのかって、聞いてるんだよ」
「えっ?」
 ヴィスタの質問に、『そんなの本人に決まってるでしょ』という言葉をギリギリのところで詰まらせる。

 アレクがアレクじゃない?
 二人に諭され、記憶の中にいる幼いアレクと、再会したばかりのアレクとを頭の中で照らし合わせる。
 優しく他人を気遣うような話し方、色の濃さは異なれど私と同じブロンドの髪色、そして何より預かっているペンダントの存在も知っていた。
 幼い頃の記憶なので、当時の顔まではハッキリと思い出せないが、まず間違いなく私の想い人……ではなく、私の知っているアレク本人だと断言ができる。
 その事を二人に伝えると。

「そうですか……」
 なぜか私の答えに言葉を失くすノヴィア。
 ヴィスタも何かを考えるような素振りを見せているし、二人が一体何を言いたいのかが分からない。
 仮に再会したアレクが偽物だったとしよう。そんな事はまずありえないのだが、しがないお食事処の店主を騙したところで、相手側には大したメリットも考えられないし、多少の蓄えはあれど大金を隠し持っているという事実もない。
 確かに私のお店のメニューは前世での知識がいっぱい詰められてはいるが、今後アクア商会として大量のお魚を市場に出すため、幾らかのメニューを公開する準備も進めている。
 それに例え料理のメニューがコピー出来たからといって、私がアクアの村にいる限りはライバル店としてかち合うこともないだろう。

「一体二人は何を心配しているの? アレクが悪い人じゃない事は私が保証するわよ」
 私自身、アレクの何を知っているのかと問われれば困るところだが、幼い頃の想い出と、再会したばかりの記憶を振り返っても、アレクが悪い人間でない事は間違いない。
 これで裏に本性を隠していると言うのなら、相当な女ったらしだとは感心するが、川で倒れそうな私を庇ってもくれたし、挫いて歩けない私をここまで運んでもくれた。
 それだけで彼がいい人である事は自信を持って証言できる。

「えっとね、何ていうのかなぁ……」
 私の問いかけに言葉を濁してしまうヴィスタ。

「アレクさんがいい人だって言うのは何となく雰囲気でわかるよ。リネアちゃんの事を大事にしているんだなぁって、いうのも伝わってくるんだけれど……」
「その……私も確証があるわけでないのですが、余りにも動きが洗練されているというか、お顔が綺麗すぎるんです」
「………………は? 顔?」
 ヴィスタの言い淀む言葉に、ノヴィアが補填するかのように繋げてくる。
 顔が綺麗なのがなんで心配事になるの?
 振り返って再会したアレクの顔を思い出すが、幼い頃のあどけなさは無くなり、立派な青年へと成長していた。
 だけど決して自分の容姿を強調するような素振りはなく、あくまでも自然体とした感じで、私に接する態度もどこか紳士的にさえ感じられた。
 たしか私の一つ年上だったと記憶しているので、今年でおそらく17歳。こちらの世界では17歳は立派な大人なので、旅の商人として働いていたとしてもどこも不思議ではないだろう。

「ん~、確かにアレクの顔はジャニーズ寄りだけれど、イケメン度的には母国のバカ王子の方が上じゃない? 私的にはNGだけれど」
 些か認めたくはないがメルヴェール王国のバカ王子こと、ウィリアム様の方が容姿的には整ってはいる。
 私はイケメンでもおバカはお断りなので、万が一でもバカ王子がかっこいいとは感じないが、現に昔のリーゼ様が恋に落ちた方なので其れなりに女性陣達からの需要はあるのではないか。

「リネアちゃん、流石にちょっとストレート過ぎるんじゃないかなぁ」
「そうかしら?」
 ヴィスタが呆れ顔で諌めてくるが、バカ王子のせいで母国が今苦しんでいるのだから、あんな人間は大バカ王子の呼び方で十分。
 それに私は既に国を捨てた身なので、今更体裁を取り繕っても仕方がないだろう。

「リネア様がおっしゃっているジャニーズ? というのが何かは分かりませんが、私も長年貴族のお屋敷にお仕えした身、多少は人を見分ける術を身に付けております。それでその……大変言いにくいことなのですが、あのアレク様と言うお方は、本当に旅の商人の方なのですか?」
「えっ?」
 本日いったい何度目の戸惑いの声が飛び出したかわからないが、今の問いかけに一瞬私の胸元辺りがチクリ痛む。
 これが恋する乙女ならば、今の問いかけに一人で反論するところなのだろうが、生憎私は前世から合わせてうん十歳。人生経験も其れなりに積み重ねているし、淡い恋心を抱いて失敗したことも何度かある。
 そのため恋とは自分の理想通りにいかない物だとも理解しているので、ノヴィアの言葉も冷静になって受け止めることができるし、なによりこんな処まで私に着いてきてくれたノヴィアが言うのだから、其れなりに意味もあるのだろう。

「リネア様はあまりご存知ないでしょうが、街々を行き交う旅の商人というお仕事は、非常に危険で過酷なのです。場所によっては移動に何日もかかったり、獣や盗賊に襲われたりする事もあると聞きます。そんな危険なお仕事なのに、アレク様は勿論お連れ様のゼスト様も余りにも綺麗すぎて、とても旅をされているようには見えないのです」
 ノヴィアが言うのは二人は危険な仕事の割に、服の状態も体も余りにも綺麗すぎるのだという。
 思わず裸を見たの!? ってツッコミたくはなったが、アレクの顔は多少の日焼け痕は見られるものの、言われて見れば目に見えるような傷は一つも見当たらなかった。
 確かにこの世界ではすべての街々が舗装された道で繋がっているわけでもなく、場所によっては畦道や砂利道のような舗装されていない道路も多く存在する。それに狼やイノシシのような獣に襲われる事もあると聞くので、街中の仕事に比べると危険な現場には変わりない。
 これがノヴィアのように誰かに仕えたり、人前に出るようなお仕事は其れなりに容姿にも気をつけるが、肉体労働や危険なお仕事ならばそんな余裕もないだろう。

「つまり二人はアレクの仕事は旅の商人じゃないと、そう言いたいの?」
「そこまでは言い切れないだけれど、なんていうのかなぁ、アレクさんってどことなく私たちと同じ香りがするの」
「私たちと同じ香り?」
 これまたヴィスタから飛び出した意外な言葉。
 『私たち』というのが誰までを指しているのかはわからないが、ヴィスタが言うは自分たちと同じ世界、つまりは貴族独特の香りがアレクとゼストさんからは感じられるのだという。

「アレクが貴族? いまいちピンとこないわね」
 正直幼い頃から旅の商人だと思っていたので、今更アレクが貴族だと言われてもピンとこないのが現状。
 そもそも貴族はお屋敷で威張り散らしている存在だと思っているので、わざわざ危険を侵してまで旅をするとは正直思えない。

「リネアちゃんはその辺がニブチンだからわからないだけだよぉ。私一人が不審に思っただけなら何も言わなかったけれど、ノヴィアさんも似たような事を思ったらならやっぱり何かを隠しているよ」
 少々私がニブチンという言葉に異議を唱えたいが、二人が同時に違和感を感じたというならそれなりの意味もあるのだろう。
 貴族と一括りにしても学園へと通えない没落貴族の方もおられるだろうし、家の手伝いの為に若い時から働かないといけない人もいるかもしれない。
 ヴィスタは私と違い多くの貴族の人たちと触れ合って来たのだから、私が感じない違和感にも敏感になってしまうのだろう。

「わかったわ、二人がそこまで違和感を感じるなら一応頭の片隅に置いておくわ」
 例えアレクが貴族だったとしても、私が過剰に反応する必要もない。
 そもそもアレクとはそういった関係でもないわけだし、貴族である事を隠しているのは私も同じ。
 それに今は再会できた事を素直に喜ぶべきであろう。

「二人ともありがとう、私の事を心配してくれて。それじゃ遅くなっちゃったけど、何か軽く食べられるものを用意するわね」
 改めて二人が私の事を心配してくれた事にお礼を言う。
 この後、夜の仕込みやら何やらしなければならないが、まずは軽くお腹に入れておいた方がいいだろう。
 アレクやゼストさんのおもてなしもあるし、アクアやタマのお菓子も用意しなければならない。

 私は気合を入れ直し、一人調理場へと向かうのだった。
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