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希望へのはじまり

第55話 経営戦略 VS 経営戦略

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 あれから二週間。コーヒーを使ったケーキやパフェのおかげで思った以上の売り上げ低下は免れたが、それでもやはり苦しくなりつつある。
 実は一時は客足が戻りかけたのが、プリンセスブルーロベリア……(あぁもう、長ったらしいわね、もうプリベリでいいわ)がケーキやコーヒーの値段を更に下げてきたのだ。

 正直あの値段では対抗できない。
 別にこちらの値段はオープン当時から変わっていないし、今回の件でも別段価格競争に持ち込んだ覚えもないのに、オープンからたった二週間で値段を下げるなんてどういう戦略をとっているのか。

「ねぇルーカス。あなたはどう思う? うちより土地代が高い上にあの値段よ。 どこか食材を安く仕入れるルートでも持っているのかしら」
「そうですね……食材を仕入れると言っても、あそこが仕入れられるのはクロノス商会しかないでしょ、査定の内容はアンテーゼ領を如何に恵をもたらすかがポイントなんですから。」
 確かにルーカスの言う通り、今回の査定ではいくら安いからといっても、他の領地の食材を使っても意味がないし、売り上げの勝負でもない。

 正直なところ、例え売り上げ勝負で負けたとしても、ローズマリー商会で取り扱っているオリジナルのハーブティーだけでも十分お爺様の査定を通るだろう。
 つまり、プリベリが販売価格を落とし売り上げを上げたとしても、私には遠く及ばないのだ。

「そうよねぇ、まさか本来の目的を忘れているってことは……あるかもしれないわね」
 ロベリアの事だ、私への復讐だか嫌味だかで本来の目的を忘れているって可能性も……。

「まさか、私はロベリアという方とはお会いした事がないので何とも言えませんが、いくら何でもそんな事はないと思いますよ」
「……だよねぇ」
 まぁ、後ろに叔父も付いているんだろうから、流石にそんなバカな事はしないか。
 もしくはこの店を隠れ蓑として、裏で何かを企んでいるとか……どちらにせよ注意はしておかなければならないだろう。

「それでそろそろ菓子パンを売り出そうと思っているのだけど、どうかしら?」
「正直一号店の……エリクさんの調子が戻ってからの方が効果はでるのですが、フランチャイズ契約の事もございますので、日程的にこの辺りが限界かと」
 実はプリベリがオープンした事でエリクが責任を感じてしまったのだ。
 あの二人が辞めてしまった事、そして恐らくプリベリで働いているであろう事で深く落ち込んでしまった。そしてその影響がエリクが作るケーキに出てしまっており、現在も日に日に悪化の一途を辿っているのだ。

「私かディオンがフォローに入ればケーキの質は戻るんだろうけど……」
「それはお止めになられた方がよろしいかと」
「分かっているわ」
 もしここで私たち上級者が出て行けばエリクの成長にもならないし、最悪一生人の上に立つ事が出来ないかもしれない。
 これはエリク自身が乗り越えなければならない道なのだ。だがもし乗り越える事が出来たのなら、彼は大きく成長するだろう。
 それが分かっているだけに私もディオンも手が出せないのだ。


 ルーカスと一通りの対策を話し合い、一息ついたところで次の話題へと移っていった。
「お嬢様、例の件ですが、本日騎士団より報告書届いております」
 私はルーカスより封筒を一通受け取り、ザッと目を通した。

「報告書になんと?」
「落石を起こしたと思われる実行犯を見つけたらしいわ」
 そう言って報告書をルーカスへと渡した。

 報告書には落石事故の件が書かれていた。
 あの事故の際、騎士団が現場周辺を探したが、怪しい人物は見つからなかったらしい。だけど騎士団の懸命な捜索のお陰で、落石が起こる数日前から不審な行動をしている商人の一団が、事故現場周辺で何度も目撃されていたらしい。
 幸いにも目撃者の一人が荷馬車の種類や、一団の服装などを覚えていたらしく、周辺の町や村で聞き込みし回った結果、実行犯とおぼしき一団にたどり着いたのだそうだ。

 ただ今の段階では確かな証拠もなく、無理に接触しようものなら逆に警戒されてしまう恐れがあるため、現在は監視をしながら泳がせている状態らしい。
 一通り読み終えたルーカスが私に報告書を返してきた。

「相手は手慣れた犯罪集団のようですね。人数も多くはないが少なくもない、おまけに見た目は普通の行商人を装っているとなれば、恐らくその手のプロと見ていいでしょう」
「よくわかるわね」
「地方の商会で働いていると、この手の相手は把握していないと生きていけませんからね。嫌がらせや妨害は日常茶飯事ですよ」
 私はそこまでこの報告書の事を深く考えていなかったのだが、ルーカスから見るとまた違った捉え方をしたようだ。

 確かに私も聞いた事がある。金さえ払えば嫌がらせからなんでも請け負う闇の組織、大概は商会同士の簡単な嫌がらせを頼んだりする事が多いそうだが、ごく稀に殺人にまで発展する事があるらしい。
 そして一番厄介なのが中々尻尾をつ噛ませない事、もし実行犯が捕まってとしてもトカゲの尻尾切りで、本体は素早く遠くへ逃げてしまうんだそうだ。

「この辺の捜査は私たちではどうする事も出気ないわね、このまま騎士団の方々にお任せしましょ」
「そうですね、今私たちができる事はクロノス商会を倒産に追い込む事。現在商会の取引先などの情報を集めておりますので、対策はそれからとなりますが」
 私達は今、水面下でクロノス商会を倒産に追い込もうとしている。
 実はクロノス商会の倒産を言い出したのはルーカス、これは別に恨みを持っての事ではなく、アンテーゼ領の流通を活性化させるには、どうしても商会が生産農家と契約している事が障害になってしまうのだ。

 もともとルーカスはクロノス商会のアンテーゼ支部に働いていたそうなんだが、叔父の代になってから急速な売り上げ低下、そして製造ラインのストップ。更に賃金の値下げなどで多くのスタッフが辞めざるをえなくなったんだそうだ。
 そんな中受け皿となったのがラクディア商会。現在ラクディア商会で働いている大半が元クロノス商会のスタッフらしく、そのお陰でかつて好意にしていた生産農家とも付き合いが続いているとの事。

 そんな中聞どうしても避けられない問題がクロノス商会との独占契約。一部の果物や野菜、それにコーヒーはクロノス商会にしか卸すことが出来ず、買い取ってくれなかったからといっても他の商会に売ることは出来ないらしい。
 それが今、アンテーゼ領で生産している農家さんの間で大きな問題になっているらしく、相談されるラクディア商会もずっと頭を悩ましているんだそうだ。
 この問題を早期解決させるにはクロノス商会を乗っ取るか、倒産させるかのどちらかとなる。
 クロノス商会は元々個人所有する商会であるため、例え私が伯爵になったとしてもこの問題には手が出せず、もし強引に介入しようものなら商業ギルドとの仲が悪化してしまう。

 商業ギルドとの仲が悪化すると物資の流通停止や領内のギルド閉鎖など、中々厄介な事案が浮上してしまうのだ。そのためどこの領もギルドとは争わず、共存が出来るような暗黙のルールが存在している。

 唯一希望があるとするなら私が伯爵を継承した後、クロノス商会の代表と話し合って解決させる方法もあるのだけど、叔父がそのまま経営に関わっていたならこの可能性は低いだろう。
 それにもし叔父が刑罰を受けていなくなったとしても、その後はライナスが継いでしまうだろう。
 ただでさえ問題児のライナスだ、もしクロノス商会の経営を継いでしまったら、それは今考える中で最悪の結果を生んでしまうのではないかと考えている。だからできるだけ早くクロノス商会を倒産させる必要があるのだ。

「でも簡単に倒産させるなんて出来るのかしら?」
 クロノス商会はアンテーゼ領では火の車だが、王都では安い価格で仕入れ、高値で販売するといった方法で利益を得ている。つまり王都支部だけを見れば黒字なのだ。
 叔父のことだ、最悪アンテーゼ領の支部は縮小でもして、後は完全に切り離して見捨てるつもりだろう。

「その辺りの事は私に考えがございます。今回あの店が出来たお陰で近々コーヒーを取り扱っている店から文句が出るでしょう。そもそも卸している商会が販売している店舗より安く提供しているなど、あってはならない事です」
「確かにそうね……ケーキにばかり気を取られていたからコーヒー卸価格まで考えていなかったわ」
 ルーカスの言う通り、卸元がコーヒーを取り扱っている販売店より安く売るなど
死活問題だ。それにあの店の販売価格は確かに異常だ、実際にどれぐらいの価格で販売店に卸しているかはしらないが、もしかすると卸価格より安く売っているのではないだろうか? そんな事をすれば販売店の売り上げは下がるし、販売店舗との信頼関係も悪化する。

「予想ですが、このままあの価格で販売していれば一・二ヶ月程度で歪みが起こり始めるでしょう。そこで現在クロノス商会の商品を取り扱っている商店に、ローズマリー商会が取り扱うハーブティーと、例の飲み物を提案するんです。そうすれば一気に販売シェアを確保する事ができ、同時にクロノス商会を追い込む事ができるでしょう」

 ルーカスにコーヒーに対抗できる飲みもが無いかと聞かれ、私の知っている飲み物を一つ一つ上げていった。その中でルーカスが興味を示したのがレモンを使った紅茶だったのである。
 これは別に冗談を言っている訳じゃないのよ? レモンティーはこの世界でも普通に飲まれている。ただ紅茶にレモンを添えたりするだけで、レモンティーとしては売られていないのだ。
 つまりね、予めレモンティー用にブレンドした茶葉と、レモンピールを混ぜた商品を展開してはどうかいうことなのだ。さらに同じ要領で干しリンゴを使用した アップルティーや、マスカットティーの生産も同時進行させている。

「クロノス商会は現在コーヒーの販売だけで利益を得ていると言っても良い状態です。今回の店舗販売の件で販売商店との信頼度は著しく低下するでしょう。例えこの後価格を落として販売をしたとしても、また値上げや値下げの可能性があるとすれば、主力商品としてはもうどこも取り扱ってもらえないはずです。
 誰が考えたのかは知りませんが、彼らは一番やっては行けないことをしてしまった。商売人から信頼を失っては、もうこの業界では生きていけないでしょう」
 確かに失った信頼を取り戻すにはかなりの時間と労力が必要になるだろう、だけどそれまで商会自体が維持できるとはとても思えない。

「ルーカス、これは私の我が儘なんだけど、もしこのままクロノス商会が無くなってしまった場合、商会で働いてくれている人たちの受け入れ体制だけは準備しておいてもらえないかしら。もともと私のせいでこんな状況にしてしまったんだもの、これは彼らへの償いでもあるのよ。かなり厳しい事だとは思うのだけれど、私に力を貸してもらえないかしら」
 私が最初からもっとしっかりしていれば屋敷を出ることもなかった。
 これは私自身が招いてしまった罪でもある、だから一人でも多くの人を助けなければならないのだ。

「お嬢様ならそう言うと思っておりました。ローズマリー商会もアンテーゼ領の為には、今後はさらなる発展をさせなければなりません。その為には経験が豊富で優秀な人材は大勢要ります、だからお嬢様は自らが信じる道をお進みください。後は我々がサポートさせていただきますので」
「……ありがとうルーカス」
 彼が私の下へ来てくれてホントに良かった。
 私が居なくなった後は、ルーカスがきっとローズマリー商会を大きくしてくれるだろう。
 だから私は伯爵となり、彼らを守り続けなければならない。それが私に与えられた使命でもあるのだ。
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