上 下
31 / 61
夢のはじまり

第31話 少女の葛藤

しおりを挟む
「何だテメェ俺らが何したって言うんだ。この店は客に対して難癖なんくせ付けようって言うのかよ!」
 調理場でケーキ作りをしていたら、カフェスペースの方から男性がわめき声が聞こえてきた。

「何かあったのかしら? ディオン少し様子を見てくるからここをお願いね」
 先ほど聞こえた内容からしてあまり良い状況ではないわね。
 私はディオンにこの場を任せてホールの方へと向かった。

「なんの騒ぎなの?」
 カウンターに出ればエレンとグレイが遠巻きに見守っている。珍しいわねこの二人が止めようとしないなんて。

 私も遠巻きに見てみると揉めている相手は二人組の男性、着ている服の様子から恐らく貴族。
 そういう事ね、二人は執事とメイドとして教育されてきているから、自分より身分の高い者には逆らえないのだと勝手に思い、エレンが止めるのも無視して現場へと向かった。

 慌ててエレンが私の後を追いかけてきたけど、これ以上私を止める様子はないようだ。

 現場につくとリリアナが泣いているのが真っ先に目に入った。

「エスニア、何があったの?」

 泣いて怯えているリリアナにはとても話が聞ける状態ではなさそうだ。
 そのため私は庇っているエスニアに尋ねた、どいつがリリアナを泣かせたのだと。

 エスニアの言葉に私は怒りでどうにかなりそうだった。『痴漢』私の大事な家族にこいつらは何て事をしてくれたのだと。

 すると男の一人が私に語りかけてきた。

「あぁん、なんだ。どっかで見た顔だと思ったら婚約破棄された挙句、親父に屋敷を追い出された女じゃねぇか。 俺様を忘れた訳じゃねぇよな」

「誰よあなた」
 即答だったけど別に冗談でも笑いを取っている訳じゃないのよ? 本気で知らないんだから仕方がないじゃない。

「お、お前俺を忘れた訳じゃねぇだろう!」
 忘れた訳じゃねぇだろうと言われても……、そう言えば婚約がどうだとか屋敷がどうだとか言っていたわね。
 学園に通っていた時に適当にフった男の誰かかしら?
 自分で言うのも烏滸おこがましいが、これでも爵位と容姿でそれなりに告白とかされた事があるのだ。前世では一度もなかったけれど……。悔しくなんかないやいい。ぐすん。

「………………どこかで会ったかしら?」
 私は十分以上に考えたけれど、どうしても思い出せない。
 そもそも顔に特徴がないのよね。覚えておいて欲しかったら悪党らしくもっと特徴を作ってから話しかけるのが、筋ってもんじゃないかしら?

「お、お嬢様……」
 すると見兼ねたエレンが私に耳打ちしてきた。

 エレンに聞かされた話でようやくこの男の正体を知り、グレイ達の様子がおかしかった本当の理由がわかった。
 なるほどね、それは手出しができない訳だ。

 それにしても「あぁ、あのバカ姉の双子の弟。すっかり忘れてたわね存在自体」
 おっと、つい思っていた事が口に出てしまった。

「忘れてただぁ!」
 私の独り言にご丁寧に反応してくれる弟君。
 あ、バカ姉のところは否定しないんだ。

「仕方がないじゃない、会ったことないでしょ?」
 思っていた事を再び声にした。
 だってそうでしょ? ロベリアと違い学園ではクラスが違ったし、屋敷にいる間でも食事は一緒に取っていないし、接点なんて全くなかったんだから。

「いえ、お嬢様。何度も会ってらっしゃいますよ」ぼそっ
 へ? そうだったかしら?
 エレンのツッコミに再び思い出そうとするもやはり思い出せない。
 まぁ、言われてみれば一年間も同じ屋敷に暮らしていたんだから、すれ違ったりぐらいはしているかもしれない。でももともと眼中になかったんだから仕方ないじゃない。私悪くない。

 私と弟君で言い争っているともう一人の男が割り込んできた。
 そう言えばもう一人居たわね名前を聞いても覚える気がなので村人A、いや街人Aでいいや。

「とりあえずあなた邪魔。風束ふうそく氷閉ひょうへい
 適当に拘束魔法と、あとうるさいから口を塞いでおく。少しぐらい凍傷になってもいいわよね。
 今日は学園の休みの日だから二階にエリスがいる。
 酷い傷ならシロに直してもらえばいいわよね。ついでに言うならエリスが治すなんて絶対却下だから。

「それで話を戻すけどラナイス」
「ライナスだ!」
「…………コホン、話をもどすけどライナス」
 ま、間違えた訳じゃないんだからね! わざと怒らせるように言っただけなんだから!
……う、上手く誤魔化せたかしら?

「あなたは私の店のスタッフに無礼を働いたんだから、覚悟はできてるんでしょうね」
 気を取り直してラナイス……じゃない、ライナスに向き合う。リリアナを泣かせた罪は許せないんだから。

 その後も泥棒がどうのとか貴族がどうのだとか言っていたけれど、話が全く進まないわね。
 私は忙しいのよ、こんなバカの相手に時間を取っていられないわ。

「それじゃ納得した処で取り敢えず、自ら貴族を名乗るならリリアナに謝ってから潔くこの場で腹を切りなさい」
 女の敵は取り敢えず死んだほうが皆んなのためになるよね。でも私の素敵な提案にエレンが注意してきた。

「お嬢様、腹を切るのは店内を血で汚してしまうので出来れば他で」
 確かにそうね……偉いわエレン。さすが私の専属メイドだけあるわね。

 リリアナがなんだか怯えているようだけれど大丈夫よ、すぐに片付けてあげるから。

「紫焔《しえん》」
 本来の紫焔《しえん》は対象者だけを燃やす事ができるちょっぴり怖い魔法。
 だけど今唱えた魔法はただの幻影魔法、いくら私でもお客様の目の前で凄惨せいさんな事は出来ないわよ。

 これはただの脅し、ほむらに脅されて謝れば多少の同情はあるでしょ。
 ライナスにも落とし所を作って上げないと可哀想だからね。

 それなのにこの男は言ってはいけない一言を言ってしまった。

「勝手に決め付けるな! お前が勝手に言ってるだけだろ! そんな事誰が思ってるって言うんだ俺は貴族だぞ! 俺に逆らえばどうなる分かってるんだろな。……あぁそうか、婚約を破棄されて男に飢えてるんだろう。な、なんだったら俺が相手をしてやるぜ」

 婚約云々うんぬんの事は別にいい、それは私自身が招いた事だ。
 問題は最後の一言、今この店にはいるのはほとんどが女性で、今も私たちのやり取りを見守っている。更にこの現状なら殆どの者が私の味方だろう、恐らくライナスに殺意を覚えたのは一人や二人ではないはず。

 これではますます落とし所が無くなってしまった。
 私とて本気で殺す気なんてサラサラない、謝罪させて適当に追い出すつもりだったのだ。
 それなのこれでは本気で……。

「それは聞き捨てならないわね」
 私が一人次の手を考えあぐねいていると、一人の少女が助け舟を出してくれた。

 私の方を一瞬見たとこをを見ると恐らく私の事を思って声を掛けてくれたのだろう、エリスと同じ年ぐらいなのに中々頭の切れる子のようだ。

「それに婚約を破棄されたですって? 婚約すらしていないのにどうやって破棄ができるんですか?」
 だけどこの少女が放った一言が私をさらに混乱させる事になる。
 『婚約すらしていないのにどうやって破棄ができるんですか?』へ? 婚約したから破棄されたんだよ? この子何言ってるのかしら?

 そして止めの出来事が。

「婚約の話にしてもそっちが勝手に取り決めて進めていただけだろう? ハルジオン家は婚約の話を含め一切認めてないし当然破棄の話も持ち出していない」
 ナニイッテルノこの人。 突然現れた少女の兄の一言。ちょっと待って私話に付いていけてなくね?

「なんだお前!」
「俺か? 俺はジーク・ハルジオン、ハルジオン公爵家の嫡子だ」
 こ、公爵家ぇー!?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

アラフォー王妃様に夫の愛は必要ない?

雪乃
恋愛
ノースウッド皇国の第一皇女であり才気溢れる聖魔導師のアレクサは39歳花?の独身アラフォー真っ盛りの筈なのに、気がつけば9歳も年下の隣国ブランカフォルト王国へ王妃として輿入れする羽目になってしまった。 夫となった国王は文武両道、眉目秀麗文句のつけようがないイケメン。 しかし彼にはたった1つ問題がある。 それは無類の女好き。 妃と名のつく女性こそはいないが、愛妾だけでも10人、街娘や一夜限りの相手となると星の数程と言われている。 また愛妾との間には4人2男2女の子供も儲けているとか……。 そんな下半身にだらしのない王の許へ嫁に来る姫は中々おらず、講和条約の条件だけで結婚が決まったのだが、予定はアレクサの末の妹姫19歳の筈なのに蓋を開ければ9歳も年上のアラフォー妻を迎えた事に夫は怒り初夜に彼女の許へ訪れなかった。 だがその事に安心したのは花嫁であるアレクサ。 元々結婚願望もなく生涯独身を貫こうとしていたのだから、彼女に興味を示さない夫と言う存在は彼女にとって都合が良かった。 兎に角既に世継ぎの王子もいるのだし、このまま夫と触れ合う事もなく何年かすれば愛妾の子を自身の養子にすればいいと高をくくっていたら……。 連載中のお話ですが、今回完結へ向けて加筆修正した上で再更新させて頂きます。

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

人質王女の恋

小ろく
恋愛
先の戦争で傷を負った王女ミシェルは顔に大きな痣が残ってしまい、ベールで隠し人目から隠れて過ごしていた。 数年後、隣国の裏切りで亡国の危機が訪れる。 それを救ったのは、今まで国交のなかった強大国ヒューブレイン。 両国の国交正常化まで、ミシェルを人質としてヒューブレインで預かることになる。 聡明で清楚なミシェルに、国王アスランは惹かれていく。ミシェルも誠実で美しいアスランに惹かれていくが、顔の痣がアスランへの想いを止める。 傷を持つ王女と一途な国王の恋の話。

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

処理中です...