クレタとカエルと騎士

富井

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理玖と太

苦しくて

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「ヒロト、大丈夫か・・・」

二人がスタンドから消えたのは、ヒロトが貧血で軽く意識を失い、日影の風通しのいい場所に移動したからだった。

「うん、大丈夫。やっぱり外にずっといるのは辛いね。太はよくできるよね。僕は体力がなくて無理だ。」

ヒロトのひたいに冷えた缶ジュースを当てて火照りを冷ましていた。

たっぷりの汗をかき真っ赤な顔で、息もすこし荒く、肩で呼吸しているのが気になって、
「もう帰るか?」と聞いた。

「イヤだ。理玖と買い物に行くよ。」

「顔が真っ赤だぞ。」

「すこし休めば平気だから。ね。せっかく一緒に来たんだよ。」

「わかったから、もうすこし横になっていろよ。」

とても、心配ではあったけれど、試合が丁度終わった頃くらいに体調が戻ったというので、サッカー場から街へ向かった。

ヒロトが手を引いて欲しいとせがむので恥ずかしかったが、そういうとおりにヒロトの手を引いてそこを出た。

「太と話しをしなくてよかったのか?せっかく見に来たのにほとんど見れていないし。」

「そうだね。今度謝っておくよ。」

「俺が来た事は内緒にして欲しい。」

「どうして。」

「俺が来ていると知ったら、太も気分が悪いだろう。」

「そうかなぁ・・・」

理玖のそんな気づかいはまったく不要だった。

二人がスタンドにはいって来てから、理玖がヒロトの手を引いてサッカー場を出て行くまでを、自分の目で見たのだから。

嘘でもいつわりでもなくすべてが残酷なほどに真実で、さらに帰り際監督からレギュラーを外すと宣告された事も辛すぎる事実だった。



理玖は新学期が始まる前に祖父の家から実家に戻ろうと考えていた。

やっぱり、自分の家の方が落ち着いて勉強もできるし太もいないし、ヒロトはいる。

誰とも話しをしない日が三週間も続くと、周りの人間に自分はちゃんと見えているんだろうかと不安になることがある。

祖父も祖母も店が忙しくて話し相手にはならない。クラスメートは全員ライバル。

だから、ほんのたまにでもヒロトと話しができれば不安も消える。


現にこの間も、ほんの少しヒロトと話をしただけで、周りの風景の色が何だか違ってみるほど心が晴れやかになった。


祖父と祖母はとても寂しがったが、八月の末に自宅に戻った。

「理玖、お帰り。」

「ヒロト。」

「おばさんが、理玖が帰って来たよって知らせてくれたんだ。遊んで行ってもいい?」

「うん。」

「ねえ、理玖は携帯持たないの?」

「うん。勉強の邪魔になるだろ。それに特に友達もいないし。」

「ねえ、持ってよ。僕とメールしよう。」

「近いんだから話があったら行くよ。」

「それだけじゃだめ。お願い。持って。」

「いらないよ。会って話すのはだめなのか?

ヒロトの家は自転車に乗らなくても行ける距離なんだぞ。」

「会っても話すけど、メールもしたいの。お願い。」

「わかった。今度買ってくるよ。」

「明日。僕もついて行ってあげるから。」

「明日は放課後に特別講座があるから、今度の日曜の午後にしてほしい。」

「うん。そうしよう。今日はもう帰るね。」

ヒロトはそれだけを言ってふわっと部屋を後にした。

窓の外を覗くと、家の外で理玖の母親と何やら話をして、一度振り返り、手を振ってふらふらとゆっくり歩いて帰って行った。
理玖は、そんなたわいもない会話が・・・人と話すということが、とてもうれしかった。


翌日、特別講座が終わり、学校を出ると、校門でヒロトが待っていた。

理玖を見つけると小さく手を振った。

「ヒロト・・・」

「お帰り。」

「待っていなくていいのに・・・」

「僕、暇だし。それに太のサッカーも見たかったし。

それに、携帯。ちょっとだけ見て帰ろ。パンフレットだけでももらって来ようよ。」

「う、うん・・・」

ヒロトにぐいぐいと引っ張られて、駅のそばの商業施設へと連れていかれた。

そして結局、その場で携帯電話を契約することになった。

なんだか、あっという間の出来事で理玖が理解をする前にすべてが決まってしまった感じだった。

そしてヒロトが全部設定してくれて、その晩から二人のメールは始まり、

夜遅くまで、ほぼ明け方までそれは続いた。

翌日も、また翌日も・・・理玖の携帯はピン、ピン、と音が鳴りっぱなしだった。


けれど、1週間ほど続いたある日、理玖はたまらず携帯の電源を切った。

ヒロトよりも2本早い電車で登校して朝学習、帰りもかなり遅くまで授業を受けていると、どうしようもなく眠い。

申し訳ないと思いながらも、理玖はもう限界だった。

そして、また静かな日常が戻ってきた。

その日常を過ごすのが普通になった頃、マスクをつけたヒロトを見かけ追いかけた。
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