お気に入りの悪魔

富井

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消えた悪魔の思い出

三、

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僕は、下を歩く人たちを見下ろしていた。

僕らの姿は、人間には見えない。すぐ隣を通り過ぎても、髪を乱し、帽子を飛ばすくらいの突風を与えるくらい。

こんな近くにいるのに、全く見えないお互いが何だか奇妙に感じた。

丁度、僕らの真下を同じくらいのスピードで地面を這い、人を縫ってついて来る大きなクモのような影がついてくるのが見えた。

怖いとは思わなかったが、クネクネとしたその動きがすこし気味悪く、それは趣味の悪い悪魔の悪戯だと、見ないようにした。



アパートの窓から僕を放り投げるようにして、ロビンは出かけて行った。

あまり働いてなかったせいか、今日はあまり疲れてはいなかったので、ずっと気になっていた冷蔵庫の掃除を始めた。
すると窓から大きなクモのような黒い影が、ズルズルと這って流れ込むように入ってきた。

「え、え、―・・・」

もう、これ以上厄介なものには関わりたくない。動かない足を引きずりながら部屋の隅っこまで下がった。

もうこれ以上下がれない角の奥まで下がると、クモはガバット立ち上がり、フードを脱ぎズルズルとジッパーを下げてると、いつもの大きく膨らんだスカートとグリーンが出て来た。

「よくこんなピチピチの中にはいりましたね。」

「苦労したわよ。・・・これ、はい」

グリーンは背中にしょった黒い包を僕に渡した。

「何ですかこれ。開けていいですか?」

「どうぞ・・・ここは変わらないわね・・・ちょっと汚くなったけどね。」

包をあけるとニンジンやジャガイモ・・・カレーの材料が入っていた。

「これ、カレーの・・・」

「あんたの今日の働きでは何ももらえないわよ。あの子に食べさせてあげたいんでしょ。早く作りなさいよ。見ているから。」

「よく材料分かりましたね。」

「私ね、何度か食べたことあるの。作ってもらって・・・」

「ひょっとして・・・この杖の人に・・・」

「そうよ。ロビン。ロビンはね、とても怖い顔をしていて、笑った顔も怖くて・・・体もとても大きくて・・・はじめは声もかけられなかった。
背が高くて派手なスーツを来て・・・なのになぜかとても人気があって、彼が事務局に来るととても賑やかになったわ。
面倒見のいい人であの人に助けられた悪魔はたくさんいるわ。
私もその一人・・・。あの人を片足にしたのは私なの。」


ステッキを撫でながらグリーンの話はずっと続いた。僕はじゃがいもをむきながらその話を聞いた。

「ある日ね、この間みたいに天使がたくさんいるから、夕方は出てはいけないと言われていたの。
でも、どうしても行かなければならない用事ができて、出かけたらやっぱり天使に囲まれて・・・足がすくんで動けなかった私を助けてくれたのがロビン。その時、片足を失ったのよ。
とても重い怪我をしているのに、私に、無事で良かったねって言ってくれたの。彼は何日も動けなくて・・・でも悪魔は施しを受けてはいけないの。自分の力だけで生きていかなければいけないルールがあるの。だけどみんな頬っておけなくて、毎日少しずつ食べ物や薬を届けた。私も、目を盗んではここへ通ったの。その時この蜘蛛のスーツを思いついたのよ。
しょっちゅう抜け出しては、ここで彼の作った料理を食べながら話をするの。いろいろな話をしてくれた。彼がまだ人間だった時のいろいろな話・・・夢中になって聞いたわ。楽しかった・・・・
彼の脚が少し良くなって復帰できるとき、みんなでこのステッキを送ったの。彼はとても喜んで、復帰してからも彼は仲間の悪魔のために、人間のために一生懸命働いたわ。」

「とり憑くことをですか?」

「あの人はほかの悪魔とはちょっと違っていてね、とても優しい悪魔なの。
とり憑く人間がこの苦しみを乗り越えた先にどうしたら幸せを見つけることができるか、そればかりを考えていた。
自分自身が人間に苦しめられて、人間の社会からはじき出されて悪魔になったのにね。それでも最後まで人間が好きだったのね。
そういうあの人を理解しない悪魔もたくさんいたけれど、それでも最後まであのスタイルを貫いた。
それでね、ある日、子供を拾ってきたの。
字もかけない、喋れない、何にもできない汚い子。その子を自分のバディにしたのよ。」

「子供を・・・」


「そう。でも悪魔の世界には子供を入れてはいけない決まりがあってね。それでもバディにするんだって、自分がもらった悪魔の勲章をすべて返上して契約を交わしたの。」

「勲章・・・」


「成績のいい悪魔はいっぱい指輪をしているでしょ。あれよ。でも与えられた猶予は6ヶ月。
苦労して文字や言葉を教えていた。ハーモニカもね。本当に必死だった。
その子はいつもロビンのコートの裾をギュッと握ってかた時も離れなかった。首から方位磁石を下げて。服はボロボロ、靴も履いてなかった。どれだけ教えてもダメな子で・・・みんなは6ヶ月後、その子を死神に渡すものだと思っていた。私もそうして欲しかった。でも彼は子供にすべてを託して自分が消えることを選んだ。
自分は長く生きたから、次の世代に託すんだって、全てを子供にのこして、子供のことを頼むって、仲間にも、私にまで頭を下げて・・・いつかロビンの姿を見なくなった。」

「悲しくなかったですか?」

「悲しいに決まっているわ。誰もがみんな。
でも、悪魔には泣くことも、愛することも、傷つくことも許されない。だから彼のこともみんな話さなくなった。」

「悪魔って、結構厳しいんですね・・・」

「そうよ。やってはいけないことたくさんあるのよ。だって人間に呪いをかけるんですもの。当たり前でしょ。
悪魔は苦しくてさみしい行きものなのよ。ロビンが特別だっただけ。」

グリーンはステッキをもう一度ぐっと抱きしめた。その顔があの時の・・・少女の顔に戻っていた。



「もう帰るわ。あの子が帰ってくるでしょ。」

グリーンは立ち上がってスーツを着始めた。

「でも、もう出来上がりますよ。一緒に食べて行きませんか?」

「お腹壊すからいいわ。それに、あの子には私がここへ来たこと、そしてあの人の話をしたことは絶対行ってはダメよ。いいわね。」

「どうしてですか?」

「どうしてもよ。いい、絶対よ。」

グリーンはまたあのピチピチの中にすっぽりと入った。

「その汚い子なんだけどね。ロビンが消えたあと私のところに来て言ったの。
俺の指輪が十個になったら、帰ってくるから心配するなって。俺、頑張るからって。」

グリーンはちょっとだけ笑ったけど、うっすらと涙を浮かべているようにも感じた。


「その子どもって、ロビン・・・マーブルのことですか・・・・」

聞いたけどその問いには答えずに、グリーンは窓から飛んでいった、影のようにクネクネと、波の中を泳ぐように闇に消えていった。
それからしばらくしてロビンが帰ってきた。マーブルの方のロビンだ。ちょっとややこしく感じてきたが、僕にとってのロビンは彼、マーブル・マービー・ケルンだ。
マーブルがロビンに助けられた子供で、ロビンのようになりたいと夢見るのは少しわかってきたような気がする。

「おかえり、ロビン・・・カレー作ったよ。」
「え、本当!」

「本当だよ。でも食べ過ぎるなよ。お腹壊すからな。」

炊飯器がなくて、鍋で御飯を炊いたから焦げてしまって少し臭かったけれど、ロビンは人生初カレーをよろこんで全部食べてしまった。


そしてその夜はお腹を壊して苦しんでいた。
それでも約束通り鍵盤ハーモニカの練習をした。


“きらきら星”それが一番簡単だからと言っていたけれど、はじめてじっくりと見る楽譜に目が回った。


何度も遅くまで練習した。外にいる悪霊たちがうるさく喚き散らしていたのは「下手くそやめろ・・・」という感じだったのかもしれない。
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