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チート軍医は、愛を吐く
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「クビです」
「……はい」
レヴンは、グレイに呼ばれてやってきた執務室で彼にそう告げられた。素直に頷いたのはレヴンに心当たりがありすぎたからだ。
「命令違反は今までもよくあったのは分かってるね?」
「はい……」
「でも今回は、一歩間違えれば隊に多大な迷惑をかけるところだった」
「はい……」
その通り、今の今までもレヴンは好き勝手やっていた。こんなの自分で倒せると単騎でよく突っ込んだり、勝手に作戦を変えて行動したりと好き勝手行っていた。そんなことをしていてもレヴンが許されていたのは、考えるに勇者の剣を一度でも引き抜いたからだろう。
完全に偶然が偶然を呼んだだけで、悪役であるレヴンが勇者になれるはずがないのだが、周りの人間はそうは思わないのだ。しかし、今は真の勇者が誕生した。そう、ヘルトである。ここ数日、彼の話題で持ちきりでヘルトは一躍有名人となった。それに立ち会ったレヴンもグレイト共にいろいろな場所に引っ張られていたが、今は落ち着き懲戒処分を食らったのである。
「これ、退職金。今日中に荷物まとめて出て行くように。今までご苦労様」
「こちらこそ、今までありがとうございました」
「……」
レヴンが頭を下げて感謝の言葉を言うと、グレイはぽんぽんっと軽く肩を叩いて去って行く。グレイがいなくなったことを確認した後に、はあああっとレヴンは深いため息をついた。
(まさか、クビになるとは……)
レヴン自身、これから騎士としてやっていけるかどうかと聞かれたらNOとはっきり言える。しかし、かといって今までこの場所でぬくぬくぬるま湯に浸かって過ごしていたレヴンが世に出て他の仕事に就けるかどうかと聞かれれば首を緩く横に振るしかないのである。
天涯孤独の身で、頼れるツテはあるにはあるが頼れないという事態。今レヴンはこの退職金でどう生きれば良いのか真剣に考えなければいけないのである。
そっと袋を持って、思いのほかずっしりと重かった。そっと覗いてみるとかなりの額が入っている。レヴンは心の中でグレイに感謝をしながらそっと懐に忍ばせる。
そして、執務室から出るとレヴンはそのまま医務室の方に向かおうとして、踵を返した。
(いやいや、ヴィオレットに会ってどうするんだよ)
いつもの習慣が恐ろしいとレヴンはそう思いながら苦笑を漏らす。そして落ち着いてあの遠征での告白について考えて見た。
はっきり言って、レヴンはヴィオレットに告白されていやではなかった。治療と称して体を重ねたことも、キスをしたことも申し訳ないと思いながらも嫌悪感を抱いたことは全くない。そこまで考えればレヴンは、ヴィオレットが好きなのだと断言できる。
しかし、しかしだ、本当にそれでいいのだろうかという気持ちがレヴンにはある。
(俺がヴィオレットを幸せに出来る自信がない……)
原作を知っているからと言うのもあるが、今までレヴンは育てて貰った村で酷い扱いを受けてきた。ヴィオレットがレヴンの村に定住するまで、穀潰しだの一緒に死ねばよかっただの、不幸を呼ぶだのと色々言われてきた。
前世を思い出したとはいえ、今までのレヴンと今のレヴンが全く別物になった訳ではなくその今までの苦しい記憶も持ったまま合わさったというのが現在のレヴンだ。
(しかも、この前ヴィオレットの生みの親であるお父さんに会って釘刺されたんだよなぁ……)
勇者の剣を抜いたヘルトの立会人としてグレイと共にレヴンは貴族達と相対した。その中には、遺伝子的にヴィオレットの父もいてレヴンは初めて彼に声をかけられた。
――君がうちの息子にまとわりついているっていう平民か?
――え……。
――大して能力も無いくせに、人に寄生することだけは一人前か。
――はあ……。
その時、レヴンはその人物がヴィオレットの父親だと分からなかったのである。平民が貴族の顔を知っているわけもなく、その上騎士団の中にいる貴族は少なくもないので身に覚えがなかったのだ。終始レヴンは、何で自分に話してきたんだろうと首を傾げていた。そしてそれが続くので、その男にこれ以上時間を取られたくなかったレヴンはとうとうこういったのだ。
――いいか。うちの息子はお前みたいな……。
――あの、俺貴方の息子と知り合いじゃないですよ? 誰かと間違えてるんじゃないですか?
その瞬間、場は凍り付いた後にふっとグレイの笑い声が漏れたのだ。そして彼に耳打ちして貰い、レヴンは大きな声で「え! 今までヴィオレットを放置してた生みの父親!?」と叫んでしまったのである。するとその男は顔を真っ赤にしてすぐさま去って行った。彼自身も思うところがあったのだろう。レヴンはすぐに貴族を怒らせてしまったと真っ青になるが、グレイが気にしなくて良いと言うので報復はないだろうとレヴンはほっとしていた。
そんなこともあり、レヴンはヴィオレットに対してかなり引け目に感じている。
(このままいなくなればヴィオレットも俺のことを忘れるだろうし、多分、それがヴィオレットの為にもなる)
レヴンは、ヴィオレットが引く手あまたの天才軍医である事を知っている。だからこそ、生みの親が自分の息子だとあのとき主張したのだろう。レヴンを通じて、自身のものだと周りの者に知らしめようと考えていたと思う。これからヴィオレットは恐らくそういう人物から身を守るためにも確固たる地位を持たなければいけない。
間違っても、平民で何も持っていない上に無職になるレヴンが傍にいて良い存在ではないのだ。
レヴンは自分の部屋に戻って少ない荷物をまとめる。思えばあまり物を持っていなかったので簡単に一つのトランクに入った。退職金も同じく詰め込んでこそこそと誰にも会わないうちに出て行ってしまおうとして扉を開けるとそこにはヘルトがいた。
「!?」
「レヴン先輩! いなくなるって本当ですか!?」
「え、あ、う、うん」
「そんな! 折角仲良くなったのに!!」
どこから情報が漏れたのかとレヴンは思案する。この情報を知っているのは恐らく他にグレイだけだろうが、グレイがヘルトに話をしたのだろうかと考えた。勇者騒ぎで忙しいヘルトにこんなことで時間を奪ってしまいレヴンは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「本当はお花とか渡したかったんですけど何もなくて!! 急いで食堂にあったお菓子持ってきました! 少ししか一緒にいられませんでしたが、今までありがとうございました! 俺、頑張って勇者になってレヴン先輩に恩返しをします!!」
「え、いやいや、そんな恩返しされるような事してないし、勇者だからって頑張る必要ないよ。騎士団の皆もいるから一人でやろうとしないで頼るんだよ」
「レヴン先輩……っ!!」
ヘルトが感極まって涙ぐむ。レヴンは短い期間一緒にいただけなのにこんなに好意的なヘルトに少し驚きながらも、悪い気はしなかった。
「じゃあ俺は行くから」
「はい! 今までありがとうございました!!」
レヴンは最後にヘルトの頭を軽く撫でて手を振った。ヘルトに見送られながらレヴンは数年過ごした寮を後にする。なんだかんだ10年近くはいたんじゃないだろうか。
(俺が魔物を勇者の剣で倒した日からずっとだから少し感慨深いかも……)
レヴンはぺこりと深く頭を下げた後、すぐに背を向けて歩いて行く。本当は訓練場など見て回りたかったが、そんなことをしている時間は無い。もしかしたら、積年の恨みを果たされる恐れもあるのでレヴンは足早にその場を離れる。
そして一歩、門の外を出た。
これでレヴンは、何か特別なことがない限りはこの場所に入ることはできない。騎士でもない人間が入れる場所ではないのだ。ということはつまり、その中にいるヴィオレットにも会えなくなるということ。
レヴンは一度振り返りじっと医務室の方向を見る。それからすぐに前を向いて歩き出した。
「これからどうしよう……」
レヴンは鞄に入れた退職金と手元にあるお金を計算してどうするべきか頭を悩ませる。自分の特技はなんだろうかと考えて歩き続けると不意に肩を掴まれた。驚いてレヴンが振り返ると、そこには何故かヴィオレットがいた。
「え、え!?」
「何で僕を待たないで一人で行く!!」
「は、はあっ!?」
レヴンはヴィオレットの登場と彼の発言に何が何だか分からずに声をあげる。そんなレヴンをヴィオレットは睨みつけて眉間にしわを寄せる。
「な、なんでいるのヴィオレット!!」
「僕もクビになった」
「そんな馬鹿な!!」
レヴンならまだしも、ヴィオレットをクビにするなんて事はあり得ない。嘘を言ってついてきているのではないかとレヴンは勘繰るが、ヴィオレットはそんなことよりもと話題を変える。
「僕はお前から返事を聞いていないんだが」
「!」
「まさか、まさか、何も言わずに去るつもりだったなんてことは無いよな?」
「……」
レヴンは痛いところを突かれ、さっと目をそらす。それから顔をそらして逃げようとするがもう片方の手で手首を捕まれた。
「レヴ。お前は僕のこと嫌いか?」
嫌いなはずがない。
ここまでレヴンに尽くしてくれた大切な「人の好い」幼なじみを嫌いになれるはずがない。
しかし、レヴンはそれに素直に答えることが出来ない。ぎゅっと唇を噛んで震える声を悟られぬように必死で落ち着いた声を絞り出す。
「好きとか嫌いとかじゃなくて、ヴィオレットはこれから自分の身を守るためにも……」
「僕が聞いているのは、僕が好きか嫌いかだ。同じ質問を僕にさせるな」
ヴィオレットの言葉にレヴンは追い詰められる。レヴンはそらしていた顔をヴィオレットの方に向けた。そして泣きそうな顔をしながら彼の瞳を見つめる。まっすぐにレヴンは彼の目を見て、ああこの目で見られたら敵わないとレヴンは少し笑ってしまう。
「好き」
レヴンは自分でも驚くほどするりとその二文字が口に出た。ヴィオレットの目からそらすことなくしっかりと真正面で彼に向き合って自分の気持ちに素直になった。いってしまったら取り消せないとレヴンは少しばかり後悔をしたが、目の前にいる男が嬉しそうに表情を崩すのでどうでもよくなった。
「ああ、僕もお前が好きだ。愛してる」
レヴンはたまらなくなってヴィオレットに抱きついた。そして、この「人の好い」幼なじみに愛を吐く。
***
とある、小さな町にそれはそれは顔のいい薬師がいる薬屋がある。品質も良い薬がほどよい価格で陳列しているので隣町からも買いに来る者がいるくらい人気の店であった。しかし、そこにいる顔の好い薬師は大層無愛想で誰彼構わず毒を吐く。
しかし、彼は特定の人物の前でだけその態度が緩和する。
「レヴ。早くその瓶をとれ」
「え? 何どれ?」
「馬鹿か。何で遠くに行く。一番上の段の右から三つ目の瓶だ」
「はじめからそう言ってよ!!」
その無愛想な薬師の「妻」の前ではいつも柔らかい笑みを浮かべて彼は楽しそうにとても甘い毒を吐いていた。
――――
これにて本編完結です!!
あとは数話番外編を書きます。
今のところヴィオレット視点の話です!
お気に入り登録、しおり、ありがとうございました!
感想貰えて大変嬉しかったです!!
「……はい」
レヴンは、グレイに呼ばれてやってきた執務室で彼にそう告げられた。素直に頷いたのはレヴンに心当たりがありすぎたからだ。
「命令違反は今までもよくあったのは分かってるね?」
「はい……」
「でも今回は、一歩間違えれば隊に多大な迷惑をかけるところだった」
「はい……」
その通り、今の今までもレヴンは好き勝手やっていた。こんなの自分で倒せると単騎でよく突っ込んだり、勝手に作戦を変えて行動したりと好き勝手行っていた。そんなことをしていてもレヴンが許されていたのは、考えるに勇者の剣を一度でも引き抜いたからだろう。
完全に偶然が偶然を呼んだだけで、悪役であるレヴンが勇者になれるはずがないのだが、周りの人間はそうは思わないのだ。しかし、今は真の勇者が誕生した。そう、ヘルトである。ここ数日、彼の話題で持ちきりでヘルトは一躍有名人となった。それに立ち会ったレヴンもグレイト共にいろいろな場所に引っ張られていたが、今は落ち着き懲戒処分を食らったのである。
「これ、退職金。今日中に荷物まとめて出て行くように。今までご苦労様」
「こちらこそ、今までありがとうございました」
「……」
レヴンが頭を下げて感謝の言葉を言うと、グレイはぽんぽんっと軽く肩を叩いて去って行く。グレイがいなくなったことを確認した後に、はあああっとレヴンは深いため息をついた。
(まさか、クビになるとは……)
レヴン自身、これから騎士としてやっていけるかどうかと聞かれたらNOとはっきり言える。しかし、かといって今までこの場所でぬくぬくぬるま湯に浸かって過ごしていたレヴンが世に出て他の仕事に就けるかどうかと聞かれれば首を緩く横に振るしかないのである。
天涯孤独の身で、頼れるツテはあるにはあるが頼れないという事態。今レヴンはこの退職金でどう生きれば良いのか真剣に考えなければいけないのである。
そっと袋を持って、思いのほかずっしりと重かった。そっと覗いてみるとかなりの額が入っている。レヴンは心の中でグレイに感謝をしながらそっと懐に忍ばせる。
そして、執務室から出るとレヴンはそのまま医務室の方に向かおうとして、踵を返した。
(いやいや、ヴィオレットに会ってどうするんだよ)
いつもの習慣が恐ろしいとレヴンはそう思いながら苦笑を漏らす。そして落ち着いてあの遠征での告白について考えて見た。
はっきり言って、レヴンはヴィオレットに告白されていやではなかった。治療と称して体を重ねたことも、キスをしたことも申し訳ないと思いながらも嫌悪感を抱いたことは全くない。そこまで考えればレヴンは、ヴィオレットが好きなのだと断言できる。
しかし、しかしだ、本当にそれでいいのだろうかという気持ちがレヴンにはある。
(俺がヴィオレットを幸せに出来る自信がない……)
原作を知っているからと言うのもあるが、今までレヴンは育てて貰った村で酷い扱いを受けてきた。ヴィオレットがレヴンの村に定住するまで、穀潰しだの一緒に死ねばよかっただの、不幸を呼ぶだのと色々言われてきた。
前世を思い出したとはいえ、今までのレヴンと今のレヴンが全く別物になった訳ではなくその今までの苦しい記憶も持ったまま合わさったというのが現在のレヴンだ。
(しかも、この前ヴィオレットの生みの親であるお父さんに会って釘刺されたんだよなぁ……)
勇者の剣を抜いたヘルトの立会人としてグレイと共にレヴンは貴族達と相対した。その中には、遺伝子的にヴィオレットの父もいてレヴンは初めて彼に声をかけられた。
――君がうちの息子にまとわりついているっていう平民か?
――え……。
――大して能力も無いくせに、人に寄生することだけは一人前か。
――はあ……。
その時、レヴンはその人物がヴィオレットの父親だと分からなかったのである。平民が貴族の顔を知っているわけもなく、その上騎士団の中にいる貴族は少なくもないので身に覚えがなかったのだ。終始レヴンは、何で自分に話してきたんだろうと首を傾げていた。そしてそれが続くので、その男にこれ以上時間を取られたくなかったレヴンはとうとうこういったのだ。
――いいか。うちの息子はお前みたいな……。
――あの、俺貴方の息子と知り合いじゃないですよ? 誰かと間違えてるんじゃないですか?
その瞬間、場は凍り付いた後にふっとグレイの笑い声が漏れたのだ。そして彼に耳打ちして貰い、レヴンは大きな声で「え! 今までヴィオレットを放置してた生みの父親!?」と叫んでしまったのである。するとその男は顔を真っ赤にしてすぐさま去って行った。彼自身も思うところがあったのだろう。レヴンはすぐに貴族を怒らせてしまったと真っ青になるが、グレイが気にしなくて良いと言うので報復はないだろうとレヴンはほっとしていた。
そんなこともあり、レヴンはヴィオレットに対してかなり引け目に感じている。
(このままいなくなればヴィオレットも俺のことを忘れるだろうし、多分、それがヴィオレットの為にもなる)
レヴンは、ヴィオレットが引く手あまたの天才軍医である事を知っている。だからこそ、生みの親が自分の息子だとあのとき主張したのだろう。レヴンを通じて、自身のものだと周りの者に知らしめようと考えていたと思う。これからヴィオレットは恐らくそういう人物から身を守るためにも確固たる地位を持たなければいけない。
間違っても、平民で何も持っていない上に無職になるレヴンが傍にいて良い存在ではないのだ。
レヴンは自分の部屋に戻って少ない荷物をまとめる。思えばあまり物を持っていなかったので簡単に一つのトランクに入った。退職金も同じく詰め込んでこそこそと誰にも会わないうちに出て行ってしまおうとして扉を開けるとそこにはヘルトがいた。
「!?」
「レヴン先輩! いなくなるって本当ですか!?」
「え、あ、う、うん」
「そんな! 折角仲良くなったのに!!」
どこから情報が漏れたのかとレヴンは思案する。この情報を知っているのは恐らく他にグレイだけだろうが、グレイがヘルトに話をしたのだろうかと考えた。勇者騒ぎで忙しいヘルトにこんなことで時間を奪ってしまいレヴンは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「本当はお花とか渡したかったんですけど何もなくて!! 急いで食堂にあったお菓子持ってきました! 少ししか一緒にいられませんでしたが、今までありがとうございました! 俺、頑張って勇者になってレヴン先輩に恩返しをします!!」
「え、いやいや、そんな恩返しされるような事してないし、勇者だからって頑張る必要ないよ。騎士団の皆もいるから一人でやろうとしないで頼るんだよ」
「レヴン先輩……っ!!」
ヘルトが感極まって涙ぐむ。レヴンは短い期間一緒にいただけなのにこんなに好意的なヘルトに少し驚きながらも、悪い気はしなかった。
「じゃあ俺は行くから」
「はい! 今までありがとうございました!!」
レヴンは最後にヘルトの頭を軽く撫でて手を振った。ヘルトに見送られながらレヴンは数年過ごした寮を後にする。なんだかんだ10年近くはいたんじゃないだろうか。
(俺が魔物を勇者の剣で倒した日からずっとだから少し感慨深いかも……)
レヴンはぺこりと深く頭を下げた後、すぐに背を向けて歩いて行く。本当は訓練場など見て回りたかったが、そんなことをしている時間は無い。もしかしたら、積年の恨みを果たされる恐れもあるのでレヴンは足早にその場を離れる。
そして一歩、門の外を出た。
これでレヴンは、何か特別なことがない限りはこの場所に入ることはできない。騎士でもない人間が入れる場所ではないのだ。ということはつまり、その中にいるヴィオレットにも会えなくなるということ。
レヴンは一度振り返りじっと医務室の方向を見る。それからすぐに前を向いて歩き出した。
「これからどうしよう……」
レヴンは鞄に入れた退職金と手元にあるお金を計算してどうするべきか頭を悩ませる。自分の特技はなんだろうかと考えて歩き続けると不意に肩を掴まれた。驚いてレヴンが振り返ると、そこには何故かヴィオレットがいた。
「え、え!?」
「何で僕を待たないで一人で行く!!」
「は、はあっ!?」
レヴンはヴィオレットの登場と彼の発言に何が何だか分からずに声をあげる。そんなレヴンをヴィオレットは睨みつけて眉間にしわを寄せる。
「な、なんでいるのヴィオレット!!」
「僕もクビになった」
「そんな馬鹿な!!」
レヴンならまだしも、ヴィオレットをクビにするなんて事はあり得ない。嘘を言ってついてきているのではないかとレヴンは勘繰るが、ヴィオレットはそんなことよりもと話題を変える。
「僕はお前から返事を聞いていないんだが」
「!」
「まさか、まさか、何も言わずに去るつもりだったなんてことは無いよな?」
「……」
レヴンは痛いところを突かれ、さっと目をそらす。それから顔をそらして逃げようとするがもう片方の手で手首を捕まれた。
「レヴ。お前は僕のこと嫌いか?」
嫌いなはずがない。
ここまでレヴンに尽くしてくれた大切な「人の好い」幼なじみを嫌いになれるはずがない。
しかし、レヴンはそれに素直に答えることが出来ない。ぎゅっと唇を噛んで震える声を悟られぬように必死で落ち着いた声を絞り出す。
「好きとか嫌いとかじゃなくて、ヴィオレットはこれから自分の身を守るためにも……」
「僕が聞いているのは、僕が好きか嫌いかだ。同じ質問を僕にさせるな」
ヴィオレットの言葉にレヴンは追い詰められる。レヴンはそらしていた顔をヴィオレットの方に向けた。そして泣きそうな顔をしながら彼の瞳を見つめる。まっすぐにレヴンは彼の目を見て、ああこの目で見られたら敵わないとレヴンは少し笑ってしまう。
「好き」
レヴンは自分でも驚くほどするりとその二文字が口に出た。ヴィオレットの目からそらすことなくしっかりと真正面で彼に向き合って自分の気持ちに素直になった。いってしまったら取り消せないとレヴンは少しばかり後悔をしたが、目の前にいる男が嬉しそうに表情を崩すのでどうでもよくなった。
「ああ、僕もお前が好きだ。愛してる」
レヴンはたまらなくなってヴィオレットに抱きついた。そして、この「人の好い」幼なじみに愛を吐く。
***
とある、小さな町にそれはそれは顔のいい薬師がいる薬屋がある。品質も良い薬がほどよい価格で陳列しているので隣町からも買いに来る者がいるくらい人気の店であった。しかし、そこにいる顔の好い薬師は大層無愛想で誰彼構わず毒を吐く。
しかし、彼は特定の人物の前でだけその態度が緩和する。
「レヴ。早くその瓶をとれ」
「え? 何どれ?」
「馬鹿か。何で遠くに行く。一番上の段の右から三つ目の瓶だ」
「はじめからそう言ってよ!!」
その無愛想な薬師の「妻」の前ではいつも柔らかい笑みを浮かべて彼は楽しそうにとても甘い毒を吐いていた。
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これにて本編完結です!!
あとは数話番外編を書きます。
今のところヴィオレット視点の話です!
お気に入り登録、しおり、ありがとうございました!
感想貰えて大変嬉しかったです!!
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