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チート軍医は、静かに怒る

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ぱちりとレヴンは目を開けた。目の前には真っ白な天井。どうやらここは医務室のようだと自覚したあとに、はっと昨日の出来事を思い出し勢いよく体を起こす。しかし、いつも以上の倦怠感と痛みにうめき声を上げた。いつもの痛み、いやそれ以上だが、よく覚えのあるものだ。


(今まで寝違えただけだと思っていたのにこれら全部……)


 レヴンは、昨日の出来事とついでに最近見たあの夢を思い出しかあっと顔を赤らめた。今まで自分のされていたことを自覚したのだ。


(お、俺は、どんな顔をしてヴィオレットと会えば……っ!!)


 そもそもヴィオレットは、ヘルトとくっつくべきでレヴンの世話とはいえそんな、そんなことまでさせていたなんてレヴンは信じたくない。どれだけの負担をヴィオレットにかけていたのかと思うとレヴンは頭を抱えたくなった。


「起きたか」
「えっ!?」
「おはよう」
「あ。お、おはよう……?」


 しゃーっとカーテンが引かれたかと思えばそこにはきっちりと白衣を着ているヴィオレットがいる。レヴンは昨日の事を思い出して気まずさと恥ずかしさで驚くが、ヴィオレットは何事も無かったかのように挨拶をした。レヴンはそんなヴィオレットにぽかんと驚いて首を傾げる。


(もしかして、リアルすぎる夢……?)


 レヴンは、ヴィオレットの変わらない態度にそうかもしれない、きっとそうだと希望を持ってそれからほーっと胸をなで下ろす。妄想だったらまだ良い。いや、良くはないが、実際に関係を結んでいる訳では無いのだから良いに決まっている。
 レヴンはふとヴィオレットの顔が近づいてきた気配を感じていつものように熱を測るのだろうとそっと目を閉じる。そして、唇に何かが当たった。


「んっ!?」


 ちゅっと音がしてレヴンの唇を割ってヴィオレットの舌が侵入してくる。レヴンは驚いて身を引こうとしてぐっと腰を捕まれた。


(え、え、え?)


 動けない。いや、ヴィオレットよりも腕力のあるレヴンが本気を出せば彼の拘束なんてすぐに解けるのだが、体が震えてそれが出来ない。まるで、そうするのが自然だというようにレヴンはそれを甘受している。レヴンは酸欠からか、それともこの雰囲気に酔ったのかとろんと瞼が落ちてきた。そしていつものようにヴィオレットの首に手を回したレヴンだったが、ヴィオレットの手が下履きに触れて我に返った。


「いかん! 完全に流された!! 終わり終わり!! ヴィオレット、俺に説明して!!」
「……ここでやめろと?」
「な、なんで、た、えっ!?」


 レヴンは慌ててヴィオレットから離れ、突き返そうと胸板を押す。すると、若干押し戻されたヴィオレットが不満げな声を上げるのでレヴンは下を見てしまった。彼の中心がズボンの下からでもよく分かるほど主張している。はあ、と耳元で熱っぽい息を吹きかけられてうびくりとレヴンは体を震わせた。


「レヴ」
「~~っ!!」


 そう言われるとレヴンは背筋がぞわぞわする。勝手に下腹部が切なくなってきて、その感覚をごまかすようにレヴンは足を閉じて抱え込んだ。


「終わり!! だめ! 知らない!! 説明が先!!」
「……ちっ」
「おい今舌打ちしただろ!!」


(俺が流されると思ったか!!)


 半分くらいは流されかけたが、結果的に我慢したので良いだろう。レヴンは布団を最大限まで引き上げて自分のところに寄せヴィオレットから距離を取る。じろっと睨みつけてどういうことか説明が先だとレヴンはヴィオレットに質問を投げかける。


「というか、今まで、その、俺はヴィオレットと……」
「そうだ」


 レヴンは、あっさりとそう答えるヴィオレットに絶句した。こんなの、あまりにも責任感が強すぎではないだろうか。


(これはもしかして、俺が思っている以上にヴィオレット負い目に感じてる……よね?)


 今まで、自分がヴィオレットにひっついて何かあるたびにヴィオレットに頼っていたのだからそう感じるのも無理はない。


(だからといって、こんなことまで許すなんて普通思うか? いや、それとも、薬ほしさにヴィオレットを殺しにかかったとか? だったらそっちの方が安全、なのか?)


色々とレヴンは可能性を考えて、頭が痛くなってきた。最終的には、こんなことをさせていたレヴンが悪いという結論に至りレヴンはため息をつく。


「ヴィオレット、そこまでしなくて良いよ。ただの患者にそこまで尽くすのは……」
「ただの、患者……?」


 その瞬間、ぞっとレヴンは悪寒に近い何かを感じた。ヴィオレットは表情があまり動かず感情が読みにくい。しかし、幼なじみのレヴンには彼がとてつもなく怒りを覚えているという事が分かる。何かまずいことでも言っただろうかとレヴンはビクビクして彼を見ると、彼ははあああっと長いため息をついた。


「レネが言ってたのはこういうことか」
「レネさん……?」


 レネというのはヴィオレットの叔父であり、ヴィオレットを養子にした男である。彼はここらでは腕の立つ有名な薬師だ。彼が薬師だからこそ、ヴィオレットが医学に興味を持って医者の道を進んだと言っても過言ではない。つまり、レネはヴィオレットの人生に大きな影響を与えた男と言うことだ。
 そんな彼が、ヴィオレットに何を言ったのだろう。患者に対する心得だとかそういうものだろうか。レヴンはそんなことを考えているとぎしりとスプリングの音を立ててヴィオレットが離れた。レヴンは自分の言いたいことが伝わったのだとほっとして胸をなで下ろす。


(うんうん、患者と医者は近すぎちゃだめだ。そもそもただの責任でこんなことまでするなんてあり得ない。こういうのは、ヘルト君としなくちゃ)


 一瞬ずきりと胸が痛んだが、これは幼なじみとしての嫉妬だとレヴンはそう考えて首を振る。お互いに適度な距離を保っていなければいけない。小さな独占欲なんて持っていたって意味が無い。


「僕は、ただの患者にこんなことしない」
「え、あー、そうだね。俺がこうなった責任を取るために……」
「責任でもない。僕は好きでお前とこんなことをしている」


 レヴンは、ヴィオレットの言葉に驚いてじっと彼を見る。思いのほかヴィオレットは性欲が強いのだろうかとレヴンはそう考え、それなら協力をしてあげてもいいかもとちょっと思ってしまい我に返る。


(そうじゃないだろ俺! こうなったら早くヘルト君とくっつけて……っ!)


「レヴン、良いか良く聞け」


 レヴンは、ヴィオレットの真剣な声に彼を見た。すると、彼の緑色の瞳と目が合う。レヴンは、この瞳が好きだ。ヴィオレットは、口を開けば罵倒が飛ぶし態度も大きく誰からも好かれるような人間ではない。寧ろ敵を作ってしまうタイプだ。それでも、レヴンは知っている。彼は優しくて、とても思いやりのある子だということを。
 「人が好い」のだ。
 だから、レヴンはこれから言われる言葉はきっと医者としての何かだろうと予想できる。予想できるのに、心の奥底では何となく違う何かを期待していた。


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