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35、気持ちの変化

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塔に入る為にルーファスが率先して手続きをしに行ったが、何やらもめている。それもそのはず、元勇者メンバーであり一度挑戦しているからである。そして言わずとも塔から放り出されていたのだ。二度目の権利を得るには勇者の加護を持つ者をパーティーに入れる事である。

その為、誰が勇者の加護を持っているのか兵士は確認をして、それを知らせなければならなかった。

それをルーファスは知っていた。知っていたが何があろうとさっさと塔に入らなければならなかった。

待たせると、長いから俺らで入るっとアシュレイが言い出す可能性がある。その為何が何でもその無理を通さなければならない。
とはいえ、それでも時間がかかるのは確かである。ちらっとルーファスはアデルを見た。この中で一番社交性に長けているのは彼だ。アデルは任せろっと頷いて、アシュレイを抱っこしたままのレイチェルに近づく。


「こんにちは!」
「こ、こんにちは……」
「勇者様って呼んだ方がいいですか?あ!俺はアデルです。あれがルーファス、帽子被ってんのがアリサ、隣がベン。リナの隣にいるのがサイラスって言います。よろしく~」
「あ……レイチェルって呼んでください」
「了解です~」


アデルはにこにこと笑いながらところでっとアシュレイの姿を見る。


「小さいですね、アシュレイ様。いくつですか?」
「8歳です」


レイチェルがそう答える。そこでアシュレイが8歳であることを自覚しつつ、え!っとアデルが驚きの声をあげた。


「10歳以下!道理でまえより小さいわけですわ~」
「煩いな。子供なんだから当たり前でしょ」
「いえいえ!可愛いですよ~アシュレイ様。ねー?」
「あ、はい。小さくてかわいいです」
「そう?まあ、これから成長するから良いんだけど」


レイチェルがそう言うのでアシュレイはそんなものかと思うことにする。


「そう言えば教会に来たときは大人の姿でしたよね?あれは成長したお姿でしょうか?」
「うん。レイチェルにかけて貰った」
「成長したアシュレイ様ですか。さぞかし人目を引いたでしょうね」


その会話に加わったのはリナとサイラスだ。アシュレイはそう答えつつ、サイラスの質問に考え込んでそれから首を振った。


「いや?そうでもないけど?」
「貴方は容姿に頓着しないからそう思うでしょうね」
「アシュレイ様は、大変見目麗しいお姿ですよ」
「身内びいきって言葉知ってる?」


また、アリサとベンが加わり、話が盛り上がる。

和気あいあいと談笑、しているのはレイチェルを除いた者たちだけである。別にレイチェルの分からない身内話と言うわけではない。一応レイチェルも分かる話ではあるが、そもそも性格上こういう大人数で話をする場合は口を閉ざしてしまうのだ。どうにもなじめずに、ぎゅっとアシュレイを強く抱きしめてしまう。
そして、やはり妬ましい気持ちが沸き上がった。同時に不安が押し寄せる。

――――この塔が消えたら。

考えたくない可能性にレイチェルは恐怖にかられる。動悸が激しくなるのが分かった。


「レイチェル?どうしたの?」


ふと、アシュレイの心配そうな声が耳に入ってきた。見れば心配そうな顔をしてアシュレイがレイチェルを見ていることに気が付く。レイチェルはその瞳が自分だけを映していることにほっとする。浅ましい自分の気持ちに嫌になるが、それでもレイチェルはアシュレイが欲しかった。


「ううん、何でもないよ」


そう言ってアシュレイに頬ずりをして気持ちを落ち着かせた。アシュレイはじっと注意深くレイチェルを見て、ぎゅっと首に腕を回す。


「レイチェル大好き」


良く聞こえる声でアシュレイがそう言った。その瞬間、レイチェルを除く5人は信じられないものを聞いたとでも言うような顔をする。

その顔の5人にふふんっとアシュレイが自慢げに鼻を鳴らす。


「レイチェルは俺の、お・れ・の旦那さんだから」


一瞬固まった。そして、ばっと5人はレイチェルに近寄って訴えた。


「悪い事は言いません。レイチェル君、考え直した方がよいかと」
「リナの言う通りです。彼には今権力も財力もない顔だけの男ですよ?」
「そうよ!他に良い人は沢山いるわ!こんなのより!」
「そ、そうですね。悪いとは言いませんが、そのぅ……」
「吊り橋効果的なのが大きいんじゃないですかねー?今まであった中でましっていうだけじゃあ、絶対後悔すると……」
「ねえ、それどういう意味かな?」


アシュレイがじとっと睨みつける。

それを聞いたレイチェルは一瞬呆けた。アシュレイの大好きもそうだが、旦那さんだと彼らの前で断言してくれたこと、次々にアシュレイに対する酷評に思考が追い付かない。
数秒して理解した。ぶわりっと恥ずかしさと嬉しさでレイチェルの頬が赤く染まる。手で顔を隠したいが、アシュレイを抱えているためにそれが出来ずにぱくぱくと口を動かすしかない。

ふっとアシュレイがそのレイチェルの反応に自慢げな顔をして、悲鳴が上がる。


「犯罪よ!一回り以上は離れていたでしょう!?」
「そうです!こんな囲い込んで誑し込むやり方汚いですよ!!」
「それが恋の駆け引きでしょう?心配しなくても俺たち愛し合ってるから」
「こんな胸躍らない恋の駆け引きがあってたまるか!!洗脳よ!!」
「なんという……なんということでしょう。ああ、神様……」


女性陣がいの一番に抗議をした。それをものともせずに清々しい程開き直るアシュレイ。

初恋をこじらせるとめんどくさい、とはいったもので大人になるとその初めてを何が何でも成就させようという意思が感じられる。特に、アシュレイはそれが顕著である。何でも手に入ってしまうので、欲しいものは手元に入らないわけがないという傲慢さも持ち合わせていた。勇者で王子。その地位と権利は人を狂わせてしまうのだ。
嘆くアリサとリナ、憐れみと同情を向けるアデルとサイラス。その中でベンだけは違う視線をレイチェルに向けていた。


「あ、あのぅ、レイチェルさんは、アシュレイ様のこと好きなんですか?」


ベンは恐る恐るレイチェルにそう聞いた。


「好きに決まってるじゃん。ベン、どうしてそんなこと聞く……」
「あ、アシュレイ様に聞いてませんのでお静かに」
「……」


アシュレイがそう言うが、ベンははっきりとそう言ってじっとレイチェルの言葉を待つ。アシュレイは言葉通り静かに口を閉じてレイチェルを見上げた。

そして、はっとレイチェルは我に返ってベンの質問に迷わず答える。


「はい。大好きです」
「そうですか!良かったですね、アシュレイ様!」


ベンがにこにこと嬉しそうにそう言った。アシュレイはぷいっとそっぽを向く。


「し、知ってたし……」
「ええ、そうですねアシュレイ様」
「ち、違うし。別に自信なかったとかじゃないから!分かってたから!!」


実際、アシュレイは恋愛ごとに関しては疎く、自信がないところが多い。本当に通じあっ散るのかどうかと言われても確認するには女々しくて言えるはずがない。また、自分が言ったからであるが好きと言うよりもずっと一緒にいようね?というニュアンスの方が強かったのでは?と、アシュレイもああ見えて不安ではあった。
だからこそ、今回大好きと言われて照れないわけにはいかない。そっぽを向いているがその口元が緩み切っている。
そして、言い切った本人は恥ずかしそうにしていた。

うわ、何この空気。

アリサ、リナ、サイラス、アデルはそう思った。そして、認めざるを得ない。
別に彼らはアシュレイとレイチェルの仲を裂いて不幸にしたいわけではない。ただ、彼らの環境が特殊なだけにお互いに依存しあっているのでは、という心配なのだ。

特にそれはレイチェルが顕著であろう。

だがしかし、あんなふうに真摯に答えられては折れるしかないというものだ。


「アシュレイ様に泣かされたらいつでも頼ってください」
「ええ。全力でアシュレイ様から守りますからね」
「私のところでもいいのよ?どでかい魔術をぶっ放して追い払ってあげる」
「家に穴開けるのは勘弁してね、アリサちゃん」
「俺んちも大歓迎ですからね!レイチェル君みたいな可愛いくて美人な子大好きですから!!」
「アデル、レイチェルに手を出したら切り落とすから」
「じょ、冗談ですってば!!さーせん!!」


アシュレイと彼らが話をする。

その様子を見て、レイチェルはぽかんとした。先ほどと同じような流れなのに全く嫌な感じも妬ましい気持ちも起きなかった。
何故だろう。どうしてだろうっと一人でぐるぐると考える。


「レイチェルは俺のだから!!俺の大事な人で好きな人だからね!分かってる!?」
「分かってます。でも、レイチェル君が心変わりしたとか言って来たら潔―く身を引いてくださいねー?いくら好きでも」
「そ、そんな日は来ないから。縁起の悪いこと言わないでくれる?アデル」
「アシュレイ様!大丈夫です!多分!」
「ベン、多分ってつけないで頼むから!!」


そうだ。アシュレイが、そう言ってくれたからだ。大好きだって、俺のだって大事な人だって。
その言葉だけがこれほどうれしいとは思わなかった。
そう自覚すると、何かが込み上げてぽたりっと瞳から涙があふれた。レイチェルはあれ?っとか細い声を漏らした。ぎょっと、アシュレイがこちらを見ているのが分かる。


「レイチェルっ!?ど、どうしたの!?」
「やはりアシュレイ様がいやなのでは!?」
「そ、そうなの!?」


リナの言葉にアシュレイが不安と焦りの表情になる。しかし、レイチェルは緩く首を振って否定した。


「ちが……っ。ちが、くて……。う、うれしいの、嬉しいの。アーシュ。僕も大好き。僕の大事な人。ありがとう、ありがとう!」
「い、いや……お、俺こそ。ありがとう」
「うん、うん……っ!」


アシュレイはレイチェルの涙を脱ぐって頭を撫でる。
それを甘んじて受け入れながら、レイチェルはぺこりと五人に頭を下げる。


「あの、ありがとうございます。改めてよろしくお願いします」


ふわっと自然にレイチェルは笑みを浮かべた。

もう既に、嫌な気持ちは吹っ飛んだ。単純ではあるが、レイチェルにとっては勇者として一緒に過ごしていた彼らに対しての警戒心が一番強かったため、彼らより自分を選んでくれたことが嬉しい。今までの憂鬱な気分が晴れるようだ。ただ、まだ、完全に晴れたわけではない。やはり、自分以外の人と仲良く話しているともやもやしてしまう。けれども、彼らに対する警戒心は無くなった。

レイチェルは多少なりともその時は、気分が良かった。
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