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第五章 金の神子様はジョブチェンジ

閑話休題 とある戦闘奴隷の話

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 強い。

 違法な薬物で、身体強化された自分でさえも圧倒するその強さを持っていた。

 すらりとした体躯に細身の剣を持った彼は、一瞬の隙を逃さず、また衝撃をうまく流すので戦いにくい。かと思えば鋭い一撃で簡単に体勢が崩れた。


「はい、終わり」


 その日、初めて天井を見上げた。金をばらまき、唾を飛ばしながら罵る醜い人の姿を見た。


「お、お客様……! も、申し訳ありませんが、この勝負は……っ!!」
「うん? ああ、気にしないで。今日でここ、潰れるから」
「は?」


 いつも鞭を振り回し、きーきー金切り声を上げる男が目の前の強い男にそう声をかけると彼はあっけらかんとそう言った。その瞬間、各所から悲鳴が巻き上がる。


「な、なんだ聖騎士!?」
「どうしてこんなところに!?」
「まさかあそこにいるのは……っ!!」


 強い男が外套をとると、銀色の髪の男が現れた。きらきらと金色の粒子が彼の周りを舞っていて、とても神々しい。


「正義の味方、猊下の華麗な登場だ!! 目に焼き付けろよお前ら!! そして猊下に感謝するんだ!!」


 そう言って強い男はすぐに目の前のあの男を拘束した。その場は騒然としていたが、すぐに捕まって観客達はぞくぞくと拘束され外に連れて行かれる。俺はそれをぼんやりと見ていると、金色の男が駆け寄ってきた。


「君、とっても強いね」
「……」


 これは自分の力じゃない。薬のお陰だ。ここまで生きてこられたのはこの薬に俺が適応したから。

 強くないと生きられない世界で、運が良かった。


「基礎が出来てる。頑張ったんだね、偉い偉い」
「生きるため、です……」
「そう、でも、俺は君の努力を褒めよう。ここまで生きてくれてありがとう」


 誰かに、そんなこと言われたのは初めてだった。

 その衝撃は死んでも、死んだとしても忘れないだろう。

**

「あの弱い奴に、卑怯者に与するのか!!」
「あの御方は弱くない。少なくとも俺は勝てない」
「はっ、ならお前は絶対に俺に勝てないな!!」
「……あっそ」


 この男と話していると頭が痛くなる。どこからそんな自信がくるのか全く分からない。一般兵士ぐらいだ。特別秀でた才能もない、掃いて捨てるほどたくさんいる実力。


「殺すなよ。一応名のある貴族の一人だから処理が面倒だ」


 フラウがそう言って釘を刺す。めんどくせえっと顔をしかめ、剣がすっぽ抜けないように鞘と柄を紐で固定した。


「頭はやめとけ、一発だ」
「知ってる」
「な、な、舐めやがって……っ!!」


 そう言ってあの男が剣を振りかざす。俺はそれを簡単に受け止めて弾いた。それだけで簡単によろけてもう一度俺は顔をしかめた。


「こいつ前より弱い……」
「冗談。あれより弱かったら赤子と一緒でしょ」
「……分かった、神子様の加護がないからだ」
「あり得る。聖騎士って言う称号だけでその恩恵を貪ってたのかも」


 そうフラウと話している間も攻撃を仕掛けてくるその男に、がこんと一発強く剣を交える。すると簡単に男の手から剣がすっぽ抜けた。


「よく、聖騎士になれたね」
「そんなので、よくも神子様の護衛を務めたな」
「馬鹿に、するなぁ!!」


 男が拳を振ってきた。俺が剣を抜いていないから勝てるとでも思ったのだろうか。身をかがめ、腹に一発強烈な一撃を繰り出すと、男は白目を剥いて倒れた。


「大丈夫かな、神子様。何も見てなさそうだったけど……」
「……多分」


 その人が鏡に映って、この男と対峙しているのを見た瞬間殺戮劇場が繰り出されてしまうと焦ったが二人仲良く帰って行ったので大丈夫だろう。

 あの人ならばやりかねない。なんせ、1番初めに会った時洗脳しようとしていたのだから。

 たまたま警戒して、抵抗できたから良かったものの、もし洗脳されていたらと思うと薄ら寒い思いをする。


「俺は未だにあの人を信頼できないんだけど……」
「でも、神子様はあの人が好きだ」
「それは、それは……」

 まあ、色々と思うところはあるが1番は神子様だ。俺たちは、神子様の恩に報いるために今、生きている。

 男の足を掴んで引きずるようにその場を後にする。フラウは悔しそうな表情を浮かべながらも最後はため息をついた。


「あいつが強引に二人をくっつけるから!!」
「まさか、知っていて贈ったなんてコイヨンに知られたら殺されるだろうからあんまり口にするなよ」
「知ってる!! 分かってる!! でも、悔しいっ! 神子様は永遠に結婚しないで俺たちと一緒にいて欲しい!!」
「無理だろ」


 絶対に無理な話だ。

 だって、神子様が寝所に誰かを招いたという話を聞く度に自分も押し入ってなおかつ、家具類全部そう取っかえしていたのだから。

 あの人も、神子様も程度の違いはあれど想いあっているのだからそれでいいと俺は思う。


 外に出て最後にぽいっとその男を適当に投げた。
 本当に彼は弱かった。目をつぶっていても相手が出来るほどだった。


「……だから神子様は死んだんだな」


 こんな弱い奴が傍にいれば、殺されてしまうのも無理はない。

 だから今回は絶対に殺されることはないだろう。

 最後に一発、利き腕を踏みつけた。悲鳴を上げて痛がる男を横目に俺はすぐさま踵を返したのだった。

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