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第三章 君が考える最も美しい人の姿がこれなの?

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 ベイカー伯爵家の舞踏会は朝の新聞にでかでかと載っていた。これによってベイカー家は貴族達から疎遠になり、賠償金などで借金を背負うことになる。


 俺は猊下が紅茶を飲みながら眺めている新聞を一緒に見ながら、もぐもぐとサンドウィッチを食べていた。



 昨日、猊下に抱っこされながら俺は帰ってきた。道中、フラウの魔法を解いて本来の姿に戻り、こっそり部屋に戻ったのだ。猊下は小さくなって服のサイズが合わなくなった俺を自分のジャケットで包み込みずーっと抱えていた。


 どうにかこうにか猊下をなだめて別々に戻り、すぐに猊下は部屋に戻って俺を抱えてベッドに横になった。
申し訳なさに胸がいっぱいになりながらも、俺としては猊下が怪我無く戻ってきてくれたことに大変満足。そのまま寝て起きた。俺が屋敷から出ていたことは知られていない。ミッションコンプリート。



あーっと口を大きく開けて中身が出ないように食べていると、猊下の手が伸びて俺の食べかすを拭った。


「ルド」
「うん」
「二度と昨日のような真似はしないで欲しい」
「……状況による……?」


 猊下のトラウマを抉るかもしれないが、今度はスマートかつ猊下に気取られないようにやるから!!


「ルド」
「俺は守れない約束はつけないもん」


 ぷいっとそっぽを向いた。これも猊下のためなんだ。猊下の命を守るのが俺の使命!!


 前世では俺を助けるために命はってくれたんだもの。


 俺はそう考えた瞬間、無意識に唇を舐めた。そしてはっとする。また俺は!俺はぁ!!!


 あの猊下とこの猊下は違うんだ。違うから、だから今度こそ守らなければ。


 あの後猊下はどうなったのだろうか。あんなに炎が広がっていれば逃げ場がなかったかもしれない。そう考えると胸が痛い。俺はあのとき死ぬことが確定していたけれど、でも猊下は違う。俺は、あのとき猊下が死なないように遠くに向かわせたのに、それなのに……。


 いや、もう過ぎたことはよそう。今は、今の猊下を守ることを考えなければ。


「お前は、またそうやって……」
「……?」
「分かった。私もやめよう、全て」
「え、う、うん……?」


 最後にそう言った猊下の言葉がいまいち分からなかったけど、ひとまずこれ以上追求することはなさそうだ。ごくごくオレンジジュースを飲みながら、他に猊下が関わりそうな事件は何だろうかと考える。


 まだこの時点で二部が始まってないから、さらりとしか説明がないんだよなぁ。だからか印象が薄い話で尚且つ俺が関わっていないと覚えていない。


「そろそろ準備をしなければ……」
「学校行くのー? 昨日あんなことあったのに?」


 猊下は真面目なのか、あんなことがあったのにもかかわらず卿も変わらず学院に登校する。今日ぐらい休めば良いのに……。


「ああ。あんなことで休むわけにはいかない」
「ふーん……?」


 猊下はそういって準備を始めた。俺は邪魔にならないように膝の上から下りてソファに座り直す。ネクタイを締め、鞄の中に教科書を詰める。いつもは昨日のうちに準備をしている猊下だが、あんなことがありしていなかったのだろう。教科書を自分の机に置かないなんて流石だ。俺だったら鞄が重くなっていやだから置いてくるもん。


 そうしてじぃっと彼の支度を見ていると、「生物学」と書かれた教科書が目に入った。


「あ!!」


 突然大声を上げた俺に猊下は首を傾げて俺を見る。それから心配そうな声で「どうした?」と声をかけた。


「な、何でも無い! パン屑落としちゃっただけ!」
「拾って食べるな。汚いから」
「う、うん!」


 努めて冷静に俺はそう答えたが、その教科書に目が離せなかった。どうして今まで忘れていたのだろうと思うほど、重要なあの事件。


 その名も、皇太子暗殺事件。


 正確に言えば、学院の生物学者がとある危険生物を孵化してしまったことが原因で起こる大量虐殺。


 その学院生の中に皇太子がいたということでそんな風に大々的な記事が取り上げられたのだ。この事件により、フレイが次期皇帝として序列が上がるのだ。


 これも二部本編前の出来事だが、フレイの家族に関する出来事なので他の事件よりも詳しく話が載っていた。

 その生物学者は産休に入った教師に代わり入った臨時教師だった。模範的な人気教師像であった彼は、瞬く間に学院の生徒や教師の心を掴み、学院で話題の中心となっていた。臨時といえど、その「人の良さ」から信頼が厚く、一月もすれば彼は簡単に学院で有利な地位を手に入れるのだ。


 そうして、彼は簡単に危険生物を学院の中に入れた。


 卵でまだ孵る予定がない。珍しいものだから生徒に見せたいとお願いして、授業でその卵を使ったのだ。生徒達がそれを眺め、観察し、近づき、そうして、皇太子が近づいたときその卵にひびが入る。


 その瞬間、ひび割れた隙間から緑色の煙が発生した。何かが腐ったような強烈な匂いと共に、卵の殻が剥がれていく。そして中から出てきたのは肉が腐った小さな子犬、だった。刹那、子犬は急成長し、大型犬ほどの大きさになると人を襲いはじめる。そして、噛まれたものもおかしくなって他の生徒を襲いはじめるのだ。


 ゾンビパニックみたいな奴だ。


 だめだ、あの事件でかなりの生徒が死んだ。猊下はきっとあれに巻き込まれて死んでしまう。


「お、お兄ちゃん! 生物学って何する授業なの!?」
「……そうだな、人体の構造とか、ああ、今は臨時の先生が来てて、珍しい生き物を見るようになったな」
「!」


 すでにあの生物学者は学院に潜り込んでいる。だとすると時間が無い。


「じゃあ、私は学院に……」
「だめ!! いっちゃだめ!!!」


 俺は慌てて部屋に出ようとする猊下の腕を掴んだ。今ここで猊下を行かせてはいけない。しがみ付くように腕にまとわりつき、必死で部屋から出さないように踏ん張る。


「今日は俺と一緒にいる! 明日も!!」
「……明日は良いが、今日はだめだ。やる事がある」
「明日にして!!」
「明日は遅い」
「遅くない!!」


 何でだ!いや待て落ち着け俺!今日それが起こるとは限らない。限らないけど……っ!!


「いや!! 一緒にいる!!」
「……ルド、明日にしよう」
「いーやー!!!」


 何となくいやな予感がするのだ。


 俺は絶対に猊下を守らなければいけない。守らないと、だって――。


「アル……? どーしたの、大声で」


 扉の前で押し問答をしていたはずが、いつの間にか廊下まで引きずられていたようだった。そこではリュネお兄様がきょとんとした表情で俺たちを見ている。朝の散歩だろうか。なんでこんな時に!!


「! うわあっ!?」
「後は頼んだ」
「ちょっと! 危ないでしょ!?」


 俺がリュネお兄様に気を取られたその一瞬で猊下は俺を軽く投げた。猊下の怪力は今も健在なようで、ふわりと浮いた体はリュネお兄様によって受け止められた。そのまま猊下は走っていくので俺は追いかけようとリュネお兄様の腕の中でもがく。


「あ、い、いま下ろすからあばれな、いで……」
「! リュネお兄様!?」


 不意にリュネお兄様の体がふらついた。さっと近くにいた使用人が彼の体を支えるので倒れはしなかったが、顔色がかなり悪い。仕事を根詰めすぎだ。昨日休んで欲しいっていったのに!!


「はっ! お兄ちゃんは!?」


 窓の外にはもうすでに屋敷を出て足早に猊下が学院に向かっていく姿が見えた。やられた!!


 今の状態のリュネお兄様を放っておく訳にもいかないが、猊下も追わないといけない!


 ばっと俺は素早くリュネお兄様の体を確認して治癒の魔法をかける。ついでに眠くなるように魔法を使ったので数時間は強制的に寝れるはずだ。家族が過労死するとか俺いやだからね!!


「後頼んだ!!」
「畏まりました」


 傍にいた使用人にそう言った後に、俺は窓から飛び出して着地。走って猊下を追いかけるが悲しいかな、足のリーチの差で全く彼に追いつけなかった。


 学院の門前まで来たのだが、一歩遅く猊下に入られたのだ。絶望。一応名門の貴族が通う学院なのでセキュリティは強固だ。どうする。どうしよう。魔法使って中に入るか?いける?


 とりあえずやってみようと俺は魔法で自分の姿を隠し、何食わぬ顔で他の生徒と混じって歩き、一歩中に入った。


「はい……れた……?」


 なんか知らんが入れた!!よっしゃあっと拳を作って猊下を追いかけようとしてがしっと誰かに肩を掴まれた。


 びくうっと俺は肩を震わせて慌てて振り返る。


「お前、あのときのガキだろ」
「……へ?」


 そこには全く見たことのない学生がいた。
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