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第一章 悪役神子様、改めラスボスです☆

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 猊下が漸く俺から離れた。手早く壊れた石けん置きを回収した後に新しいものを側に置く。何個も置いてあるのかあれ。流石貴族。


 もう一度壊してしまったことに謝罪をすると彼はゆっくりと首を振った。それから衝立の方を指さす。


「私はあそこで待っている」
「あ、うん」


 それから彼は衝立の後ろに回り、俺に背を向けた。じっとその様子を見ていると衝立に革手袋をかける手が見えた。


「!」


 一瞬だけだったが、俺の視力では十分に捕らえられた。猊下の手首に横一文字の傷跡が見えたのだ。それだけでその跡がどんなものなのかよく理解できた。さーっと温かなお湯の中に入っているはずなのに背筋が寒い思いをした。

 なんてことだ。俺が考えている以上に猊下の心の傷は深い。肌を一切見せないその服装によく似合ってるなとしか思っていなかった。俺ってばなんて呑気なんだぁ!!!自分で自分を殴りたくなる。

 一度湯船の中に頭まで入りそれからすぐに顔を上げた。今はとりあえずこの汚れた身体をなんとかしないと抱きしめ返すことも出来ない。俺なんかが猊下の心の傷を癒やせるわけはない。しかし、何もしないよりましだ。たとえ俺の自己満足とちっぽけな贖罪だとしても。

 石けんを使って汚れた髪をまず洗う。すごい、この年までまともに洗っていないので汚れがどんどん落ちる。水が汚くなる。


「お兄ちゃん、お湯変えていい?」
「自分でやれるか?」
「出来る! ありがとう」


 猊下に許可を貰いお湯を変える。お湯はすぐにまた汚れるので何度も変えながら本来の自分の姿を取り戻す。これからのストーリーのためなら体中が汚くてもどうにか我慢できたが、やっぱり風呂は最高だ。石けんの良い匂いとともに俺の身体は綺麗になっていく。猊下のいう、白がかかった金髪の汚れが落ちてさっきよりもまともに見れるようになった。これで小汚いガキには見えないだろう。身体もよく洗ったし、身体も温まった。

 風呂から上がろうと緣を掴み体を起こしてバスタブから出ようと足を伸ばす。先程のように落ちないように慎重に足をかけると影ができた。


「もういいのか?」
「うん」
「そうか」


 目の前には猊下がいた。両手にバスタオルを持っており、そっと俺を包み込んで持ち上げる。ぺたりと顔についた髪を軽く払うとふかふかのカーペットにおろされた。


「自分で、着替えできるか?」
「うん」
「それじゃあ、私も風呂に入るから少し待ってくれ」
「分かった」


 猊下も風呂に入るようだ。その間俺は用意されている服に腕を通す。
 あのボロ雑巾のような服に比べるのもおこがましいぐらい上等な布でできた服だ。肌触りがいいし、伸縮性もある。縫い目も綺麗で丁寧な仕事ぶりが伺える。難点をあげるとすれば、あまりにも上質なものなのでうかつに汚すことが出来ないところだ。破るなんてもってのほかである。

 いつも以上に慎重にこの服を大事にしよう。俺はそう思いながら久しぶりの綺麗な服に少し気分が高揚する。くるんっと一回転して近くにあった姿見鏡で自分の格好を見る。すごい。服装が変わっただけでそれなりの身分ある子供に見える!!


「……えへへ」


 鏡の前でお貴族様の子供に見えるようなポーズをとる。少し頭がよさそう。なんだかんだいってこの姿の顔もなかなかいけてる。流石ラスボス。顔は大事だよね!!まあ、前の神子の姿よりは劣るかな?


「着替えたか?」
「え! あ、うん!」
「じゃあ部屋に向かうぞ」
「はっ!?」


 衝立の向こう側から猊下の声がしてそう答えると猊下がすっとそこから出てきた。おかしい。彼が風呂に入るといってから5分も経っていない。カラスの行水か……?いやいや、それにしたって短すぎる!!

 お風呂に入って血行をよくするのは大事だ。疲れもとれるし!俺はお風呂が好きなので良く長風呂をするのだが……。そこではっとした。

 まさか、俺の汚い水が入っていたバスタブだから長く入りたくないとかそういうことではなかろうかぁっ!?きっとそうだ!!猊下なんか見た目が綺麗好きっぽいし!!

 俺のせいで猊下の至福の時間を奪ってしまった事実に衝撃を受ける。


「お、お兄ちゃん……」
「? どうかしたか? 服がきついのか?」


 猊下が優しい声をかけてくれる。その声を聞いて、俺は勢いよく彼を見上げた。


「俺のせいで早く上がったんだよね?」
「いや、違う」
「嘘だ! 違うならもっと入るでしょ!!」
「本当に……。いや、入る。だからあっちでもう少し待ってくれるか?」
「いや! だってあっちに行ったらお兄ちゃんが本当に入ってるか分からないじゃん! 見てる!!」
「……分かった」


 猊下に謝るつもりだったのに、責めるような言葉を言ってしまった。しかも、意味分からない我が儘を言ってしまった。子供の身体に少しつられているようだが、それにしたって酷い……。
 自己嫌悪に苛まれている俺に猊下は少し考え込んだがすぐに頷いた。そして、その場で服を脱ぐ。猊下の細くて白い指がタイを解き、ベストを脱いでシャツのボタンに手がかかるが止まった。彼の手が少し震えている。


「後ろを、見てくれないか」
「……なんで」


 普段なら二つ返事で了承するのだが、考えてほしい。恐らく猊下は手首の傷を気にしているのだろう。荒療治というかかなり強引な手段だが、今猊下にそれを見せてもらい俺が気にしないと言えば、家ぐらいは手袋をしなくなるのではと閃いたのだ。猊下は優しいから俺に見せないようにしている。しかし、俺はその優しさに甘えるわけにはいかない!

 だからここは心を鬼にして純粋無垢な子供を演じる。既に迷惑をかけているのだから、重ねて我儘を言ってもバチは当たらない、はずだ!!

 そんな邪な考えをしていると、猊下は目を伏せた。彼の長いまつ毛がよく見え瞳の色が濃くなる。その憂げな表情に少しどきりと心臓が音を立てた。そして、次の瞬間それは凍りつく。


「私の体は、傷だらけで汚いんだ。お前は綺麗なものが好きだろう? お前にこんなものを見せてもし、その、気分を害するようなことがあれば……」


 そう言って猊下は顔を逸らした。俺は時が止まったような感覚を覚え、それから燃え上がるような怒りが湧き上がってくる。そして、その衝動のまま叫んだ。


「誰が! 一体誰が貴方にそんな事をっ!! 俺は、貴女が傷だらけで痛々しい姿でも、痩せ細ってみすぼらしい姿であろうとも! 俺はそんなことで気分を悪くしない!! 俺はどんな貴方でも好きです!!!!」


 一体誰が猊下のような非の打ち所のない完璧な人間にそんな無礼なことをっ!!きっと彼の美貌に嫉妬してそんなことを言ったんだな!!はーいやだいやだ。そうやって他人のあら探しばっかりしてる奴!!

  絶対に許さない!!


「だから、貴方にそんなこといった無礼者を教えてください。出来れば詳細に」


 同じ目に遭わせてやる。完膚なきまでに罵って、心をベッコベコにへし折る。猊下を傷つけた罪は重いからな!

  その場にいたらすぐさま罵倒してやったのに、あまりの悔しさにギリギリ歯ぎしりをしながら猊下を見つめた。すると、気のせいか猊下の耳が赤くなっている気がする。

 え、まさかのぼせてた……?俺ってばそんなことにも気づかないで!!


「お兄ちゃんごめんなさい!」
「……今度はどうした」
「お兄ちゃんのぼせてるのにまた風呂に入ってなんて言って!!  具合大丈夫!?」
「? 別にのぼせていないが」
「でも耳が赤いよ!?」
「……」


 俺がそう言って指さすと、猊下はすっと自分の耳を手で隠した。その行動の訳が分からずに首を傾げるがそれからはっとする。

 まさかこの期に及んで俺が気にしないようにって隠そうとしているのか!?なんて素晴らしい人格者なんだ!!流石猊下!神様!!

 猊下の優しさに思わず感動して、胸の前で手を組んだ。それからはっとして首を振り正気に戻る。


「俺のことは気にせずちゃんと休んで!! ほらこっち来て!!」
「いや、別に平気……だ……」
「無理しない!!」


 俺はぐいっと猊下の腕を引っ張った。びくりと猊下は身体を震わせて俺を見るが俺は気にしないで猊下を移動させる。それから座らせて俺の膝の上に頭をのせた。この場所は絨毯が敷いてあるから座っても寝転がっても痛くないだろう。熱気がこもっているので窓を魔術で開けて、猊下に冷たいそよ風を送る。これで少しでも具合が回復すればいいが……。

 膝の上にのせた猊下の頭を撫でて具合を確認すると彼の藍色の瞳と目が合う。そして、すーっと横に視線がそれた。


「少し、目眩がする……かも、しれない……」
「! やっぱり! 遠慮しないで休んで! ね?」
「うん」


 少しでも猊下の身体が楽になるようにしないと!任せてください!安心して俺に身体を委ねてくださいね!!

 俺はそう思いながら彼が大丈夫だと言うまで頭をなで続けた。
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