無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴

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本編

記憶

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この男の言動は癪に障る。



「なんというか、釣り合わないね」

「は?」

「ベル君とヴィアンさんって」



それって俺が子供で、全くヴィとあってないってこと?

それぐらいわかってる。だってヴィは引く手数多だ。俺じゃなくて他の方がいいって事も。それでもヴィは俺の婚約者でいてくれた。



「歳も離れてるし、僕の方が近いでしょ?それにそれに、嗜好だって似てるし!だ、だから俺の方が……」



この男はごちゃごちゃと色々言ってくる。

そんな事俺が一番わかっているのにどうして態々口にするんだ?

むすっとした表情で彼の言葉を聞き流す。漂流者を保護した俺は責任者となってしまい、何故かこの男を住まわせることになった。単に偶然が重なっただけなのに。とはいえ、兄に家族と引きはがされて辛い思いをしているだろうから優しくするように言い含められているのでぞんざいな態度であしらうことが出来ない。



だから、学園に通うことになり屋敷にいなくなると清々した。これでヴィのことを言われないとそう思った。でも彼は暇を見つけては図書館から本を持って来て俺に読み聞かせしてくる。兄さんが余計なこというからだ。教養なんてなくてもどうにかなるのに。



「そういえば、今日はヴィアンさん達の話の物語だよ。結構有名らしくて友人に勧められたんだよね。僕もまだ内容知らないんだ」

「ヴィ達の話……?」



それしては厳ついタイトルじゃない?

王国の偉大なる四大種族についてって。童話向けではないんじゃないか?



「なんでも、彼らの祖先の話らしいよ」

「は?」

「あー、やっぱり知らないか。この王国を作ったとされる一族の末裔らしいよ。アルフレッドさんが妖精族、レインさんが人形族、ヴィアンさんが龍族だって。すごいよねすます雲の上の存在って感じ」

「……ふーん」



これは俺が悪い。

ヴィも俺が引け目を感じ始めていることに気づいているから言い出せなかったのだろう。そういう一族だと。でも、でも……。



「なんで、何も言ってくれないの……」

「? どうかした?」

「別に。それよりも読まないの?」

「読む読む!」



内容は、こうだ。

珍しい人族を好きだと勘違いした龍族、人形族、妖精族の3人が異世界から来た男に心を奪われ、それが気に入らなかった人族の男が異世界の男を虐め返り討ちにあい、そして死ぬ。

4人はめでたく幸せに暮らし異世界の男を君主とした国を建てて見守る為に子孫を作り今の王国となったという話だ。



「……はー?あんなやつ絶対好きにならないんだけど。ベル君の方が可愛いし強いし……」

「…………」

「あ、えーっと、お、お菓子!そうだ、お菓子食べよベル君。御伽噺だから気にしないで!ね?」

「…………うん」



ハッキリと俺はそこで何となく感じていたその正体がわかった。

どうして彼らが気にかけてくれるのか。

どうしてヴィが俺の婚約者でい続けるのか。

そんなの簡単な話だった。



「珍しいから……」

「っ!僕はそんな理由で君を選んでない!そんな不誠実なこと思ってない!ほんとうだよ!?」

「…………うん」

「…………ごめんね」



小さく彼がそう言って謝った。落ち込んでいるということがすぐにわかって俺は直ぐにぎゅっと彼を抱きしめる。これも俺が考えた優しさだ。



「大丈夫」

「うん、ありがとう。ベル君は本当に優しいなぁ」



そう言って彼は1週間本を読み聞かせに来ることは無かった。

俺はその事に少しほっとした。この気持ちのままだと優しく出来なさそうだと思ったからだ。

そして、その1週間後に彼はきた。



今度はこの前はまちがった本を持ってきてしまっていたと同じタイトルの本を持ってきた。

今度の話は、前半は同じ内容であったが後半は違った。

異世界の男と人族の男が恋に落ちてそのまま駆け落ち。幸せになる話である。



「……おしまい」



読み終わったあとにちらちらとこちらを伺うようにして様子を見ている彼に俺は思わずふっと笑いだした。



「あはははっ!これ君が作ったんでしょ?凄いね」

「え!?い、いや!これが正規で……」

「文脈とかおかしいもん。さすがの俺でも騙されないよ」



そう言うと顔を赤くして恥ずかしそうにその本で顔を隠す

そんなことしなくていいのに。



「ありがとう。もう大丈夫、というかこれだと俺と君が結ばれることになるじゃん。ふふ……」



俺が軽くそう言うと彼はますます顔を赤くさせた。恥ずかしがるならやらなきゃいいのに。

死なせないだけでも良かったのによくこんな話しに繋げたなっと感心して、俺は明確にその日を境に彼を嫌だ、面倒だと思うことはなくなった。

名前も覚えた。



だからか、俺は簡単について行った。

見せたいものがある。そう言われて1人で誰にも告げずに彼と二人でそこに向かったのだ。



「え?」

「ここで一緒に暮らそう!」

「……なんで?」



はじめは疑問だった。何しろ今までも一緒に暮らしていたからだ。それを何を改まってこんなところに?

そんなことを思っていたら答えがすぐに出た。

とんっと肩を押されて大きなベッドに押し倒される。その間馬乗りにされて動けなくなった。



何が?どうして?

困惑が大きくて初手が遅れた。



「流石に他の男に暴かれた奴をまだ婚約者に出来ないでしょ」



そう言った瞬間乱暴にシャツのボタンを弾かれた。ブチブチと音が鳴ってそのまま彼の手が下のズボンにかかる。



突然のことに怖くて震え上がった。情けなく困惑した声しかもれずにただ目の前の人物に縋るような目をすることしか出来ない。



「大丈夫。怖くないよ。気持ちいいことをするだけだから」



そういった彼が首筋を舐めてきた。ゾワゾワっと得体の知れない間隔に肌が粟立つ。



「い、いや……」

「大丈夫だよ」

「やめ、て……」

「怖がらないで」



話が通じない。目がおかしい。

自分がどうなるのか、これから何をされるのか。具体的にはよく分からないけれど先程の発言からするにヴィと婚約者でいられなくなるその事だけはわかった。



嫌だ。それは絶対嫌だ。



「やだ!!いやぁっ!!」

「今更?可愛いな。ふふ、もう無駄だよ?」

「やだやだ!助けて!誰か!ヴィ!!」



彼の名前を呼んだ瞬間頬に鋭い痛みが走った。叩かれたことに気づいたのは数秒経ってからだ。じわりじわりと熱を帯び、痛みを感じていると冷たい声が落ちる。



「こんな時まであの男の名前出すのやめろよ」



怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ!!

いやだ。たすけていや、いや!!



ちゃりっと音がして首にかけていたネックレスの存在を思い出した。

あぁ、そうだ。そういえば兄さんが言っていた。



魔石は危ないもので、飲み込んだら死ぬと。そこまで思い出して俺は決意する。



このまま好き勝手にされるよりは死んだ方がマシだ。



そのあとの行動は早かった自由な手でネックレスを引きちぎりそれごと飲み込んだ。悲鳴をあげる男に込み上げてくる血を吐いて「ざまあみろ!」っと叫んだ。熱くて苦しくて心臓が早鐘を打つ。体に力が入らなくなってそして視界が霞んできた。



ああ、死ぬ。俺はきっとこのまま死ぬ。



ふと、今までの記憶が蘇る。いわゆる走馬灯のようなものだ。

そこでは、どうしてかヴィとの記憶ばかりを思い出した。

そこで気づく。



自分は思っているよりもヴィのことが好きだったのではないか?

そう考えると今までのもやもやが納得出来た。好きだからきっと嫌な気分になっていたのだ。

こんな死に際に自覚するなんてどれだけ鈍いのだろうかと自分に思わず苦笑する。



ただ、そう。もしも、もしも叶うのなら目が覚めたらヴィに伝えよう。

今までとは違う好きを。



例えあの物語通りに珍しいからと言うだけで繋がった関係でも、そのおかげでヴィを好きになれたと思えば気持ちが晴れた。



好きって凄い。なんでもできる気がしてきた。

あぁ、そうだ。叶うならじゃなくて生きて伝えなければ。忘れないようにしなければ。



「ごめんね?苦しいよね?今楽にしてあげる」

「ぁ……」



ぎりぎりと首元を絞められて苦しい。

やめて、と彼の手にどうにか爪を立てる。



このまま死にたくない。死ぬわけにはいかない。



「――――このくそ野郎がっ!!」



不意に声が聞こえて圧迫感が消えた。しかし、げほげほと飲み込んだ魔石のお陰で体がきしんで痛い。



「邪魔するな!!」

「煩い!!死ね!!」



喧騒が聞こえてあまりの痛みに意識が遠のいていく。そこでぷつりと事切れたように場面は終わった。
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