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本編

当たり前

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彼の部屋に行くと、髪を弄って身なりを気にしている秋がいた。



秋はヴィを見るとぱっと顔を明るくさせてすぐに彼に駆け寄る。

今の彼の姿は、足首が見える白のズボンに黒のシャツというシンプルな服装だ。

俺もあれぐらいでよかったんだけど……。



「おはよう。ヴィアン」

「おはようございます」



え!いつの間にか呼び捨て、そしてため口。

なんだ、仲良くできてたのか。やっぱりあれは聞き間違いだったのかも。



「昨日はよく眠れたよ!」

「そうですか」

「もしかして何かお茶に特別なものでも入れたのかなー?なんて……」

「ええ。よく眠れるように、と」



そう言ったヴィに秋は顔を赤くした。逆に俺は顔を青くする。

昨日の言葉は嘘ではなかったのかもしれない……でも、記憶があいまいであるというのも事実。



「そ、そうなんだ。えへへ、ありがとう」

「此方こそ」



秋はプイっとそっぽを向いた。必然的に俺と目が合ってしまい彼は、あっ、と声を漏らして困ったような表情をする。

俺も困った。



「ヴィアン様は本当にお優しいですね。心優しい秋様とお似合いです」

「ちょ!そんなことないってば!!」



秋がそう言いながら、恥ずかしそうにそう言った。侍従はこれ見よがしに「そんなことありませんよ~」なんて言いながら彼をたきつけるが、ヴィは笑顔のまま「それじゃあ行きましょうか」と言って歩き始める。

手でも取ってエスコートすればいいのに、と思ったがそれでもうれしそうに秋がついていき、えいっと思いっきり腕に抱き着いた。

その瞬間殺気を感じ、反射的にがっとヴィの反対側の腕に慌てて抱き着く。それから秋を睨みつけて言葉を発する。



「僕のヴィアン様にあまり馴れ馴れしくしないでもらえる?僕たちこ……っ」

「ベルクラリーサ様」

「へ?」

「離れてください」



ヴィがそう言った。俺はじっと彼を見つめる。



本当に大丈夫?殺さない?



というような疑問を目で訴えるが、彼はふいっと視線を逸らして俺から離れる。それから腕を組んだまま歩いていった。その際に秋と目が合いふっと少し笑われた。ちょっとムカついたので睨んでおいた。



「ふっ。残念でしたね」

「うわ!」



隣にはまだ侍従がいたので思わずそう声をあげる。

相変わらずの表情で俺を見ているが、せっかくなのでこの子の名前を聞いておく。



「そういえば、君の名前って何?」

「は?別に関係ないじゃないですか」

「そう?じゃあ侍従君。侍従君って城下によく行く?」

「バカにしてるんですか?」

「バカにしてないけど、僕食べ歩きの屋台に行きたいんだけど」

「……何考えてるんです?」

「え?何が?」



なんで俺そんな事言われてんの?だってヴィ秋にかかりっきりになるじゃん?だったら僕好きな所に行きたいんだが?

レインがここにいないってことは既に城下でそういう警備にあたっているのだろう。一応彼は警備担当の場所に所属しているので。

そんな事を考えると俺一緒にいても意味なくない?あと、拒否されたから地味にショック受けてるのこれでも。

離れろって言われたら離れるしかないよね~。しつこく付きまとってこれ以上強く拒否されると暫く立ち直れないかもしれないし。



「あ、でも金ないから……」

「ああ、成程。分かりました。行きましょう」

「え?待って。今お金貰って……」

「奢るって言ってるんです」



城を出てすぐに侍従君は俺の腕を引っ張って小道に入る。まさかこんなところにこんな道があるとは知らず、ぽかんとしたまま連れられるとすぐにヴィたちとはぐれた。



「えーっと、こんなことしなくてもついてい……」

「黙ってついてきてください」

「あ、はい」



複雑、とまではいかないがいつも使っていない道は少し怪しい。あと、こんな時間なのに酒瓶を抱えて寝転がっている人がいた。

ここら辺は酒場が多いっという事だろうか。そんな事を思いながら横目で見つつ、その道を抜けた。

美味しそうな匂いが漂い、先ほど朝ご飯を食べたというのにきゅうっと腹がなった。



「おおおお!」

「ここまでくれば……」

「ねえ!あっち行こうよ!」

「はっ!?」



見たことない食べ物が並び、胸が高鳴る。圧巻だ。今度ヴィとも一緒に来よう。

グイっと今度は俺が侍従君を引っ張りながら屋台に近づいた。

人通りは多く活気づいており色んな人がそこで食べ物を買っている。



「あれ食べたい」

「ま、待ってください!引っ張らないで!!」

「あ、ごめん」



あまりにも興奮しすぎて力を入れすぎた。まずい。俺は弱弱しい騎士で有名なのに。

んんっと咳き込んで「ごめんなさ~い」っと猫なで声を出すとちっと舌打ちされた。



「気持ち悪いのでそれやめてください」

「それってどれのことですか?」

「ここには媚びるような相手はいないってことですよ。大変ですね、ヴィアン様のような婚約者をつなぎ留めるためにそこまでしないといけないなんて」



あ、成程。でも実はこういう性格でした~なんて言いふらされるのは困るんだけど……。

そんな俺の心中を察したのかぶすっとした表情で彼はこういう。



「そんなことしないし。第一俺もこうさせてもらうからお互い様」

「ああ、そう。じゃあ遠慮なく」



ふんっと鼻を鳴らした侍従君に俺はすっと串に肉が刺さっている屋台を指さした。



「あれ食べたい」

「朝ごはん食べてきてないの?」

「食べたけど、見てたらお腹すいてきた」

「あ、そ」



そう言いながらも侍従君は俺を連れてその屋台の前まで向かう。ふわっと美味しそうな香りがして、早く早くっと侍従君を急かす。



「一つください」

「おう。ほらよ」



屋台の人が一本それを出して俺は受け取る。侍従君は代わりにお金を渡していた。



美味しそう!



「侍従君は良いの?」

「お腹すいてないし」

「そ?じゃ、いただきまーす!」



がぶっと歩きながらそれにかぶりつく。んー!美味しい。ヴィほどではないがそこそこいける。美味しい美味しいと食べていると、すっとハンカチを手にした侍従君が俺の口元を拭く。



「汚い。もう少し上品に食べたら?」

「最後に拭こうと思ってたの」



俺がそう言うと呆れ顔をする。なんだよ。だってまだ食べ終わってないんだからまたつくじゃん。俺の方が効率的。

そう思いながら食べ終わってしまった。もう少し食べたかったけど、他のものも気になるからこれを店先のゴミ箱に捨てて……あ。



「わっ!」

「おっと」



隣で歩いていた人がよろめいたので俺は極力触れないように彼を支える。身長もあまり変わらないが一応騎士団所属であるのでこれぐらいの衝撃なら耐えられる。



「大丈夫?」

「あ、は、はい!すみません」

「いや、気を付けて」

「はい!」



そのまま彼と別れてさて、次の食べ物を―――。



「おチビちゃん」



往来を避け、壁に背を付けて立ち尽くしている子供を見つけた。座り込むようにして彼の顔を見ると、不安げな表情で少し泣きそうだ。



「どんな人とはぐれたの?」



一応、身分証明で持ち歩いている騎士団の腕章を懐から出すと、子供はぽつりと話し出す。



「茶色の髪で、お兄ちゃんみたいな色の服着た人……」

「ちょっと待ってて」



少しジャンプして上の屋根のへりに捕まりくるっと回転して屋根に降り立つ。それから上からその特徴の男を探し出し、早くもそれらしい人物を見つけた。子供がいなくなったことに気付いたようで周りを見渡して色んな人に聞いている。



「おチビちゃん、手伸ばして」



上から声をかけるとおずおずと手を伸ばした子供の脇を掴んで簡単に引き上げる。そのまま抱えながらとんとんっと屋根から屋根へ飛び、その男を指さした。



「あれ?」

「ママ!!」



そう子供が叫んだので当たりのようだ。俺は人にぶつからないように屋根から降りて、子供を降ろす。



「迷子にならないように」

「うん!騎士のお兄ちゃんありがとう!!」



ふるふると手を振って見送ると子供もぶんぶん手を振って彼のところに走って行った。一応合流するところまでは見守り、彼の親と目が合うと頭を下げられたので騎士の敬礼をした。



さて、気をとりなおして食べ物を……。



「あれ?侍従君……?」



大して離れていないと思ったのに、何故か侍従君がいなかった。やばい。今度は、俺が迷子。

慌てて屋根の上に登ろうとして、「おいこら、待てっ!!」と声がした。

そこには少し息切れをしている侍従君がいる。おお!良かった!!



「はぐれてごめ……」



そう謝ろうとして視界の端に杖を持って重たい荷物を抱えているご老人を捕らえた。すーっと自然にそちらに足が向いてしまい、がっと肩を掴まれる。



「どこ行く気だ!!」

「あ、いや、あの人困ってるかな~って」

「なんなの!?目についた困ってる人を助けないと気が済まないの!!??」

「なんで怒ってるの?困ってる人助けるのは当たり前でしょ?」



俺の評価に関係ない外だし今。

俺がそう言うと、ぽかんとした侍従君はそっと俺から手を離した。

よく分からないけど行っていいのかな?



「おじいちゃん、大丈夫?」



まあ、一先ずは大きな荷物を抱えている老人に声をかけるのが優先だ。俺に声をかけられるとおじいちゃんは顔をあげて声をあげる。



「ん?おお、この前の親切な兵隊さんじゃないか。どうしたんだい?」



この前?いや俺めったにここら辺歩かないから確実に勘違いされてる。俺は首を振って違うことを示す。



「俺おじいちゃんのこと知らないから人違いだと思うよ。その荷物何処に運ぶの?」

「いやいや。前もこの前もそんな事言ってな。運んでくれたんだよあんた」

「えー?覚えてないや。第一、あんまり家から出ないからやっぱり俺じゃないよ」



俺はそう言いながら荷物を抱えた。成程。結構重い。けれど、陶器のようなものではなく布だ。

服屋のテーラーか何かだろうか。



「いんや。あんただ。ずっとお礼も渡せずに困っていてね。兵隊さんに聞いてもあんたみたいな人はいないというんだ」

「まあ、最近入ったし、俺警備担当じゃないよ?それでどこに運ぶの?」

「ははぁー、そうだったのか。いや、階段から落ちそうな孫を簡単に受け止めたからてっきり兵隊さんかと思っとったわ。毎回すまんの。店まで運んでくれるか?」

「気にしないで」



そう思ってもう一つの袋も抱えようとしたがその前に侍従君に掻っ攫われた。



あれ?



「僕も一緒に運びます」



にっこりと笑顔を見せる侍従君に、まさか手伝ってくれるとは思わずにぽかんとするとおじいちゃんがまじまじと侍従君を見た。



「おや。兵隊さんの良い人かい?」

「ただの仕事仲間だよ。おじいちゃん」

「そうかいそうかい。ならよかった」



何が良かったのだろうか。そう思いながら俺たちは、一緒に店まで向かった。
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