上 下
12 / 34
本編

それは、昔のお話です。

しおりを挟む
王立図書館。宮廷内にある図書館で、王族が暮らす場所とは別に設けられている図書館だ。離宮からは結構離れており、秋が若干疲れているようだったが、どうにかついたようで何より。

王立図書館には初めて行く。そもそもここは許可証がないと入れないのだ。今回は漂流者のお付きってことで入れるようだが、こんなにウィルが寛大だと後が怖い。



第一ウィルが王立図書館には入らないようにと言っていたのにどんな心境の変化があったのだろうか。



「何をお探しでしょうか」

「あ、えっと、今での漂流者の記録を見たいのですが……」

「畏まりました。少々お待ちください」



カウンターの秘書さんに秋がそう言って本を探して貰う。俺は、秋の傍に近寄ろうかと迷ったが侍従に睨まれるのでやめた。あんなに目の敵にされるとは。



ヴィとは遠目で目が合ったがふいっとすぐ逸らされた。好きにしろってことかな。ヴィとも長い付き合いなのでアイコンタクトだけで分かるようにはなってきた。何故か、侍従から笑われたが気にせずに王立図書館を堪能する。



とはいえ、そもそも本を読むのが好きというほどでもないので学術書などには興味はない。そんな事を思っていたら多分幼児向けのコーナーにまで歩いていた。



ここら辺なら時間つぶしの本がありそうだ。俺でも読めそうだし……。



そんな事を思っていると一際輝く綺麗な絵本を見つけた。

宝石でも埋めているような輝きでそれを手に取って題名を見る。



「王国の偉大な四大種族……?」



こんな難しい名前の絵本があるなんてな。本当に幼児向けか?



そう思いながらぺらっとページをめくる。















昔々、王国が創成される前、そこには四つの種族がいました。

強大な力を持つ竜人族。

魔術を操る妖精族。

強固な体を持つ人形族。

そして、無能で特筆した何かを持たない人族。

その四種族はいがみ合うことなく、お互いを尊重し仲良く暮らしていました。









しかし、ある日、竜人族の極めて強い黒の竜人が無能な人族を好きになりました。

煌めく青みがかった綺麗な銀色の髪を持った男の子でした。

その黒い竜人は知らなかったのです。

守られる立場というものを。

生まれた時からその強大な力で一族皆から恐れられ敬われ頼りにされていた彼は守ることはあっても守られることはありませんでした。



「大丈夫?」

「う……ん……」

「ならよかった」



それがどうでしょう。

無能で、何も持たないただの人族に助けてもらった。優しくしてもらった。心配してもらった。

たったそれだけのことなのに、彼にとって人族は自分のヒーローのように思えました。

彼が欲しい。

そう思えば話は早く、その子を逃がさないようにと婚姻関係を結びました。

その事は竜人族だけではなくすべての種族にに大きな衝撃を与えました。今まで、他種族が婚姻関係を結ぶという事例はなかったのです。

それにより、憶測が飛び交いその人と竜人の噂話は絶えることはありませんでした。









その噂に興味を持ったのが妖精族のとある男の子でした。妖精族の中でも特別な力を持って生まれた彼には人の心の声が聞こえました。



嘘。

嘘。

嘘。



彼の周りには嘘つきしかいませんでした。

妖精族は元々プライドが高く見栄を張る生き物であるため彼にとっては嘘にまみれた雑音にしか聞こえませんでした。



だからなのでしょうか。彼は初めて出会った正直者に異常に執着しました。彼の持ち物、友人、家族、全てを奪いつくし、真の正直者であることを証明しようとしました。

けれど、正直者だった彼は嘘つきになりました。

表面上彼と仲良くしていても心の中ではずっと罵られていました。



ああ。こいつも嘘つきだったか。



興味を失い、彼はあんなに執着していたその子をあっさりと捨てました。縋りついて捨てないで、お願いっと泣かれても嘘つきは嫌いだと一蹴しました。



そんな折に竜人族と人族が婚姻を結んだという話を聞きました。そこで男の子は思ったのです。

妖精族ではなく他の種族であれば正直者はいるのではないか?

そもそも自分の視野が狭かったことに痛感し、これを機に一先ずその人族に会ってみることにしました。

結果から言うとその人族は彼の基準を大きく満たす正直者でした。

表情も言動も隠すことなく彼はこの男なんなんだー?っという表情で接しました。



だから、彼を試しました。

手始めに家族を奪いました。

居場所を無くして話をすると、相変わらず何言ってるんだこいつという表情と言動で正直に彼はどうでもいいっと言いました。

次に友人。とはいえ奪うほどいませんでしたが、実行しました。

彼にその事を話しました。全く気にしていない様子でだから?っと正直に彼はそう言っていました。

彼と婚姻関係を結んだ竜人族は難しそうだったので保留にしましたが、最後に彼の持ち物を奪ってみました。

すると彼は激怒しました。



「てめえ!!俺の持ち物に手ぇ出すとはいい度胸じゃねーか!!」



髪を引っ掴まれ、馬乗りにされて彼の顔にあざが出来るほど殴りました。

彼にとっては初めての痛みでした。大して痛いというほどでもありませんでした。

けれども、それよりも本気で感情をぶつけられたことが何よりも嬉しいものでした。



「もっと!もっと殴って!!」

「え!?」



妖精族の男の子は、そうしてコミュニケーションの仕方を間違えましたが、彼は後悔していません。











それから人族の子はとある人形族の男の子に出会いました。



その子は言葉をうまく発せませんでした。話せても赤ん坊が使うような疎通不可能な音なので彼はいつも筆談でした。

そんな彼は、表情を作るのが苦手でした。無表情で鋭い眼光を向けられれば飛び上がり震えあがるものも多く、まともに彼と話すことも出来ませんでした。



しかし、人族の男の子は違いました。

正直者なのでえ、こわ!!っと声に出てしまいましたが、無表情ながら小さく黙りこくった彼に酷く落ち込んでいると感じ取り、すぐさま謝りました。



「ごめん。いや、顔怖いし紙にも文字しか書いてないから……。あ、ほら、絵!なんか絵描けば?後、可愛いもの身に着けるとか!!」



彼の話しかけられた時にと溜めていた紙に男の子は何やら絵を描きました。多分、きっとニッコリ笑顔の人なのでしょう。ええ、雰囲気は感じ取れます。



「ほら、これだと怖くない!あとこれ!!」



鞄から可愛らしいお花の冠を出した男の子はそれをぶちぶちと分解し、それからぐいっと彼の長い髪を引っ張りました。



「この前、街で見かけたやつなんだけど……」



そう言って男の子は髪をその花と一緒に編み始めました。しかし、完成はとてもきれいなものではありませんでした。

三つ編みはぼさぼさで飛び跳ね、織り込んだ花の花びらが潰れています。



「あー……。ごめん。今解くね」



そのように申し訳なく謝った彼は髪を解こうとして止められました。ふるふると首を振り、キラキラと琥珀色の瞳は宝石のように輝いていました。

ありがとうっと慌てて紙を取り出して、男の子はその横にニッコリ笑顔の顔を書いてから見せる。

すると、本当にいいの?とでも言うような顔で男の子は納得しませんでしたが彼にとっては一生の宝物になりました。











――――次のページをめくる前に、レインがすっと竜人族の男の子の絵を指さした。



「ん?」



そしてそれから遠くで三人談笑しているヴィを指さす。



「ああ、黒髪だから似てるよね」



こくんと頷いた後に、人形族の男の子を指さしそれから自分を。



「ああ、怖いところは似てるね」



こくこく。



「あ、じゃあこの他人の持ち物奪い取るところアルフレッドに似てんね」



殴られて喜んだところも。

そして最後に人族の男の子を指さして、レインは俺を差した。



ええ?



「まあ、ヴィの婚約者ってところとか二人の友達ってところも似てるけど、俺そこまで強くないし、こんなずけずけ物言わないし、もう少し器用だよ?」



レインは少しためらいながら紙に文字を書く。



【冗談?】

「え?いや、客観的に見てそうでしょ?」



無表情の彼が初めて表情を見せた。複雑でなんだか変な顔である。



え?何その表情。初めて見る表情がそれって喜んでいいの?俺。

このまま引っ張るのはよくない気がする。うん、話題を変えよう。



「そういえば、その絵文字使いこなしてるね」



俺がそう言った瞬間レインの雰囲気が変わった。

あ、やっべ。



【これは本当にすごいよ!!なんていったってこの記号を集めただけの絵が顔になって表情がつく!!絵心がないベルでも感情が伝わる絵が描けるなんて画期的だよ!綺麗かどうかは兎も角!!】

「ちょっと、失礼なこと言わないでよ」



興奮しすぎてその絵文字を書くのすら忘れている。

俺はやれやれと肩をすくめた。



この絵文字とやらはウィルが昔の漂流者に関する本で見つけたものでレインにピッタリではないかっということで教えてもらった。するとレインは、はまってしまい今ではそのおかげで無表情でも普通に接してくれるようになった、と喜んでいた。



「大体、君みたいな無表情じゃないから俺に必要な……」

「酷いです!!」



俺とレインがそう話をしていると秋の声が響き渡った。ここが図書館だと分かっていない声量だ。ぽかん、と俺とレインは彼を見ると彼は目に涙を貯めながらレインに近づく。



「そんな酷いことを言ってレインさんを傷つけないでください!!」

「え、え……?」



俺君の悪口言った?むしろ君が言ったよね?俺の絵が下手くそだって。

俺とレインは顔を合わせて、それからレインは慌てて紙に文字を綴る。



【ベルは何も悪口を言ってない】

「いいえ!レインさんが傷つく言動をしました!!」

【俺はそう思っていないから大丈夫だ】

「そんなはずありません!!誰だって傷つくときは傷つくんです!」



き、傷ついてたの……?どこら辺が……?俺そんな悪口言ったっけ?



困惑してどうすればいいのか分からずに戸惑うが、今度は侍従に強く睨まれた。



「何黙ってるんですか。謝ったらどうですか!!」

「そうです!!レインさんに謝ってください!!人が傷つくような言葉を言ってはいけないんですよ!?」

「ええ……」



侍従がそう言うと秋もそう訴えてきた。



完全に俺が悪いみたいな雰囲気を出している二人に間抜けな声が漏れる。とはいえさっさと謝った方が面倒ごとにならずに済む気がする。



そう思い口を開きかけて、ばんっとレインは俺が読んでいた先ほどの絵本を机にたたきつけた。

その音によってしいんっと沈黙が訪れる。



【俺は何も傷ついていない。勘違いでそのような強要をするのはやめろ】



絵文字はないが、怒っているということがその文字だけで伝わる。底冷えしたような空気に最初に声をあげたのは秋だった。



「ご、ごめんなさい……。気にしているんじゃないかって、僕、思って……」



そう言ってぼろぼろと涙を流す。侍従がそんな秋を抱き寄せて「大丈夫です。秋様は少し優しすぎただけですよ」っと慰める。それからきつく俺を睨みつけた。俺が悪いっと責め立てている視線だ。ここまで嫌われているなんて、俺この子に何かしたかな?っと思えるほど強烈だ。



「秋様、一旦部屋に戻りましょう」

「で、でも……」

「調べ物は明日でもいいと思いますよ。今の秋様は自分が気づいていないだけで疲れているんです。少し休まないと」

「あ……っ」



そう言って足元がふらついた秋がヴィにしなだれた。ヴィはその秋の身体を反射的に支える。



「す、すみません……」

「いえ。仕事ですから」



ヴィよ。そこはもう少し気遣ってあげてもいいのでは?

倒れそうになっている秋を見て流石に可哀想になってきたっと心が痛い。いざとなったら殺せなんてお触れも出されているというのだもっと心が痛い。

異世界に来ただけなのに、そんな生活を強いられるなんて本当に可哀想。



「秋様を運ぶのを手伝ってくださいますか?ヴィアン様」

「はい」

「そ、そんな!大丈夫です自分で歩けま……あっ!」



ヴィ!!その持ち方はよくない!!

いや、訓練でよく人を運ぶときにやる奴だけど!!

よっこいしょっと肩に秋の体をのっけて落ちないように押さえながらすたすたと歩く。秋を見た。彼はこの状況についていけていないようだ。俺もだ。



な、なんて運び方!!いつもヴィは俺を運ぶとき大丈夫だと言っても頑なに横抱きなのに!!そういう運び方が好きなのかな?なんて思ってたけど違うみたいだ。

秋は絶対にこんなはずじゃなかった……みたいな顔をしている。とても!!



そうして三人が去って行ってしまい、レインが【あの子嫌い】っとシンプルにそう書かれた紙を俺に見せたのでびりびりに破いて処分しておいた。



これはお仕事だから、ね!!お互い頑張ろう!!



俺は三人を追いかけるために本をしまって、すぐさまレインと一緒に図書館を後にした。





そして、その絵本の存在を忘れた。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。

柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。 そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。 すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。 「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」 そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。 魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。 甘々ハピエン。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…

彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜?? ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。 みんなから嫌われるはずの悪役。  そ・れ・な・の・に… どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?! もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣) そんなオレの物語が今始まる___。 ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️ 第12回BL小説大賞に参加中! よろしくお願いします🙇‍♀️

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

処理中です...