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第七章 アイスブレーカーの想い
アイスブレーカーの想い(2)
しおりを挟む「お待たせいたしました」
いつの間にかテーブルのすぐ脇に立っていた征は、美紗の目の前にロックグラスを静かに置いた。大きな氷を抱く液体は、美紗の胸元で光る小さな石の色を写し取ったかのように、ピンク色にもオレンジ色にも見える柔らかな色合いを見せていた。
「……本当に同じ、色ですね。どうやってこの色を出すんですか?」
「色付けには赤いシロップを使っています。ざくろの果汁から作られたもので、原液は赤ワインのような色なんですが、これをグレープフルーツジュースと混ぜて、このような色合いにしているんですよ」
「でも、この石と同じ色になる分だけ入れるのは、どうやって……?」
「そこはもう勘ですね」
征はやや照れくさそうに目を伏せた。
「これって、篠野さんオリジナルのカクテルなんですか?」
「ベースのテキーラをやや少なめにしていますが、基本のレシピは『アイスブレーカー』です」
「砕氷船?」
可憐な色にはそぐわぬ、無骨な名。意外そうな顔をする美紗に、征はゆっくりと笑みを返し、向かいの席に座った。
「砕氷船、もしくは、氷を砕くもの。転じて、氷のように固く張りつめた気持ちを砕いて緊張をほぐすもの、という意味にもなります」
「緊張を、ほぐす……」
「日垣さんのお仕事のことはよく分かりませんが、ああいう方はやはり、何かと重圧を感じながら、日々を過ごしてこられたと思うんですよ。鈴置さんが傍にいてほっとした、というようなことが、おそらくたくさんあったかと……」
美紗は、日垣がよく口にしていた言葉を思い出した。
『君は、細かい話をいちいち説明しなくても分かってくれるから、話していて本当に気持ちが和むよ』
「もしかしたら、鈴置さんが日垣さんを好きになるより先に、日垣さんのほうが鈴置さんのことを好きになっていたかも、しれませんね」
インペリアル・トパーズが、急に高まった胸の鼓動に驚いたかのように、大きく揺れる。
「いわゆる男女の『好き』とは少し違う感覚かもしれませんが……。鈴置さんは、日垣さんの『アイスブレーカー』だった。僕は、そう思います」
美紗は、わずかに頬を染めて、オレンジとピンクが混じり合うグラスを手に取った。口づけると、大きな手に肩を抱かれて静かに時を過ごしたことを思い出させるような、甘い味がした。
「アイスブレーカーのカクテル言葉は、『高ぶる心を静めて』です」
「でも、私は……」
言いかけて美紗は口を閉じ、静かに首を横に振った。あの人は、いつも冷静だった。いつも、遠い街にいる家族のことを忘れなかった。
いつもの席で向かい合っていた時も
青い光の海の中を二人で歩いた時も
そしておそらく、互いの温もりを感じ合っていた時も……。
嘘と偽りが交錯する世界に長く身を置いてきたあの人は、常に平静な心でいられるのだろう。家族以外の者を、愛することなくただ慈しみ、別れるべき時にはためらうことなく背を向ける。
そんな人だと分かっていたから、自分も冷静でいようとした。でも、あの人と同じようには、できなかった。
心が高ぶっていたのは、いつも自分のほうだった。
あの人をどこまでも想う自分を、抑えられなかった
あの人に道を外すことを強いる自分を、止めることが、できなかった――
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