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番外編:令嬢たちの華麗なるバレンタイン

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 これは、ダンスパーティの後日談。


 わたくしがオヴリオ様にチョコレートを贈っていたのを目撃したアミティエ様は、ある日サロンで仰ったのでした。

「皆様ご存じ? あのときのチョコレートって、手作りだったのですって。私もユスティス様にチョコレートをプレゼントしてみたいわ」
「わたくしも!」 
「わたくしも興味がありますわ~!」
 
 アミティエ様の主催する「花について語る会」のメンバーであるご令嬢方が共感の声をあげる中、ミシェイラ様たち噂好きのご令嬢グループも興味津々といった眼差しをチラッ、チラッと寄せています。
 
「お聞きになりまして? チョコレートを手作りですって」
「あちらのご令嬢方、料理、料理と……料理は料理人に任せればよろしいですのに」
「でも、お料理って結構楽しいですわ」
「ミシェイラ様っ!?」
「実は、わたくし、あちらの方々を真似して最近お料理を嗜んでおりますの」
  
 噂好きのご令嬢グループが「庶民のすることですわ」とか「お料理なんて優雅じゃありませんわ」とかコソコソと話していると、ミシェイラ様が意外なことを言って、皆を驚かせました。
 
「婚約者にお菓子を贈ったら、とても喜んだのですわ」
 ポッと頬を染めて惚気ると、噂好きのご令嬢方は目をギラギラとさせ。

「あ、あたくしも、嗜んでみましょうかしら」
「実は私も、興味がありましたの!」

 と、態度を一変させたのです。


 ◇◇◇


 そんなわけで、現在、我が伯爵家にご令嬢方が勢ぞろいなのです。
 
「それで、皆様で一緒にチョコレート作りをすることになったのねぇ」
 我が家の誇る異世界出身の料理人、おネエさまでありおじさまであるリックは「賑やかなのはアタシ、好きよ」と言って、ご令嬢集団を指導するという大仕事を引き受けてくれました。


「ハァイ、お嬢様。楽しいお料理教室の時間ですわよぉ」

 令嬢方の貸し切り状態となった厨房は、賑やかです。

「チョコレートを細かく砕くわね」
「いけませんわお姉さま、包丁を握っていないほうの手はネコさんみたいに指を丸めるのですって」
「ご覧になって。ミシェイラ様が手で……」
「や、野蛮」
「今野蛮と仰ったのどなた?」
「鍋に生クリームを入れましたわ! わたくしが入れましたわ!」
 
 大騒ぎをした末に、チョコレートは完成したのでした。
 やわらかなブロック型チョコレートにココアパウダーをまぶして。

「皆で作りましたの!」
「わたくしたちのチョコレートですのよ」 

 チョコレートをそれぞれのプレゼントボックスに入れて「あとは渡すだけ」の状態にすると、全員がお互いの顔を見て笑顔になり。

「わたくし、明日の朝いちばんで婚約者に渡しますわ」
「わたくしは、帰りにしようかしら……」
「わたくし、『想いが成就する木』に彼を呼び出して渡します!」

 楽しくて仕方ない、といった雰囲気で、キャアキャアと騒ぐのでした。



 ◇◇◇

 
「……というわけで、チョコレートですの」
 
 オヴリオ様に一部始終をお話してチョコレートを再びお渡ししました。場所は、オヴリオ様のお部屋です。

 明るい日差しが窓から注いでいて、窓を背に座るオヴリオ様の髪が神秘的な銀色の煌めきをみせています。綺麗です。
 窓の外はすこし薄青の空にちらほらと降る粉雪が見えています。
 ゆったり、ゆっくりとした雪が降る王都の景色を見ていると、ちょっと緊張していた気持ちが少しずつ落ち着いてくるようでした。
 
 なぜ緊張しているかって?
 それはもちろん。
 
「先日のチョコレートとまた違って、上品だな」
 オヴリオ様が期待に満ちた表情で見た目を鑑賞してくださっています。

 ちなみに、先日――ダンスパーティの日に贈ったチョコレートは、ハート型チョコレートにホワイトチョコレートの羽が生えているという見た目でした。
 
「それでは、美食伯の娘として気合を入れて解説いたしましょう」
 以前、断罪バーガーをおすすめしたときを思い出しながら、わたくしはチョコレートをひとつ、指しました。

「このチョコレートは、ふわふわで、もふもふ!」
「ふわふわ、はわかるが、もふもふは違うんじゃ……動物の毛皮じゃあるまいに。……いや、なんでもない」

 オヴリオ様は思わずといった気配で呟いて、気を取り直したように言い直しました。
 
「オヴリオ様、いつも思うのですが、わたくし機嫌を損ねたりしませんから、率直な感想を仰ってもよろしくてよ」
「見るからにふわふわだ! それに、なんか違う気もするが、もふもふだな! 君が言うのだから、間違いない!」
「……」

 まあ、続けましょう。
 わたくしは扇をパラリとひらきました。
「ちなみに、本日の扇は、一緒にチョコレートをつくった方々全員でお揃いの扇ですの」
 わたくしたちは「チョコレートを渡すとき、皆お揃いの扇をお守り代わりに持っていきましょう」とお話したのです。

「ほう。さすが、君が牛耳るご令嬢グループは面白いことをするじゃないか」
「牛耳ってはおりません。アミティエ様のグループだったり、ミシェイラ様のグループだったりする方々が偶然集まっただけですわ」
「複数グループの総帥となったのか。やるじゃないか」
「総帥などにはなっておりません」

 なにを勘違いされているのでしょうか?
 しかも、「格好良いな!」と心底思っていそうな目でわたくしを見るではありませんか……。

「わたくしは、あなたが思っているような存在にはなっていません……ですが、皆様、大切な学友ですわ」
「君に良い友人がたくさんできて嬉しいよ」
 
 オヴリオ様は緑色の瞳に優しい感情をあたたかにのぼらせて、嬉しそうに微笑みました。
 そして、フォークでチョコレートをひとつ取り、下側に手を添えながら、わたくしの口元にチョコレートを近づけ。
 

「メモリア。あーん」

「……!!」

  
 なんと、刺激的なことを仰るではありませんか……っ。

 あーん、というのは、食べさせていただく、ということで。
 わたくしがエサを親鳥におねだりするヒナ鳥みたいに、口を無防備をあけるということで。
 そして、ひらいた口にチョコレートをくださるという……とっても甘酸っぱくて、刺激的な行為なのですわ! 学生の間でも「恋仲のふたりがする特別な行為」と言われていますのよ。
 
「チョコレートをお渡しするということは、そういった行為に発展する可能性もありますわよね。食べさせてほしい、と言われたり……」
「れ、練習しておいたほうがよろしいかしら?」
 ……なんて、チョコレートをつくった令嬢方ははしゃいでいたものですが。 
 
 それを、それを、わたくしが「オヴリオ様にしていただく側」になるというのですっ。
 は、恥ずかしいですわ。
 けれど、「嫌です」とは申せませんわよね。

 この王子様、身分が高い方なのはもちろん、国王陛下にも特別寵愛されている方ですし。
 それにそれに、なにより、わたくしは婚約者ですし。
 ……ちゃんとした、相思相愛の恋仲なのですから……!
 
「ま、参りますわ」
 わたくしは頬が熱くなるのを自覚しながら、あーんっと口を開けました。

 食べさせていただいたチョコレートは、友情と恋の味がして、とびっきり甘くて。
 口あたりは優しくて。
 柔らかで滑らかな口どけに、一緒に心がとろりと蕩けてしまいそう。

 甘く蕩けたチョコレートの味に控えめに寄り添う生クリームの風味はすごく安心する感じで。


 
「――……美味しいですわ」

 
 ……美味しくて、幸せ!
 

「君が美味しそうにしているのを見ているだけで、俺も幸せになれるよ」

 オヴリオ様はチョコレートよりも甘く微笑んで、ご自分もチョコレートを口に入れ、「美味しい」と目を細めたのでした。



「よかったですわ。わたくし、同じ言葉を返さないといけませんわね。あなたが美味しそうにしていると、嬉しいです。……そうそう、メッセージカードもございますの」

 
 想いをこめて読み上げるメッセージは、簡潔に。



 『いつも ありがとう。愛をこめて あなたへ』

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