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33、……行け!
しおりを挟む学園の門には、たくさんの馬車が止まっています。
馬車から降りる学生たちは、皆、フォーマルで華やかな、晴れ姿。
特別な夜の始まりに、表情はいずれも明るく輝くよう。
そんな中、白ネコのレティシアさんを頭に乗せたトムソンは複写師に複写させた小説を配布していました。なんと、エヴァンス叔父様が一緒です。
「最終回! 最終回です! お父様が書いた小説の、続きのお話です! 悪役令嬢が救われるお話です!」
トムソンは誰かと踊ったりしないのかしら?
ずっとああして、配っているつもりかしら……。
「エヴァンス先生、お元気になられたんですね」
何人かが声をかけていて、エヴァンス叔父様は少しだけ人見知りするような、おっとりとしたはにかみを見せました。
「息子が頑張っていてね。元気を分けてもらったんだ」
そう語るエヴァンス叔父様の声はとても優しくて、トムソンへの愛情にあふれていて、周りの人たちは皆して「よかったですね」と微笑むので、見ているわたくしはどんどん嬉しくなるのでした。
……と、見ているだけでは、いけませんわね。
白ネコのレティシアさんがこちらを見て、「にゃあ」と鳴いたので、わたくしはコクリと頷きました。
「オヴリオ様。ダンスの前に、寄り道をしたいのですが……」
「構わないが、どこへ?」
今夜しか呪いを解くチャンスはないのですもの。
そう思って誘いをかけたとき、遠くで声があがりました。
「……不審人物だ!!」
――……えっ?
周囲がざわりとして、浮足立ちます。
見守っていると、警備兵が何人も走り回って――やがて、報告が響きました。
「放火魔です。最近あちらこちらに火を放っていた犯人が近くにいたようで……」
「ええっ。そういえば、乾燥していて火災が多いと聞いていましたけれど、あれは放火による火事だったのですか?」
初めて知る事実に驚いていると、どうも雲行きがあやしいです。
「学園内に危険な仕掛けがされていたり、調べる必要があるのではないでしょうか? 人が集うパーティの日を狙って犯行するつもりだったようですから」
「そうですね、何かあってからでは遅いですし。皆様も楽しむどころではない気分になってしまったのではないでしょうか……」
お、お待ちになって。
ダンスをする会場以外は危険だから立ち入り禁止、とか言い出しそうですわ。
あるいは、あるいは……パーティは中止とか!?
だ、大丈夫ですわ~!
もう安全ですわ~! わたくしたち、楽しめますわ~!
……と、声をあげてもよろしいのかしら?
だって、実際、危険かもしれないのでしょう?
なら、安全第一のような……でも、呪いは今夜しか……?
「ボク、楽しめます!!」
わたくしがオロオロしていると、トムソンが大きな声を張り上げて周囲をびっくりさせました。
「それに、放火魔は門の外で捕らえられたんです。ちゃんと警備が行き届いているから、内部に侵入を許す前に気が付けたのではないですか」
白ネコのレティシアさんが「うにゃっ」と元気いっぱい鳴いて、わたくしに合図しています。い、い、行けと? 言うのですね?
「……オヴリオ様。何も言わずに、わたくしと例の木のところに行ってほしいのですわっ」
わたくしが勇気を出して袖を引くと、戸惑いがちながら、オヴリオ様はついてきてくれる気配です。
「オヴリオ殿下、どちらへ行かれるのですか? 恐縮ですがこの場に留まっていただきたく……うわっ、なんだっ!?」
引き留めようとした警備兵に、ナイトくんが元気いっぱい、もふーんっとぶつかっていくのが見えました。
「な、なんだ? なんだ? ぬ、ぬいぐるみだぞ?」
警備兵がびっくりしています。無理もありませんわ……。
混乱する空気の中、聞き覚えのある高い声が聞こえます。
「あ、あのう。そちらに、行きたいのですわよね?」
あの方は……友達未満のご令嬢、ミシェイラ様ではありませんか。
振り返ると、そばにご友人令嬢がたくさん揃っています。いつも噂好きの方々、揃い踏みではありませんか。
「わたくしたち、お手伝いしますわ」
「愛の逃避行みたいで素敵」
「え、そういうアレですの? あら、あら」
へ、変な噂が広められてしまいそうですわ。
でも、ここは甘えましょう……。
「駆け落ちですわー!」
「絶対ちがいますわ」
「よくわからないけど、行ってくださいまし! メモリアさん!」
ご令嬢方に頷くわたくしに、トムソンの大声が届きます。
「メモリア。勘違いしないでよね。ボク、イジワルであの結末を書いたわけじゃないよ。ロマンチックだからってだけだよ、本当だよ」
「わかってますわ。そんなの……トムソンは、イジワルなんてする人ではありませんもの」
「俺と違って」
「オヴリオ様は、一言余計なのでは」
「というか、俺には君たちが何で盛り上がっているのかがよくわからないんだ」
わたくしが言葉に詰まりつつ、オヴリオ様を引っ張っていると、トムソンはこちらに駆け寄ろうとする警備兵に抱き着くみたいにしがみついて、大声で叫びました。
「イチャイチャしてないで、行くんだ。これだから君たちは……、アイタッ、ほら、早く行って……!」
援護にやってきた警備兵に小突かれ、引きはがされて地面に転がりながら、こちらに駆け寄ろうとする警備兵の脚にがしっとしがみついて、トムソンが叫べば。
「おい! うちの息子に乱暴をするな!」
エヴァンス叔父様が乱入して、警備兵と揉め始め。
「彼女は俺の婚約者だぞ。腕を軽々しく掴まないでくれ」
ミシェイラ様の婚約者様が混ざったり。
「これは、何の騒ぎなの?」
アミティエ様のお声や、ユスティス様が「全員、ちょっと落ち着こう」と声かけされるが聞こえてきます。
ど、どうしてこうなってしまったの。
「とりあえず、行け――――――――!!」
トムソンが大声で背中を押してくれています。
返す言葉もありません。とりあえず、行くのみです。もう、それしかありませんっ。
わたくしはドレスの裾をつまんで、速足になりました。
「メモリア。なんかわからないが、急いで行くんだな? 兄上は戻ってこいと言っているが」
戸惑いがちに尋ねるオヴリオ様に声を返せば。
「そうです……きゃっ!?」
ふわっと体が抱き上げられて、わたくしは施療院が火事になったときを思い出しました。
「走る。言わなくてもわかると思うが、気を付けろよ」
「さ、触らないようにですね」
服の部分に、と意識してしがみつくと、オヴリオ様は疾風のように走り出しました。
周りの景色がぐんぐんと、後ろへ流れていきます。
大騒ぎしている声が、どんどん遠くなります。
夜空に煌めく星は全く地上の騒動を気にせずじっと光っていて、地上のあちらこちらを照らす灯りは移動の速度でその輪郭をぶらして――綺麗。
「全くわけがわからない」
「ですよね」
でも、行ってくれるのです。
それが嬉しくて、わたくしはしがみつく手に力を入れました。
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