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22、あれはわたくしの大切なものなのです。

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 後日、わたくしは施療院を訪問しました。
 
「おばあさま、ごきげんよう。お加減はいかがですか? 今日はお父様はご多忙で来れなかったの」
 
 おばあさまのお部屋には、白ネコがいました。
 ナイトくんがトコトコと近寄っていって、もふもふのぬいぐるみハンドで白ネコをツンツンしています。あっ、白ネコも負けじとネコパンチで対抗してるじゃないですか。

「レティシアは本を読むのが好きね」
「おばあさま、これは日記ですの。それと、わたくしはメモリアですわ」

 今日は、日記を持ってきたのでした。
 
「おばあさま。わたくしね、記憶をたまになくしてしまいますの。でも、この中に思い出が残っていますのよ」 
 
 おばあさまのそばに座って日記をめくると、小さな声でおばあさまが「メモリア」と呼んでくださいました。
 
「はい。メモリアですわ。わたくしは、おばあさまの孫のメモリアです。おばあさまのことが大好きな、メモリアです」
 
 窓の外に、建物を後にするオヴリオ様が見えました。
 エヴァンスをお見舞いして帰るところなのでしょうか。

 わたくしが窓から見ていると、オヴリオ様はふっと顔をあげて、こちらをご覧になりました。
 上と下で、ぱちりと目があって。
 ふわっと嬉しそうな笑顔で手を振ってくださったから、わたくしはつられて手を振り返してしまいました。

 口元がぱくぱく動いて、何か仰っています。なんでしょう……うち? す……、

 『す、き』

 理解した瞬間、頬がほわりと熱くなりました。

 『じゃないけど』

「……口パクでも、それ付け足すんですのね」

 台無しですわ、オヴリオ様。
 本当に残念なお方……。

「あら。あの方は……王子殿下」
 
 おばあさまが一緒になって窓の外に視線を注ぎ、おっとりと微笑みました。
 
「……王子殿下は、悪い方ではないのですが、昔から気を許した方への物言いが意地悪だったり無神経だったりするところがあって……レティシアのことも、気に入っていたのに」
「……その『王子殿下』というのは、国王陛下のことなのでしょうか? レティシアさんというのは、魔法が使えるご令嬢で、魔女なのですよね?」
 
 わたくしがそっと問いかけると、おばあさまは「あら、殿下が何か言ってるわ。また明日?」と窓の外に手を振って、背中を向けるオヴリオ様を見送っています。
 

「ふにゃあっ」
 白ネコが前触れなく大きく鳴いたのは、そのときでした。

「ふぇっ?」
 室内の視線が集まる中、白ネコは尋常ではない必死さで「ふにゃあ、ふぎゃあ」と鳴いています。すごい声。こんな声、初めて。

 一体どうしたのかしら、と思っていると、ナイトくんが可愛い手でわたくしとおばあさまをぐいぐいと押したり、引っ張ったりするではありませんか。

「あら、あら。お外に出たいのかしら?」
 
 おばあさまはその様子に何かを察したようで、ニコニコと立ち上がってわたくしと手をつなぎ、部屋の外に出ました。
 のんびり、ゆっくり歩くわたくしたちを、白ネコとナイトくんが急かすみたいに引っ張っていきます。

 な、なんだというのでしょう……?
 
「よくわかりましたね、おばあさま」
 わたくしにはあまりわからなかったのですが。
「うふふ。この子たちは、何を急いでいるのかしらね」
 おばあさまは、上品な笑顔を浮かべて「いそがない、いそがない。転んでしまったら、たいへんよ」と歌うみたいに仰いました。

 お外に出ると、抜けるような青空の下で、そよそよと優しい風が吹いて、ドレスの裾や、長い髪がふわふわと揺れて、涼しいです。
 
「あら、少し焦げ臭いような……?」
 そう気づいたのと、建物から警鐘が鳴ったのはほとんど同時でした。

「火事だ! 火事だー!!」
 誰かが叫ぶのが聞こえて、驚いてみてみると、もくもくと建物から黒い煙が出ているではありませんか。
 
「まあ……火事ですって」
 おばあさまが白ネコを抱っこして、「動物は人間にわからないことがわかるというから、教えてくれたのかしら?」と呟いています。そうなのでしょうか。

 建物から次々と人が出てきます。
「あ……トムソン。エヴァンス叔父様」
 その中に見慣れたお二人を見つけて、わたくしとおばあさまは近くに寄りました。

 何か揉めているのでしょうか? せっかく逃げてきたエヴァンス叔父様が、中へと戻ろうとしているではありませんか。 
「お父様、ボクのノートなんか、いいよ。お父様!」
「よくない。お前の努力がつまった、大切なノートだ」

 ノート。
 その単語を聞いた瞬間に、ハッと思い出したのは、わたくしの日記です。

 一日、一日、大切に積み重ねた日々の記録。
 わたくしが忘れてしまった思い出が、いっぱいの日記。

「わ、わたくしの日記、中に置いてきてしまいましたわ……」

 あれがなくなったら。
 燃えてしまったら。

 ……そんな思いが脳裏をよぎって、気付けばわたくしは駆けだしていました。
 
「お父様、待って! お父様! ……ええっ、メモリアぁ!? なんで君も行くのさっ!?」
 
 エヴァンス叔父様が建物の中に駆け戻るのが、すぐ目の前に見えます。
 
 わたくしは、わたくしは――……、気付いたらわたくしは、エヴァンス叔父様の後を追いかけていました。

 
 中から外へと逃れる人の群れに逆らうようにして、奥へ。奥へ。

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