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17、殿下は嘘吐きです

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「親子水入らずのほうがよかったかしら」
 
 エヴァンス叔父様の病室を訪ねると、トムソンは「ううん」と人懐こい笑顔を浮かべ、わたくしたちを歓迎してくださいました。
「ボクも、さっきお邪魔していたし」

 エヴァンス叔父様は、心ここにあらずといった風情でノートを読んでいます。
 あっ。あのノートは、トムソンのではありませんか?
 
「あの……ボク、これ書くの好きなんだ。ピ、ピアノも好きなんだけどね」
 悪いことをしているみたいにトムソンがオドオドというので、わたくしはすっかりお姉さんな気分になりました。
「好きなことを頑張るのは、素敵だと思いますわ。好きなことがたくさんあるのも素晴らしいことですわ、トムソン」
 トムソンが頬を赤くして目をキラキラさせるのがとても可愛らしくて、わたくしはニコニコしました。
 
「お父様にも、ちょっと恥ずかしいけど、見せてみたんだ」
 トムソンはそう言ってはにかみ、大好きなお父様が書いた本をひらきました。
「ボク、お父様の本が大好きだよ」

 ぴくり、とエヴァンス叔父様が肩を揺らして、唸ります。
「私は、自分の本が好きじゃない」
 低くうなるようなエヴァンス叔父様の声が、ぽつりと呟き。そこにあった感情が、部屋の空気をずしりと重くしました。
 
 
 むなしさ。
 腹立たしさ。
 後悔……?
 
 そんな負の感情が、そこにはあったのです。
 

「……そういえば、さきほど『ファン』の方がいらっしゃいましたか? サインをもらいそびれたようでしたけれど――、叔父様っ?」
 
 お話を変えるようにわたくしが問えば、エヴァンス叔父様はいきなりグシャグシャと頭をかきみだし、荒れた気配をむきだしにして叫びました。
 
「私のせいだ! 私のせいだ! 私が魔女を悪役にしたから! ああ、私のせいさ!」
「お、お父様、落ち着いて。お父様」
 
 トムソンがあわててエヴァンス叔父様をなだめると、エヴァンス叔父様はふうふうと落ち着きなく呼吸を繰り返し、やがて平静に戻りました。

「す、す、すまない。と、取り乱した」
「いい、いええ。わたくし、失言でしたようで」
 
 びくびくと謝るわたくしの背を、お父様がゆったりと撫でて落ち着かせてくれます。

「エヴァンス。実は我が娘メモリアが王家にちょっかいを出されていてね、王家の第二王子殿下だよ、まさに今さっき、廊下でその方と会ったのだ。むぁ~、腹立たしいよ。王家ったら、何度もうちの娘を城に呼び出したりパーティに連れ出したりして、パーティでサクッと婚約発表しちゃって」
「おおおおお父様!」
「リヒャルト……」
 
 お父様は、エヴァンス叔父様に親し気に語り掛け、ベッド脇に腰を落ち着けました。

「第二王子殿下は、なぜお前を見舞われた? ファンだというだけの理由ではあるまい?」
 
 わたくしはトムソンがアワアワと慌てていることに気付き、そーっと隣に座って顔色をのぞきこみました。
 
「我が伯爵家は王室を敬愛する臣下であるが、妄信はせぬし、いさめるべき部分があると思えば物申すことを怖れぬぞ」

「トムソン? 大丈夫ですの?」
 コソコソと問えば、ささやきが返されます。
「援助してもらってるんだ……治療とか、生活とか。関係が悪くなると、困る……」
「いろいろと援助していただいてますのね」
「そ、そう。そう。だから……悪く言わないで」
「わたくしは婚約者ですの。悪く言ったり、関係を悪くしたりはしませんわ。ねえ、お父様?」

 わたくしはソワソワとトムソンの頭を撫でました。
 ナイトくんも一緒になって、ふわふわのぬいぐるみハンドでえいえいとトムソンを小突いています。
 
「ナイトくん、それは撫でているというより叩いているのですわ」
 わたくしがナイトくんのぬいぐるみハンドをおさえたとき、「にゃあ」と鳴き声がして、窓からひょこりと白ネコが入ってきました。

「白ネコさん。どこからでも入ってくるね」
「まあ。本当ですわね」
 うにゃっと愛嬌たっぷりに鳴いて、白ネコは自由の化身みたいに我が物顔で室内をうろうろし、最終的にはエヴァンス叔父様のベッドの足元で丸くなりました。

「お、追い出したほうがいい?」
「いや、いい」
 
 エヴァンス叔父様は足をあまり動かさないようにしながら、口元を優しくゆるめました。

「第二王子殿下は、魔女についての情報収集でいらしたんだ。私が小説を書くためにだいぶ魔女について調べていたから……。魔女に呪われたりしていないか、などと心配もしてくださっている。悪い方ではない……と、思うが」
 エヴァンス叔父様は、子供を心配する大人の目でわたくしをチラリと見ました。
「……権力にものを言わせ、望まぬ婚約を押し付けた、と?」
 
 どきりと胸の鼓動が跳ねました。
 はいかいいえでいえば、それは「はい」なのでしょうか。

 わたくしは、エヴァンス叔父様から逃れるようにしてトムソンに視線を向けました。

「トムソン。わたくしの申し上げることがその通りかどうか、あなたの知る記憶で正直にこたえてほしいのです」
「う、うん……?」
 
 ドキドキと、鼓動が自分の耳を騒がせています。
 オヴリオ様は、オヴリオ殿下は――、
 
「わたくし、本の中の悪役令嬢……魔女レティシアみたいに、聖女アミティエ様に嫌がらせをしたりしていましたでしょうか? 聖女アミティエ様とユスティス様を奪い合ったりしていましたでしょうか?」
「えっ。し、してないと思う。ボクは、そんなの見てない。知らない」  

 ――嘘吐きなのです。

 わたくしは、そっと頷いてナイトくんをぎゅっと抱きしめました。
 そして、お父様に問いました。

「お父様。このぬいぐるみは、どなたにいただいたものでしたかしら」
 
 ナイトくんは、嬉しそうに手足をバタバタさせています。
 そうだ、それでいいんだぞって言われてるみたい。

 お父様は、眉間にぐにゅっとシワを寄せました。
 
「お前がまだ幼いころ、聖女の力をすこしだけ受け継いでいるとわかって初めて王城におうかがいした際、王子殿下がくださったんだ……思えば、あのときからお前は王子殿下のお気に入りになって、呼び出されたりするようになったんだ。やはり、可愛すぎたのか……顔にお面でもつけさせておけばよかった」
 
 王子殿下がくださったのは、日記にも書いてありました。
 問題は、王子殿下というのがどちらの王子殿下のことか、という点です。
 
「……オヴリオ様がくださったのですよね、お父様?」
 
 なかば確信を抱いて問えば、お父様は当たり前のように「ウンウン」と頷いたのでした。
 
 
 そうなると、そうなると……、

 
 ……わたくしがずっと日記に書いてきた「初恋の王子様」は、オヴリオ様なのではないでしょうか?
 日記に残されていたあんな思い出やこんな思い出のお相手は、もしかして……すべてオヴリオ様なのではないでしょうか?

「エヴァンス叔父様」
「ん」
「ご心配にはおよびませんわ。わたくしたちの婚約は、双方合意の上ですのよ」
 
 わたくしは、頬をほやほやと紅潮させつつ、はっきりと言い切ったのでした。

 帰ったら日記をあらためて読み返そうと、決意しながら。
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