上 下
70 / 77
3章、メイドは死にました

67、同じ視点で、同じように景色を

しおりを挟む
 ランチ会でマリンベリーとよく話す女子生徒といえば、アルティナとエリナだ。
 
 アルティナが思うに、マリンベリー・ウィッチドールはエリナという後輩を妙に気にしている。
 アルティナ相手のときより優しくて、お姉様ぶっている。

 小麦色の髪を三つ編みにした、小柄なエリナはアルティナと違い、実家は爵位を持たないパン屋。学校に通いつつ、放課後は実家の店を手伝っている。姉が亡くなっていて、いじめられてもいた。年齢も年下だし、妹感のある娘なので、目をかけられているのだろうか。
 軽く嫉妬する。「マリンベリーと一番仲のよいお友だちはわたくしよ」と対抗意識をめらめら燃やしてしまう。
 
 そして、エリナを意識しているうちに、気づいたのだ。
 この平民の少女が貴族たち対して、嫉妬や劣等感、不平等感を隠し抱いていること。そして、それを他者に見せないように努力していることに。
 
   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
  
 王都の各所に、逼迫した状況に陥った人々がいる。
 メディチ家は運よく、被害が軽い。せいぜい建物の内部で高価な陶器が落ちて割れたりした程度だ。

「着飾るんですか? こんなときに……?」
「ええ。そうですわよ。あ、やっぱり。妹のドレスが合いますわね」 
 
 衣装棚からオリーブ色のデイドレスを出して体に当ててみれば、エリナは複雑な表情を見せている。
 反発心を抱いていて、けれど表には出すまいと思って……失敗しているのだ。
「あなた、貴族の華美な暮らしにあまり好感がないのでしょう?」

 はっきりと言ってやれば、エリナは蒼褪めた。
 ――わたくしが気を悪くして、その結果ご自身の立場が危うくなるとでも思っていらっしゃるのかしら。
 
「咎めるつもりはありませんわ。ちょっといじめたくなっただけですの」

 アルティナは意地悪く笑ってみせた。
 
「蚕を育て、糸を紡ぎ、布を織る……布に針を通し、衣服を縫う。彼らは、富裕層が服をたくさん購入するからこそ十分な仕事にありつけて、生活ができていますわね」

 ――このお話は、労働者の暮らしが身近ではない貴族相手に話すより、生活費を意識して働いているパン屋の娘の方が身に迫って理解できるのではないかしら。
 
 そんな期待を胸に、言葉を続ける。

「わたくしの家は生粋の貴族の家ではありませんが、お金があります。商人といえば営利を追求するイメージが強く持たれていますが、わたくしたちは社会模範や信用を大切にします。信用がない商人は、取引で忌避されますもの。今回のように赤字で奉仕するのは、今だけを考えると損をしますが、長期的に見ると『あの商家は人道的で、いざというときに頼りになる』というイメージは利益の方が勝るのです」

 父は、王侯貴族と商人の違いについてよく説いていた。

「王侯貴族は、統治する者。治める民を団結させて『みんなでこのように生活しよう』と旗を振り、模範を示す者。彼らは、立派でなくてはなりません。尊崇の念を掻き立て、彼らを上に戴くことが誇らしいという気持ちを下の者に与えなくてはならないのです」

 民のひとりひとりが王を「我らの王」と呼び、まるで自分が王冠をかぶっているように自分たちの遥か高みにいる貴き主君を誇る。
 騎士は貴き者たちに仕え、日々鍛錬を積んで武を磨き、守るための盾と剣を持つ。そして、戦争の際には前線に出て戦い、国土を守る。農民が耕す畑を狙う盗賊や荒らす魔物を討伐する。
 
 彼らの武具は職人が作る。彼らの食事を、料理人が国土の農作物を使って料理する。

 物を盗めば投獄される。人を殺せば処刑される。
 善良であれ、詐欺を働いてはいけない。理不尽に他者に暴力をふるったり、物を奪ってはいけない。

 発言を重んじられる『敬愛する我らの主君』がルールを定め、浸透させる。
 主君の言葉が絶対だという前提があるので、社会は安定する。
 
「エリナ。わたくしと一緒に、とっても偉そうにしましょう。王侯貴族ごっこですわ」
「……私は平民です」

 悔しさと劣等感を滲ませた声。
 表情を読み取らせまいと逸らされた顔。
 震える肩が、可愛らしい。

 アルティナは紅唇に笑みを浮かべ、エリナを抱きしめた。

「血筋や身分を理由に自分を卑下する必要はありませんわ。あなたに目をかけてくださる『マリンベリーお姉様』だって、貴族の血は引いていないけれど……あなたは、彼女のことをどう思っていまして?」
 
 腕の中の体温が震える。
 きっと、エリナは「でもお姉様は貴族の肩書きを持っています」と自分との違いを指摘したいのだろう。
 だから、アルティナは付け足した。

「国家への貢献や財力で爵位をいただくことができますわ。養子になるという方法もあります。貴族令息に見染められてしまえば、あなただって貴族の肩書きは追加できますのよ」

 羽ばたこうと思えば、自分たちは大空に向かって羽ばたける。

 アルティナは、そんな現実を実感させてくれる父が好きだ。
 マリンベリーが好きだ。可能性と希望がある世の中が好きだ。

 だから、エリナにも同じ視点で、同じように景色を見てほしい。
 ……そんな友だちが、ほしかったから。
 
 腕の中で自分を見上げるエリナの大きな瞳から、ぽろりと涙が溢れて零れた。

 ――可愛い子。

 力になってあげたい。そんな気持ちと、「わたくしはこんな風に弱い姿を見せることができない」という敗北感のようなものが胸で渦巻く。

 マリンベリーがエリナに目をかけるのも当然だ、と思って、それが悔しいと思ってしまって。

「わたくし、あなたみたいに庇護欲を誘う可愛らしい女の子になりたかったですわ。あなたは、わたくしにない武器をいっぱい持っていますもの。悔しいですわよ」

 思わず、小さな声で呟いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

処理中です...