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3章、メイドは死にました
67、同じ視点で、同じように景色を
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ランチ会でマリンベリーとよく話す女子生徒といえば、アルティナとエリナだ。
アルティナが思うに、マリンベリー・ウィッチドールはエリナという後輩を妙に気にしている。
アルティナ相手のときより優しくて、お姉様ぶっている。
小麦色の髪を三つ編みにした、小柄なエリナはアルティナと違い、実家は爵位を持たないパン屋。学校に通いつつ、放課後は実家の店を手伝っている。姉が亡くなっていて、いじめられてもいた。年齢も年下だし、妹感のある娘なので、目をかけられているのだろうか。
軽く嫉妬する。「マリンベリーと一番仲のよいお友だちはわたくしよ」と対抗意識をめらめら燃やしてしまう。
そして、エリナを意識しているうちに、気づいたのだ。
この平民の少女が貴族たち対して、嫉妬や劣等感、不平等感を隠し抱いていること。そして、それを他者に見せないように努力していることに。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
王都の各所に、逼迫した状況に陥った人々がいる。
メディチ家は運よく、被害が軽い。せいぜい建物の内部で高価な陶器が落ちて割れたりした程度だ。
「着飾るんですか? こんなときに……?」
「ええ。そうですわよ。あ、やっぱり。妹のドレスが合いますわね」
衣装棚からオリーブ色のデイドレスを出して体に当ててみれば、エリナは複雑な表情を見せている。
反発心を抱いていて、けれど表には出すまいと思って……失敗しているのだ。
「あなた、貴族の華美な暮らしにあまり好感がないのでしょう?」
はっきりと言ってやれば、エリナは蒼褪めた。
――わたくしが気を悪くして、その結果ご自身の立場が危うくなるとでも思っていらっしゃるのかしら。
「咎めるつもりはありませんわ。ちょっといじめたくなっただけですの」
アルティナは意地悪く笑ってみせた。
「蚕を育て、糸を紡ぎ、布を織る……布に針を通し、衣服を縫う。彼らは、富裕層が服をたくさん購入するからこそ十分な仕事にありつけて、生活ができていますわね」
――このお話は、労働者の暮らしが身近ではない貴族相手に話すより、生活費を意識して働いているパン屋の娘の方が身に迫って理解できるのではないかしら。
そんな期待を胸に、言葉を続ける。
「わたくしの家は生粋の貴族の家ではありませんが、お金があります。商人といえば営利を追求するイメージが強く持たれていますが、わたくしたちは社会模範や信用を大切にします。信用がない商人は、取引で忌避されますもの。今回のように赤字で奉仕するのは、今だけを考えると損をしますが、長期的に見ると『あの商家は人道的で、いざというときに頼りになる』というイメージは利益の方が勝るのです」
父は、王侯貴族と商人の違いについてよく説いていた。
「王侯貴族は、統治する者。治める民を団結させて『みんなでこのように生活しよう』と旗を振り、模範を示す者。彼らは、立派でなくてはなりません。尊崇の念を掻き立て、彼らを上に戴くことが誇らしいという気持ちを下の者に与えなくてはならないのです」
民のひとりひとりが王を「我らの王」と呼び、まるで自分が王冠をかぶっているように自分たちの遥か高みにいる貴き主君を誇る。
騎士は貴き者たちに仕え、日々鍛錬を積んで武を磨き、守るための盾と剣を持つ。そして、戦争の際には前線に出て戦い、国土を守る。農民が耕す畑を狙う盗賊や荒らす魔物を討伐する。
彼らの武具は職人が作る。彼らの食事を、料理人が国土の農作物を使って料理する。
物を盗めば投獄される。人を殺せば処刑される。
善良であれ、詐欺を働いてはいけない。理不尽に他者に暴力をふるったり、物を奪ってはいけない。
発言を重んじられる『敬愛する我らの主君』がルールを定め、浸透させる。
主君の言葉が絶対だという前提があるので、社会は安定する。
「エリナ。わたくしと一緒に、とっても偉そうにしましょう。王侯貴族ごっこですわ」
「……私は平民です」
悔しさと劣等感を滲ませた声。
表情を読み取らせまいと逸らされた顔。
震える肩が、可愛らしい。
アルティナは紅唇に笑みを浮かべ、エリナを抱きしめた。
「血筋や身分を理由に自分を卑下する必要はありませんわ。あなたに目をかけてくださる『マリンベリーお姉様』だって、貴族の血は引いていないけれど……あなたは、彼女のことをどう思っていまして?」
腕の中の体温が震える。
きっと、エリナは「でもお姉様は貴族の肩書きを持っています」と自分との違いを指摘したいのだろう。
だから、アルティナは付け足した。
「国家への貢献や財力で爵位をいただくことができますわ。養子になるという方法もあります。貴族令息に見染められてしまえば、あなただって貴族の肩書きは追加できますのよ」
羽ばたこうと思えば、自分たちは大空に向かって羽ばたける。
アルティナは、そんな現実を実感させてくれる父が好きだ。
マリンベリーが好きだ。可能性と希望がある世の中が好きだ。
だから、エリナにも同じ視点で、同じように景色を見てほしい。
……そんな友だちが、ほしかったから。
腕の中で自分を見上げるエリナの大きな瞳から、ぽろりと涙が溢れて零れた。
――可愛い子。
力になってあげたい。そんな気持ちと、「わたくしはこんな風に弱い姿を見せることができない」という敗北感のようなものが胸で渦巻く。
マリンベリーがエリナに目をかけるのも当然だ、と思って、それが悔しいと思ってしまって。
「わたくし、あなたみたいに庇護欲を誘う可愛らしい女の子になりたかったですわ。あなたは、わたくしにない武器をいっぱい持っていますもの。悔しいですわよ」
思わず、小さな声で呟いたのだった。
アルティナが思うに、マリンベリー・ウィッチドールはエリナという後輩を妙に気にしている。
アルティナ相手のときより優しくて、お姉様ぶっている。
小麦色の髪を三つ編みにした、小柄なエリナはアルティナと違い、実家は爵位を持たないパン屋。学校に通いつつ、放課後は実家の店を手伝っている。姉が亡くなっていて、いじめられてもいた。年齢も年下だし、妹感のある娘なので、目をかけられているのだろうか。
軽く嫉妬する。「マリンベリーと一番仲のよいお友だちはわたくしよ」と対抗意識をめらめら燃やしてしまう。
そして、エリナを意識しているうちに、気づいたのだ。
この平民の少女が貴族たち対して、嫉妬や劣等感、不平等感を隠し抱いていること。そして、それを他者に見せないように努力していることに。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
王都の各所に、逼迫した状況に陥った人々がいる。
メディチ家は運よく、被害が軽い。せいぜい建物の内部で高価な陶器が落ちて割れたりした程度だ。
「着飾るんですか? こんなときに……?」
「ええ。そうですわよ。あ、やっぱり。妹のドレスが合いますわね」
衣装棚からオリーブ色のデイドレスを出して体に当ててみれば、エリナは複雑な表情を見せている。
反発心を抱いていて、けれど表には出すまいと思って……失敗しているのだ。
「あなた、貴族の華美な暮らしにあまり好感がないのでしょう?」
はっきりと言ってやれば、エリナは蒼褪めた。
――わたくしが気を悪くして、その結果ご自身の立場が危うくなるとでも思っていらっしゃるのかしら。
「咎めるつもりはありませんわ。ちょっといじめたくなっただけですの」
アルティナは意地悪く笑ってみせた。
「蚕を育て、糸を紡ぎ、布を織る……布に針を通し、衣服を縫う。彼らは、富裕層が服をたくさん購入するからこそ十分な仕事にありつけて、生活ができていますわね」
――このお話は、労働者の暮らしが身近ではない貴族相手に話すより、生活費を意識して働いているパン屋の娘の方が身に迫って理解できるのではないかしら。
そんな期待を胸に、言葉を続ける。
「わたくしの家は生粋の貴族の家ではありませんが、お金があります。商人といえば営利を追求するイメージが強く持たれていますが、わたくしたちは社会模範や信用を大切にします。信用がない商人は、取引で忌避されますもの。今回のように赤字で奉仕するのは、今だけを考えると損をしますが、長期的に見ると『あの商家は人道的で、いざというときに頼りになる』というイメージは利益の方が勝るのです」
父は、王侯貴族と商人の違いについてよく説いていた。
「王侯貴族は、統治する者。治める民を団結させて『みんなでこのように生活しよう』と旗を振り、模範を示す者。彼らは、立派でなくてはなりません。尊崇の念を掻き立て、彼らを上に戴くことが誇らしいという気持ちを下の者に与えなくてはならないのです」
民のひとりひとりが王を「我らの王」と呼び、まるで自分が王冠をかぶっているように自分たちの遥か高みにいる貴き主君を誇る。
騎士は貴き者たちに仕え、日々鍛錬を積んで武を磨き、守るための盾と剣を持つ。そして、戦争の際には前線に出て戦い、国土を守る。農民が耕す畑を狙う盗賊や荒らす魔物を討伐する。
彼らの武具は職人が作る。彼らの食事を、料理人が国土の農作物を使って料理する。
物を盗めば投獄される。人を殺せば処刑される。
善良であれ、詐欺を働いてはいけない。理不尽に他者に暴力をふるったり、物を奪ってはいけない。
発言を重んじられる『敬愛する我らの主君』がルールを定め、浸透させる。
主君の言葉が絶対だという前提があるので、社会は安定する。
「エリナ。わたくしと一緒に、とっても偉そうにしましょう。王侯貴族ごっこですわ」
「……私は平民です」
悔しさと劣等感を滲ませた声。
表情を読み取らせまいと逸らされた顔。
震える肩が、可愛らしい。
アルティナは紅唇に笑みを浮かべ、エリナを抱きしめた。
「血筋や身分を理由に自分を卑下する必要はありませんわ。あなたに目をかけてくださる『マリンベリーお姉様』だって、貴族の血は引いていないけれど……あなたは、彼女のことをどう思っていまして?」
腕の中の体温が震える。
きっと、エリナは「でもお姉様は貴族の肩書きを持っています」と自分との違いを指摘したいのだろう。
だから、アルティナは付け足した。
「国家への貢献や財力で爵位をいただくことができますわ。養子になるという方法もあります。貴族令息に見染められてしまえば、あなただって貴族の肩書きは追加できますのよ」
羽ばたこうと思えば、自分たちは大空に向かって羽ばたける。
アルティナは、そんな現実を実感させてくれる父が好きだ。
マリンベリーが好きだ。可能性と希望がある世の中が好きだ。
だから、エリナにも同じ視点で、同じように景色を見てほしい。
……そんな友だちが、ほしかったから。
腕の中で自分を見上げるエリナの大きな瞳から、ぽろりと涙が溢れて零れた。
――可愛い子。
力になってあげたい。そんな気持ちと、「わたくしはこんな風に弱い姿を見せることができない」という敗北感のようなものが胸で渦巻く。
マリンベリーがエリナに目をかけるのも当然だ、と思って、それが悔しいと思ってしまって。
「わたくし、あなたみたいに庇護欲を誘う可愛らしい女の子になりたかったですわ。あなたは、わたくしにない武器をいっぱい持っていますもの。悔しいですわよ」
思わず、小さな声で呟いたのだった。
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