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1章、王太子は悪です
5、お母様はショタです
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「えーーーーーーーーーーっ」
なんとパーニス殿下、「マリンベリーが薬を開発した」と発表してしまったのだ。
話が違う。自分の功績にしてって言ったのに。
驚いていると、魔女家の当主に呼び出された。
「やあ、ボクの娘マリンベリー。キミはずっとどちらかの王子との婚約を望んでいたよね。おめでとう。魔女家的にも王家との繋がりを持てて助かるよ」
大きな魔女帽子をかぶった魔女家当主は、名をキルケという。血の繋がらない母だ。
外見は、ショタ(幼い男の子)。
魔法使いの帽子の下が黒髪ショートヘアーに濃紺の瞳で、ショートパンツから膝が見えている。
マリンベリーは、魔女家の当主――養い親が苦手だった。
肉親の情はなく、魔力は底知れなくて、何を考えているかわからない。「機嫌を損ねたら未知の魔法でひどい目に遭わされるのでは、家から追い出されちゃうのでは」と恐れていた。
しかし、前世を思い出した私にとっては。
(このキャラ、弟に成りすましてる姉と見せかけて本当に弟! というすっっごい複雑な設定の拗らせ合法ショタだーーーー‼)
「こ、拗らせ合法ショタが目の前に! かわいい」
「!? どうしたんだい、マリンベリー?」
「アッ、失礼しました。今のは忘れてください。あの……ぎゅって抱きしめていいですか」
「!?」
「ちょっとだけ。ほら、義理ですけど娘ですから、甘える感じでぜひ。一回だけ」
参考までに、合法ショタとは「外見はショタだけど成人してるからセーフ!」というキャラ属性である。
「ぎゅうううううっ」
「おいっ、ひっつくな……! 急にどうしたんだ、気味が悪いな!」
「頬をつんつんしていいですか」
「だ、だめだ!」
「母娘のコミュニケーションってことでひとつ」
可愛い。セクハラしてすみません。
つん、つん。
あーー! やわらか~~!
「しゅき……キルケ様、しゅき」
「へっ? ボ、ボ、ボクがしゅきだって? 嫌われてると思ってたけど、ボクを慕ってくれてるのかい?」
「はい」
拗らせ合法ショタな母――魔女家当主キルケ様は、「魔物に襲われて死んでしまった弟オリヴスへの愛を拗らせ、弟の姿に変身している」と周囲に主張している。男嫌いで、未婚。後継ぎは、親族の中から有望な子を選ぶ予定。
しかし、この母は男である。
原作知識によると、魔物に襲われて死んでしまったのは、姉であるキルケの方だったのだ。
姉が11歳。弟は9歳の時だった。
死に際に、姉は弟に言った。
「私のふりをしてあなたが当主になりなさい」と。
魔女家は女性優位の家系で、弟は不遇だった。
才能があるのに、男だからという理由で評価されなかったのだ。
幼かった弟は、ずっとそれが不満だった。
そこで弟は姉の最期の言葉の誘惑に負けて、「死んだ弟の外見に変身する姉」という設定で、姉に成りすました。その心中には、女に生まれたことで優位にあった姉への嫉妬と、歪んだ愛があった。
現在、『キルケ』は31歳ということになっている。つまり、20年も成りすましをし続けているのだ。周囲を欺き続けることに罪悪感を覚えながら、真実が明るみになるのを恐れ、誰にも秘密を打ち明けられずに、当主をしている。
……なんとも複雑な設定だ。
しかし、「この人、得体が知れなくて怖い」だった当主も「こんな事情があってこんなことを考えてる人だ」とわかってしまえば、もう怖くない。仲良くしよう!
頬もぷにぷに、つるるんだ。
養女特権で堪能させていただきました。
セクハラしてすみません。ふぅ……。
「は、話を戻すよマリンベリー? ボクの話をちゃんとききなよ?」
「はい、キルケ様」
「今までは婚約者候補に挙がってはいたのだけど、『マリンベリーは血統が釣り合わない。評判も悪い』と言われていて、大臣に難色を示されていたんだよね」
「そうではないかと思ってました」
貴族社会は名誉や血統を重んじる。
「でも、『功績をあげたし、本人が更生宣言をしていて、実際に人が変わった様子』『本人も望んでいたし』と婚約に乗り気になったみたいだよ」
「望んでいた……そ、そうですね」
過去のマリンベリーは、王子との婚約を望んでいた。
純粋な恋愛感情というよりは、自分の価値を高めるため。承認欲求が動機だけど。
「マリンベリー。人生は一度きり。望みが叶うなら、叶えたいよね」
「そ、そうですね、キルケ様」
「……叶えた結果、後悔することもあるのだけどね」
「こ、拗らせ合法ショタが切ないっ! ぎゅうう」
「うわっ、また抱き着いてきて……頭を撫でていいのかい? 撫でてもいいんだね!?」
切なさを抱きしめていると、パーニス殿下がやってきた。
「マリンベリー、表彰式兼婚約祝いパーティの衣装の色はお揃いにするか。兄上が白を選ぶから、白は避けよう」
パーニス殿下は兄殿下になんでも遠慮する。
弟が兄より優秀だったり張り合ったりすると、派閥争いの原因になる。
それもあって「ダメ王子」の蔑称を言われるがままにしているのだ。
「そうですね、兄君と対立するのは、原作ではまだ先ですし」
「兄上と対立する気はないが?」
断固とした意思を感じさせる低い声で言って、パーニス殿下は話を変えた。
「こいつ、狼に変身できるんだ。本人も狼姿でいいというのでペットにしてみた」
パーニス殿下は大きな黒狼を連れていた。
首輪がついていて、名前が書いてある。
「……セバスチャン?」
「わんっ」
どうやら、暗殺者はペットにジョブチェンジしたようだった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
『五果の二枝』……5月2日。
表彰式兼婚約祝いパーティが開かれた。
場所は、王城の一角にあるパーティ会場。王都でも、街角でお祝いの料理が振る舞われた。
急いで仕立てられたドレスは、黒を基調にしている。上質な絹地と銀糸を贅沢に使っていて、肩と腕は肌が露出して、腰はきゅっと締められ、その下はボリューム感のあるスカートになっているプリンセスラインのドレスだ。
三角形状の黒い魔女帽子をすっぽりかぶり、黒いドレスに身を包んだ私を、パーニス殿下の馬車が迎えに来てくれた。
王城までの道中は、街道の民が旗を振ったりしているのが見えた。
ふんわりとした曇り空の下、カラフルな紙吹雪が本物の花びらと共に舞っていて、お祭りって雰囲気だ。
車窓から見ていると、『子供の病気が治りました』という文字を書いた紙を持っている親子が手を振ってきた。病気が治ってよかったね。
トランペットが高音を響かせる中、私は会場に入った。視線が痛いほど感じられる。
「あのように清廉な空気感のあるご令嬢だっただろうか? 以前はもっと毒々しい美貌だったように記憶しているが……」
貴族の囁き声が耳に届く。毒々しかったのは、化粧のせいもあるだろう。
化粧ひとつで印象は大きく変わるものだから。
――良い印象になっているなら、成功だ。
パーティ会場の赤絨毯の上を進み、緊張しながら伝統的な礼であるカーテシーをすると、国王陛下が功績を讃えてくださった。
「伯爵令嬢マリンベリーは、我が国を長年悩ませていた不治の病、魔化病の特効薬を開発した。すでにその薬により、多くの患者が助かっている。その功績を讃えよう!」
拍手と歓声が、すごい。聴覚が麻痺しちゃいそう。
「緊張してるのか」
微笑ましい小動物を庇護するような微笑みを浮かべ、パーニス殿下がエスコートしてくれる。
殿下の細身の衣装は、上から下まで黒づくめ。
滑らかで上等な触れ心地の生地だけど、装飾は控えめでクールな印象だ。兄殿下よりも目立たないようにという配慮を感じる。
でも、黒衣装は彼の髪色や肌の白さをちょうどよく引き立てていて、スタイルもいいので見栄えがする。
肩当てから背中側に長く垂れる漆黒のマントは、中央に切れ込みが入っていて、一枚の布というより二枚の長細い布をひらひらさせている状態だ。
格好良いが、実はこの正装、王国文化的には「まだ未熟で一人前ではない男子」の装いである。
「緊張は……少しだけです」
「表彰とお披露目は終わったんだ。あとは美味い飯でも食って気楽に過ごそう。……ダンスをするのもいいな」
パーニス殿下はドリンクグラスを差し出してくれた。
夕陽を溶かしたような綺麗なドリンクは、マギア・オレンジ味。
甘味と酸味がさわやかな夏をイメージさせる、海で泳ぎたくなる味だ。
「殿下。私、ダンスは苦手です」
「俺がリードするから適当についてこい」
「頼もしい仰りようですが殿下も苦手ですよね?」
私たち二人がダンスしたら大惨事になってしまうのでは。
2人で話していると、貴族たちの会話が聞こえてきた。
「問題児は問題児同士、というわけですな」
私たちのことだろうか。
どきりとした瞬間、第一王子のイージス殿下が柔らかな声で窘めた。
「パーニスは私の可愛い弟です。愛のない政略的な婚約とはいえ、めでたい席でもあります。慎んでください」
パーニス殿下の双子の兄王子、第一王子であり王太子のイージス殿下は、一人前であることの証である一枚布の純白のマント姿だ。
ラベンダー色の長い髪をうなじの位置で結わえていて、瞳は神秘的な白銀色。弟殿下と対照的な色合いだ。
中性的で、男性なのに「たおやか」という言葉が似合う、優しい雰囲気のスパダリ敬語キャラ。腹黒・暗黒微笑系とも言う。
「さすがイージス殿下、お優しい」
「イージス殿下は伯爵令嬢との婚約を先に父王陛下に相談なさっていたと聞くぞ。弟殿下に縁談を横取りされたんだ」
「それは真実か? あの弟殿下は、兄に譲ることも知らないのだな」
「今からでも伯爵令嬢の婚約相手を変更できないのか?」
「恋人を奪われても庇うとは、イージス殿下はまさに聖人君子だな……さすが、建国の英雄王の生まれ変わりと呼ばれるお方だ」
あれ? 身に覚えのない泥沼の三角関係にされている?
「ちょっと――」
私が三角関係を否定しようとした時。
「皆さん。お楽しみのところすみません。少々、国の未来に関わる大切な話を聞いてくださいますか?」
イージス殿下が純白のマントを翻し、会場中の注目を集めた。
彼は、完璧な王太子として支持されている。その発言力は、大きい。
「守護大樹が長い年月を経て穢れ、病の元凶になってしまいました。その対策についてです」
魔化病の原因になってしまった守護大樹について。
それは、皆が「なんとかせねば」と危機意識を持っている事案だ。
対策案としては、『守護大樹に浄化の魔法やポーションを使ってみよう』という案が最有力案となっている。
守護大樹は、王国にとって大切な存在だ。
普通は、なんとかして闇の胞子が出ないようにしようと考える。
……けれど。
「私……王太子イージスは、この場で提案させていただきます。守護大樹『アルワース』を焼き払うことを」
イージス殿下は、玲瓏とした声で提案し、会場中をどよめかせた。
なんとパーニス殿下、「マリンベリーが薬を開発した」と発表してしまったのだ。
話が違う。自分の功績にしてって言ったのに。
驚いていると、魔女家の当主に呼び出された。
「やあ、ボクの娘マリンベリー。キミはずっとどちらかの王子との婚約を望んでいたよね。おめでとう。魔女家的にも王家との繋がりを持てて助かるよ」
大きな魔女帽子をかぶった魔女家当主は、名をキルケという。血の繋がらない母だ。
外見は、ショタ(幼い男の子)。
魔法使いの帽子の下が黒髪ショートヘアーに濃紺の瞳で、ショートパンツから膝が見えている。
マリンベリーは、魔女家の当主――養い親が苦手だった。
肉親の情はなく、魔力は底知れなくて、何を考えているかわからない。「機嫌を損ねたら未知の魔法でひどい目に遭わされるのでは、家から追い出されちゃうのでは」と恐れていた。
しかし、前世を思い出した私にとっては。
(このキャラ、弟に成りすましてる姉と見せかけて本当に弟! というすっっごい複雑な設定の拗らせ合法ショタだーーーー‼)
「こ、拗らせ合法ショタが目の前に! かわいい」
「!? どうしたんだい、マリンベリー?」
「アッ、失礼しました。今のは忘れてください。あの……ぎゅって抱きしめていいですか」
「!?」
「ちょっとだけ。ほら、義理ですけど娘ですから、甘える感じでぜひ。一回だけ」
参考までに、合法ショタとは「外見はショタだけど成人してるからセーフ!」というキャラ属性である。
「ぎゅうううううっ」
「おいっ、ひっつくな……! 急にどうしたんだ、気味が悪いな!」
「頬をつんつんしていいですか」
「だ、だめだ!」
「母娘のコミュニケーションってことでひとつ」
可愛い。セクハラしてすみません。
つん、つん。
あーー! やわらか~~!
「しゅき……キルケ様、しゅき」
「へっ? ボ、ボ、ボクがしゅきだって? 嫌われてると思ってたけど、ボクを慕ってくれてるのかい?」
「はい」
拗らせ合法ショタな母――魔女家当主キルケ様は、「魔物に襲われて死んでしまった弟オリヴスへの愛を拗らせ、弟の姿に変身している」と周囲に主張している。男嫌いで、未婚。後継ぎは、親族の中から有望な子を選ぶ予定。
しかし、この母は男である。
原作知識によると、魔物に襲われて死んでしまったのは、姉であるキルケの方だったのだ。
姉が11歳。弟は9歳の時だった。
死に際に、姉は弟に言った。
「私のふりをしてあなたが当主になりなさい」と。
魔女家は女性優位の家系で、弟は不遇だった。
才能があるのに、男だからという理由で評価されなかったのだ。
幼かった弟は、ずっとそれが不満だった。
そこで弟は姉の最期の言葉の誘惑に負けて、「死んだ弟の外見に変身する姉」という設定で、姉に成りすました。その心中には、女に生まれたことで優位にあった姉への嫉妬と、歪んだ愛があった。
現在、『キルケ』は31歳ということになっている。つまり、20年も成りすましをし続けているのだ。周囲を欺き続けることに罪悪感を覚えながら、真実が明るみになるのを恐れ、誰にも秘密を打ち明けられずに、当主をしている。
……なんとも複雑な設定だ。
しかし、「この人、得体が知れなくて怖い」だった当主も「こんな事情があってこんなことを考えてる人だ」とわかってしまえば、もう怖くない。仲良くしよう!
頬もぷにぷに、つるるんだ。
養女特権で堪能させていただきました。
セクハラしてすみません。ふぅ……。
「は、話を戻すよマリンベリー? ボクの話をちゃんとききなよ?」
「はい、キルケ様」
「今までは婚約者候補に挙がってはいたのだけど、『マリンベリーは血統が釣り合わない。評判も悪い』と言われていて、大臣に難色を示されていたんだよね」
「そうではないかと思ってました」
貴族社会は名誉や血統を重んじる。
「でも、『功績をあげたし、本人が更生宣言をしていて、実際に人が変わった様子』『本人も望んでいたし』と婚約に乗り気になったみたいだよ」
「望んでいた……そ、そうですね」
過去のマリンベリーは、王子との婚約を望んでいた。
純粋な恋愛感情というよりは、自分の価値を高めるため。承認欲求が動機だけど。
「マリンベリー。人生は一度きり。望みが叶うなら、叶えたいよね」
「そ、そうですね、キルケ様」
「……叶えた結果、後悔することもあるのだけどね」
「こ、拗らせ合法ショタが切ないっ! ぎゅうう」
「うわっ、また抱き着いてきて……頭を撫でていいのかい? 撫でてもいいんだね!?」
切なさを抱きしめていると、パーニス殿下がやってきた。
「マリンベリー、表彰式兼婚約祝いパーティの衣装の色はお揃いにするか。兄上が白を選ぶから、白は避けよう」
パーニス殿下は兄殿下になんでも遠慮する。
弟が兄より優秀だったり張り合ったりすると、派閥争いの原因になる。
それもあって「ダメ王子」の蔑称を言われるがままにしているのだ。
「そうですね、兄君と対立するのは、原作ではまだ先ですし」
「兄上と対立する気はないが?」
断固とした意思を感じさせる低い声で言って、パーニス殿下は話を変えた。
「こいつ、狼に変身できるんだ。本人も狼姿でいいというのでペットにしてみた」
パーニス殿下は大きな黒狼を連れていた。
首輪がついていて、名前が書いてある。
「……セバスチャン?」
「わんっ」
どうやら、暗殺者はペットにジョブチェンジしたようだった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
『五果の二枝』……5月2日。
表彰式兼婚約祝いパーティが開かれた。
場所は、王城の一角にあるパーティ会場。王都でも、街角でお祝いの料理が振る舞われた。
急いで仕立てられたドレスは、黒を基調にしている。上質な絹地と銀糸を贅沢に使っていて、肩と腕は肌が露出して、腰はきゅっと締められ、その下はボリューム感のあるスカートになっているプリンセスラインのドレスだ。
三角形状の黒い魔女帽子をすっぽりかぶり、黒いドレスに身を包んだ私を、パーニス殿下の馬車が迎えに来てくれた。
王城までの道中は、街道の民が旗を振ったりしているのが見えた。
ふんわりとした曇り空の下、カラフルな紙吹雪が本物の花びらと共に舞っていて、お祭りって雰囲気だ。
車窓から見ていると、『子供の病気が治りました』という文字を書いた紙を持っている親子が手を振ってきた。病気が治ってよかったね。
トランペットが高音を響かせる中、私は会場に入った。視線が痛いほど感じられる。
「あのように清廉な空気感のあるご令嬢だっただろうか? 以前はもっと毒々しい美貌だったように記憶しているが……」
貴族の囁き声が耳に届く。毒々しかったのは、化粧のせいもあるだろう。
化粧ひとつで印象は大きく変わるものだから。
――良い印象になっているなら、成功だ。
パーティ会場の赤絨毯の上を進み、緊張しながら伝統的な礼であるカーテシーをすると、国王陛下が功績を讃えてくださった。
「伯爵令嬢マリンベリーは、我が国を長年悩ませていた不治の病、魔化病の特効薬を開発した。すでにその薬により、多くの患者が助かっている。その功績を讃えよう!」
拍手と歓声が、すごい。聴覚が麻痺しちゃいそう。
「緊張してるのか」
微笑ましい小動物を庇護するような微笑みを浮かべ、パーニス殿下がエスコートしてくれる。
殿下の細身の衣装は、上から下まで黒づくめ。
滑らかで上等な触れ心地の生地だけど、装飾は控えめでクールな印象だ。兄殿下よりも目立たないようにという配慮を感じる。
でも、黒衣装は彼の髪色や肌の白さをちょうどよく引き立てていて、スタイルもいいので見栄えがする。
肩当てから背中側に長く垂れる漆黒のマントは、中央に切れ込みが入っていて、一枚の布というより二枚の長細い布をひらひらさせている状態だ。
格好良いが、実はこの正装、王国文化的には「まだ未熟で一人前ではない男子」の装いである。
「緊張は……少しだけです」
「表彰とお披露目は終わったんだ。あとは美味い飯でも食って気楽に過ごそう。……ダンスをするのもいいな」
パーニス殿下はドリンクグラスを差し出してくれた。
夕陽を溶かしたような綺麗なドリンクは、マギア・オレンジ味。
甘味と酸味がさわやかな夏をイメージさせる、海で泳ぎたくなる味だ。
「殿下。私、ダンスは苦手です」
「俺がリードするから適当についてこい」
「頼もしい仰りようですが殿下も苦手ですよね?」
私たち二人がダンスしたら大惨事になってしまうのでは。
2人で話していると、貴族たちの会話が聞こえてきた。
「問題児は問題児同士、というわけですな」
私たちのことだろうか。
どきりとした瞬間、第一王子のイージス殿下が柔らかな声で窘めた。
「パーニスは私の可愛い弟です。愛のない政略的な婚約とはいえ、めでたい席でもあります。慎んでください」
パーニス殿下の双子の兄王子、第一王子であり王太子のイージス殿下は、一人前であることの証である一枚布の純白のマント姿だ。
ラベンダー色の長い髪をうなじの位置で結わえていて、瞳は神秘的な白銀色。弟殿下と対照的な色合いだ。
中性的で、男性なのに「たおやか」という言葉が似合う、優しい雰囲気のスパダリ敬語キャラ。腹黒・暗黒微笑系とも言う。
「さすがイージス殿下、お優しい」
「イージス殿下は伯爵令嬢との婚約を先に父王陛下に相談なさっていたと聞くぞ。弟殿下に縁談を横取りされたんだ」
「それは真実か? あの弟殿下は、兄に譲ることも知らないのだな」
「今からでも伯爵令嬢の婚約相手を変更できないのか?」
「恋人を奪われても庇うとは、イージス殿下はまさに聖人君子だな……さすが、建国の英雄王の生まれ変わりと呼ばれるお方だ」
あれ? 身に覚えのない泥沼の三角関係にされている?
「ちょっと――」
私が三角関係を否定しようとした時。
「皆さん。お楽しみのところすみません。少々、国の未来に関わる大切な話を聞いてくださいますか?」
イージス殿下が純白のマントを翻し、会場中の注目を集めた。
彼は、完璧な王太子として支持されている。その発言力は、大きい。
「守護大樹が長い年月を経て穢れ、病の元凶になってしまいました。その対策についてです」
魔化病の原因になってしまった守護大樹について。
それは、皆が「なんとかせねば」と危機意識を持っている事案だ。
対策案としては、『守護大樹に浄化の魔法やポーションを使ってみよう』という案が最有力案となっている。
守護大樹は、王国にとって大切な存在だ。
普通は、なんとかして闇の胞子が出ないようにしようと考える。
……けれど。
「私……王太子イージスは、この場で提案させていただきます。守護大樹『アルワース』を焼き払うことを」
イージス殿下は、玲瓏とした声で提案し、会場中をどよめかせた。
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