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5、鬼謀のアイオナイト
365、今は「英雄になって死ぬ」絶好のチャンスでしょうね?
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扉の中から光が出尽くして、数秒。
「これで、終わり」
フィロシュネーは石を手に「ふう」と息をついた。
すると、同行していたフェリシエンが目の前で膝をつく。
「何を?」
隣にいるサイラスは警戒心全開のぴりぴりした気配だが、フィロシュネーは片手でサイラスを制した。
(商業神ルート。あなたは、フェリシエンの最期を演じたいのね。大陸中が混乱に陥る事件が解決しかけている今は「英雄になって死ぬ」絶好のチャンスでしょうね?)
――相手のやりたいことは、わかっているのだ。
頭を下げた動きで、フェリシエンの緑色の髪がさらりと揺れる。
瞳は、終着点を目前にした旅人のようだった。
この神様は、疲れている。
もう終わりにしようと思っている。
フィロシュネーには、それが感じられた。
「聖女フィロシュネー姫にお知らせ申し上げます。吾輩は月神の天啓を受けました。天啓の内容を発表したいのですが、よろしいですか」
メクシ山の遺跡を攻略した隊のメンバーたちは、「天啓だって? 何を言い出すのだろう!」と興味津々だ。
「まあ。わたくしのように、あなたも? ぜひお話しください!」
フィロシュネーはこっそり布石を敷きつつ、話を促した。
(さてさて、あなたの描いた筋書きを見せてごらんなさい。商業神ルート)
「月神の試練は、終わっていません」
なんだって、と小隊メンバーがつぶやく声が、遺跡の壁に反響する。
フィロシュネーにはわかる――フィロシュネーがやったように、フェリシエンも彼が考えたシナリオを実現しようとしているのだ。
「ご存じのとおり、二つある月の片方は日々地上に近付いています。あれも試練なのです」
なるほど、カサンドラが地上に引き寄せた神々の舟。
あれを使ってフェリシエンの最期を演出するらしい。
「ノーブレスオブリージュにのっとり、王侯貴族が気高き意思を示せというのです」
ふむふむ、と頷いて、フィロシュネーは言葉を寄り添わせた。
「まあ。月神様は、まだ試練を? 前から思っていたけれど、試練がお好きなのね」
「そうですな。神話にもよくあることですが、女神は勇士を試すのが好きな性質を持っているようです」
「ふむん。その試練の中身、わたくしが当ててみせましょう」
あの神々の舟は、カサンドラによって地上に引き寄せられている。
現実問題として「試練をクリアしてめでたしめでたし!」で終わらない点だ。
どうにかしないと神々の舟は空に戻っていかない。それどころか下手すると、ドーンっと地上に落ちて大変なことになるかもしれない状態なのだ。
商業神ルートは、船の内部に行けば操縦できるのだろう。
なので、「神々の舟を戻しがてらフェリシエンを救世の英雄にして、その人生を栄光で彩って幕を下ろそう」と思いついたのではないだろうか。一石二鳥というわけだ。
「あの月にお空の高い場所におかえりいただくには、誰かが扉の向こうへ行って、その身を女神様に捧げる必要がある……とかかしら」
あなたは、フェリシエンという人物を英雄的に死なせたいのですものね?
「おお、さすが真実を暴く聖女フィロシュネー姫。さらに申し上げるなら、月神は姫がお持ちの移ろいの石もご所望です。そういうわけで、吾輩は石を持って扉の向こうに参ります」
用も済んだし、ついでに危険な石も回収しようというのだ。
(わたくし、完全に意図を理解しましたわ)
「お、お待ちくださいお二人とも。どんどん話が進んで……」
さくさくと話が進んで、周囲はぽかーんとしている。
サイラスも何度か口を挟もうとしてはフィロシュネーに止められ、ちょっとストレスを溜めていそう。
「周囲のリアクションもごもっとも、さあどうしますか」とフェリシエンを見れば「別れを惜しむ必要もない、もうめんどくさいぞ」と言わんばかりに扉に手をかけている。
「しかし、身を捧げるとはどういうことでしょう。戻ってこられるのですか? お……お供してもよろしいですか」
配下の呪術師が数人、勇気を出した様子で同行を申し出る。
決死の覚悟を讃えた彼らを振りむくこともなく、フェリシエンは首を横に振った。
「そんな……」
配下がショックを受けた顔になっている。
本人は「話しかけてるやつ誰だっけ」みたいな塩対応で温度差がひどいが、配下には慕われているみたいだ。
彼の配下は呪術師なので、単に実力がある彼を尊敬して慕っているのかもしれないし、あるいは意外と配下の面倒見がよかったりして、好かれたのかもしれない。
「おひとりで行かれるのですか? まさか、死を覚悟なさって?」
「そうだが、何か問題が?」
なんともいっても、彼はカントループが存命だった時代から、とてつもない時間を生きてきた神なのだ。
不老症で生きるのに飽きた人物みたいに、「フェリシエン」として関わってきた周囲との関係に未練も感じないのかもしれない。
と、精神分析するフィロシュネーの視界の隅で、ふわふわとした何かが揺れる。
(うんうん、そうね)
フィロシュネーはにっこりとフェリシエンを呼び止めた。
「ブラックタロン呪術伯。あなたの英雄的な献身精神は素晴らしいですわね。人はあなたを勇者と呼ぶかもしれません。その前に同行希望者をご紹介してもよいかしら」
「同行希望者? なんだねそれは? 配下は連れていかんぞ」
フェリシエンが訝しがる中、彼の配下呪術師たちは。
「冷たいように振る舞っているが、真意は俺たちを生かそうとしてくださっているのだ」
「ううっ、なんてお優しい」
と好意的解釈をして泣いている。すると、彼の配下ではない者たちも一緒になって痛ましそうな表情で、「何もひとりで犠牲にならなくても、他の方法はないのか」と言い出したりするではないか。
(ちょっと前までは「ブラックタロンを許すな」って言われてたのに)
「その気味わるいムードは吾輩が死んでからしたまえ。死んだ後ならいくらでも盛り上がってくれて構わないが、存命中にされるのは苦手である」
「死なないでください!」
自分の命を惜しまれて居心地悪そうにしているフェリシエンを微笑ましく思いつつ、フィロシュネーは聖女然とした声で演技をした。
「わたくしに加護をくださる神鳥さま! そして、わたくしの婚約者に加護をくださるコルテ神様!」
「はい。なんですか、俺の姫?」
そこでサイラスがお返事しないで!
心の中でつっこみをしつつ、フィロシュネーは両手を広げた。
すると、ぱたぱた、ふわふわと小さなサイズのフェニックス・ナチュラと死霊くんがやってくる。
「うっ」
フェリシエンは目に見えて動揺した。
「わたくしも聖女として、当然、月神様からの天啓を受けておりますの! 勇者フェリシエンには、この二者が同行いたします。……これは天啓ですから」
事情を知らない小隊メンバーの目があるから、フェリシエンは無難な返答しかできない。
フィロシュネーは聖女の顔で厳かに移ろいの石を差し出し、勇者フェリシエンとその仲間たちを月へと送り出したのだった。
「これで、終わり」
フィロシュネーは石を手に「ふう」と息をついた。
すると、同行していたフェリシエンが目の前で膝をつく。
「何を?」
隣にいるサイラスは警戒心全開のぴりぴりした気配だが、フィロシュネーは片手でサイラスを制した。
(商業神ルート。あなたは、フェリシエンの最期を演じたいのね。大陸中が混乱に陥る事件が解決しかけている今は「英雄になって死ぬ」絶好のチャンスでしょうね?)
――相手のやりたいことは、わかっているのだ。
頭を下げた動きで、フェリシエンの緑色の髪がさらりと揺れる。
瞳は、終着点を目前にした旅人のようだった。
この神様は、疲れている。
もう終わりにしようと思っている。
フィロシュネーには、それが感じられた。
「聖女フィロシュネー姫にお知らせ申し上げます。吾輩は月神の天啓を受けました。天啓の内容を発表したいのですが、よろしいですか」
メクシ山の遺跡を攻略した隊のメンバーたちは、「天啓だって? 何を言い出すのだろう!」と興味津々だ。
「まあ。わたくしのように、あなたも? ぜひお話しください!」
フィロシュネーはこっそり布石を敷きつつ、話を促した。
(さてさて、あなたの描いた筋書きを見せてごらんなさい。商業神ルート)
「月神の試練は、終わっていません」
なんだって、と小隊メンバーがつぶやく声が、遺跡の壁に反響する。
フィロシュネーにはわかる――フィロシュネーがやったように、フェリシエンも彼が考えたシナリオを実現しようとしているのだ。
「ご存じのとおり、二つある月の片方は日々地上に近付いています。あれも試練なのです」
なるほど、カサンドラが地上に引き寄せた神々の舟。
あれを使ってフェリシエンの最期を演出するらしい。
「ノーブレスオブリージュにのっとり、王侯貴族が気高き意思を示せというのです」
ふむふむ、と頷いて、フィロシュネーは言葉を寄り添わせた。
「まあ。月神様は、まだ試練を? 前から思っていたけれど、試練がお好きなのね」
「そうですな。神話にもよくあることですが、女神は勇士を試すのが好きな性質を持っているようです」
「ふむん。その試練の中身、わたくしが当ててみせましょう」
あの神々の舟は、カサンドラによって地上に引き寄せられている。
現実問題として「試練をクリアしてめでたしめでたし!」で終わらない点だ。
どうにかしないと神々の舟は空に戻っていかない。それどころか下手すると、ドーンっと地上に落ちて大変なことになるかもしれない状態なのだ。
商業神ルートは、船の内部に行けば操縦できるのだろう。
なので、「神々の舟を戻しがてらフェリシエンを救世の英雄にして、その人生を栄光で彩って幕を下ろそう」と思いついたのではないだろうか。一石二鳥というわけだ。
「あの月にお空の高い場所におかえりいただくには、誰かが扉の向こうへ行って、その身を女神様に捧げる必要がある……とかかしら」
あなたは、フェリシエンという人物を英雄的に死なせたいのですものね?
「おお、さすが真実を暴く聖女フィロシュネー姫。さらに申し上げるなら、月神は姫がお持ちの移ろいの石もご所望です。そういうわけで、吾輩は石を持って扉の向こうに参ります」
用も済んだし、ついでに危険な石も回収しようというのだ。
(わたくし、完全に意図を理解しましたわ)
「お、お待ちくださいお二人とも。どんどん話が進んで……」
さくさくと話が進んで、周囲はぽかーんとしている。
サイラスも何度か口を挟もうとしてはフィロシュネーに止められ、ちょっとストレスを溜めていそう。
「周囲のリアクションもごもっとも、さあどうしますか」とフェリシエンを見れば「別れを惜しむ必要もない、もうめんどくさいぞ」と言わんばかりに扉に手をかけている。
「しかし、身を捧げるとはどういうことでしょう。戻ってこられるのですか? お……お供してもよろしいですか」
配下の呪術師が数人、勇気を出した様子で同行を申し出る。
決死の覚悟を讃えた彼らを振りむくこともなく、フェリシエンは首を横に振った。
「そんな……」
配下がショックを受けた顔になっている。
本人は「話しかけてるやつ誰だっけ」みたいな塩対応で温度差がひどいが、配下には慕われているみたいだ。
彼の配下は呪術師なので、単に実力がある彼を尊敬して慕っているのかもしれないし、あるいは意外と配下の面倒見がよかったりして、好かれたのかもしれない。
「おひとりで行かれるのですか? まさか、死を覚悟なさって?」
「そうだが、何か問題が?」
なんともいっても、彼はカントループが存命だった時代から、とてつもない時間を生きてきた神なのだ。
不老症で生きるのに飽きた人物みたいに、「フェリシエン」として関わってきた周囲との関係に未練も感じないのかもしれない。
と、精神分析するフィロシュネーの視界の隅で、ふわふわとした何かが揺れる。
(うんうん、そうね)
フィロシュネーはにっこりとフェリシエンを呼び止めた。
「ブラックタロン呪術伯。あなたの英雄的な献身精神は素晴らしいですわね。人はあなたを勇者と呼ぶかもしれません。その前に同行希望者をご紹介してもよいかしら」
「同行希望者? なんだねそれは? 配下は連れていかんぞ」
フェリシエンが訝しがる中、彼の配下呪術師たちは。
「冷たいように振る舞っているが、真意は俺たちを生かそうとしてくださっているのだ」
「ううっ、なんてお優しい」
と好意的解釈をして泣いている。すると、彼の配下ではない者たちも一緒になって痛ましそうな表情で、「何もひとりで犠牲にならなくても、他の方法はないのか」と言い出したりするではないか。
(ちょっと前までは「ブラックタロンを許すな」って言われてたのに)
「その気味わるいムードは吾輩が死んでからしたまえ。死んだ後ならいくらでも盛り上がってくれて構わないが、存命中にされるのは苦手である」
「死なないでください!」
自分の命を惜しまれて居心地悪そうにしているフェリシエンを微笑ましく思いつつ、フィロシュネーは聖女然とした声で演技をした。
「わたくしに加護をくださる神鳥さま! そして、わたくしの婚約者に加護をくださるコルテ神様!」
「はい。なんですか、俺の姫?」
そこでサイラスがお返事しないで!
心の中でつっこみをしつつ、フィロシュネーは両手を広げた。
すると、ぱたぱた、ふわふわと小さなサイズのフェニックス・ナチュラと死霊くんがやってくる。
「うっ」
フェリシエンは目に見えて動揺した。
「わたくしも聖女として、当然、月神様からの天啓を受けておりますの! 勇者フェリシエンには、この二者が同行いたします。……これは天啓ですから」
事情を知らない小隊メンバーの目があるから、フェリシエンは無難な返答しかできない。
フィロシュネーは聖女の顔で厳かに移ろいの石を差し出し、勇者フェリシエンとその仲間たちを月へと送り出したのだった。
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