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5、鬼謀のアイオナイト

364、スカイランタン、バードレター、アンブレラ。大切な人がいる、あの大空へ

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 ――生命力吸収事件の犠牲者は、月神に匿われている。
 
 ――死んでしまった大切な人のことを「帰って来てほしい!」「大切なんです!」と強く想うと、神様が聞き届けてくれて、地上に戻してくれるかもしれない。
 
 そんなとんでもない知らせが大陸中で周知され、人々は半信半疑ながらも「真実であってほしい」という想いを強め、縋るような気持ちで祈りをささげた。

 ――青国の夜。
 
「ダーリン、君が好きだった曲を奏で続けるよ。帰っておいで。一緒に踊ろう」
 
 満天の夜空へと、人々が放ったスカイランタンが浮かぶ。

「坊や、ママはここよ」
 
 人びとの願いを託されたオレンジ色の光を宿したランタンが、無数に上空にのぼっていく。

「お部屋は毎日掃除して、いつ帰って来てもいいようにしているよ。安心してね」
「パパはおまえの好きな本を、何度も読み返してるんだ。帰ってきたら、また一緒に読もうね」
 
 その光景は幻想的で、人々は大切な誰かの名前を呼び、祈りの歌を口ずさむ。

 ひゅるりと一筋、苛烈な光がランタンたちの隙間を縫うように翔け上がり。
 パッと弾けて、ひときわ鮮やかな彩を添える。

 あれは青王陛下の得意技だよ、と誰かが言うと、民は悲痛な表情をやわらげて「槍を投げて爆発させているのだ」「うちの陛下はランタンより槍か」「豪快だな」と笑い泣きのような表情で囁きを交わすのだった。

 ――空国の朝。

 カントループ商会が忙しく商品を配布して、早朝の爽やかな空にバードレターが羽ばたいていく。

 地上にはいない誰かにあてた手紙。
 思い出や日々の感謝を綴ったり、日頃は伝えられなかった想いを書いたり。
 あなたがどれだけ大切で愛しいか、いなくなってどれほど寂しいか。その命が失われてどんなに悲しいか。

「おとうちゃま、いつ帰ってくるの」
「おうちで待ってるからねえ。好きな料理をつくって、待ってるからねえ」
 
 空に呼びかける声が、途中で詰まってすすり泣きに変わる。
 同じ感情を抱く周囲の人々は連鎖的に涙をあふれさせ、洟をすすり、それでもと声を振り絞り、想いを唱えた。

 ――紅国の昼。

 神殿に信者が集まり、都市の至るところで神の名が唱えられる。
 あわせて大切に紡がれるのは、かけがえのない誰かへの想い。
 
「この想いが、届きますように」
  
 ――都市の青空に、色彩豊かな傘が舞う。
 
 くるり、ふわり、風や雪と戯れるたくさんの傘の下で、魔法生物クラウドムートンとグライダーフィッシュに騎乗した一隊が飛翔する。
 
「みなさまの想いは、通じます」

 聖女様と神師伯が先頭を往く、メクシ山に向かう一隊だ。大きな赤いフェニックスが力強く羽ばたき、遥かな上空を共に翔ける。
 
 世界中で、空にたくさんの想いが羽ばたく。

 静かに振る雪は冷たくて、涙も凍り付きそうな気温だったけれど、寄り添い懸命に想いを吐く人々の集まりはあたたかい。
 飛翔するゴールドシッターの背にサイラスと騎乗するフィロシュネーは、大勢の人の熱に胸を熱くしながら目指す方向を指した。

「さあ、参りましょう。わたくしたちが遺跡の扉をひらく――すると、地上の民の想いに呼応して、奇跡が花開くことでしょうっ」

 勇ましく言って景気付けに歌をうたえば、上空でナチュラが喜んでいる。背中には、ふわふわ、こそこそとしている「死霊くん」をのせて。

「ナチュラは邪魔だな」
 「死霊くん」に気づく様子はないが、ナチュラは気になるらしく、近くを飛ぶフェリシエンが不機嫌に呟くのが聞こえる。フィロシュネーはにこりとした。

「ほんとうは、嬉しいのでは?」
「は……?」

(わたくしの周囲の人は、自分が犠牲になって他人を輝かせようとか、そんな人ばかり)
 
 それって、優しくて、善良な気質ね。でも、自分が犠牲になるのは、寂しい感じもするわ。
 
 ナチュラが花火をつくり、青空にまぶしい光の化粧を施している。
 
 明るくてあたたかな世界だ。
 フィロシュネーはそんな世界を愛しく思いながら、石に願い、遺跡の扉へと向かった。
 
 ***

 遺跡の奥の扉を開けると、人の頭ほどの大きさをした無数の光が待ちわびていた様子であふれ出す。
 

「わ、あ……」

 
 流星群みたいに空を翔け、それぞれの家族のもとへと戻り、家族の目の前で、光が人の姿を取り戻していく。

 それは、奇跡だった。
 ただ与えられただけの奇跡ではなく、それぞれの家族が必死に祈り、念じた結果、獲得した奇跡だった。

「坊や! ああ、わたしの坊や……!」
「――ママ!」
 
「ぱぱ。ぱぱだ……!」

「あなた……! おかえりなさい、あなた!」

 地上では無数の家族がかけがえのない存在を迎え、現実を確かめていた。
 
 奇跡は身分関係なく、善人も悪人も関係なく、ただただ等しく齎され――

「――――アレクシア」

「ミランダ!」

 離れていたシルエットが、ひとつに重なる。
 それぞれの国の王城で、二国の王はそれぞれの大切な存在を深く抱擁し、現実の温もりを実感した。
 
 言葉にならないその感慨は、その時代のその日に同じ体験をした者すべてが知る「特別で忘れがたい体験」として、後世に語り継がれるのだった。
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