376 / 384
5、鬼謀のアイオナイト
364、スカイランタン、バードレター、アンブレラ。大切な人がいる、あの大空へ
しおりを挟む
――生命力吸収事件の犠牲者は、月神に匿われている。
――死んでしまった大切な人のことを「帰って来てほしい!」「大切なんです!」と強く想うと、神様が聞き届けてくれて、地上に戻してくれるかもしれない。
そんなとんでもない知らせが大陸中で周知され、人々は半信半疑ながらも「真実であってほしい」という想いを強め、縋るような気持ちで祈りをささげた。
――青国の夜。
「ダーリン、君が好きだった曲を奏で続けるよ。帰っておいで。一緒に踊ろう」
満天の夜空へと、人々が放ったスカイランタンが浮かぶ。
「坊や、ママはここよ」
人びとの願いを託されたオレンジ色の光を宿したランタンが、無数に上空にのぼっていく。
「お部屋は毎日掃除して、いつ帰って来てもいいようにしているよ。安心してね」
「パパはおまえの好きな本を、何度も読み返してるんだ。帰ってきたら、また一緒に読もうね」
その光景は幻想的で、人々は大切な誰かの名前を呼び、祈りの歌を口ずさむ。
ひゅるりと一筋、苛烈な光がランタンたちの隙間を縫うように翔け上がり。
パッと弾けて、ひときわ鮮やかな彩を添える。
あれは青王陛下の得意技だよ、と誰かが言うと、民は悲痛な表情をやわらげて「槍を投げて爆発させているのだ」「うちの陛下はランタンより槍か」「豪快だな」と笑い泣きのような表情で囁きを交わすのだった。
――空国の朝。
カントループ商会が忙しく商品を配布して、早朝の爽やかな空にバードレターが羽ばたいていく。
地上にはいない誰かにあてた手紙。
思い出や日々の感謝を綴ったり、日頃は伝えられなかった想いを書いたり。
あなたがどれだけ大切で愛しいか、いなくなってどれほど寂しいか。その命が失われてどんなに悲しいか。
「おとうちゃま、いつ帰ってくるの」
「おうちで待ってるからねえ。好きな料理をつくって、待ってるからねえ」
空に呼びかける声が、途中で詰まってすすり泣きに変わる。
同じ感情を抱く周囲の人々は連鎖的に涙をあふれさせ、洟をすすり、それでもと声を振り絞り、想いを唱えた。
――紅国の昼。
神殿に信者が集まり、都市の至るところで神の名が唱えられる。
あわせて大切に紡がれるのは、かけがえのない誰かへの想い。
「この想いが、届きますように」
――都市の青空に、色彩豊かな傘が舞う。
くるり、ふわり、風や雪と戯れるたくさんの傘の下で、魔法生物クラウドムートンとグライダーフィッシュに騎乗した一隊が飛翔する。
「みなさまの想いは、通じます」
聖女様と神師伯が先頭を往く、メクシ山に向かう一隊だ。大きな赤いフェニックスが力強く羽ばたき、遥かな上空を共に翔ける。
世界中で、空にたくさんの想いが羽ばたく。
静かに振る雪は冷たくて、涙も凍り付きそうな気温だったけれど、寄り添い懸命に想いを吐く人々の集まりはあたたかい。
飛翔するゴールドシッターの背にサイラスと騎乗するフィロシュネーは、大勢の人の熱に胸を熱くしながら目指す方向を指した。
「さあ、参りましょう。わたくしたちが遺跡の扉をひらく――すると、地上の民の想いに呼応して、奇跡が花開くことでしょうっ」
勇ましく言って景気付けに歌をうたえば、上空でナチュラが喜んでいる。背中には、ふわふわ、こそこそとしている「死霊くん」をのせて。
「ナチュラは邪魔だな」
「死霊くん」に気づく様子はないが、ナチュラは気になるらしく、近くを飛ぶフェリシエンが不機嫌に呟くのが聞こえる。フィロシュネーはにこりとした。
「ほんとうは、嬉しいのでは?」
「は……?」
(わたくしの周囲の人は、自分が犠牲になって他人を輝かせようとか、そんな人ばかり)
それって、優しくて、善良な気質ね。でも、自分が犠牲になるのは、寂しい感じもするわ。
ナチュラが花火をつくり、青空にまぶしい光の化粧を施している。
明るくてあたたかな世界だ。
フィロシュネーはそんな世界を愛しく思いながら、石に願い、遺跡の扉へと向かった。
***
遺跡の奥の扉を開けると、人の頭ほどの大きさをした無数の光が待ちわびていた様子であふれ出す。
「わ、あ……」
流星群みたいに空を翔け、それぞれの家族のもとへと戻り、家族の目の前で、光が人の姿を取り戻していく。
それは、奇跡だった。
ただ与えられただけの奇跡ではなく、それぞれの家族が必死に祈り、念じた結果、獲得した奇跡だった。
「坊や! ああ、わたしの坊や……!」
「――ママ!」
「ぱぱ。ぱぱだ……!」
「あなた……! おかえりなさい、あなた!」
地上では無数の家族がかけがえのない存在を迎え、現実を確かめていた。
奇跡は身分関係なく、善人も悪人も関係なく、ただただ等しく齎され――
「――――アレクシア」
「ミランダ!」
離れていたシルエットが、ひとつに重なる。
それぞれの国の王城で、二国の王はそれぞれの大切な存在を深く抱擁し、現実の温もりを実感した。
言葉にならないその感慨は、その時代のその日に同じ体験をした者すべてが知る「特別で忘れがたい体験」として、後世に語り継がれるのだった。
――死んでしまった大切な人のことを「帰って来てほしい!」「大切なんです!」と強く想うと、神様が聞き届けてくれて、地上に戻してくれるかもしれない。
そんなとんでもない知らせが大陸中で周知され、人々は半信半疑ながらも「真実であってほしい」という想いを強め、縋るような気持ちで祈りをささげた。
――青国の夜。
「ダーリン、君が好きだった曲を奏で続けるよ。帰っておいで。一緒に踊ろう」
満天の夜空へと、人々が放ったスカイランタンが浮かぶ。
「坊や、ママはここよ」
人びとの願いを託されたオレンジ色の光を宿したランタンが、無数に上空にのぼっていく。
「お部屋は毎日掃除して、いつ帰って来てもいいようにしているよ。安心してね」
「パパはおまえの好きな本を、何度も読み返してるんだ。帰ってきたら、また一緒に読もうね」
その光景は幻想的で、人々は大切な誰かの名前を呼び、祈りの歌を口ずさむ。
ひゅるりと一筋、苛烈な光がランタンたちの隙間を縫うように翔け上がり。
パッと弾けて、ひときわ鮮やかな彩を添える。
あれは青王陛下の得意技だよ、と誰かが言うと、民は悲痛な表情をやわらげて「槍を投げて爆発させているのだ」「うちの陛下はランタンより槍か」「豪快だな」と笑い泣きのような表情で囁きを交わすのだった。
――空国の朝。
カントループ商会が忙しく商品を配布して、早朝の爽やかな空にバードレターが羽ばたいていく。
地上にはいない誰かにあてた手紙。
思い出や日々の感謝を綴ったり、日頃は伝えられなかった想いを書いたり。
あなたがどれだけ大切で愛しいか、いなくなってどれほど寂しいか。その命が失われてどんなに悲しいか。
「おとうちゃま、いつ帰ってくるの」
「おうちで待ってるからねえ。好きな料理をつくって、待ってるからねえ」
空に呼びかける声が、途中で詰まってすすり泣きに変わる。
同じ感情を抱く周囲の人々は連鎖的に涙をあふれさせ、洟をすすり、それでもと声を振り絞り、想いを唱えた。
――紅国の昼。
神殿に信者が集まり、都市の至るところで神の名が唱えられる。
あわせて大切に紡がれるのは、かけがえのない誰かへの想い。
「この想いが、届きますように」
――都市の青空に、色彩豊かな傘が舞う。
くるり、ふわり、風や雪と戯れるたくさんの傘の下で、魔法生物クラウドムートンとグライダーフィッシュに騎乗した一隊が飛翔する。
「みなさまの想いは、通じます」
聖女様と神師伯が先頭を往く、メクシ山に向かう一隊だ。大きな赤いフェニックスが力強く羽ばたき、遥かな上空を共に翔ける。
世界中で、空にたくさんの想いが羽ばたく。
静かに振る雪は冷たくて、涙も凍り付きそうな気温だったけれど、寄り添い懸命に想いを吐く人々の集まりはあたたかい。
飛翔するゴールドシッターの背にサイラスと騎乗するフィロシュネーは、大勢の人の熱に胸を熱くしながら目指す方向を指した。
「さあ、参りましょう。わたくしたちが遺跡の扉をひらく――すると、地上の民の想いに呼応して、奇跡が花開くことでしょうっ」
勇ましく言って景気付けに歌をうたえば、上空でナチュラが喜んでいる。背中には、ふわふわ、こそこそとしている「死霊くん」をのせて。
「ナチュラは邪魔だな」
「死霊くん」に気づく様子はないが、ナチュラは気になるらしく、近くを飛ぶフェリシエンが不機嫌に呟くのが聞こえる。フィロシュネーはにこりとした。
「ほんとうは、嬉しいのでは?」
「は……?」
(わたくしの周囲の人は、自分が犠牲になって他人を輝かせようとか、そんな人ばかり)
それって、優しくて、善良な気質ね。でも、自分が犠牲になるのは、寂しい感じもするわ。
ナチュラが花火をつくり、青空にまぶしい光の化粧を施している。
明るくてあたたかな世界だ。
フィロシュネーはそんな世界を愛しく思いながら、石に願い、遺跡の扉へと向かった。
***
遺跡の奥の扉を開けると、人の頭ほどの大きさをした無数の光が待ちわびていた様子であふれ出す。
「わ、あ……」
流星群みたいに空を翔け、それぞれの家族のもとへと戻り、家族の目の前で、光が人の姿を取り戻していく。
それは、奇跡だった。
ただ与えられただけの奇跡ではなく、それぞれの家族が必死に祈り、念じた結果、獲得した奇跡だった。
「坊や! ああ、わたしの坊や……!」
「――ママ!」
「ぱぱ。ぱぱだ……!」
「あなた……! おかえりなさい、あなた!」
地上では無数の家族がかけがえのない存在を迎え、現実を確かめていた。
奇跡は身分関係なく、善人も悪人も関係なく、ただただ等しく齎され――
「――――アレクシア」
「ミランダ!」
離れていたシルエットが、ひとつに重なる。
それぞれの国の王城で、二国の王はそれぞれの大切な存在を深く抱擁し、現実の温もりを実感した。
言葉にならないその感慨は、その時代のその日に同じ体験をした者すべてが知る「特別で忘れがたい体験」として、後世に語り継がれるのだった。
0
お気に入りに追加
279
あなたにおすすめの小説
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
酒の席での戯言ですのよ。
ぽんぽこ狸
恋愛
成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。
何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。
そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる