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5、鬼謀のアイオナイト

362、それでは、『全人類を騙す会』を始めましょう

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「移ろいの石……星の石ですわ」

 翌日、フィロシュネーはフェリシエンを招いた。

 青国の王城にあてがわれた部屋にやってきたフェリシエンは、部屋に入るやいなや杖をサイラスに向けて唸った。何事かと見てみるとサイラスが片手を剣にかけている。

「剣を向けるな、邪神コルテ」
「そちらこそ杖を降ろしてください、駄神ルート」

 ――この神様たち、仲が悪い!

「お二人とも。わたくしたちは味方ですのよ。仲良くなさって。わたくしの目がヒロイうちは、目の前で喧嘩はいけませんの」

「目が?」
「ヒロイ?」

 二人揃ってきょとんとしている。
 まあ、神様なのにご存じないのね。いいでしょう、教えてあげます。

「わたくしが元気に生きていてあなたたちを見てる限り、ぜったいだめって意味です」
「そうですか。相変わらずで安心しました」
「まあいいだろう。そこを追求しても時間の無駄に思える」

 二人は微妙に失礼な雰囲気だったが、争うのはやめてくれた。
 テーブルを囲むソファにどうぞと誘い、侍女ジーナにお茶とお菓子を運ばせて、フィロシュネーは本題を始めた。
 
「それではこれから、『全人類を騙す会』を始めます」

 なんだそれは、という二人分の視線に笑顔を返して、フィロシュネーは指を三本たてた。

「よろしい? わたくしたちがクリアしないといけない課題はみっつですの」

 ジーナが淹れてくれた紅茶は、最近流行した『フェニックスの吐息』というブレンドティーだ。
 茶の色は赤みが強くて、ルビーを溶かしたみたい。

 メリーファクト商会が手がけた新作で、流行の背景には生命力吸収事件がある。

 フェニックスには不死鳥の異名もあるので、事件に巻き込まれて死なないように、あるいは死んだ誰かが生き返るように……といった消費者の願望が流行のもとになったのかもしれない、と言われているのだ。

「そのいちっ。石をひとつにできますか? できるならしてください」

 フィロシュネーはサイラスから受け取った移ろいの石をフェリシエンに差し出した。

「ずいぶんあっさりと入手したのだな。やはりコルテは色ボケ神か」
「なんですって」
「二人とも、仲良くですわよ」

 この神様たちは幼児か何かなの? ちょっとしゃべるたびにギスギスして。

 睨みを効かせると、二人は互いに視線を逸らした。
 そして、サイラスが低く唸った。

「その男が石を所有しているのではと疑っていましたが、石を所有しているだけでなく姫と通じていたとは」

 まるで浮気したみたいに言うじゃない。
 でも、むすりと不機嫌に言う顔がなんだか嬉しい。嫉妬してくれているのがわかるから。

「昨夜知ったのですわ」
「……夜に他の男を知る……」
「ねえ。その言い方、なんか……下品に聞こえません?」
「男とはそういう思考なのです」
「違いますわよね、あなたがそういう思考なだけですわよね」

 フィロシュネーは安心したような呆れたような吐息をついて紅茶を飲んだ。赤い紅茶は味が濃くて、とろりとした甘みがある。体が内側からぽかぽかして、落ち着く。

 味わっている間、フェリシエンは石と石をコツンとぶつけて何か呪文めいたものを唱えていた。
 数秒で石がひとつになるのを見て、フィロシュネーは呆気なさに拍子抜けした。

 どうぞ、と渡される石は、外見上は宝石のアイオナイトに似ている。

「そのに。ひとつになった石のテストをしましょう。安全確認ともいいますわ」
 
 フェリシエンが渡す石を手に取り、フィロシュネーはいくつかの試験をした。

 例えば、からっぽになったカップに紅茶を出してみたり、カップごと出そうとしてみたり、カップをさかさまにして中身をこぼし、液体を元に戻してみたり。

 すると、フィロシュネーは明確に違和感を感じ取った。
 奇跡を実現しやすいときと、実現しにくいときがある気がする。
 心のどこかで「こんなこと、できてしまったらダメでしょう」という抵抗感や、「こんなことができるのは現実的ではないわよ」という強い固定観念があると、奇跡が起きにくいのだ。

 あれこれと試験するフィロシュネーを見て、フェリシエンとサイラスがまたギスギスしている。
 
「むっ。おかしいな。二つに分かれる前の状態より弱い気がするが。邪神に所有されていたせいで悪影響でも受けたか」
「ふむ? 駄神が石を駄目にしてしまったようですね。しかも人のせいにするとは」
 
 隙あればギスギス!
 フィロシュネーは石をぴかぴかと光らせて注意を引いた。
 
「お二人とも、喧嘩はいけませんわ」
 
 青黒い光を見て、二人は顔をしかめた。

「姫、石は玩具ではありません。注意を引くためだけの目的で使うのはおやめください」
「まあ、これでも分かれているときよりは協力だし、死者を蘇らせることはできるだろう」

 二人に「ええ、ええ」と頷いて、フィロシュネーは話を進めた。

「そのさん。奇跡を行使するにあたっての、『人々が納得して、安心して受け入れられる筋書き』を考えましょう」

 いろいろ試して、フィロシュネーは確信を抱いた。
 
 移ろいの石は、おそらくは使い手側の問題なのだろうが、それなりに地に足をつけた使い方の方が使いやすい。その現象が起きるための足掛かりがあったり、ある程度の説得力や納得感がある方が成功しやすい。
 
 なにより、『亡くなって悲しんでいたら、ひょっこり生き返るなんて原因不明で受け入れられません』問題がある。

 生き返った人が周りの人に受け入れてもらえなくなったり、「生命力吸収事件で生き返るなら、その事件と無関係に死んだ人も生き返れるのでは? 
 特定の事件の被害者だけ生き返るなんて不公平だ」と妬まれたり、恨まれたりする未来を防ぐため、布石が必要なのだ。

 フィロシュネーはこの概念を二人に説明した。
 
「姫。俺に石を預けてくだされば、説得力も納得感も『俺が神だから』という理屈でねじ伏せますよ」
「サイラス、あなたは神ではありませんのよ?」
「吾輩もフィロシュネー姫より巧みに石が使える。代わりに使おうか。邪神よりも信頼できる神として頼ってもよいぞ」
「……ねえ、あなたたち、実は価値観が近くて気が合うのではなくて?」

 ほら、二人揃って嫌そうな顔をする。
 息ぴったり。

 フィロシュネーは呆れつつ、「石はわたくしが使います」と代言した。

「それを前提に、どうしたらいいか考えてくださいますか? わたくしも考えますから。わたくしが思うに、やっぱりそれっぽく納得できる理由付けを作り話でできたらいいのではないかしら」

 フィロシュネーは自分が好んできた数々の物語を思い出した。

 物語でびっくりするような展開が起きるときは、思えば何も前振りなく「びっくりすることが起きました!」とは言われなかった気がする。

「この話に至るまで、こういう道筋を辿ってきましたね。だから、ここでこんなことができてもおかしくないですよね」みたいな説得力があった。

 逆に言えば、その「こんなことができる」のために、それ以前のお話で説得力を持たせようとしていた……。
 
「うーん、うーん」
  
 ――あれこれと話すうちに、時間はあっという間に過ぎていく。
(時間が経てば経つほど、生き返らせたときに「おかしい」となりやすいのではないかしら)

 と、考えて、フィロシュネーはふと「兄が死んだと思われていたけれど戻ってきた」つい最近の大陸中で有名な出来事を思い出した。

「……いけそうな気がしますわ」

 ――数日後。慌ただしく、複数国の代表が集められて国際会議がひらかれた。

 招集した主催者は、もちろんフィロシュネーだ。手には、移ろいの石が握られていた。
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