上 下
372 / 384
5、鬼謀のアイオナイト

360、吾輩は細かいことを気にしない

しおりを挟む
「えーと、情報を整理しますわね。あなたが神様で、これは夢……と」
「そのとおり」
「ルートさん。わたくし、あなたにすごく申し上げたいことがあるのですが、まず……闇墜ちというのは、違うと思いますの」
「そうか? まあ、いいだろう。吾輩は細かいことを気にしない」
「細かくありませんっ。あと、あと……た、大切なことですが……」
 
 フィロシュネーは一縷の望みを抱き、縋るような気持ちで聞いてみた。
 
「わたくしが見た悲劇は、夢だったりします? みんな生きています? ……わたくし、あまりにみんながいきなり不幸に見舞われて儚くなっていくから、どうしようかと……びっくりしてしまって……」

 しかし、ルートは冷たく首を横に振った。
 
「それは現実だ」
「……あう」

 その言葉が氷の塊みたいに心の底を冷たくさせる。
 目の前がすうっと暗くなったような心地がして、フィロシュネーは瞳を揺らした。
 なまじ一瞬期待しただけに、絶望感がずしりと来る。
 
「あのう……そ、それでは、モンテローザ公爵も、シューエンも、ミランダも、ダーウッドも……」
 
 その先が言えない。口に出すのが怖くなる。
 躊躇っていると、ルートは辛い現実をズバリと突きつけた。

「全員、きっちりと死んでいる」
「うぎゅっ……」

 言葉でザックリと胸を突かれたような心地で、フィロシュネーは呻いた。
 
「人は死ぬのだ、フィロシュネー姫。死ぬべき出来事があり、彼らは死んだのだ」
「ええ、ええ。それは、わかりますわ……でも」

 でも、あんなにあっさり、みんなして死んでいかなくてもいいじゃない。
 
 言葉が続かない。
 無言になって俯いていると、ルートはショックを受けたのを察したのか、少し優しい大人の声を響かせた。
 
「コルテはエルミンディルの死に納得いかないらしく、もうひとつの石を探している」
「えっ」

 フィロシュネーはルートに詰め込まれたばかりの膨大な記憶から「エルミンディル」の名を思い出した。
 コルテの配下に、そんな名前の人物がいた気がする。一緒に人形の国に出かけたりしていた、とルートが把握している人物だ。
 
「えっと……エルミンディルさんの死とは」
「シューエン・アインベルグだ。コルテを庇って死んだだろう」
「あっ……あう」

 事実はわかったが、あまり「死んだ」とは言わないでほしい。
 フィロシュネーは心を抉られたような気持ちになった。
 ルートはそれを気にする様子もなく、話を先に進めていく。
  
「奴は、二つの石を統合してナチュラの制約を破ろうとしている」 
  
 ナチュラの制約は、三点。
 
 石の所有者を攻撃できない点。
 死者を生き返すことはできない点。
 石の力を使って、もうひとつの石の在り処を探せない点……。

「その制約がなくなって石がひとつになれば、ほんとうになんでもできちゃう万能な力が得られて、死者を生き返らせることもできてしまう……?」

 フィロシュネーはどきどきした。
 現在の石でも「神様みたいになれる、すごい石なのだ」と思っていたけど、それよりももっとすごいのだという。
 
「そんなの、物語でも「奇跡」とか「ご都合主義」とか言われる力ですわ。わたくしが、サイラスにいけませんと言った力の使い方。人間が手にしてはいけない類の力……でも」

 ――でも、みんなが生き返る。

 そう思うと、喉から手が出るくらい、その力が欲しい。

「でも、わたくしは助けられるなら、助けたい。そう……そうね、理屈ではないわ、こんなの」

 兄アーサーを助けようとしていたとき、青王代理をしていたときに、サン・ノルディーニュ空国へと向かう馬車の中で読んだサイラスの手紙を思い出す。
 
 『姫は、いかが思われますか。
 ご自分の味方が窮地に陥り、大恩ある方々がお命を落とすかもしれない。
 巻き込まれ、罪なき人々が不幸になるかもしれない。
 そんな状況で、盤面を覆す奇跡を起こせる万能の石があったとしたら?』

 フィロシュネーは、その手紙を見て「他人事」だったのだ、と今では思う。
 
 わかるわ、共感できるわ、と言っていたけれど、甘かった。
 真実、その状況に身を置かれてみると――きれいごとではない。
 
「……自分がその立場になるとよくわかりますわ」
 
 フィロシュネーが言うと、ルートは静かに頷いた。
 
「フィロシュネー姫が婚約者に石を捨てろと言ったように、神々も石を危険視した。だから、ナチュラは石を分けた。制約を設けた……」

 ルートは静かに言って、フィロシュネーの前で膝をついた。

「フェリシエンの魂は、見つからなかった。死んでからの時間を思えば、普通に考えてもう無理なのだろう。せめてフェリシエンの望みだけでも叶えてやり、彼の名を天才として知らしめてからその人生を終わらせようと思った」

 木枯らしのように寂しい気配を纏い、ルートはそっと顔をあげた。

「フィロシュネー姫のおかげで、目的は達成できたといえよう。フェリシエンは天才として讃えられている。ブラックタロン家も名声を高めた。あとは仕上げに名誉の死を遂げれば、完璧といったところか」

 ルートは、なんだか誰かにとても似た印象の瞳をしていた。

(わたくし、こんな瞳を知っているわ)
 ――誰だろう。
 
 思い出したのは、ハルシオンやダーウッドだ。彼らと似ている「その感情」がどんな感情か考えているうちに、その瞳に浮かぶ感情は別のものに変わってしまった。
 
「ここで、最初の話に戻る。感謝の気持ちをこめて、死者を生き返らせる手伝いをしよう。その代わり、危険人物であるフィロシュネー姫の婚約者……サイラス・ノイエスタル神師伯から石を取り返してほしい」

 サイラスが持っている石をなんらかの手段で手に入れ、ルートに渡す。
 すると、ルートは二つの石をひとつにして、ナチュラの制約も破り、死者を生き返らせてくれる。

「あ、あのう。でも、葬儀済の方などは、どうなってしまうの?」

 フィロシュネーは恐ろしい現実に目を向けた。

「わたくしは、もちろん生き返ると嬉しいのは間違いないのですわ。でも、……でも」

 亡くなって悲しんでいたら、ひょっこり生き返る。原因不明。

 そんなことが起きたら、世の中は大騒ぎ間違いなし。人々はどう思うだろう?
 下手したら、生き返った人が周りの人に受け入れてもらえなくなったりとか。
 生命力吸収事件に無関係に死んだ人も生き返ってほしい、特定の事件の被害者だけ生き返るなんて不公平だ、と妬まれたり、恨まれたり……。

「す、すっっごく、問題がいっぱいあるとおもいますの~~!」

 それに、否定もしないといけない!

「そ、それに、サイラスは危険人物ではありません! その認識はぜったい、改めていただかないと。彼の名誉のために!」

 ルートの橙色の瞳が小ばかにするような色を浮かべている。
 「恋は盲目だ。婚約者だからそんなことを言うのだろう」という気配だ。

(むむっ、ま、負けませんわ) 

「彼は、危険ではありません。コルテと呼ばれていたときから、善良ですの! もし仮にそうでなかったとしてもです……ハルシオン様を見ていたわたくしは思うのです。過去を思い出したからといって、それまでのその人が消えてなくなったりすることは、ないのだわ……」 

 ほう、とフェリシエンが声を零して、次の瞬間、フィロシュネーは現実世界で目覚めていた。
 
(い、いきなり夢が終わって……今は、現実ですわよね? びっくりした……っ)
  
 ――寝室には二人の人物がいて、何かを話している最中の様子だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

両親も義両親も婚約者も妹に奪われましたが、評判はわたしのものでした

朝山みどり
恋愛
婚約者のおじいさまの看病をやっている間に妹と婚約者が仲良くなった。子供ができたという妹を両親も義両親も大事にしてわたしを放り出した。 わたしはひとりで家を町を出た。すると彼らの生活は一変した。

処理中です...