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5、鬼謀のアイオナイト
360、吾輩は細かいことを気にしない
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「えーと、情報を整理しますわね。あなたが神様で、これは夢……と」
「そのとおり」
「ルートさん。わたくし、あなたにすごく申し上げたいことがあるのですが、まず……闇墜ちというのは、違うと思いますの」
「そうか? まあ、いいだろう。吾輩は細かいことを気にしない」
「細かくありませんっ。あと、あと……た、大切なことですが……」
フィロシュネーは一縷の望みを抱き、縋るような気持ちで聞いてみた。
「わたくしが見た悲劇は、夢だったりします? みんな生きています? ……わたくし、あまりにみんながいきなり不幸に見舞われて儚くなっていくから、どうしようかと……びっくりしてしまって……」
しかし、ルートは冷たく首を横に振った。
「それは現実だ」
「……あう」
その言葉が氷の塊みたいに心の底を冷たくさせる。
目の前がすうっと暗くなったような心地がして、フィロシュネーは瞳を揺らした。
なまじ一瞬期待しただけに、絶望感がずしりと来る。
「あのう……そ、それでは、モンテローザ公爵も、シューエンも、ミランダも、ダーウッドも……」
その先が言えない。口に出すのが怖くなる。
躊躇っていると、ルートは辛い現実をズバリと突きつけた。
「全員、きっちりと死んでいる」
「うぎゅっ……」
言葉でザックリと胸を突かれたような心地で、フィロシュネーは呻いた。
「人は死ぬのだ、フィロシュネー姫。死ぬべき出来事があり、彼らは死んだのだ」
「ええ、ええ。それは、わかりますわ……でも」
でも、あんなにあっさり、みんなして死んでいかなくてもいいじゃない。
言葉が続かない。
無言になって俯いていると、ルートはショックを受けたのを察したのか、少し優しい大人の声を響かせた。
「コルテはエルミンディルの死に納得いかないらしく、もうひとつの石を探している」
「えっ」
フィロシュネーはルートに詰め込まれたばかりの膨大な記憶から「エルミンディル」の名を思い出した。
コルテの配下に、そんな名前の人物がいた気がする。一緒に人形の国に出かけたりしていた、とルートが把握している人物だ。
「えっと……エルミンディルさんの死とは」
「シューエン・アインベルグだ。コルテを庇って死んだだろう」
「あっ……あう」
事実はわかったが、あまり「死んだ」とは言わないでほしい。
フィロシュネーは心を抉られたような気持ちになった。
ルートはそれを気にする様子もなく、話を先に進めていく。
「奴は、二つの石を統合してナチュラの制約を破ろうとしている」
ナチュラの制約は、三点。
石の所有者を攻撃できない点。
死者を生き返すことはできない点。
石の力を使って、もうひとつの石の在り処を探せない点……。
「その制約がなくなって石がひとつになれば、ほんとうになんでもできちゃう万能な力が得られて、死者を生き返らせることもできてしまう……?」
フィロシュネーはどきどきした。
現在の石でも「神様みたいになれる、すごい石なのだ」と思っていたけど、それよりももっとすごいのだという。
「そんなの、物語でも「奇跡」とか「ご都合主義」とか言われる力ですわ。わたくしが、サイラスにいけませんと言った力の使い方。人間が手にしてはいけない類の力……でも」
――でも、みんなが生き返る。
そう思うと、喉から手が出るくらい、その力が欲しい。
「でも、わたくしは助けられるなら、助けたい。そう……そうね、理屈ではないわ、こんなの」
兄アーサーを助けようとしていたとき、青王代理をしていたときに、サン・ノルディーニュ空国へと向かう馬車の中で読んだサイラスの手紙を思い出す。
『姫は、いかが思われますか。
ご自分の味方が窮地に陥り、大恩ある方々がお命を落とすかもしれない。
巻き込まれ、罪なき人々が不幸になるかもしれない。
そんな状況で、盤面を覆す奇跡を起こせる万能の石があったとしたら?』
フィロシュネーは、その手紙を見て「他人事」だったのだ、と今では思う。
わかるわ、共感できるわ、と言っていたけれど、甘かった。
真実、その状況に身を置かれてみると――きれいごとではない。
「……自分がその立場になるとよくわかりますわ」
フィロシュネーが言うと、ルートは静かに頷いた。
「フィロシュネー姫が婚約者に石を捨てろと言ったように、神々も石を危険視した。だから、ナチュラは石を分けた。制約を設けた……」
ルートは静かに言って、フィロシュネーの前で膝をついた。
「フェリシエンの魂は、見つからなかった。死んでからの時間を思えば、普通に考えてもう無理なのだろう。せめてフェリシエンの望みだけでも叶えてやり、彼の名を天才として知らしめてからその人生を終わらせようと思った」
木枯らしのように寂しい気配を纏い、ルートはそっと顔をあげた。
「フィロシュネー姫のおかげで、目的は達成できたといえよう。フェリシエンは天才として讃えられている。ブラックタロン家も名声を高めた。あとは仕上げに名誉の死を遂げれば、完璧といったところか」
ルートは、なんだか誰かにとても似た印象の瞳をしていた。
(わたくし、こんな瞳を知っているわ)
――誰だろう。
思い出したのは、ハルシオンやダーウッドだ。彼らと似ている「その感情」がどんな感情か考えているうちに、その瞳に浮かぶ感情は別のものに変わってしまった。
「ここで、最初の話に戻る。感謝の気持ちをこめて、死者を生き返らせる手伝いをしよう。その代わり、危険人物であるフィロシュネー姫の婚約者……サイラス・ノイエスタル神師伯から石を取り返してほしい」
サイラスが持っている石をなんらかの手段で手に入れ、ルートに渡す。
すると、ルートは二つの石をひとつにして、ナチュラの制約も破り、死者を生き返らせてくれる。
「あ、あのう。でも、葬儀済の方などは、どうなってしまうの?」
フィロシュネーは恐ろしい現実に目を向けた。
「わたくしは、もちろん生き返ると嬉しいのは間違いないのですわ。でも、……でも」
亡くなって悲しんでいたら、ひょっこり生き返る。原因不明。
そんなことが起きたら、世の中は大騒ぎ間違いなし。人々はどう思うだろう?
下手したら、生き返った人が周りの人に受け入れてもらえなくなったりとか。
生命力吸収事件に無関係に死んだ人も生き返ってほしい、特定の事件の被害者だけ生き返るなんて不公平だ、と妬まれたり、恨まれたり……。
「す、すっっごく、問題がいっぱいあるとおもいますの~~!」
それに、否定もしないといけない!
「そ、それに、サイラスは危険人物ではありません! その認識はぜったい、改めていただかないと。彼の名誉のために!」
ルートの橙色の瞳が小ばかにするような色を浮かべている。
「恋は盲目だ。婚約者だからそんなことを言うのだろう」という気配だ。
(むむっ、ま、負けませんわ)
「彼は、危険ではありません。コルテと呼ばれていたときから、善良ですの! もし仮にそうでなかったとしてもです……ハルシオン様を見ていたわたくしは思うのです。過去を思い出したからといって、それまでのその人が消えてなくなったりすることは、ないのだわ……」
ほう、とフェリシエンが声を零して、次の瞬間、フィロシュネーは現実世界で目覚めていた。
(い、いきなり夢が終わって……今は、現実ですわよね? びっくりした……っ)
――寝室には二人の人物がいて、何かを話している最中の様子だった。
「そのとおり」
「ルートさん。わたくし、あなたにすごく申し上げたいことがあるのですが、まず……闇墜ちというのは、違うと思いますの」
「そうか? まあ、いいだろう。吾輩は細かいことを気にしない」
「細かくありませんっ。あと、あと……た、大切なことですが……」
フィロシュネーは一縷の望みを抱き、縋るような気持ちで聞いてみた。
「わたくしが見た悲劇は、夢だったりします? みんな生きています? ……わたくし、あまりにみんながいきなり不幸に見舞われて儚くなっていくから、どうしようかと……びっくりしてしまって……」
しかし、ルートは冷たく首を横に振った。
「それは現実だ」
「……あう」
その言葉が氷の塊みたいに心の底を冷たくさせる。
目の前がすうっと暗くなったような心地がして、フィロシュネーは瞳を揺らした。
なまじ一瞬期待しただけに、絶望感がずしりと来る。
「あのう……そ、それでは、モンテローザ公爵も、シューエンも、ミランダも、ダーウッドも……」
その先が言えない。口に出すのが怖くなる。
躊躇っていると、ルートは辛い現実をズバリと突きつけた。
「全員、きっちりと死んでいる」
「うぎゅっ……」
言葉でザックリと胸を突かれたような心地で、フィロシュネーは呻いた。
「人は死ぬのだ、フィロシュネー姫。死ぬべき出来事があり、彼らは死んだのだ」
「ええ、ええ。それは、わかりますわ……でも」
でも、あんなにあっさり、みんなして死んでいかなくてもいいじゃない。
言葉が続かない。
無言になって俯いていると、ルートはショックを受けたのを察したのか、少し優しい大人の声を響かせた。
「コルテはエルミンディルの死に納得いかないらしく、もうひとつの石を探している」
「えっ」
フィロシュネーはルートに詰め込まれたばかりの膨大な記憶から「エルミンディル」の名を思い出した。
コルテの配下に、そんな名前の人物がいた気がする。一緒に人形の国に出かけたりしていた、とルートが把握している人物だ。
「えっと……エルミンディルさんの死とは」
「シューエン・アインベルグだ。コルテを庇って死んだだろう」
「あっ……あう」
事実はわかったが、あまり「死んだ」とは言わないでほしい。
フィロシュネーは心を抉られたような気持ちになった。
ルートはそれを気にする様子もなく、話を先に進めていく。
「奴は、二つの石を統合してナチュラの制約を破ろうとしている」
ナチュラの制約は、三点。
石の所有者を攻撃できない点。
死者を生き返すことはできない点。
石の力を使って、もうひとつの石の在り処を探せない点……。
「その制約がなくなって石がひとつになれば、ほんとうになんでもできちゃう万能な力が得られて、死者を生き返らせることもできてしまう……?」
フィロシュネーはどきどきした。
現在の石でも「神様みたいになれる、すごい石なのだ」と思っていたけど、それよりももっとすごいのだという。
「そんなの、物語でも「奇跡」とか「ご都合主義」とか言われる力ですわ。わたくしが、サイラスにいけませんと言った力の使い方。人間が手にしてはいけない類の力……でも」
――でも、みんなが生き返る。
そう思うと、喉から手が出るくらい、その力が欲しい。
「でも、わたくしは助けられるなら、助けたい。そう……そうね、理屈ではないわ、こんなの」
兄アーサーを助けようとしていたとき、青王代理をしていたときに、サン・ノルディーニュ空国へと向かう馬車の中で読んだサイラスの手紙を思い出す。
『姫は、いかが思われますか。
ご自分の味方が窮地に陥り、大恩ある方々がお命を落とすかもしれない。
巻き込まれ、罪なき人々が不幸になるかもしれない。
そんな状況で、盤面を覆す奇跡を起こせる万能の石があったとしたら?』
フィロシュネーは、その手紙を見て「他人事」だったのだ、と今では思う。
わかるわ、共感できるわ、と言っていたけれど、甘かった。
真実、その状況に身を置かれてみると――きれいごとではない。
「……自分がその立場になるとよくわかりますわ」
フィロシュネーが言うと、ルートは静かに頷いた。
「フィロシュネー姫が婚約者に石を捨てろと言ったように、神々も石を危険視した。だから、ナチュラは石を分けた。制約を設けた……」
ルートは静かに言って、フィロシュネーの前で膝をついた。
「フェリシエンの魂は、見つからなかった。死んでからの時間を思えば、普通に考えてもう無理なのだろう。せめてフェリシエンの望みだけでも叶えてやり、彼の名を天才として知らしめてからその人生を終わらせようと思った」
木枯らしのように寂しい気配を纏い、ルートはそっと顔をあげた。
「フィロシュネー姫のおかげで、目的は達成できたといえよう。フェリシエンは天才として讃えられている。ブラックタロン家も名声を高めた。あとは仕上げに名誉の死を遂げれば、完璧といったところか」
ルートは、なんだか誰かにとても似た印象の瞳をしていた。
(わたくし、こんな瞳を知っているわ)
――誰だろう。
思い出したのは、ハルシオンやダーウッドだ。彼らと似ている「その感情」がどんな感情か考えているうちに、その瞳に浮かぶ感情は別のものに変わってしまった。
「ここで、最初の話に戻る。感謝の気持ちをこめて、死者を生き返らせる手伝いをしよう。その代わり、危険人物であるフィロシュネー姫の婚約者……サイラス・ノイエスタル神師伯から石を取り返してほしい」
サイラスが持っている石をなんらかの手段で手に入れ、ルートに渡す。
すると、ルートは二つの石をひとつにして、ナチュラの制約も破り、死者を生き返らせてくれる。
「あ、あのう。でも、葬儀済の方などは、どうなってしまうの?」
フィロシュネーは恐ろしい現実に目を向けた。
「わたくしは、もちろん生き返ると嬉しいのは間違いないのですわ。でも、……でも」
亡くなって悲しんでいたら、ひょっこり生き返る。原因不明。
そんなことが起きたら、世の中は大騒ぎ間違いなし。人々はどう思うだろう?
下手したら、生き返った人が周りの人に受け入れてもらえなくなったりとか。
生命力吸収事件に無関係に死んだ人も生き返ってほしい、特定の事件の被害者だけ生き返るなんて不公平だ、と妬まれたり、恨まれたり……。
「す、すっっごく、問題がいっぱいあるとおもいますの~~!」
それに、否定もしないといけない!
「そ、それに、サイラスは危険人物ではありません! その認識はぜったい、改めていただかないと。彼の名誉のために!」
ルートの橙色の瞳が小ばかにするような色を浮かべている。
「恋は盲目だ。婚約者だからそんなことを言うのだろう」という気配だ。
(むむっ、ま、負けませんわ)
「彼は、危険ではありません。コルテと呼ばれていたときから、善良ですの! もし仮にそうでなかったとしてもです……ハルシオン様を見ていたわたくしは思うのです。過去を思い出したからといって、それまでのその人が消えてなくなったりすることは、ないのだわ……」
ほう、とフェリシエンが声を零して、次の瞬間、フィロシュネーは現実世界で目覚めていた。
(い、いきなり夢が終わって……今は、現実ですわよね? びっくりした……っ)
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