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5、鬼謀のアイオナイト

354、ごめん、ウィスカ

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 ソラベル・モンテローザ公爵には、魔法の才能がなかった。

 ブラックタロン家の血を自分の家系に混ぜてきたモンテローザ公爵家は、親が生まれる子どもに多大な期待を寄せていることが多い。
 どんな期待かというと、ブラックタロン家に生まれるような魔法の才能に秀でた子ども、預言者に選ばれる可能性の高い、不老症体質の見込み濃厚な子どもが生まれないか――という期待だ。
 
 ソラベルも当然、期待されて生まれた。
 そして、まあまあ優秀な子どもだった。
 結果、オルーサの手で不老症にしてもらえたのだが、浮かれて「私はすごいのだ」と思っていたソラベルに、オルーサは「お前に魔法の才能はないから、これ以上は伸びないだろう」と言い捨てた。

 言われてからの最初の数十年は、「そんなことはないだろう」とか「人の何倍もの時間、努力すればいいのではないか」と思っていた。

 けれど、熱心に打ち込んで上達を感じられたのは、ほんとうに最初の数年だけだった。

 徐々にソラベルには、目に見えない才能の限界というものがわかるようになった。
 それは、熱心に打ち込んだからこそ感じられた感覚だった。

「父が使っていた移ろいの術を私も使えるようになりましたよ」
「私もです」

 カサンドラとダーウッドが張り合うように術を見せ合い。ゼシカが遅れて「で、できましたわ」と術を披露して。

「ほら、こうやってやるんだよ、シェイド」
「メアリーはすごいなあ。俺も早く習得したい」
「教えてやるよ」
 
 メアリーがシェイドにお手本をみせて、コツを教えている。

「ほう。こうかね」
「うわあ、こいつ一発で……」

 ソラベルの十分の一も生きていないフェリシエンは「試しにやってみた」とばかりに術を真似して成功させてメアリーやゼシカにドン引きされていた。

「えっと……ソラベルは?」
 ネネイは、少し心配そうに顔色を窺ってくる。

「私は魔法が苦手だからね。向いてないんだ。無理だよ」

 ソラベルは尋ねられる前に自分で線を引いた。自分は劣っている、という線だった。

「ソラベルはいつもそう。挑戦もしないで最初から無理だなんて」
「私が教えましょうか? 簡単ですぞ」

 カサンドラとダーウッドが「努力すればできるはず」という視線を向けてくる。

「挑戦はしたんだ。その上で、苦手だ、向いてないんだ、無理だ、と言っているんだよ」
 
 他の組織幹部たちが使える術が、古参なのに使えない。
 それはたびたびあることだった。

「くそっ、これ難しいってメアリー!」
「ははっ、シェイドはまだまだだなあ」

 獣人のシェイドが苦戦している。ネネイは全員を見渡してから、おどおどとソラベルの後ろに隠れた。

「わ、わたしも、……できま、せん。……できる気が、しません。むり、です。ごめんなさい」
 
 消え入りそうな声で言うネネイには、「ネネイも挑戦すらしていないではないですか? なんと根性がないのでしょう……」というカサンドラの呆れた声が浴びせられている。

(気を使われている)

 ソラベルはネネイの気遣いに苦笑した。

(……同情されている)

 気弱なネネイの気遣い。同情。
 ――それが、実はなにより胸を抉った。 


 * * *

 
「うわあああああん、ああああん!」

 子どもが泣いている。
 そっと頭を撫でて、ソラベルは「自分は何をしているのだろう」と思った。

 ソラベルは仲間と比べるとあまり豊富とはいえない魔力を吸われながら、自分でも魔力を使って、へたくそな結界を張った。

「孤児院の子どもかな? 痩せているのだな。……孤児院の子どもなら、親はいないのか……」
  
 子どもは年配の女性にしがみついている。
 連れていかないと、と思ったとき、くらりと眩暈が起きて、結界が消えた。

「うわあ、我ながら――魔力量……少なすぎないか……」 

 ほんの数秒で、結界を維持できないくらい魔力が消耗されてしまった。そして、結界が消えた途端に猛烈に魔力と生命力が吸われていく。
 残りの魔力をかき集めようとして、ソラベルは「あれ」と息を吐いた。気付けば、倒れていた。周囲に騎士たちが集まり、わあわあと騒ぎながら運んでくれようとしている。
 
 自分は何をしたのか。
 冷静な頭が振り返る。避難しようとしていたはずなのに、いつもならしないような妙な行動をしてしまった。
 
「公爵様! お気を確かに……!」

「仕掛けを壊せ! 公爵様を仕掛けから遠ざけろ!」

 騎士たちが騒いでいる。その声が、耳に何かが詰まったみたいに遠くなっていく。
  
(体調が未だかつてなく、悪い。なんだか全身が冷たいし、感覚がなくなっていくし、息苦しいし、……おや。もしかして私、死にかけている?)

 視界が暗くなる。意識が遠くなる。
  
「ごめん。ウィスカ……」

 自分は何を謝っているのだろう?
 ここに妻はいないのに。ああ――妻が恋しいな。会いたいな。子どもの名前を決めて、一緒に育てたい。
 
 才能なんて気にしないんだ――生まれてくる子どもに、そう言ってあげるよ。
 私がそう言って欲しかったように。
 
「公爵様、……公爵様――」

 呼ばれている。
 誰かはわからないが、人がいる。
 あれだ――「最期の言葉をききます」と言葉を待たれている気がする。

「……子どもの名……」

 名前をつけて死にたい。考えていたんだ。いくつか候補があったんだ。

「カリータス……もしくは、ハートリー……」 

 愛情。心から愛する人。
 そんな意味を持つ名前を二つ告げると、近くにいた人の気配が「心得ました」と教えてくれた気がする。頷いたか、何か喋ったか。そんなことももう、わからない。

 見えない目、底なしの暗闇に沈む意識は、美しくあたたかな妻の幻想を見た。
 妻に寄り添う自分を夢見た。
 
(ああ、長い人生だったが、私は最期に家族に愛情を注いで死ぬのか。妻を悲しませるのが心苦しいと思いながら死ぬのか。妻子と一緒に生きられないのが辛いと思って死ぬのか)

 胸には、不思議な感慨があった。

(特に善良というわけでもなく、どちらかといえば悪と分類される自信はあるが……なんだか今は、善人になりたかったような気がする……)
  
 
 ……でも、なれなかった。

 
 君の夫は悪人なんだ。ほら、また妻を泣かせてしまう。
 
 ――ごめん。ウィスカ。
 
 愛妻を抱きしめる夢に溺れるようにして。


 ――待て。弱気はだめだ。いやいや、死なないよ?

 
 そう自分に言い聞かせ、ソラベルの意識はふつりと途絶えた。

 
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