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5、鬼謀のアイオナイト

クリスマス番外編5〜夫婦逆転の夜、星は流れて

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 暗黒郷の二国がバザールを楽しんでいるのと、同じ時期。
 
 紅国の東側、港町にある屋敷の一室で、獣人シェイドは寝込んでいた。
 死霊に祟られてじわじわと体を蝕まれていた彼は、冬場の逃避行と暗躍の数々で完全に体調を悪化させてしまったのだ。
 
 幸い、シモン・アルメイダ侯爵一行は派閥貴族の手引きでこの港町に逃れ、ゆっくりと休息の取れる屋敷に匿われている。
 
 港には船が用意してもらえるし、彼らはそれに乗ってこの大陸から別の大陸へと逃れることができる。……はずなのだが。

「我が君。シモン様。俺を置いて船で大陸外へお逃れください」 
 
 ベッドから弱々しく言えば、ベッド際の椅子に座る主君シモンは静かに首を振った。そして、きらきらと光る液体の小瓶を口元に近付けた。

「『聖女様のとってもすごい回復薬~セイント・リジェネレイト・ポーション~』だ。なんとか入手した。祟りに効くのかは不明だが、試さないよりましだろう」

 ――逃亡中の身、匿われている身で、そんな余裕はないだろうに。

 シェイドは薬を飲みながら胸を熱くした。

「私はカサンドラとゆっくり晩餐をとり、聖夜を過ごすことができる。支援者のおかげなのはもちろんだが、慌ただしく船出していれば、こんな貴族らしい聖夜も過ごせなかったのだ。ある意味、お前の手柄といえよう」 
「そんな……」
「こほん。そういうわけだ。ゆっくり休んで英気を養え。これから船旅になるのだからな」
  
 シモンはそう言って、部屋を出て行った。この主君は冷酷とか氷の心とか言われているが、生真面目で善良な一面がある。……のだが、褒められるのが苦手らしい。

「ありがとうございます、シモン様……」
  
 残されたシェイドはベッドで目を閉じ、自分の回復を祈りながら胸の奥の熱さを負の感情に移ろわせた。

「こんな体でなければ、もっとお役に立てたのに。脚を引っ張ることがないのに。俺がもし死ぬとしても、ただでは死なない……」
 
 負の感情が身体の内側で暴れ狂い、それに抗って落ち着かせるように回復薬が働く。
 死霊の祟りに効くはずだった薬の効果が、負の感情を落ち着かせるために消耗されていく。
 
  
 * * *

 
 屋敷の部屋の窓にかけられたカーテンの隙間から、星空が見えている。
 
「配下が各国に散って工作をしていますが、次々捕まっています。重要人物を何人か道連れにできれば……」

 カサンドラ・アルメイダ侯爵夫人は、港町の屋敷の一室で配下の報告を聞いていた。

「仕掛けを設置すると言ってシューエン様がデートに出かけました!」
「あらあら」
「それと、こちらはシモン様の……」
 
 配下の報告に軽く微笑み、カサンドラはワイングラスを傾けた。
 ちょうど扉がノックされ、配下が退室したのと入れ替わるようにシモン・アルメイダ侯爵が入ってくる。
 
「シューエンはもう戻ってこないでしょう。あの少年は、日の当たる道から外れられない子です……んっ……?」

 噛み付くように唇が奪われて、カサンドラは困惑した。
 
 熱い情欲を直接的に伝えてくる温度感――逃亡中は夫婦の営みをする余裕もなかったので、もしや溜まっているのだろうか。

「あなた、いかがなさいまし――きゃっ」
 
 追求する暇もなく、夫は上着を脱ぎ、腕を取って寝台へと押しやった。
 そして、まるでいたいけな蝶を標本台に縫い止めるようにカサンドラの両手を押さえて覆い被さってきた。
 
「……子供を作るのはどうだ」
「――はい?」
 
 陶器のような肌を火照らせ、秀麗な顔の夫が顔を歪める。

 不機嫌そう。
 いや、どちらかといえば照れているような……そんな顔だ。あらぁ?

「私たちは夫婦なのだから、お前はそろそろ子を孕んでもいいのではと言っている」
「あっ、あなた。状況がわかっているんですか。おかしくなってしまったのですか? ――あ、ちょっとっ」

 夫は器用にカサンドラの両手首を脱いだ上着で縛り、本格的にやる気を見せている。
 
 一夜の快楽に溺れるのはともかく、妊娠している場合ではないのに夫はどうしたのか。
 
 着衣が乱されて、中身を愛でられる。
 強引なわりに、シモンは優しかった。カサンドラの側にシモンへの好意があるだけに、溺れてしまいそうになる。

「んんっ……」
 
 羞恥を煽るような体勢に抗おうとして、カサンドラは気づいた。

 ……呪術が使えない今の自分では、シモンに抵抗できない。
 だって、シモンの方が力が強いのだ。

「ふっ」 
 気づいたか、というように、シモンは勝者の目でカサンドラを射抜くように見下した。
「……逃がさない、カサンドラ。お前は私の妻なのだ。よくよく教えてやろう。時間をかけて、たっぷりと――」

 シモンが優位なのだとわからせるような気高く強気の声に、ぞくり、と背筋が震える。
 
 ――まるで、無力な乙女のよう。
 か弱い花にでもなった気分。こんな気持ちは久しぶり――

 でも、弱々しく怯えたように振る舞うのは、矜持が許さない。

 みくびるのではありません。
 あなたとは人生経験が桁違いなのですよ?

「う、ふふ……今夜は、強気ですのね。あなた……んっ……」
 
 言い終わる前に、声がくぐもる。シモンがカサンドラに自分の指を咥えさせたのだ。

「んん――……」
 
 ぞくりと走る甘い感覚にカサンドラが吐息を漏らせば、耳元で低く囁かれる。

「嫌なら私に噛み付け」

 ――もう、本気で噛み付いてやりましょうか! 食いちぎってしまいますよ!?
 
 反発する気持ちを覚えてつつ、カサンドラは自分が満更でもないことに気付いていた。
 悔しさと、自分の矜持が砕かれる想いと同時に、夫に支配される悦びを感じているのだ。

 ――ああ、仕方のない旦那様。そして愚かな私は、そんな旦那様が、大好き。これはどうしたものでしょう。困りましたね。

 ……そんな場合ではないのに。

「気持ちいいだろう、カサンドラ?」
「……っ」
「お前の悦いところは、把握している。お前が今まで教えてくれたからな……」

 ――溺れてしまいそう。

 
 夫を手玉に取り揶揄ってきた妻が、なすすべなく鳴かされる立場へと堕ちた逆転の夜。

 想いが絡み合うあたたかな部屋の窓の外では、夢のかけらを集めたような綺麗な星がひとつ、夜空をするりと滑り降りたのだった。
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