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5、鬼謀のアイオナイト

クリスマス番外編4~うおおおお手を繋いだぞおおおおおおお!!

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「青国側も、空国のとお揃い感のあるバザールですのね。仲良しな二国にぴったりですわ」
 
 数日かけて青国に移ったフィロシュネーは、青国王都のバザールの風景を見てニコニコした。
 あちらもこちらも、楽しく賑やかだ。

「……って、あの集団は? シューエンがいるじゃない」
  
 なんと、シューエンとセリーナが歩いていて、その後ろをこそこそと尾行する数人のあやしい団体がいる。

(えーっ、シューエンとセリーナがデートしてます? アインベルグ侯爵夫妻と公子たちとメリーファクト準男爵夫妻が一緒に二人を尾行してる。……なぜ!)

 みんな貴族らしい装いで、目立っている。でも、なぜかシューエンとセリーナは気づいていない……。

「セ、セリーナ嬢。て、て、て……」
「は、……はい」
「……手袋、買いましょうか……」

 二人とも赤くなって、お揃いの手袋を買ってぎこちなく笑みを交わしている。

「シューエン! 手を繋ぎたかったのだろう! 手袋で誤魔化すな!」
「はぁ? うちのセリーナの手を軽々しく握られては困りますが?」
 二人の両親が親ばか全開でバチバチと火花を散らしている。
 
 フィロシュネーはこそこそとサイラスに耳打ちした。

「あのね、サイラス。あれ、あれ」
「あれ? ……ああ。あのお二人はよくお手紙のやりとりをなさっているようですよ」
 
 サイラスは近くの屋台でカップ入りのチキンを買い、ぱくりと口に放り込んでいる。目が合うと機嫌よく微笑んでくれる――これは「この肉が美味しいです。お召しあがりになりますか?」という笑顔だ。
 
「毒見をしましたから、召し上がれ」 
「えっと、お肉は結構ですわ。あのね、後ろの方にコソコソ尾行してる集団がいるでしょう? むきゅ」
「ン……ああ、お二人のご家族ですね」

 チキンを口にずいっと近づけられて頬張ると、香ばしい匂いが食欲を刺激する。
 揚げたての皮はサクサクッとした食感。
 中の鶏肉はしっとりしていて、肉汁がじゅわり、ジューシー!

美味うまいでしょう?」
「……美味しいですわね」
 
 鶏肉の旨みが次々とたたみかけてくる。サイラスは満足そうに苺とマシュマロが刺さった串を追加で買った。
 見た目もお祭り感があって可愛らしい、と目を細めてから、フィロシュネーは「ハッ」と尾行中の一団を見た。
 
「美味しいのはいいですけど、あの、あの集団が気になるってお話ですのよサイラス」
「あの集団より料理の方がと思いますけどね」

 一団の後ろをさらに尾行するように移動すれば、サイラスはのんびりとついてきた。
  
「あの貴族の方々……」
「しーっ、きっと気にしてはいけないんだ」
  
 どういう素性の集団なのかに気付いている民がチラチラと視線を注いでいるが、アインベルグ侯爵一家とメリーファクト準男爵夫妻は尾行にも周囲の視線にも気付かない。前方のシューエンとセリーナに夢中だ。

「雪だるまがこっちにもありましたよ」
 
 サイラスがちゃっかり雑貨屋で雪だるまを買っている。
 
「空国で買った雪だるまと同じですわね」
「雪だるまも仲間がいる方がいいでしょうから」

 同じ商品を二つ買う必要があるのか、と首をかしげたフィロシュネーは、聞こえてきた返答の声色に視線を移した。
 視線を向けた先のサイラスは、驚くほどやさしい目で雪だるまを見ていた。そして、フィロシュネーの視線に気付くと、にっこりとする。

「お望みのようなので、がっつり覗きをしましょう」 

 サイラスはそう言って青黒い魔法の光で風を誘い、聞きたい声を聞こえるようにしてくれた。移ろいの石を使ったのだ。

 風が届けてくれるのは、アインベルグ侯爵家の仲良しで楽しそうな会話。
 
「俺たちのシューエン坊は見ない間に身長が伸びて、なかなかイケメンだよな」
「可愛い子に旅をさせよとはよく言ったものだ」
「もうドレスは似合わないかしら。いえ、いけるわね」
「母上?」
「やだ、口に出ていたの? ごめんなさい、反省しているわ……お母様が悪かったです」

 そして、一緒にいるメリーファクト準男爵の複雑そうな声。
 
「賑やかだなあ……あっ、奴め。うちのセリーナと手を繋ぎたそうに……パパは許さないぞ」

 親兄弟が「うちの子カワイイ」と「うちの子に手を出しやがって」の感情を拗らせる会話にあわせて、シューエンとセリーナが会話するのが聞こえる。

「僕は最近思うのです。あの時、あの選択をしなければ……」

 フィロシュネーは息を呑んだ。
 あの時とは、きっと彼が青国を離れて紅国に残ると言った時だと思ったから。
 
 少年の声は、すぐ近くにいるみたいに聞こえる。でも、実際の距離は遠い。
 
「過去を振り返ってもどうしようもないのに、後悔しているのでございます」
「シューエン様。ですが、シューエン様のおかげで、反女王派や悪しき組織の企みが露見したのではありませんか……」
 
 セリーナが励ますように言って、勇気を出した様子でシューエンに身を寄せる。それに対して、シューエンは心苦しそうな表情だ。悩める青少年って感じだ。

「僕は、優しくしてくださる方々に背中を向けて、あだを返してばかりでございます。最初に青国の方々を裏切り、手を差し伸べて居場所を用意してくれたアルメイダ侯爵一派を裏切り……最低野郎でございますよ」
「シューエン様……で、ですが。正義感があって、悪を見逃せないと思われたからこその――それは、悪いことでは……」
「何より僕が自分自身を残念に感じているのは、好きなご令嬢と一緒にいるのに弱音を吐いて慰めてもらっている情けないところです…………」
「えっ」
「えっ? あ、あっ!」

 ――今、好きって言った!

「き、聞こえました? 今!」 
 フィロシュネーは興奮気味にサイラスの袖を引いた。
「聞こえましたが、割と繊細で深刻なお悩みのようでしたが……」
「好きって」
「ああ。はい」
「反応が薄い……」
  
 二人の家族たちの様子を見ると、彼らはやきもきしていた。

「情けないぞシューエン! そんな男に育てた覚えはないぞ! 過去を振り返るなシューエン!」
「あいつ、どさくさに紛れて告白したぞ!」
「あっ、手が」
「なにっ、手が?」
 
 全員が食い入るように凝視する中、シューエンとセリーナは見つめ合い、ちょっともじもじしてから、どちらからともなく笑みを交わして、お揃いの手袋で覆われた手を繋いだ。

「うおおおおおおおおおっ!!」
「手を繋いだぞおおおおおおお!!」

 ――尾行している全員が大盛り上がりだった。
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