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5、鬼謀のアイオナイト

332、家の主は留守なのに、お庭にフェニックスが巣をつくっている

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 家の主は留守なのに、お庭にフェニックスが巣をつくっている。

 ジーナと一緒に窓際で見守っていると、小さなフェニックス姿のナチュラはパタパタと飛び回っては枝や葉っぱを運んでいる。
 
 飛んで戻って、飛んで戻って、飛んで戻って。
 何度か繰り返すうち、巣の形が出来上がっていく。

「あっ、あの死霊くんじゃないですの」
 
 しかも、巣の近くには見覚えのある死霊――青国や空国の多島海で何度も交流したモヤモヤっとした『死霊くん』がいる。木の周りをうろうろして、木に登ろうとして、つるっ、ほわっ、ぺしゃんっ、と地面に落ちている。
 
「ええ……」

 何をしているんだろう。
 そして、なぜ行く先々で見かけるのだろう……。
 疑問に首をかしげるフィロシュネーの視界では、警備騎士たちが集まってくる。異変に気付いたらしい。

「フィロシュネー様、騎士の方々が気付いてお困りみたいですね」
「わたくし、死霊くんが気になるのですけど……」

 ジーナに言ったとき、部屋の扉がノックされた。

「はい?」

 ジーナが扉を開けると、騎士がメイド長と一緒にいる。
 フィロシュネーにも見覚えのある騎士は、ギネスだった。
 ギネスはサイラスが女王の騎士になってからすぐに彼の従士になった騎士だ。確か、子どもが生まれたばかり。

「ギネスさんはお久しぶりですわね。奥様とお子様はお元気?」
「お久しぶりです、実は本日はノイエスタル卿から『もうすぐ帰りますよ』というお知らせを伝えるよう命じられていて、私語禁止だったのですが姫君から話題のふられたなら許されますね! 妻も子供も最高に可愛いです」

 ギネスは幸せそうだった。

「ギネスさんが幸せそうでよかったですわ」
 
 一緒にいるのは、ふくよかで優しそうな女性――メイド長のフラウだ。こちらは余計なことを言わず、しずしずと頭を下げている。
 こちらは、単体でなにか言うことがあったわけではなく、おそらくは「異性の騎士ひとりで部屋を訪ねることを避ける」という意味があるのだろう。

「フラウさん。ギネスさん。お仕事お疲れ様です。わたくし、エントランスまでお迎えにまいりますわね」

 フィロシュネーはいそいそとエントランスに迎えにいった。

 あまり待つことはなく、サイラスはすぐに帰ってきた。
 
「ただいま戻りました」 
「おかえりなさい」
 と挨拶をすると、ちょっと不思議な気分になる。今日やってきたばかりの屋敷なのに。

「外が騒がしかったようですね」
 
 家の主であるサイラスはなんというだろう、と思ったのだが、帰宅したサイラスは動じなかった。むしろ、「予想していました」という気配だ。

「ナチュラは意外と気分で動くところがあるのです。そして、自分で決めたことを譲りません。だめと言っても無駄なのです。いいですよ」

 ……などと言う。

「あなた、ナチュラさんを知っているみたいな口ぶりですのね?」
「実は知っているのです」

 フィロシュネーがおそるおそる尋ねても、「だからなんですか」といった気配。

(な、謎が増えてしまったわ!)
 この男、いったいどうなっているの。
 まるで、「世の中に怖いものはなにもありません」って感じ。
  
 ……しかし。
 
「ん、……姫? この雑誌は、なんです? 俺はこんな雑誌を置いた覚えはありませんよ」

「え?」
 
 テーブルの上に散乱した雑誌のシリーズ記事に気付いたサイラスは「なんですか、この記事は?」と目を見開いて驚いている。

(あ、よかった。知らなかったのね。というか、お部屋の雑誌はサイラスが手配したわけではなかったのね)

「姫、これは根拠のない過激なゴシップです。記事を信じてはなりません」
  
 ――慌てている?
 
「まあ。まあ。でもわたくし、ちょっと疑わしいと前から思っていましたの。真実はどうなのかしら」
「事実無根です」
 
 フィロシュネーが言うと、焦ったような眼をするではないか。

(……人間らしいところがあった! それに、この様子だと『根拠のない過激なゴシップ』なのね。よかった)

 フィロシュネーは安心してくすくすと笑った。

「姫。こういった雑誌を読まなくても、俺に聞いていただければなんでもわかりますよ」
 
 サイラスはそう言ってダイニングルームに案内してくれた。
 
 ダイニングルームは天上と壁が白く、天上から大きなシャンデリアが下がっている。
 テーブルは意外と小さめで、テーブルを挟んで座る二人が大きな声を出さずに会話できる距離だ。

「料理長は、青国料理に精通しているのです」

 運ばれてくるのは、青国風料理が多い。
 味は美味しくて、フィロシュネーにとっては嬉しい料理だった。

「俺たちの婚姻式は、春を考えています」

 サイラスが「そのつもりで準備していますよ」と言うので、フィロシュネーははにかんだ。
 
「わかりましたわ」 

 春なんて、もうすぐだ。なにより、自分はもう新しいお屋敷にいて、すでに婚姻したようなものではないか――そう思うと、ふわふわと頬が熱くなってしまう。照れてしまう。
 
 けれど、サイラスはあまり甘い雰囲気を漂わせることがなかった。
 
「食事のあと、俺はまた少し出かけます。姫は浴場をぜひお試しください」

 と、ちょっと事務的に言うのだ。
 
「お出かけになるの?」
「仕事なのです。朝には戻りますよ」
「たいへんですのね」

 ゴシップ記事を見たあとなので、ついつい変な想像をしそうになるが、フィロシュネーは表情に出さないように努めた。
 
 サイラスはそんなフィロシュネーに、変なことを言う。
 
「そうそう、姫。護衛をつけますから、三日後に紅都にお出かけしてみてください」
「えっ、なぜですの。なぜ三日後ですの」
「よき出会いがありますよ」

 自信満々の顔だ。
 フィロシュネーはさすがに半眼になった。
 
「ねえ、サイラス。あなた、絶対、石を持っていますわよね?」
「いいえ。石は捨てました」
 
 ――嘘おっしゃい!

 微妙に「それは嘘」と追及しにくい気がして、フィロシュネーは「そうですの」と微笑んだ。
 新居に来て一日目で、喧嘩みたいな会話はしたくなかったのだ。
 
 食事の後で浴場にいってみたところ、浴場は快適な広さをしていて、大きな硝子窓から紅国の夜景が見えて美しかった。
 
 白亜の浴槽は内側が青い光をほんわりと湛えていて、幻想的。
 青く光る湯面に、赤い花びらが浮かべてある。おしゃれだ。
 
 湯からあがり、ふかふかベッドで眠るころには、家の主は出かけていた。

 サイラスは、こんな夜中にどこに行って、何をするのだろう。
 
(まさかほんとうに浮気しているとか? あと、ぜったい石を持っていますわね?)
 
 フィロシュネーは「うぬぬ」と寝返りをうち、こころに決めた。

「サイラスがなにを考えているのか、なにをしているのか、調べましょう」

 決意したあとは一日の疲れもあって意識は急速に眠りに落ち――朝になった。
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