悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ

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幕間のお話6「死の神コルテと人形のお姫さま」

327、「姫君を俺にください」

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 人形の国の城の謁見の間は人形がごろごろと転がっている。

 最初、全裸だった人形たちは、コルテが知り合ってからは服を着せてもらうようになっていた。

 コルテが原因というよりは、フィロソフィアが人間らしい感情、特に「恥じらい」を覚えたのが原因だろう。

 立派な玉座にはカントループが座っている。
 出会ったばかりの頃より身ぎれいにしていて、玉座の隣に置かれた可愛らしい特製の椅子にはフィロソフィアがちょこんと座っている。
 
「姫君を俺にください」

 カントループに申し出た瞬間、殺気のようなものがぶわわっと全身を圧迫するように湧いて、全身が総毛立つ。
 
「――お父さま!」

 フィロソフィアがパッと駆け寄ってカントループに抱き着く。
 カントループはハッとした様子で殺気をおさえた。

「おお、フィロソフィア。わかってる。わかっているとも……」

 たぶん、事前に父と娘の間で話があったのだろう。カントループは目に涙を浮かべて悔しそうにしつつ嬉しいことを言ってくれた。

「前から知っていた。こちらは、すこし前からすでに、お前を聖女フィロソフィアの伴侶として認めている……」

 ――やったぞ!

 歓喜に拳をにぎるコルテの耳に、ついでのようにカントループが妙なことを付け足すのが聞こえた。
 
「我が愛娘の伴侶となる男は、特別でなければならない。ゆえに、次に訪ねてきたら言おうと思っていたのだが、娘がほしいなら私の改造を受け入れるように」

「かい……ぞう?」
 
 とても不気味な言葉だ。
 コルテは警戒したが、フィロソフィアが見ているだけに「それはちょっと」とも言いにくい。

「ついておいで――フィロソフィアは、以前話したものを採っておいで」
「はい、お父さま」
  
 カントループが立ち上がり、どこかへと案内してくれる。フィロソフィアは「のちほど」と微笑んで、見送る様子だ。
 
(この雰囲気、ついていかないわけにいかないな)
 
 カントループのあとについていくと、入り口の扉付近で転がっていた人形とぱちりと目が合った気がした。
 カントループのよく似た青年姿をした、心を持たない人形だ。
 
 その瞳はカントループやフィロソフィアと同じキラキラ光る美しい瞳。けれど、感情のない空虚さだ。

「おや。オルーサはどうしてそんなところで転がっているんだい。確か果樹園の番人として置いていたと思ったけどな」 
 
 カントループはその人形に気付いたように手を伸ばし、抱き上げた。意外な怪力ぶり――魔法を使っているのかもしれない。
 
 持ち上げたあとは、そのまま廊下を進んだかと思うと、庭園にポイっと投げた。魔法を使っているのだろう、『オルーサ』と呼ばれた人形は矢のように飛んでいき、樹木の間にその姿を消した。

(……扱いがひどいのでは?)

 心がない人形とは言え、コルテはそっと同情した。

「さて、この部屋だ」
「は……」

 カントループは、投げた人形のことなど忘れたように通路の先にある扉を開けた。
 扉の向こうは白い印象の四角い部屋で、大きな棺桶があった。

「私の愛娘と釣り合うよう肉体を改造するので、ここに寝ておくれ」 
「か、棺桶に……ですか」

 なんとも不吉な。
 コルテは気が進まなかったが、カントループは構うことなく魔法を使い。

「おやすみ。目覚めたときには、娘が美味しい林檎を採ってきているだろう」

 その林檎は、実はもう食べました。仲間の分まで採取完了しています……と言うより早く、意識が遠くなる。
 これは、眠りの魔法だ――コルテは棺桶に倒れ掛かるようにして眠りに落ちた。
  
 * * *

 意識が戻ったとき、コルテは呆然とした。

「英雄! 我らの英雄よ」 
「……は?」
 
 棺桶を覗き込んでいたのは『オルーサ』で、人形の国はボロボロになっていた。

 城は壊れて、庭園も荒れて、黒い瘴気がどんよりと立ち込めている。
 自分が眠っている間になにがあったのか、と狐につままれたような気分のコルテに、オルーサは衝撃的すぎる事実を教えてくる。

「哀しい事故があって、我々の創造主と、その娘――お前の恋人フィロソフィアが死んだ」

 ――なんと、カントループとフィロソフィアが亡くなったというのだ。

 かつん、かつんと冷たい足音を立てて、オルーサが遺体の安置場へとコルテを連れていく。
 
 どくん、どくんと心臓が不安に騒ぐ。
 脚が棒のようになって、指先の感覚がわからなくなる。
 
 ついていかないといけない。
 だが、ついていきたくない。
 
 その先にある現実を見るのが、怖い。
 
 処刑台に連れていかれるような心地でふらふらと歩くコルテの前で、安置場の扉がひらかれる。

 そこには、棺桶が二つ並んでいた。

「あ……」
 
 いやだ。
 見たくない。

 そんな気持ちを強めながら、足は前に出た。
 ぶるぶると震える手が棺桶の縁にかかって、ひんやりと冷たい現実の温度を感じ取った。

 目は――見たくなかった現実を見た。
 
 祈るかたちで両手を組み、フィロソフィアが棺桶に横たわっていた。
 長い睫毛の瞳は閉じていて、唇はかすかにひらき、頬は真っ白で――おそるおそる触れた指先は、氷像のように冷たく、「人」というよりは「物体」という感覚がした。
 
 コルテはがくりと膝をついた。

「そ……んな……」
  
 目の前が真っ暗になり、呼吸の仕方すらわからなくなる。

 死んだ。
 死んだ。
 ……死んでしまった!

 自分の理性で制御できない声が喉から漏れて、あふれた熱い涙がぼたぼたと頬を伝い、床へと落ちる。
  
 そんなコルテの前に、オルーサは膝をついて頭を下げた。

「大地が呪われ、我々は危機に陥っている。英雄として改造されたお前には、力がある。大地の浄化を手伝ってほしい」 

 ――俺に、なんだって。なにをしろって?

 大地がどうなったって?

 わからない。
 もう、なにも考えたくない。
 
 悲嘆に暮れるコルテを、オルーサは外へと連れ出した。

 すると、人形たちがずらりと並んで待っていた。
 人形たちは驚いたことに、全員が心を芽生えさせていた。

「お助けください、英雄さま」
「われわれは、このままでは……こんな穢され、呪われた大地では、生きていけません」

 哀れっぽく懇願されて、気づけばコルテは頷いていた。
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