330 / 384
幕間のお話6「死の神コルテと人形のお姫さま」
324、心がある? 感情がある?/ お父さま、泣かないで。お父さま
しおりを挟む
コルテが反応できずにいると、まっしろなお姫さまはパクパクと口を動かし。
「……」
自分の喉に手をやり、声を出した。
「きこえ、ますか?」
――聞こえる。とても可憐な声だ。
聞いているだけで身も心も清められるような、きれいな声だ。
ピュアな響きだ。
……耳を澄ませて一言一句聞き逃すまいと集中してしまうような、魅力的な声だ!
「……聞こえます、聞こえています。聞いています」
「まあ。すごい。わたくし、しゃべれます。わたくし、うごけます」
コルテが答えると、お姫さまは白い両手を開いたり握ったりした。
その動きで裸体の肩にかけていたコルテの外套がスルッと落ちて、白い肌が、無防備にさらけ出される。
「なっ!」
コルテは顔を赤らめて目を逸らした。
すると、今まで存在を忘れていたエルミンディルが視界に入った。
待て。お姫さまが裸体だというのに、こいつときたらじーっと見ている!
「なんと、人形が人間みたいに……現実が信じられませんよ。コルテ様?」
「エルミンディル! 姫君の肌をじろじろと見るのではありません! 破廉恥な!」
「えっ――ぐえっ」
コルテは両手でエルミンディルの頭をつかみ、強引に顔を背けさせた。
ゴキッと音が鳴ったが、たぶん大丈夫だろう。
「アイタタタ。コ、コルテ様。破廉恥ってなんです? 人形でしょう? よく出来てはいますが……人形、ですよね?」
エルミンディルが恨みがましそうに首をさすっている。
「どうしたの、ですか?」
ほんわかとした声で問いかけて、お姫さまが林檎を差し出してくる。
ああっ、無邪気。
差し出されたのは、きらきら光る、黄金の林檎だ。
「姫君、は、裸ではいけません。外套でお体を隠してください」
「な、ぜ?」
あどけなく問いかけるお姫さまは、なにもわかっていない様子だ。
可愛い。あまりにも、可愛い。
「林檎、おとうさまが、おすきです。おいしいのですって。おいしいって、わかりますか? わたくし、わかりません。すきって、なあに。わたくし、むずかしい」
ほわほわと言いながら、幼子のような無垢な手が林檎を口元に差し出してくる。
「おとうさまは、いつもみんなに、こうやって」
「ひ、姫君!? うぐっ」
口の中に押し入れるようにして、林檎が突っ込まれる。
コルテはよろよろと後退り、刺激的なお姫さまから距離を取った。林檎は美味しかったが。
「コルテ様、大丈夫ですか? この人形はなんなのでしょう、術者がどこかで操っているのでしょうか。林檎は吐き出したほうがいいのでは?」
「何を言うんです、姫君はどう見ても人間……林檎は……」
言い返そうとしたコルテの声が途切れたのは、すさまじく不穏な魔力の渦巻く気配が感じられたから。そして、魔力の波濤がエルミンディルめがけて押し寄せてきたからだ。
「……『生存者』かっ?」
「コルテ様!?」
コルテは咄嗟に身体を躍らせ、エルミンディルの前に立ちふさがって石を掲げた。
「――防げ!」
この石を使うのは二度目だが、確信めいた「これで防げる」という思いがある。
そして、その思い通り、石は光を放って魔力を防いでくれた。
光が消えたあとで魔力が放たれた方向を見てみれば、虚空に浮く人影がある。
長くボサボサの白銀の髪に、蒼白で不健康にも見える肌。
お姫さまとよく似た特別な宝石みたいな瞳はどんよりとした絶望や孤独の闇を湛えている。
姿勢は猫背で、ゆらゆらとしていて。
青年のような、老人のような、――『生存者』だ。
「に……――に、ン、げ、ん? まサか。いるハずない。いルはずが、なぁい……。でも、いるウ……」
声は、聴いた瞬間にゾッと鳥肌が立つような調子だった。
この相手は、おかしい。
普通ではない――それがファーストインパクトでわかる気配だった。
けれど。
「お父さま!」
まっしろなお姫さまが、あどけなく、可愛らしく声をあげた。
その瞬間に、真っ暗だった絶望の奈落にサアアッと神聖で優しい光があふれたように、『生存者』は気配を変えた。
「……しゃべった」
すとん、と着地した『生存者』は、あり得ない奇跡を見た顔であった。
目を限界まで見開いて、ぽかんと口を開けて、ふらふら、よたよたとお姫さまに近寄った。
「しゃべ、しゃべった。いま、お前……人間みたいに、私を呼んだ? なんと言った? おとうさま? そう呼んだのかい」
お姫さまがその腕に飛び込んで、ひらっと外套が地面に落ちる。
(ああ、お姫さま! また裸が見えてしまいます、俺の目に毒です!)
危険人物を前におかしなことだが、コルテにとってはお姫さまの裸の威力の方がよっぽど脅威だった。
「うごいた。うごいてる。私を、見てる」
「はい。お父さま?」
かわいらしくお姫さまが呼んで顔を見上げると、『生存者』の目から大粒の涙があふれた。
「こ、心がある? 感情がある? 意思が、ある? お前……す、す、すごおい。人間みたあい……」
ぼろぼろと泣き崩れてお姫さまを抱きしめる『生存者』の肩や腕を、お姫さまが心配そうにぺたぺたと触れてさすっている。
「成功だ! 成功だ! 私はついに人間をつくれたぞ! 可愛い我が娘、我が姫……可愛い! ああ、なんて可愛いんだっ……!!」
「お父さま、泣かないで。お父さま」
『生存者』は、そんなお姫さまにしがみつくようにしてワアワアと号泣して喜んでいた。
わけありの父と娘という雰囲気。
感動的な気配だ。だが、コルテはお姫さまの裸の方が気になって仕方ない!
「エルミンディル、見てはなりませんよ」
「は、はい。はい」
裸のお姫さまを見ないようにしながら、コルテは『生存者』が落ち着くのを待った。
(これはどうやら、特別なタイミングに居合わせたらしい)
もしかすると聞こえてくる会話から察するに、たった今、あの人形に生命が宿った?
心が芽生えた?
泣きじゃくる『生存者』とお姫さまの会話を聞きながら予想をたてたコルテは、しばらくして自分の推測が正しかったことを知る。
――彼は、人形のお姫さまが人間になった瞬間に立ち会ったのだ。
「……」
自分の喉に手をやり、声を出した。
「きこえ、ますか?」
――聞こえる。とても可憐な声だ。
聞いているだけで身も心も清められるような、きれいな声だ。
ピュアな響きだ。
……耳を澄ませて一言一句聞き逃すまいと集中してしまうような、魅力的な声だ!
「……聞こえます、聞こえています。聞いています」
「まあ。すごい。わたくし、しゃべれます。わたくし、うごけます」
コルテが答えると、お姫さまは白い両手を開いたり握ったりした。
その動きで裸体の肩にかけていたコルテの外套がスルッと落ちて、白い肌が、無防備にさらけ出される。
「なっ!」
コルテは顔を赤らめて目を逸らした。
すると、今まで存在を忘れていたエルミンディルが視界に入った。
待て。お姫さまが裸体だというのに、こいつときたらじーっと見ている!
「なんと、人形が人間みたいに……現実が信じられませんよ。コルテ様?」
「エルミンディル! 姫君の肌をじろじろと見るのではありません! 破廉恥な!」
「えっ――ぐえっ」
コルテは両手でエルミンディルの頭をつかみ、強引に顔を背けさせた。
ゴキッと音が鳴ったが、たぶん大丈夫だろう。
「アイタタタ。コ、コルテ様。破廉恥ってなんです? 人形でしょう? よく出来てはいますが……人形、ですよね?」
エルミンディルが恨みがましそうに首をさすっている。
「どうしたの、ですか?」
ほんわかとした声で問いかけて、お姫さまが林檎を差し出してくる。
ああっ、無邪気。
差し出されたのは、きらきら光る、黄金の林檎だ。
「姫君、は、裸ではいけません。外套でお体を隠してください」
「な、ぜ?」
あどけなく問いかけるお姫さまは、なにもわかっていない様子だ。
可愛い。あまりにも、可愛い。
「林檎、おとうさまが、おすきです。おいしいのですって。おいしいって、わかりますか? わたくし、わかりません。すきって、なあに。わたくし、むずかしい」
ほわほわと言いながら、幼子のような無垢な手が林檎を口元に差し出してくる。
「おとうさまは、いつもみんなに、こうやって」
「ひ、姫君!? うぐっ」
口の中に押し入れるようにして、林檎が突っ込まれる。
コルテはよろよろと後退り、刺激的なお姫さまから距離を取った。林檎は美味しかったが。
「コルテ様、大丈夫ですか? この人形はなんなのでしょう、術者がどこかで操っているのでしょうか。林檎は吐き出したほうがいいのでは?」
「何を言うんです、姫君はどう見ても人間……林檎は……」
言い返そうとしたコルテの声が途切れたのは、すさまじく不穏な魔力の渦巻く気配が感じられたから。そして、魔力の波濤がエルミンディルめがけて押し寄せてきたからだ。
「……『生存者』かっ?」
「コルテ様!?」
コルテは咄嗟に身体を躍らせ、エルミンディルの前に立ちふさがって石を掲げた。
「――防げ!」
この石を使うのは二度目だが、確信めいた「これで防げる」という思いがある。
そして、その思い通り、石は光を放って魔力を防いでくれた。
光が消えたあとで魔力が放たれた方向を見てみれば、虚空に浮く人影がある。
長くボサボサの白銀の髪に、蒼白で不健康にも見える肌。
お姫さまとよく似た特別な宝石みたいな瞳はどんよりとした絶望や孤独の闇を湛えている。
姿勢は猫背で、ゆらゆらとしていて。
青年のような、老人のような、――『生存者』だ。
「に……――に、ン、げ、ん? まサか。いるハずない。いルはずが、なぁい……。でも、いるウ……」
声は、聴いた瞬間にゾッと鳥肌が立つような調子だった。
この相手は、おかしい。
普通ではない――それがファーストインパクトでわかる気配だった。
けれど。
「お父さま!」
まっしろなお姫さまが、あどけなく、可愛らしく声をあげた。
その瞬間に、真っ暗だった絶望の奈落にサアアッと神聖で優しい光があふれたように、『生存者』は気配を変えた。
「……しゃべった」
すとん、と着地した『生存者』は、あり得ない奇跡を見た顔であった。
目を限界まで見開いて、ぽかんと口を開けて、ふらふら、よたよたとお姫さまに近寄った。
「しゃべ、しゃべった。いま、お前……人間みたいに、私を呼んだ? なんと言った? おとうさま? そう呼んだのかい」
お姫さまがその腕に飛び込んで、ひらっと外套が地面に落ちる。
(ああ、お姫さま! また裸が見えてしまいます、俺の目に毒です!)
危険人物を前におかしなことだが、コルテにとってはお姫さまの裸の威力の方がよっぽど脅威だった。
「うごいた。うごいてる。私を、見てる」
「はい。お父さま?」
かわいらしくお姫さまが呼んで顔を見上げると、『生存者』の目から大粒の涙があふれた。
「こ、心がある? 感情がある? 意思が、ある? お前……す、す、すごおい。人間みたあい……」
ぼろぼろと泣き崩れてお姫さまを抱きしめる『生存者』の肩や腕を、お姫さまが心配そうにぺたぺたと触れてさすっている。
「成功だ! 成功だ! 私はついに人間をつくれたぞ! 可愛い我が娘、我が姫……可愛い! ああ、なんて可愛いんだっ……!!」
「お父さま、泣かないで。お父さま」
『生存者』は、そんなお姫さまにしがみつくようにしてワアワアと号泣して喜んでいた。
わけありの父と娘という雰囲気。
感動的な気配だ。だが、コルテはお姫さまの裸の方が気になって仕方ない!
「エルミンディル、見てはなりませんよ」
「は、はい。はい」
裸のお姫さまを見ないようにしながら、コルテは『生存者』が落ち着くのを待った。
(これはどうやら、特別なタイミングに居合わせたらしい)
もしかすると聞こえてくる会話から察するに、たった今、あの人形に生命が宿った?
心が芽生えた?
泣きじゃくる『生存者』とお姫さまの会話を聞きながら予想をたてたコルテは、しばらくして自分の推測が正しかったことを知る。
――彼は、人形のお姫さまが人間になった瞬間に立ち会ったのだ。
0
お気に入りに追加
280
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい
風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」
顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。
裏表のあるの妹のお世話はもううんざり!
側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ!
そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて――
それって側妃がやることじゃないでしょう!?
※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。
両親も義両親も婚約者も妹に奪われましたが、評判はわたしのものでした
朝山みどり
恋愛
婚約者のおじいさまの看病をやっている間に妹と婚約者が仲良くなった。子供ができたという妹を両親も義両親も大事にしてわたしを放り出した。
わたしはひとりで家を町を出た。すると彼らの生活は一変した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる