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幕間のお話5「商業神ルートとフェリシエン」
316、この願いで空国が救われたという名誉をください/ 君、一発勝負に出たんだね
しおりを挟む満天の星空を飛ぶフェニックスは、山頂に向かっていた。
おそらく山の外から飛んできて、山頂の巣に戻るところの、レクシオ山に住むと噂の『神鳥様』だ。
見た瞬間、ルートにはピンときた。
(あれは、あれは……やばい。ナチュラだ。間違いない)
人を助けているところを見られたら、きっと怒る。
邪魔されるかもしれない。
そして、「やっぱりルートは信用できない」と完全に信用を失い、嫌われてしまうことだろう。
(今のところ、気付いていないみたいだ。見つからないように外に出てしまおう)
足を止めることなく道を急ぐルートの背で、フェリシエンが声を必死に振り絞るようにして夜空に呼びかけるのが聞こえる。
「神鳥様、この命を捧げます。空国に加護をください」
目の前でぱちりと火花が弾けたみたいな衝撃が、ルートの脳を揺らした。
「な……!」
何を言ってるんだ?
フェリシエンは、最期の力を振り絞るように、ほんのわずかの希望にすがるように、哀れっぽく痛々しく言葉をつむぐ。
「大地が呪われて、民は困っています。助けてください。吾輩を助けてくれとは申しません。この願いで空国が救われたという名誉をください」
ルートが声を失っている間に、夜空の『神鳥様』は遠くなっていった。
ちらりと地上を見ることもなく、フェリシエンのちっぽけで憐れな声が聞こえた様子もない。
それが良いことなのか、悪いことなのか、もうルートにはわからなかった。
「我が家は、国家との関係がよくありません。先祖の代からの確執で少しずつ問題を起こす階数が増えて、爵位もはく奪されて、世間の評判が悪くなり……没落しています。この命で名誉を贖いたいのです」
少年の目には、まだ夜空に『神鳥様』が見えているのだろうか。
『神鳥様』はもうとっくの昔に遠くにいってしまったのに――ルートが感情を持て余していると、背中からすすり泣く声が聞こえてきた。
――ああ。
(君、一発勝負に出たんだね。それで死ぬ前にこの山に来たんだね。今、最期に望みが叶うのではないかと希望を抱いて、叶わなかったんだね。……絶望したんだね)
……なんだそれ。
ルートは目が熱くなってきた。
(君、運が最悪なんだぜ。君が縋ろうとしたあのクソみたいな鳥は、僕の友人なんだ)
あれは、神様だ。
『神様は自然な人の営みに介入しない』という、『君を助けたりしない神様』なんだ。
(あいつは死にかけてる君を見ても、きっと心を動かさない……なのに、なんで加護とか言われて崇められてるのか理解に苦しむよ)
胸の奥で溶岩みたいな熱い感情がふつふつ、ぐつぐつと暴れていて、苦しい。
「君は、助かるよ」
僕が助けるんだ。
ルートは、吐き捨てるように言った。
「君、死なないぜ。君はね、病気がこれから一瞬で完治してびっくりするんだ。間抜け面で僕に感謝することになるだろう。もうすぐだよ」
もうすぐ、結界の外に出るんだ。
登山者たちに警戒を促す目的の目印の柵が前方に見えている。
やったじゃないか、間に合うじゃないか。助けられるよ――ルートは希望を見出した。
「君は、名誉が欲しいんだ? 簡単だよ。君は天才だから、これから世界中に名を馳せるだろう。君がその力で国に貢献すれば、君の名誉も実家の地位も上がるよ」
もう外に出る。
君は助かるぞ、すぐに苦しくなくなるよ。
「美味しい料理だって、ぜんぜん無駄だと思えずにいっぱい食べるといい。食べた分だけ君の血となり肉となり、立派な大人の体になるだろう。背が高くなると思うよ。ああ、酒も飲んでみるといいね。あれは楽しいぞ」
約束する。
僕は、君を助けるから、希望に気づくといいんだ。
「僕がぜんぶ叶えてあげる。なぜなら、僕は、僕は――神様だからさ」
もう、柵を越えた。
結界を出た。やったじゃないか。
「君には、才能がある。それに、幸運だね。神様に出会ったんだから、世界で一番運がいい。神様は、君という天才を気に入ったのさ。君はすごいんだ……」
星の石をつかんで、急いで念をこめて、魔力を感じ取って――痛いほど感じる静寂と背の冷たい体温に、ルートは気づいた。気付いてしまった。
「君ほど才能がある子はそうそういないんだ。だから、神様は君を愛すんだ。君は、君は……」
――君は、もう息をしていないじゃないか。
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