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幕間のお話5「商業神ルートとフェリシエン」

314、「ほら。君はすぐ死にかけるんだ」

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 この都市はどこに行っても人が多いが、傭兵あっせん所にも人が大量にいた。
 
「これからレクシオ山に行くんだけど、ちょっと護衛してくれる傭兵はいないかな。憎まれ口叩いたりして生意気な、病気で死にかけてるお坊ちゃんがいるけど」
  
 傭兵に仕事を頼みたい都市民や旅人、仕事を探している傭兵がごちゃごちゃと集まっている。 
 ルートが提示した条件は「面倒そう」と思われたのだろう、傭兵たちは目を合わせてくれなかった。傭兵を求める人はたくさんいるのだ。

「困ったなあ」
 ルートはしょんぼりとしたが、そこに救いの声がかけられた。
 
「困っているんですか」
「おや」

 ひとりの傭兵が自分を見ている。フェリシエンよりも二、三歳年上と思しき、しなやかな黒豹を思わせる少年だった。
 大昔に死んだ故郷の仲間にちょっと似た雰囲気のある少年だ。
 
 声は感情の抑揚をおさえ気味で、表情は大人びている。
  
「君が雇われてくれるのかい?」
「いいえ。ですが、教えて差し上げようと思って」
「なにを?」 
「あなたに傭兵が寄ってこないのは、報酬を提示していないからですよ。それに、神鳥様は聖女様の歌じゃないと心を動かさないという話です。では」
 
 少年傭兵は、礼儀正しく、かつ引き留める隙を与えずきびきびと頭を下げた。
 
「あー、ありがとう。うっかりしていたよ。聖女様はいないけど、お坊ちゃんは山に用事があるらしいので中止はしないかな……」

 傭兵とは、金で動くのだ。
 「報酬をいくら出すのか」は必須提示条件であった。

 ルートは報酬を提示して、傭兵を獲得した。多めに金額を提示したところ、結局、少年傭兵が「では俺が」と挙手してくれたのだ。

「まずは、同行者のお坊ちゃんに傭兵さんを紹介するよ。宿屋にいるんだ。急がないとうっかり死んじゃうかも」
「その同行者のお坊ちゃん、登山できるんですか? 大丈夫ですか?」
「僕がそばにいればしばらく死なないから平気」
「なんですかそれ」
 
 よかった、と胸をなでおろして宿に戻ってから、ルートはぎくりとした。取っていた部屋には、置き手紙があったのだ。
  
『山に行く』 

 自分が甲斐甲斐しく面倒を見ていた少年は、あろうことか自分を置いて出発していたのである!

 態度が悪いがそれも仕方ない、と大人の対応をしていたのに。
 ナチュラに怒られるのを覚悟で石を使ってきたのに。
 苦しまないでほしい、死なれるのが悲しい――と情が湧いてしまっているのに。
 
「……く」

 わなわなと震える唇が、「大人だから」と我慢してきた想いを形に変える。

「く、そ、が、き‼︎」

 傭兵が「なんだ、どうした」と困惑する中、ルートはくしゃりと置手紙を丸めて捨てようとして、思い直してしわを伸ばして懐にしまって、荷物をまとめた。

「同行者は先に出発してしまったようなんだ。傭兵さんたちには急ですまないが、今から山に出発ということで!」

 ばかなクソガキめ。身勝手で自分本位で、礼儀も常識もわかってないクズガキめ。
 
 死にかけのお前がひとりで行っても、途中で病状が悪化して死ぬだけなんだ。
 ひとりで歩くこともできなくなるんだ。
 
 魔獣なんて出てきたら、ガブリ! パクリ! むしゃむしゃ! ペッ! でお前の人生は終わっちゃうんだぞ。
 
 もちろん、苦し紛れにお得意の呪術を使うこともできないんだ。使ったらその瞬間、ナチュラの結界が作用して、死ぬ。

「ばかめ、やっぱり子どもだな! 想像力がないのか! もっと利口だと思っていたよ! あれか、体調が悪くて物事がもうマトモに考えられないのか! 待ってろ!」

 文句を言いながら山の入り口から登山道を進めば、少年はすぐ見つかった。
 
 * * *

「……ほら。君はすぐ死にかけるんだ」
  
 フェリシエンは、思ったとおり死にかけていた。呼吸するのも難儀といった様子で木の根元に横たわっていて、しかも「エサがあるぜ」とばかりに周囲に魔獣が集まっている。

 魔獣は、三体。
 犬に似た頭を持つゴリラの体をした魔獣と、首が二つある魔獣と、うねうねと身をくねらせているドジョウみたいな魔獣だ。
 
 三体は仲間同士ではないようで、互いにけん制しあっている。
 エモノを食うのはオレだぜ、いやいや譲らないぞって感じだ。
 
「魔獣です。狩ります」

 少年傭兵は、事務的な声と共に剣を一閃させた。
 気負うことなく軽い踏み込みで振られた剣は、特別でもなんでもない、おんぼろで安モノの剣だ。
 だが、その一閃でごう、と豪風がその場に吹き荒れた。

「バウッ!」
「ギャン!」

 魔獣たちはたった一撃で目を疑うほどスッパリとキレイに首と胴をお別れさせられて。
  
 木々が倒れ。地面に落ちていた葉や枝が豪風で巻きあがる。
 土埃がブワッと起きて、目を閉じて、開けたときには剣は鞘におさめられていた。

 少年傭兵は「安全になりました」と淡々と報告する。無表情だ。

 ……こいつはこいつで、ふつうじゃない!

 最近の人間はどうなっているんだ。規格外なやつばかりじゃないか!
 
 ルートはびびりながらも石に願った。
 そして、ぎくりとした。

(使えない?)

 石は、どんなに念じても、願っても、反応しなかった。

(いやいやいや、待ってくれよ)

 魔法や呪術だって、「使ったら死ぬ」というルールではあるが「使うことはできる」のだ。
 
(……これ、ぜったいにナチュラが僕を警戒して「石が使えない」というルールを敷いているじゃないか!)
 
 ――石が使えないと、どうなるか?

(フェリシエンが死ぬ。止められない) 
   
 ルートはその現実に心臓が凍る思いがした。

「……下山する!」

 今にも余命が尽きようとしているフェリシエンを背負い、ルートは少年傭兵とともに急いで山道を下った。
 
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