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幕間のお話5「商業神ルートとフェリシエン」

312、この不運で不幸な少年を、如何せん

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「僕もついていこう。いやあ、実は僕は友人とはぐれてしまっていてね」
 
 喧嘩別れして捨てられちゃったみたいなのだけど、とルートが困り顔をしてみせると、フェリシエンは「間抜けなやつ」と鼻で笑った。
 
(うーん、生意気。初対面だぞ。僕は恩人で、年上だぞ)
 ルートは「うん、うん」と頷いた。今のところ笑顔で。
(でも僕は大人で、神様だからね。この子は死にかけてる病人だからね)
 
「友人がレクシオ山のあたりにいそうなので、行先が同じなんだ。奇遇だね! 同行しても構わないだろうか?」
「吾輩と同行しても、吾輩が貴様の足を引っ張るだけで貴様にメリットはないぞ」

 尊大なような、卑屈なような。
 ……ああ、病気だからだ。ルートは納得した。

「気にしないよ。僕はこう見えて、とても優秀な魔法使いだ。それに、大人でもある。フェリシエンくん、君は子どもだ。大人っていうのは、子どもに足を引っ張られても気にしないのさ。抱っこしてよしよししてあげるよ」
「貴様、さっきは商人だと言っていたではないか。それに、吾輩を子ども扱いするな」
 
 反発して憎まれ口をたたきつつ、フェリシエンは同行を許してくれた。
 これ、たぶん心細かったんだ――ルートはそう思った。
 
「君はどうして、保護者というか、護衛や侍従がいないの? 貴族のお坊ちゃんだろう?」
「家出してきた」
「ええ……」
  
 街道を進み、二人は夜を過ごすことにした。

「吾輩は、重度の魔力過多症候群マジック・オーバーフロー・シンドロームである」
 
 商業神ルートが看取ると決めた少年フェリシエンは、特殊な体質をしていた。

 この世界は魔力の塊が大地の深部に渦巻いている。ルートの故郷世界よりずっと豊富な魔力量だ。
 そんな星で自然に生を受けて育まれる生命体は、程度の差はあれど体内組織に多くの魔力を宿しているのだが、この少年は魔力への親和性や、体内組織に宿っている自前の魔力量が他の人間よりも桁違いに多かった。

 少年のような体質を魔力過多症候群マジック・オーバーフロー・シンドロームと呼ぶ。

 身体の細胞や組織が自然と魔力を取り込むよう進化している。心臓が拍動するたび、呼吸するたびに、大地から魔力をどんどん吸収している。
 
 その体質が重篤だと、体内の魔力の制御が困難になり、ひどく神経を消耗する。制御を失うと、魔力が体内で暴走して体内組織が傷ついたり、対外で暴走して周囲に被害を出してしまう。
 過剰な魔力にさらされることで、細胞や組織が変異を起こす可能性が高い。
 本来は健康な組織が異常な形態や機能を持つようになる。
  過剰な魔力が体内で常に浪費されることで、通常のエネルギーバランスが崩れ、代謝や細胞再生が不十分になる。

「二次性徴を迎えたあたりから体調が激しく悪化し、魔力が頻繁に暴走しかけて、坂道を転がり落ちるように手の施しようがなくなっていった」 
 
(めずらしいな。そして、やっぱり不運なんだな、この子)
 
 ルートはフェリシエンが不運だと思った。理由は、以下の三点だ。

 まず一点目として、魔力過多症候群マジック・オーバーフロー・シンドロームは珍しい体質だ。魔法・呪術の才能がある体質といえる。
 
 二点目として、魔力過多症候群マジック・オーバーフロー・シンドロームは高確率で不老症に体質を自然変異させ、健康に長い人生を送ることが可能となる体質だ。
 
 三点目として、魔力過多症候群マジック・オーバーフロー・シンドロームはほとんどが軽度の症状であり、重度の体質の者はかなり希少レアである点だ。

 すごいぞ! アンラッキーの三重奏だ!
 
(めずらしいことが三点そろって、死にかけているのか。ザ・不運オブ不運だな。不幸だ。あは……)
 ……笑えない。

(可哀想に。こんなに才能があるのに)
 
 ほんの少しの時間を共にしただけだが、ルートはフェリシエンの才能を認めていた。
 
 たった十年と少ししか生きていないのに、フェリシエンは数百年生きた神々が使うような呪術の仕組みを理解し、使いこなしていた。これは天才だ。歴史に名が残る異才だ。
 
 健康であれば、寿命が人並みにあれば、どれほどの人をこの才能で驚かせることだろう。

 態度は最悪だけど、それも具合が悪くてもう助からないって自覚してる子どもなら仕方ないんじゃないか。
 そんな状態で聖人君子みたいに振る舞える子ども、逆にこわいよ。
 
 ルートは、少年を『不自然に』生かそうとはしなかった。けれど、死ぬまでの苦痛を軽くするくらいならいいのではないかと考えて星の石の魔法を使った。

「今日は、体調がだいぶ良い。貴様、呪術を使ったな」
 
 食欲もある、といいながらスープをすする少年の赤い瞳が喜びの感情にきらきらしている。微笑ましい。

(ふふ、美味しいかい。よかったね。いっぱいお食べ)
 
「うーん。僕たちの故郷では呪術のことを魔法と呼ぶよ。それと、年上に『貴様』とは言わないかな」
 
 君は礼儀作法を勉強してそうだけど、と付け足せば、フェリシエンは苦虫を噛み殺したような顔になった。

「吾輩をしつけようとするな。どうせ死ぬんだ。意味がない」
「あ、うん。ごめんね」

 それは、そうだ。つい余計なことを言っちゃった。
 
 この子はもうすぐ死ぬんだ。態度にケチつけるのはよそう。気分よく死なせてあげたらいいじゃないか。
 
 たまーにちょっとイラッとするけれど、僕は大人で、神様だぜ? 落ち着け、ルート。
 
 ルートは目を伏せてやさしく微笑んだ。
 すると、舌打ちが返ってくる。同情が伝わって気分をますます害してしまったのかもしれない。

 さて、少年の胃にはスープが流し込まれたが、内臓は食物を消化・吸収する機能が衰えている。
 放置していると、激痛をおぼえたり、吐き戻したり、熱を出してつらい思いをするだろう。

 ルートはこっそりと石を使い、食べ物を無事に消化・吸収するように、苦しい思いをしないように、夜の間にフェリシエンが苦痛や発熱に喘ぐことなく熟睡できるようと願った。

(そうすると、摂取できなかったはずの栄養が摂取できるんだな。そして、満足に取れなかったはずの睡眠が取れて、死期が多少遅くなるような……)
 
 それは、よいことだろうか。悪いことだろうか。

 と、ルートが考えていると、フェリシエンは食器を遠ざけるようにしてむすりとした。
 
「もういい」
「ちょっとしか食べてないじゃないか」
 
 食事を楽しめるようにと石に願ったのに?
 と、驚いていると、少年は「食材の無駄だ」などと言う。

「死ぬ人間が食事をしても、料理がもったいない」
「……あのねえ、君が食べなくても料理は無駄になるんだよ」
「貴様が食え」

 ルートは迷いつつ、残った食事をたいらげた。そして、フェリシエンの夜を見守ることにした。

 肌身離さずつけているロケットペンダントには、母親と二人の子供が描かれた姿絵があった。
 
 眠る前に少年がこっそりと姿絵を見て泣いていたから、ルートは目を閉じて眠っているふりをした。
 しばらくすると、健やかな寝息がきこえてくる。
 
 そっと様子をうかがうと、フェリシエンは背を丸めるようにして眠っていた。
 
 このせっかく気持ちよさそうに眠っている少年の寝顔が苦痛に歪んでほしいと思う大人がいるだろうか。
 
 ちょっと石を使って、この可哀想な天才を生かしてはいけないのだろうか。

 ラッキーアイテムだ。
 持っているのはルートだが、この不運で不幸な少年は、ラッキーアイテムに出会ったんじゃないか。
 その人生が幕を下ろす直前に、文字通りの起死回生のチャンスに出会えたんだぜ?
 
 ――そんなことを考えて葛藤する自分は、神を名乗る資格があるのだろうか。

(なるほど、これではナチュラが不安になるはずだ)

 一度、「ちょっとだけ」と石を使うと、歯止めが効かなくなっていく。
 
 これくらいなら。少しだけなら。そんなことを言いながら使って、使って、使って――いつか、正しいことを見失った自分は世界を自分好みに変えてしまうのではないだろうか。 

 ああ――――この不運で不幸な少年を、如何いかんせん。
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