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幕間のお話5「商業神ルートとフェリシエン」

310、盗賊が少年を殺そうとしている。

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 ひとりぼっちで友人を探して彷徨っていたルートの目の前で、現在進行形で盗賊が少年を殺そうとしている。

「あああああっ!!」

 ルートの耳に、現実の悲鳴が聞こえる。

「ギャハハハハ!」
 
 盗賊たちは暴力が楽しくて仕方ないといった様子で笑っているのだ。集団で寄ってたかって弱者をいたぶって喜ぶとは、嘆かわしい。
 しかし、悪党とはそういう精神性なので、嘆いていても仕方ない。
 
(少年は運が悪かったんだ。それだけの話だよ)
  
 ルートはため息をついて左手に握った『星の石』を見た。

 二つになった石は、ひとつの石だったときよりも力が弱い。
 それに、ナチュラは石を分けるときにいくつかの制約をかけていた。石の力でもうひとつの石の在り処を探せないとか、もうひとつの石の所有者を攻撃できないとか、死者を生き返すことはできないとか、そんな制約だ。

 もう完全に「ルートと縁を切る」「ルートが怒って自分を攻撃してくるのを警戒している」って感じではないか。
 信用がないのだ。かなしい……ひどい。

 ――そんな不満があったからだろうか。

「あっ! それは、だめだ――」

 少年が首から下げていたロケットペンダントを取り上げられて、血まみれの泣きべそで悲鳴をあげている姿に、ルートの気紛れな心がちょっぴり揺れた。

(ああ、あれってたぶん、家族の姿絵とかが入っていて、大切なものなのだろうなあ)
 
 ちなみに、ルートにも故郷にいた頃は家族がいた。
 全員、亡くなっているが。
 
(死ぬ直前に痛い目にあって、大切なものを取り上げられて。散々だな、あの子)
 
 現実ってそんなものだ――と、ルートは思う。 
 善人が不幸になることもあれば、悪人が幸福になることもある。

(運が悪い子だ。哀れな……ああ、ひどい)
 
 暴力の音が耳障りで、それ以上に連続する痛々しい悲鳴が心を締め付ける。義憤めいた感情がめらめらと煽られて、つらくなる。
 
 長い時間を生きた船人の中には感情を摩耗させ、感性を衰えさせて、何事にも無感動・無関心になっていった者もいるが、ルートには人の感性がたっぷりと残っていた。
 
 そして、ルートは、不幸趣味ではない。

(あの少年は、どうせ病気で長くないよ、ナチュラ)
 喧嘩別れした友人に、言い訳するみたいに心の中で語りかける。

 だって、可哀想だ。
 だって、あんまりだ。
 だって、見ている方がつらいよ。

(ほんの少し、死ぬのを遅くするだけ。いたぶられて、もがき苦しんで死ぬのではなく穏やかに死なせてあげるだけだぜ。それくらい、いいんじゃないか)

 左手に握った石に力をこめて、ルートは目を閉じた。

 イメージするのは、平和的な解決方法だ。

(全員、眠ってしまえ)

 強く念じると、大地から魔力が石へと吸い上げられるのがわかる。
 この石は、無尽蔵の魔力を持つ世界そのものから魔力を引き出しているのだ。

「……眠れ。商業神ルートは、救いのなさすぎる現実を望まない」

 ゆっくりと宣言した直後に、悲鳴と怒号が同時にぴたりと止まる。
 
(ああ、介入してしまった。ナチュラ、ごめんよ)
  
 ルートが目を開けると、街道にいた盗賊たちは全員地面に転がって寝ていた。少年もぐったりとして、意識がない。全身がぼろぼろで、血塗れだ。

「ふむ、ふむ。これは……もう、死ぬなあ」

 なにもしないでいれば、意識がないまま数分で少年の人生は終わるだろう。
 石に願えば、助けることはできる。
 
 ……が、そこまでするのは流石にまずいだろう。
 
 ナチュラにバレたとき、「仕方ないな」と言ってもらうセーフラインは、せいぜい「苦痛をやわらげて安らかに逝けるようにする」程度までではないだろうか。

(僕は、君を生かせない。ごめんね、少年)
  
「助けるのが遅くなってすまなかった。安らかに逝きたまえ、名もなき少年」 

 ルートは哀れな少年の死を看取ってあげようと、少年のそばにしゃがみこんだ。
 
 触らない方がいいか、でも意識はもうないし、二度と戻ることもないだろう、ああ、段々呼吸も弱くなっていったなあ――と、しんみりと切ない気分で顔を見つめて。
 
「……」

「あれっ?」 
 
 ルートはびっくりした。
 
 なんと、瀕死の少年がぱちっと目を開けたのだ。

「う、う……」
   
 苦しそうに呻いている。

「あっ、め、め、目が覚めたんだっ? なにか言いたいことある? 家族になにか伝えるとか?」

 ルートは軽いパニックに陥り、あたふたした。
 
 石の魔法による眠りと、瀕死の体調による朦朧とした意識混濁。常人なら、もう絶対に目を開けない。そのまま死んでしまう。

「はーっ、はーっ、ごほ、ごほっ」
 
 荒い呼吸を繰り返して、咳込んでいる。痛々しい。でも、なんか「今すぐ死ぬ」って感じじゃなくなってきた。あれ?
 
「はぁ、はぁっ」
 
「あ、あ、あれ?」

 ルートがぽかんとしていると、少年は手をじたばたさせた。

 身体を動かせるんだ? あれっ、「まだ死なない」って感じだ。
 いやいや、君は死ぬ一歩手前の状態だぜ、おかしいだろ――ルートは仰天した。
  
 それなのに、少年は一切の「常人なら」という思いこみを跳ねのけるような意思の強さを見せて、自力で近くに転がっていた短杖ワンドまで這いずって、それを握った。
 先ほど盗賊にへし折られた短杖ワンドだ。

「……くぅっ」 
「ええ~~っ」

 そして、ルートが間抜けな声を上げる中、呪術を使って自分の怪我を治してしまった。
  
 ――病気は治せていないみたいだが。

「こほ、こほっ」

 咳を繰り返しながら疲労の色濃く呼吸を整える少年の手が、盗賊に取り上げられたロケットペンダントを大切そうに拾い上げる。
 
 息を整えながら、短杖ワンドを振って、なんと自分の肉体に負った傷口を塞いだ。
 
 治癒魔法の使い手だ。
 確か、孤独な生存者が造った人形たちの子孫で、呪われた呪術師が改造した『王族』や『預言者』の血統じゃないとその才能は発現しないのだ。
 その血統につらなる者でも三分の一程度しか治癒魔法の才能は開花しないので、この世界ではかなり希少なはず……。
 
 全身を清めて、土埃や流れた血の汚れをきれいに消した。さらに、腹立たしそうな目で盗賊たちを見て、すこし迷ってから短杖ワンドをもう一度振る。
 すると、しゅるしゅると呪術の鎖がつくられて、倒れている盗賊たちを縛り上げた。

「こほっ……」
 
 ふらふらとしながらも、少年は歩き出した。一歩、一歩、また一歩。
 方角は、これから馬車が向かおうとしていた方へ。

「……普通じゃない」

 ルートが呆然と呟くと、少年はそこでようやく気づいた様子でルートを見た。

 年齢は、十代の半ば頃。
 ルートの好きな色である深い緑色の髪をしていて、長く伸ばしたまっすぐの髪を白いリボンできっちりと結んでいる。
 瞳は血のように赤く、目の下には隈があった。
 
 黒い生地に白襟のケープシルエットの上等な服だ。白襟にはラインが入っていて、ルートの故郷ではセーラー襟と呼ばれるタイプ。
 袖は赤い紐が付いたドロストスリーブで、フリルもついていて、いかにも良家の坊ちゃん然としていた。
 
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