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幕間のお話5「商業神ルートとフェリシエン」
308、『自然派』商業神ルートと不運な少年のお話
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青王クラストスの時代。
滅亡する異世界からやってきた船人であり『商業神』という他称を持つルートは、青国と空国の国境付近の街道にいた。
外見は、二十代後半の男性の姿だ。
毛先が奔放にはねた猫毛の黒髪に、釣り目がちの細い目をしている。
深い緑色の帽子に、くるぶし丈のゆったりしたコートは前を留めずに羽織り、ひらひらと裾を揺らしていた。
左手には、石がある。
この石は『移ろいの石』、あるいは『星の石』と呼ばれる特別な石――が、ちょっとした事情により二つに割られてしまったうちのひとつであった。
「ひゃはは! 杖なんかへし折っちまえ!」
「いいぞ、いいぞ!」
現在、ルートが見守る視界で、少年が盗賊に襲われている。
深い緑色の髪をした、色白でやせ型の――弱々しい生命だ。
多勢に無勢。しかも、もともと病気だった様子だ。
ルートが何もしなければ死ぬだろう。可哀想に。
(ここにいるのが『正義派』の神であれば、助けたかもしれない。でもな~、残念だが僕は『自然派』なので……助けない。少年、不運だな!)
ルートは木陰で息を潜め、少年が可哀想だなーと思いながら、『何もしない』という選択をした。
だから、あの少年は、もうすぐ死ぬ。
* * *
『自然派』と呼ばれる二柱の神、自然神ナチュラと商業神ルートは、「神は干渉しない」というスタンスを掲げている。
自然神ナチュラは一人称が「わし」で、ルートより年上だ。
外見はルートより年下で、真っ白な髪に空色の瞳がやさしい印象の青年姿をしているのだが、どうもボケボケしたところのある神だった。本人は真面目なのだが。
「ルート。森や川、空や土地など、すべてのものがつながっている。例えば、森の動物たちはお互いに食べたり食べられたりして、バランスを取っているんだ。そのバランスをくずすと、大変なことになっちゃうんだ」
「うむ、うむ。僕は理解しているぜ」
具体的に『大変なこと』になった結果が、船人たちの故郷の世界だった。
故郷の世界は滅んでしまった。
最初はすこしずつ、最後は加速してもうどうしようもないスピードで、動物も植物も生きていられない環境になっていっていった。
船人たちは、現在『神々の舟』と呼ばれるようになった舟に乗り、空高く飛翔し、真っ黒の星海を航海し、現在の世界を見つけ出した。
商業神と呼ばれるようになったルートは、「この世界を自分たちの世界みたいにしたくないな~」「この世界にない知識や技術は、伝わらない方がいいんじゃないかな~」と思っていた。
だから。
「力を持つわしたちは、自分の欲望だけでなく、周りの影響も考えなきゃいけない」
というナチュラの意見に、「まあ、そうだね。僕はその考え、わかるぜ」と賛成だったのだ。
ただ、ルートはナチュラと話すこと自体は好きだったが、『どういう状態が自然か』の議論はあまり好きではなかった。
ルートの価値観では「こうであるべきだよね」と思ったら、「そうだね」と同調して気持ちよくなるだけではなく、「こうである」の実現のために行動したい。
しかし、自然派を謡うナチュラの主張……「何もしない方がいいよね」論は、そんなルートに「何もしちゃだめだよ。行動はダメだよ」と言う。それが、どうもストレスなのだ。
(だって、僕たち、石を持って仲間の『神々の舟』から逃げたぞ。それって『何かした』になるのでは? ナチュラ?)
ルートとナチュラは、逃亡者なのだ。
今は、ナチュラとはぐれているが。
* * *
ルートは惨劇の現場から現実逃避するように、過去に思いを馳せた。
過去――自分とナチュラが逃亡者となり、はぐれた経緯は、以下の通りである。
まず、滅亡世界からやってきた船人たちは、この世界で『星の石』を見つけた。
『星の石』は、ひとことで言うと無尽蔵に魔力が使えて、願いが叶っちゃう、とんでもない石だ。
その力をもって船人たちは『神』となり、世界を住みよく変えて子孫たちを生存させた。繁栄させた。
そして、自分たちは天上の『神々の舟』の中で地上を見守っていたのだが、あるとき、ナチュラが他の神と揉めた。
『正義派』という神々は、『星の石』をこの石は世の中から消すべき、と主張した。石を持っている者の暴走を危惧したのだ。ルートはその意見を「そうだな! 石は危ないな!」と思った。
当然、ナチュラも賛成すると思っていた。
だってナチュラはいつも主張していたではないか? 『力を持つ者は危険なんだ、うっかり軽はずみな行動で世界を滅ぼしちゃう恐れがあるんだ』と。
しかし、『自然派』であるナチュラは、反対したのだ。
「『星の石』はこの世界にもともとあった『自然な物』。わしたち船人は、この世界にいなかった『不自然な者』。わしらは、自然な物に干渉するべきではない」
自分たちがいなくなったあとで世界が滅びても、それは自然な結末なので仕方ない……と、主張して。
滅亡する異世界からやってきた船人であり『商業神』という他称を持つルートは、青国と空国の国境付近の街道にいた。
外見は、二十代後半の男性の姿だ。
毛先が奔放にはねた猫毛の黒髪に、釣り目がちの細い目をしている。
深い緑色の帽子に、くるぶし丈のゆったりしたコートは前を留めずに羽織り、ひらひらと裾を揺らしていた。
左手には、石がある。
この石は『移ろいの石』、あるいは『星の石』と呼ばれる特別な石――が、ちょっとした事情により二つに割られてしまったうちのひとつであった。
「ひゃはは! 杖なんかへし折っちまえ!」
「いいぞ、いいぞ!」
現在、ルートが見守る視界で、少年が盗賊に襲われている。
深い緑色の髪をした、色白でやせ型の――弱々しい生命だ。
多勢に無勢。しかも、もともと病気だった様子だ。
ルートが何もしなければ死ぬだろう。可哀想に。
(ここにいるのが『正義派』の神であれば、助けたかもしれない。でもな~、残念だが僕は『自然派』なので……助けない。少年、不運だな!)
ルートは木陰で息を潜め、少年が可哀想だなーと思いながら、『何もしない』という選択をした。
だから、あの少年は、もうすぐ死ぬ。
* * *
『自然派』と呼ばれる二柱の神、自然神ナチュラと商業神ルートは、「神は干渉しない」というスタンスを掲げている。
自然神ナチュラは一人称が「わし」で、ルートより年上だ。
外見はルートより年下で、真っ白な髪に空色の瞳がやさしい印象の青年姿をしているのだが、どうもボケボケしたところのある神だった。本人は真面目なのだが。
「ルート。森や川、空や土地など、すべてのものがつながっている。例えば、森の動物たちはお互いに食べたり食べられたりして、バランスを取っているんだ。そのバランスをくずすと、大変なことになっちゃうんだ」
「うむ、うむ。僕は理解しているぜ」
具体的に『大変なこと』になった結果が、船人たちの故郷の世界だった。
故郷の世界は滅んでしまった。
最初はすこしずつ、最後は加速してもうどうしようもないスピードで、動物も植物も生きていられない環境になっていっていった。
船人たちは、現在『神々の舟』と呼ばれるようになった舟に乗り、空高く飛翔し、真っ黒の星海を航海し、現在の世界を見つけ出した。
商業神と呼ばれるようになったルートは、「この世界を自分たちの世界みたいにしたくないな~」「この世界にない知識や技術は、伝わらない方がいいんじゃないかな~」と思っていた。
だから。
「力を持つわしたちは、自分の欲望だけでなく、周りの影響も考えなきゃいけない」
というナチュラの意見に、「まあ、そうだね。僕はその考え、わかるぜ」と賛成だったのだ。
ただ、ルートはナチュラと話すこと自体は好きだったが、『どういう状態が自然か』の議論はあまり好きではなかった。
ルートの価値観では「こうであるべきだよね」と思ったら、「そうだね」と同調して気持ちよくなるだけではなく、「こうである」の実現のために行動したい。
しかし、自然派を謡うナチュラの主張……「何もしない方がいいよね」論は、そんなルートに「何もしちゃだめだよ。行動はダメだよ」と言う。それが、どうもストレスなのだ。
(だって、僕たち、石を持って仲間の『神々の舟』から逃げたぞ。それって『何かした』になるのでは? ナチュラ?)
ルートとナチュラは、逃亡者なのだ。
今は、ナチュラとはぐれているが。
* * *
ルートは惨劇の現場から現実逃避するように、過去に思いを馳せた。
過去――自分とナチュラが逃亡者となり、はぐれた経緯は、以下の通りである。
まず、滅亡世界からやってきた船人たちは、この世界で『星の石』を見つけた。
『星の石』は、ひとことで言うと無尽蔵に魔力が使えて、願いが叶っちゃう、とんでもない石だ。
その力をもって船人たちは『神』となり、世界を住みよく変えて子孫たちを生存させた。繁栄させた。
そして、自分たちは天上の『神々の舟』の中で地上を見守っていたのだが、あるとき、ナチュラが他の神と揉めた。
『正義派』という神々は、『星の石』をこの石は世の中から消すべき、と主張した。石を持っている者の暴走を危惧したのだ。ルートはその意見を「そうだな! 石は危ないな!」と思った。
当然、ナチュラも賛成すると思っていた。
だってナチュラはいつも主張していたではないか? 『力を持つ者は危険なんだ、うっかり軽はずみな行動で世界を滅ぼしちゃう恐れがあるんだ』と。
しかし、『自然派』であるナチュラは、反対したのだ。
「『星の石』はこの世界にもともとあった『自然な物』。わしたち船人は、この世界にいなかった『不自然な者』。わしらは、自然な物に干渉するべきではない」
自分たちがいなくなったあとで世界が滅びても、それは自然な結末なので仕方ない……と、主張して。
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