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4、奪還のベリル

304、「帰るぞ」/ 生き残っている現地人は、ひとりだけ

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 『悪しき呪術師が自然神を冒涜し、知識神を民から遠ざけた。太陽神と天空神が怒り、死の神が冷笑する中、
月神と愛の女神は哀れに思い、慈悲を捧げている』
 
 これは、紅国に伝わる神々のお話。
 人々は、このお話が悪しき呪術師オルーサと暗黒郷のことだと思っている。
 
「こっちです。呪術の気配が……」 
  
 北風が凍える葉音を奏でる、森の中。
 カサンドラは接近する人の気配を感じながら、寂しさを感じていた。
 
 フェリシエンは森の守護結界を壊し、去って行った。自分は仲間に「立場が悪くなっている」と助けを求めたが、彼の返答はこれなのだ。――先にカサンドラが彼の望みを叶える約束を反故にしたのだ、という因果関係はさておき。
 
(私たちの絆など、儚いものですね)
  
 カサンドラは仲間を想った。
 
 預言者ダーウッドとネネイはブラックタロン家生まれで、オルーサが改造を施した。ダーウッドが数十年ほど年上で、二百年から三百年ほど生きている。ダーウッドは、移ろいの術を習得している。ネネイは習得していない。
 
 亡きメアリーは、オルーサがつくった人形だった。百年ほど生きていて移ろいの術を習得していたが、カサンドラが殺した。
 
 獣人のシェイドは廃棄された預言者の弟子で、メアリーに誘われて師匠がいなくなったあとも在籍しつづけていて、三十年ほど生きている。もうすぐ死にそう。移ろいの術は習得していない。

 ソラベルはモンテローザ家生まれで、オルーサが改造を施した。三百年から四百年ほど生きている。移ろいの術は習得していない。

 フェリシエンはブラックタロン家生まれで、オルーサが改造を施した。二十代半ば。移ろいの術を習得している。
 ……たかだか二十数年ほどしか生きてないのに、移ろいの術を習得したのだ。天才と讃えられている。

 父オルーサがいなくなって、たった二、三年。
 
 そんな驚くほど短い時間で《輝きのネクロシス》という組織はバラバラだ。
 もともと、それほど強い絆で結ばれているわけでもなかったのだし、メンバーの中にはオルーサに含むところのある者もいたのだから、さもありなん。

 カサンドラが思うに、幹部の間にいまいち上下関係がなく、曖昧な身内関係だったのもよくなかったのかもしれない。
 
(やはり、組織には父のような絶対的な上位存在が必要だったのでしょう)
  
 過去を振り返り考察するカサンドラには、複数の人の気配と足音が近づいて来るのがわかった。

「呪術師はこの近くに潜んでいるぞ! 油断するな」

 紅国のノーブルクレスト騎士団だ。
 アルメイダ侯爵邸を離れて潜伏していたカサンドラという悪の呪術師がここにいると突き止め、捕らえにきたのだ。
 
 さて、カサンドラは捕まるつもりは毛頭ない。
 ゆえに自分の実験場に侵入した騎士たちを撃退しようと指先を彼らのいる方角に向けたところ、その耳には悲鳴が聞こえた。

「ぎゃっ」
「て、敵が……っ」

(あら。私が相手をするより先に何かあった様子)
  
 何事かと瞬きしていれば、茂みをカサカサと鳴らして現れたのはアルメイダ侯爵家の騎士たちだった。
 ……シモン・アルメイダ侯爵もいる。
 
「家から出るなと命令したはずだ、カサンドラ」
 
 アルメイダ侯爵は不機嫌な顔をして、カサンドラの腕を引いて自分の懐へと抱き寄せた。
 妻を見下ろすアイスブルーの瞳は冷然としていたが、力は強く、触れる体温はあたたかい。
 
「帰るぞ」
 
「……」
 
 いつものように夫を揶揄おうとして、カサンドラはなぜか言葉に詰まってしまった。
 
 思い出したのは、個性的なメンバーたちが全員で同じ方向を見上げていたときの感覚。
 父、オルーサという存在。
 呪われていて孤独な悪の呪術師オルーサは、自分が創り出したり拾って改造したメンバーたちとすら心を通わせることができていなかったけれど、その身に畏敬の念を集めていた。

 父の命令は絶対だった。誰も逆らえなかった。
 父は全知全能だと思っていた。頼もしかった。
 
 カサンドラは、父オルーサと遊びたかった。愛されたかった。
 
 父が亡くなったあとは、生き返らせたかった。
 
 あるいは――自分が、死後の父のそばに参り、永遠に侍りたい。
 できれば、その周りには気心の知れた仲間たちがいるといい。そう思っていた。

「林檎が実っています。もうすぐ、熟すのです」
「なに?」
  
 大きな木に、黄金の林檎が実っている。

 カサンドラは無邪気な幼女に戻ったように微笑んだ。
 
「立派に熟したら、召し上がってくださいね。……シモン様」
 
 不老症になったシモンと、私は二人で生きていこう。
 
 月にあるという舟に行くのは、どうかしら。
 神様として地上を支配するのは、楽しいのではないかしら。

《輝きのネクロシス》の仲間たちも今はバラバラだけど、私が父のように絶対の神になれば、戻ってくるのではないかしら。
 
 ずっと天にいるのは退屈だから、気分が向いたら降りてくるの。
 みんなでこの世界を玩具にして、遊びましょう。ずっとずっと、いつまでも。

「二人で神様になりましょう」

 そっと夫に縋りつけば、困惑した気配が返ってくる。
 
 ――けれど、拒絶されることはなかった。

 * * *

「なるほど。悪にもそこに至るまでの背景がある。彼女もまた、しかり」

 死霊に囲まれた男は、右手に石を持ち傍観していた。

「俺の姫が色よい返事をくれたので、今日は気分がとてもいい。ですから、今は逃げるといいでしょう」

 北風が揺らすのは、漆黒の髪。
 夜の帳が降りるようにまつげが伏せられて、胸に想うのは、神々の記憶。

 * * *
 
 自然神ナチュラは、主張していた。
 
「現地人に関わっちゃいけないよ。生き残っている現地人は、ひとりだけだろう? 放置していれば、滅びる。それが自然というものだ。彼の土地とは距離を置こう。関わらず、放っておくんだ」

「知るか。俺は好きにする」
  
 鼻で笑った男は、現地人の孤独な国に踏み入った。
 黄金の林檎が庭園に実っていて、きれいだった。

 男はそこで、人形の娘に恋をした。

 世界のただひとりの生き残りである呪術師カントループがつくった娘。
 人間になれていない、心を宿さぬ人形姫だ。
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