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4、奪還のベリル

302、では私は、誰に選んでもらえるというの?

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 ハルシオンは、止めることができないまま、自国の預言者ネネイの懺悔を聞いた。
 
「私に罪があります。私が悪いのです……そんな言葉すら、今まで言えませんでした」

 ネネイがで膝をつき、頭をさげる。
 ひゅう、と風が吹く音がする。
 ハルシオンには、風の音が冷たくて乾いた冬の象徴のように思えた。
 
「今、私に『お二人のどちらが正しき空王なのか』と尋ねる声がありますが、以上の理由から、私にお二人のどちらかを選ぶ資格はありません」

 預言者を名乗っていた少女の声は、謝罪の感情をひしひしと伝える。
 
 聞いている側の心が痛んで、「もういいよ、何でも許すよ」と言ってあげたくなるような声だった。

 実際に、アルブレヒトは膝をついてネネイを立たせようと手を取っている。

「ネネイ、真実がどうであれ、私にとってあなたは立派な預言者だ」 
   
 ハルシオンはそんな弟を見た瞬間に、謎の敗北感に襲われた。

 ネネイの瞳を見よ。
 アルブレヒトを見て、感謝している。
 では私は? ――私は、ネネイを喜ばせることをなにもできていない。
 
 呆然とするハルシオンの現実世界で、ネネイが語る。
 
「ハルシオン様、アルブレヒト様、お二人は、どちらも素晴らしい方です。私はお二人をどちらも愛しています。尊敬しています、どちらが上とか下とかないと思います……」

 ハルシオンは声を聞きながら、過去の自分を思い出した。

『ぼくがいちばんだ。ぼくは、兄上よりすごいんだ』  
『ふふ、そうだね』

 ――兄様は、アルが喜んでくれたらいい。兄様は、アルに譲る。
 
 そう微笑みながら、ハルシオンは夢を見ていた。期待していた。
 
 預言者はなんでもわかっているんだ。
 だから、自国の預言者ネネイはわかってくれているんだ。
 
 弟を引き立て、影の中に退いているハルシオンを見つけて、「お迎えにまいりましたよ。そろそろ日の当たる場所へどうぞ」と手を差し伸べてくれる。

 王冠をかぶせてくれて、「いつも気を使っていて、えらかったですね。ネネイは全部見ていました、わかっていました。ハルシオン様は、弟殿下を気にせず、堂々としていいのですよ」と言ってくれる。
 
(アルに譲ってあげよう。望みを言うまい。でも、最後に私は報われるに違いない。きっと、きっと)
 
 ……でも、ハルシオンの目の前にいる預言者ネネイは、「自分はそういう存在ではありません」と言って、アルブレヒトに肩を抱かれている。

 目の前が暗くなるような錯覚を覚える。ショックを受けている自分の精神を頭のどこかで冷静に分析する自分がいる。
 
(あー……、私は待っていたんだ)
  
 弟が戻って来てから、「王位をどうするのか」を曖昧なままにして、ずっとハルシオンは期待していたのだ。望んでいたのだ。待っていたのだ。

『正しき空王はハルシオン様です』
 
 ――ネネイが今度こそハルシオンを選んでくれるのではないかと思っていたのだ。なのに。

「……では私は、誰に選んでもらえるというの?」

 全身から力が抜けていって、くらくらと眩暈がして、倒れてしまいそう。

 このまま意識を手放して、感情をむき出しにして、暴れてしまいたい。しかし、それだけはすまい。

(私は、変わったのだ。私は成長したのだ)
 
 自分を奮い立たせるハルシオンの心の中で、カントループの自我がささやく。
 
【変わった? どんなふうに?】
 ふつうの、善良な人間のようになったのだ。
 
【成長とは?】
 理性的に、感情をおさえて……。

【子どものころ、ずっとそうしていたじゃないか?】
 
【自分はそれを死ぬまで続けるのか】
 
【それが、善良な人間なのか】
 
【それが、成長なのか】

 ――いけない。これでは、また私は不安定なハルシオンに逆戻りしてしまう。
  
「……っ」

 青年のハルシオンの精神が均衡を崩しかけたとき、ハルシオンの懐でなにかが光を放った。

「あ……っ?」
   
 ――商業神の聖印だ。
 
 紅国でサイラスを助けたときみたいにキラリと光っている。
 聖印だけではなく、そこを起点として、足元の地面や、近くの植えこみがほわほわと白い光を帯びていく。

「なにごとだ!?」
「ひ、光っている……」
 
 護衛が騒ぐ中、聖印は周囲一帯にふしぎな声を響かせた。

『神は、ずっと見守ってきた』 
 
 紅国でハルシオンが聞いたのと同じ声。
 聞いた瞬間に誰もが「この声は特別だ」と感じる声だ。

 城中に聞こえているのではないか、いや、城下にも届いているのではないか――そんな雷鳴に似た存在感の声だ。
 
 大きな声だが、鼓膜が痛くなったりはしない。
 そんなふしぎな声だ。
 
『正しき空王は、ハルシオンである』

「えっ……」

 天啓めいた声は、それが絶対の世界の決まりごとであるかのように断言した。

『空国の預言者は、交代のときを迎えている。ネネイは引退し、ブラックタロン家の次男が新たな預言者となるであろう』

「……っ!?」

 誰が見ても特別な現象だと思われる白い光が、『二人』を包む。
 
 悲鳴のような、歓声のような、ありとあらゆる感情による声が、あちらこちらからあがっている。それを聞きながら、ハルシオンは光の中で意識を失った。
 
 ――そして、夢を見た。

 
『ハルシオンは……』 
 
 夢の中でハルシオンは小さな子供になっていた。
 小さなハルシオンを撫でてくれるのは、母だった。
 
『いい子ね』
 
 ……褒めてもらえた。

 ハルシオンはにっこりとした。

 母は、ハルシオンがカントループの記憶を取り戻す前に亡くなっている。
 
 思えば、カントループの記憶に惑わされている間、ハルシオンは母を喪失した寂しさとカントループの孤独を強く重ねて共感していたようにも思う。

 そんな自己分析を夢の中でしながら、ハルシオンは「おや」と思った。

 母の隣に、ぼんやりとした光の塊みたいな人物がいる。
 なんだか、すごく特別だ。
 左手になにかを持っている――緑柱石ベリルみたい。

 ハルシオンはその姿を見て、「これは神様だ」と感じた。本能のような閃く感覚が、「そうに違いない」と思わせた。
 
『か……神様、ですか? 商業神、ルート様?』

 すがるような情けない声が出る。

『私を、見ていてくれたのですか? ずっと、ずっと? ……私を選んでくださった……? ほんとうに? あれ、現実でした? 私の夢でしょうか? みんなの前で、私が王だと言ってくれた……』

 これは気持ちがよくて、自分に都合がよくて、嬉しい夢だ。
 夢なら醒めないでほしい。
 現実なら、現実だという確かな感覚がほしい。
 
 吐息をふるわせる夢の中のハルシオンに、推定・神様は頷いてくれた。……と、ハルシオンには思えた。

『空王ハルシオン、聞くがいい』

(……神様がしゃべった!)
 
 ハルシオンは高揚し、頷いた。
『ひゃい』 
 ちょっと間抜けな返事をしてしまったけれど、神様は気にする様子がなかった。よかった。
 
 神様は、夢の中でハルシオンに命令をくだした。
 
『いいかね。呪術伯を紅国に派遣するのだ。エルフの森の魔法植物を用いてフェニックスの霊薬を開発するようにと命じたまえ』 

 
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