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4、奪還のベリル

299、このお方こそ、私の主君

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『暗殺者だ!』 
『きゃあああああっ』
  
 人々の視界に、銀色の金属の光が閃く。
 暗殺者の凶刃だ。
 
 演説中に現れた暗殺者が、帰還した『青王』アーサーに襲い掛かる。
 民は突然の凶行に悲鳴をあげた。しかし。
 
「問題ない。……騒ぐ必要は、ない」
 アーサーは落ち着いた声を響かせ、平然と佇んでいた。
 
 群衆は、目を瞠った。

 青王の全身は赤く発光し、暗殺者の凶刃をふんわりと受け止めた。そして、暗殺者ごと弾き飛ばした。
 カランッと刃が地面に転がる音が高く響いて、警備兵があっという間に暗殺者を抑え込む。
 
 事件の推移を群衆が理解するより早く、誰かが「うえ、うえ」と声をあげた。
 
「――上?」

 サッと群衆に影が差す。

 上になにかがいるのだ――と、視線を天に向けた人々は、「あっ」と驚いた。

 そこには、赤い鳥がいた。
 紅国でフェニックスといわれる存在に似たその鳥は――『神鳥様』だ。

 神鳥はふわりふわりと群衆の頭上を飛翔して、バルコニーに向かった。
 皆の視線を集めながらアーサーの足元に着地して、優美な首をお辞儀するようにぺこりと下げて、アーサーの足元にその身を伏せた。

「神鳥様は、アーサー陛下の神性を保証し、この国を治める資格を認めてくださっています」

 青国の預言者ダーウッドの声が響く。

 杖を持ち、フードで顔を隠し、長い三つ編みの白銀の髪を垂らした預言者は、落ち着いた様子でバルコニーに出てきたのだ。

 民が見守る中、預言者は『青王』の前で膝をつき、頭を垂れた。

「このお方こそ、私の主君。私が選んだ青王陛下は、アーサー陛下です。預言者は、このお方以外を王として仰ぐことを許しません」
 
 モンテローザ派のサクラが、国旗を振って涙を流しながら大声を張り上げる。

「フィロシュネー殿下の兄陛下への献身ぶりをみよ! なんて健気な妹姫であろう」
「アーサー陛下のご帰還をこころからお喜び申し上げます……!」
  
 『熱い想いがあふれて止まらないんだ!』という感情的な声に、周囲の群衆はつられて心を熱くした。

「我らが太陽、青王陛下はアーサー様である!」
「正当な王、神格を持つアーサー陛下と、兄陛下をお助けした聖女殿下に栄光あれ!」
 
「――青国ばんざい!」

 たくさんの青い旗が波のように揺れて、その日、アーサーは人々に『神格を持つ青王』として再び認められたのだった。
 
 * * *

「……ふうっ」
 
 『神鳥』が飛び去ったあと、大歓声をあとに室内に戻ったアーサーが大きく吐息をつく。

「ふう~~っ」

 フィロシュネーも、兄を真似するみたいに息をついた。
 預言者の杖を手放し、ローブのフードを払って顔を出し、汗をぬぐっていると、兄が目の前でしゃがみこむ。

「……大丈夫ですか? お兄様?」
 
(お疲れかしら? 民の目がないとはいえ、王様を見下ろすのはだめよね)
 
 フィロシュネーはローブの裾を手でおさえ、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

 すると、そんな妹に兄は頭を下げるではないか。

「ありがとう、シュネー。どれだけ感謝しても、足りないくらいだ」
 感極まった兄の声は、深い感謝を告げていた。

 兄の白銀頭を見つめて、フィロシュネーは新鮮な気持ちになった。

 ――過去の自分は、現在のこの光景を見たらさぞ驚くことだろう。
 
 このアーサーという兄は背が高くて、フィロシュネーを見下したり避けていると思っていて、他の王位継承権を持つ者と競うこともなく当たり前に王太子になっていて。
 ちょっと脳筋疑惑はあるが、頼もしくて立派で、遠い人だった。

 兄が自分と同じような感情を持っているなんて、思わなかった。
 フィロシュネーがこの兄を助けて感謝されるなんて、過去の自分は想像もつかなかった。

「わたくし、お兄様をお助けできる自分が誇らしいですわ」
「俺は優しくてしっかり者の妹がいて、誇らしいぞ」
「ふふっ、しっかり者だと言われたのは初めてかも……わたくし、嬉しいですわ!」
 
 フィロシュネーは兄の手を握った。
 大きな手は頼もしいようでいて、労って励ましてあげたくなるような、そんな努力の跡がうかがえる武人の手だった。
 
「誰かに見られる前に、早く着替えてしまいましょう」

 兄が部屋を出て臣下たちに囲まれる中、フィロシュネーは共犯者の侍女ジーナに手伝ってもらい、預言者の衣装を脱いで元のドレスに着替えた。

「よしよし、しめしめ。うまくいってよかったわ」
「お疲れ様でした、フィロシュネー様! お見事でしたよ」
 
 ジーナが労ってくれる。
 フィロシュネーはジーナに癒されつつ、紅国と空国の情勢を思った。

 紅国は、フーラシア大陸のグレートティワニ王国の軍船を撃退している。
 そのあと、グレートティワニ王国が懲りずに再び船団を編成して紅国に差し向けたタイミングで、ドワーフの国家、ランド・モリア王国がグレートティワニ王国への侵攻を始めたらしい。

 空国に関しては、不穏な知らせが届いている。
 
 アルブレヒトが戻ってきたことで、ハルシオンがもともと正当な王だったと主張する派閥とアルブレヒトに王位を返すべきだと主張する派閥とが対立しかけている、というのだ。
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