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4、奪還のベリル

295、ラルム・デュ・フェニックスと王の帰還

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 遺跡探検隊が意識のない二人を遺跡の外に運び出すと、フェニックスのナチュラが巣ですやすやと眠っていた。

 頭上には、月隠の夜空が広がっている。
 星が綺麗で、月はちょっと不気味だ。
 
「ナチュラさんは眠っていますのね。起こさないほうがいいかしら」

 フィロシュネーは『石版がよい』という言葉を思い出しながら、巣の端っこにあった岩を扇で示した。

「あの岩にメッセージを残せない? 『無事、兄たちを助けられました。ありがとうございました。後日、お礼の食べ物を献上します』みたいに」
「いたしましょう」

 アーサーの寝顔をじっと見ていたダーウッドが杖を振り、魔法のメッセージを岩に刻む。
 すると、ネネイが真似をして別の岩に「ありがとうございました」という文字を描いた。
 
 同行の魔法使いや呪術師がそれに続いて、半分面白がるようにして感謝のメッセージがあちらこちらに残される。
 
 たくさんのメッセージを残して一行は神域を出た。

 神域の外に出ると、空国の呪術伯フェリシエン・ブラックタロンが魔法使いや呪術師の小隊と待っていた。
 
「お待ち申し上げておりました」
 
 周囲には、特に戦いの痕などはない。
 魔法使いや呪術師も怪我をしている者はおらず、みんな元気そうだった。

「ブラックタロン呪術伯。魔獣は狩ったの?」

 ハルシオンが呼びかけると、フェリシエンは見たことのない表情を浮かべた。
 眉尻をやわらかに下げて、目もどことなく優しげ。口元は、口角があがっている。

(う、嬉しそう?)
 
 もうお馴染みになった「ブラックタロンが……」というささやきが周囲からこぼれる。
 そんな周囲を全然気にすることなく、フェリシエンは主君に頭を下げた。

「魔獣は小物ばかりでした。負傷者はおりません。両陛下におかれましては、目的を達成なされたご様子。お喜び申し上げます」
「あ、ありがとう」
「ありがとうございます……」

 フィロシュネーは「フェリシエンってこんな人物でしたっけ」と首をかしげそうになったのだが、ルーンフォークが「これ、兄さん? 悪い呪術師がなりすましてない?」と呟いて蹴られたのを見て安心した。
 
 よかった、本人だ。

「お待ち申し上げている間に、これを入手いたしました」

 フェリシエンはなにかを差し出した。

「『ラルム・デュ・フェニックス』です」
 
 魔法や呪術の明かりを反射してきらきらと輝く赤い宝石には、見覚えがあった。
 
 サイラスが紅国で贈ってくれた魔宝石だ。
 一度しか効果を発揮しない条件付きだが、有事の際に防御結界を展開してくれる。フィロシュネーは『ラルム・デュ・フェニックス』にオルーサの攻撃から守ってもらったことがある。
 
「フェニックス……神鳥が『楽しい時間のお礼に』と」

「え? 神域の外にナチュラさんが来ましたの?」

 フィロシュネーはふしぎに思ったが、ハルシオンは「これは素敵なお礼ですね」とニコニコしながら宝石を受け取った。そして、フィロシュネーの手に持たせてくれた。

「ナチュラさんがプレゼントしたい『レディ』はシュネーさんでしょうから」

 宝石を受け取ってフィロシュネーが礼をすると、ハルシオンは眩しそうな目をした。

「……シュネーさんは赤い宝石が似合いますね」

 オレンジ色の屋根が並ぶ都市風景が遠く下界に見えている。
 家々に人工の明かりがともっていて、そこが名も知らぬ民が生活する場所なのだとアピールするみたい。

「シュネーさんといっしょに冒険する時間は、楽しかったです。よい思い出ができました」
「わたくしもです!」
 
 ハルシオンから握手を求められて、フィロシュネーは手を握った。自然と周りから拍手が起きて、笑顔がこぼれる。

 王位を巡る今後を考えると心配なこともあるが、生存が絶望的だといわれていた大切な家族が無事で戻ってきたのだ。

「みんなで帰りましょう、青国に!」
「こちらは、空国に」
 
 こうして、二人の救出行は幕を下ろし、一行は山をおり、それぞれの国へと帰還したのだった。
 
 
 * * *
 

「アーサーお兄様、わたくしたちの王都ですわ」

 帰還の馬車の中で、フィロシュネーは車窓を示した。

「ああ、覚えている。わかるぞ」

 同じ馬車に乗っているアーサーは、頭をおさえつつ、懐かしそうに表情をゆるめた。
 
 アーサーは遺跡で発見されたあとで医師の診察を受け、ふたつの診断をくだされていた。

 ひとつは、行方不明中の一年間の記憶が欠落していること。アルブレヒトも同じだった。
 ふたつめは不老症になっていること。
 ちなみに、アルブレヒトは不老症にはなっていなかった。不老症になっていたのは、アーサーだけだ。

 その診断を受けた瞬間、青国の預言者ダーウッドはショックを受けたようだった。
『わ、私が不老症にして差しあげるはずだったのに……』
 
(いいじゃない、あなたも不老症なのだから、ずっといっしょに生きていられるのだし)
 フィロシュネーは喜ばしいことだと思ったのだが、ダーウッドが悔しそうにしているのを見ていると、もやっとした。
 
(どうしてあなたが悔しそうにしますのよ。悔しがりたいのは、わたくしよ)
 ……わたくしもみんなといっしょに長く生きたいのに。
 
 青国の王都『ステラノヴァ』で、民衆が集まって騒いでいる。
 
「アーサー先王陛下が見つかったのだそうだぞ」
「預言の通りだ……」
 
 彼らが興奮気味に見つめるのは、この国の王族が乗る立派な馬車と、馬車を守る騎士や魔法使いたちの隊列だ。

「フィロシュネーへいかーっ!」

 幼い子どもが母親といっしょに手を振っている。
 
「おかえりなさいませーーーっ」

 元気いっぱいの無邪気な声に、馬車の中のフィロシュネーは笑顔で手を振った。

「お兄様のご不在中の政務について報告しますわね。青国は、解決しないといけない問題が現在山積みですの。それに、紅国についても対応が必要だと思うのですわ」
 
 頭をおさえている兄に、一年分の情報をあれこれと押し付けて大丈夫だろうか……と心配しながら話してみたところ、兄は「そうか」「わかったぞ」と大量の情報を余裕で飲みこんでいく。
 
「先に大陸外からの侵略に手を打ったほうがいいだろう。女王陛下のご体調に不安がある状態で内憂外患の情勢続きとあれば、大国であっても『万が一』の事態がありえる」
 
 しっかりとした調子で言う兄を見て、フィロシュネーは安心した。
 
「お兄様。シュネーは、政治を本格的に学んでいません。君主としての在り方も、教育を受けていません。全体的に、勉強不足……知識不足、理解不足ですの。頼もしい臣下のおかげで、どうにかお兄様のご帰還まで国を守ってこられました」

 ご体調を整えていただいて、日取りを選んで式典の準備をして、王位をお返しします――とフィロシュネーが予定を語ると、アーサーはすこし迷ってから頬をかいた。

「シュネー。兄さんも、ほんとうはそれほど十分な準備をせずに王様になったんだ。父があんな風だったし。兄さんも、いつも自分が勉強不足で、知識不足で、理解不足だと思っていた。頼もしい臣下のおかげでどうにかなっていたんだ」

 兄妹が語り合う馬車の外では、なにもしらない国民が大歓声で彼らの敬愛する王族の帰還を祝っていた。

「まま、あの馬車はなあに」
「坊や、あの馬車には神様と女神様が乗っているのよ」

 民に見守られながら、馬車は城の中へと入って行った。
 
 ――青王の帰還である。
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