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4、奪還のベリル

291、ノイエスタルの連環の計/ 海が真っ赤に燃えている

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 久しぶりに見るサイラスは漆黒の鎧に身を包んでいた。背になびくマントは、深紅だ。

(これは、いつのこと? 現実にあったこと……? ただの夢って感じではないわよね)
 フィロシュネーがどきどきと見守る夢の世界は、海景色が広がっていた。

 サイラスは中型の船に乗っていて、周囲には何隻も同様の船が集まって陣形を組んでいる。船には魔法生物のグライダーフィッシュや黒馬ゴールドシッターもいた。
 紅国の旗をなびかせる中型の船団に乗っている人数は少なめで、その代わりにわらたきぎがたくさん載せられている。
 
 船団が突っ込んでいく先には、他国の船団があった。
 フィロシュネーには馴染みのない旗を掲げている。あれは、大陸外の国だろう。
 おかしなことに、他国の船団は船と船を鎖でがっちりと繋いでいる。

(あれは、航海しにくいのでは?)
 
 フィロシュネーは疑問に思ったが、従士ギネスが「連環の計は成功ですね」と笑う声を聞いて「あ、あれって紅国側が仕掛けた計略なのかしら」と思い至った。

 『連環の計』というのは、兵法書に挙げられる兵法の一つ。敵内部に弱点や争点をつくりだし足の引っ張り合いをさせる方法だ。
 
 そして、紅国に関しての報告の内容と状況を照らし合わせてぎくりとした。

(そういえば、アルメイダ侯爵は他国の支援を受けていたのでしたっけ?)
 アルメイダ侯爵を助けるために、あるいは内乱の隙をついて、他国が海から攻めてきたのかもしれない。

 サイラスの黒髪が潮風に揺れて、黒い瞳が味方を見る。
 
「風向きは変わりました。船を加速し、騎士は魔法生物に騎乗して上昇……風向きは自然に変わったのですよ。ギネス」
「ええ、ええ。疑ったりはしていません! さすが神師伯!」
「疑っているじゃないですか」
 
 従士ギネスが肩をすくめてニヤリとして、グライダーフィッシュに騎乗する。

 紅国の船団が加速する中、船に乗っていた紅国の騎士たちは次々とグライダーフィッシュを飛翔させ、船から離れた。サイラスもまた、黒馬ゴールドシッターに乗って――
 
(えええええええっ! と、飛んだ!)

 フィロシュネーは目を疑った。
 なんと、黒馬ゴールドシッターが「ぶひひんっ」と元気よくいなないて船の床を蹴り、ふわっと空中に浮きあがったのだ。

「よしよし、しめしめ」
 
 サイラスが淡々と呟く中、飛翔した魔法生物グライダーフィッシュの背に乗っている仲間の騎士が炎を放った。
 太陽神ソルスティスの聖印による『太陽の炎』、灼熱の炎を生み出す魔法だ。
 
 放たれた炎は無人になった紅国の船団に着火し――燃え上がった船が、他国の船へと激突して、炎を移していく。

(わ、わあ……っ)
 
「け、消せ! 火を消せーっ!」
「船が繋がっているのはなぜだ!? 誰の仕業だ! 外せ、燃え移って全滅するぞ!」
 
 大混乱に陥る敵船団へと追い打ちのように炎を降らし、紅国の騎士たちは陸へと飛翔して帰っていく。
 
「これに懲りたら、もう紅国にちょっかいを出すのはやめることだな!」
「我らが神師伯は海に炎の守護壁を築いたぞ!」 
 
 騎士たちが吠えている。彼らの目には、サイラスへの忠誠心と信奉心があった。
 
「戦果は上々ですね。さすがノイエスタル卿」
「隙あれば大陸進出を企むハイエナ国家どもめ。紅国の土地には上陸させないぞ」
 
 騎士たちの声を聞く感じ、やはり大陸外の国が侵略してきたのだ。

(海が真っ赤に燃えている……)

 フィロシュネーはどきどきしながら、従士ギネスの声を聞いた。

「他国は侵略してくるし、愛しのフィロシュネー姫様は空王に取られちゃうし、散々ですね。いや~、ノイエスタル卿のご苦労ぶりには、フェニックスだって涙しては『ラルム・デュ・フェニックス』をもたらしてくれそうですよ」

 ……んっ?
 
 * * *
 
「わ、わたくし、取られていませんわよ……っ!?」

 フィロシュネーはハッと目を覚ました。
 そして、目を見開いた。

 目の前には極上の美貌がある。ハルシオンだ。
 寝ている――

「……えっ」
 
 気付けば、ハルシオンに抱きしめられている。フィロシュネーが目を覚まして驚いていると、ハルシオンもむにゃむにゃと目を開けた。眠そうな顔だ。

「うーん。むにゃ。シュネーさんの匂い」

「は、ハルシオン様!」

 フィロシュネーは寝惚けまなこのハルシオンから慌てて逃れて、状況を確認した。
 
 部屋の中にいる遺跡探検隊のメンバーたちは、みんな眠ってしまったようだった。
 そして、同じタイミングで目を覚ました様子でもある。

『あまり急ぎ過ぎては、疲れてしまいます。ゆっくりと遊び心を抱いて寄り道してみたり、休んでみることも大事ですよ』 
 部屋の向こう側、遺跡の先につながる扉には、そんなメッセージが書いてあった。
 
「いやあ、なんだか疲れが取れたよ」
「変な夢を見たかもしれない」

 遺跡探検隊のメンバーはほんわかとお互いの睡眠体験を語りつつ、先に進んだ。
 
「シュネーさん、先ほどは眠ってしまったとはいえ、ちょっと大胆過ぎたといいますか、……婚約者のいる姫君を抱きしめてしまってすみません」
 
 ハルシオンはまだ夢心地といった風情でぽわぽわと謝ってくる。

「き、気にしないでくださいませ。眠ってしまったのですし、仕方ありませんわーっ」

 フィロシュネーはそう言って周囲の様子をちらちらと窺った。全員が眠っていたようだが、どれくらいの時間が経ったのだろう。
 遺跡の中は、時間がよくわからない。

「やはり、お似合いだよなあ」
「お二人が寄り添っている姿は実に微笑ましい」
 
(ナ、ナチュラさん。恨みますわよっ)
 
 ――わたくし、急いでいますのよ。
 それに、わたくしは一途ですの……!
 
 フィロシュネーは不穏極まりないサイラスの夢と現実のハルシオンとの微妙な関係を気にしつつ、新しい扉を開いた。
 
 
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