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4、奪還のベリル
286、俺が死ぬかどうかで、神域のルールが機能しているかをご判断ください
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呪術の鬼才で知られる空王ハルシオンの噴火直前の火山のような勘気に、現場の誰もが息を呑み、無言になった。
呼吸音をたてることすら恐ろしいというような静寂が訪れた現場を、ハルシオンは絶対零度の視線で睥睨した。
「動機は理解した。王族への侮辱をせぬよう言葉を選びつつ、犯行計画と共犯者の動向をさえずるがよい」
普段は春のひだまりのように温厚なハルシオンが放った厳しい声に、呪術師と魔法使いたちが震えあがって返答をする。
「べ、別働隊が神域に入り、遺跡の入り口を塞ごうとしています。月隠を逃せば、次の月隠まで時間が稼げるので。新王の統治期間が長くなるほど、前の王に王位を返しにくくなるだろうと踏んで……」
「われわれはボヤ騒ぎを起こして注意をそらし、別動隊がいなくなったことに気付かれにくくしようとしていました。騒ぎで遺跡へ出発する登山隊の足を引っ張れればしめたものですし、そのまま下山を促すことができれば、最高……と」
なるほど、とフィロシュネーは声をあげた。
「急いで『別動隊』を追いかけて遺跡の入り口を守らないといけませんわ」
すぐに騎士や魔法使いが動くものと思っていたフィロシュネーは、周囲の様子をみて「あら?」と思った。なにやら臣下たちが「どうしよう」と困っているようなのだ。
「いかがなさいましたの」
「陛下。石像が豪快に破壊されたあと、われわれは魔法仕掛けがほんとうにあったのか、神域でルールを守らなくてもいいのかの確証をまだ得ていません」
「えっ」
「その点の安全は、まだ確認中でございます」
遺跡の入り口は、神域にある。
先行した不届き者たちを追いかけるためには神域に入ることになるのだが、ルールを破っても安全なのかがわからない、というのだ。
「陛下。追いかける隊は、徒歩がよろしいでしょうか。馬や魔法生物が望ましいでしょうか」
「魔法は使ってもよろしいのでしょうか」
「魔獣が襲ってきたり、不届き者たちが暴れた際、殺生をしてもよいのでしょうか」
(え~~っ!? わたくしも、わかりませんけどーーー!)
フィロシュネーはこころの中で悲鳴をあげた。
ここで軽率に「仕掛けはもう解除されているので、ルールを気にせず全力で追いかけて捕まえなさい!」と言うと、もしものことがあれば従った忠臣たちは死ぬのだ。
「先に出発した者たちは、神域のルールを従う方針です。徒歩で魔法や呪術も使っていませんから、こちらがルールを破って追いかければすぐに追いつき、捕まえることができましょう」
放火未遂犯の魔法使いが情報提供をしてくれる。
「陛下! ご指示を」
「聖女様のお言葉を信じます」
(せ、責任が重い)
背筋に汗をかくフィロシュネーの耳に勇ましい声が聞こえたのは、そのときだった。
「俺が今から竜に乗り、神域にまいります。俺が死ぬかどうかで、神域のルールが機能しているかをご判断ください」
見れば、騎士道観覧会で最後に注目された竜騎士ジーク・バルトがいた。腕に青いリボンを巻いたジークは、覚悟を決めた顔で凛然と言い切った。
「陛下。この竜騎士ジークにお任せください。愚かな俺は、騎士道を踏み外して幼き主君を悲しませるという許されぬ罪を犯しました。この汚れた命を賭して国家の今後を左右する一大事に貢献できるなら、身に余る光栄でございます」
周囲がどよめく中、竜騎士ジークは自分の相棒ドラゴンを呼び、ひらりとその背に騎乗した。
「騎士は優しく、弱者の味方で、勇気があり、恐れない。騎士は、王と国家の盾であり剣である!」
自分を奮い立たせるように叫ぶ竜騎士ジークを乗せたミストドラゴンが、力強く翼を上下させる。
ぶわりと土埃を巻き上げて、巨体が飛翔する。
「騎士には、勇気がある! 武勇がある! 民を守る意思がある! 正直な舌がある! 博愛精神がある! 信念がある! ……騎士は、正義であろうとする究道者である!」
騎士のこころを唱えるジークの声に、地上の竜騎士たちが歓声をあげて次々と自分のドラゴンに騎乗していく。
「俺の騎士道と忠誠心をごらんあれ!」
「竜騎士の勇気を見よ!」
「われわれは、死を恐れない!」
先頭を疾風のように翔けた竜騎士ジークが神域に入り、雄叫びをあげる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼︎」
ルールが有効ならば、入ってすぐに声は途絶え、ジークは死ぬはず。
だが、ジークの声は途絶えなかった。
「生きているぞおおおおおおおお‼︎」
自分の生存を知らせる雄叫びに、後続のドラゴンの隊が雄叫びを返しながら神域へと入っていく。
「……竜騎士ジーク・バルトの勇気に、感謝を」
フィロシュネーがつぶやくと、小声だったその声は大きく拡声されて周囲に響き渡る。
預言者ダーウッドが魔法を使って拡声したようだった。
ダーウッドは自分の冷え冷えとした声も風にのせ、竜騎士たちに届けるようだった。
「それでは、竜騎士たちはそのまま遺跡に向かいなさい。アーサー様の救出を妨げる愚かな者たちは、その場で殺害しても構いません」
――過激なことを言っている!
フィロシュネーはあわてて言葉を足した。
「……お、お待ち。一応、過激で度を過ぎているとはいえ未遂犯で、わたくしへの忠誠心があるのです。できるだけ生きたままで捕縛なさい。問答無用で殺害するのは、いけません」
竜騎士たちは指示通りに遺跡に向かい、遺跡の入り口に向かっていた別働隊を無事捕まえてくれた。
こうして登山隊は、混乱しつつも、なんとか遺跡の入り口を守ることができたのだった。
呼吸音をたてることすら恐ろしいというような静寂が訪れた現場を、ハルシオンは絶対零度の視線で睥睨した。
「動機は理解した。王族への侮辱をせぬよう言葉を選びつつ、犯行計画と共犯者の動向をさえずるがよい」
普段は春のひだまりのように温厚なハルシオンが放った厳しい声に、呪術師と魔法使いたちが震えあがって返答をする。
「べ、別働隊が神域に入り、遺跡の入り口を塞ごうとしています。月隠を逃せば、次の月隠まで時間が稼げるので。新王の統治期間が長くなるほど、前の王に王位を返しにくくなるだろうと踏んで……」
「われわれはボヤ騒ぎを起こして注意をそらし、別動隊がいなくなったことに気付かれにくくしようとしていました。騒ぎで遺跡へ出発する登山隊の足を引っ張れればしめたものですし、そのまま下山を促すことができれば、最高……と」
なるほど、とフィロシュネーは声をあげた。
「急いで『別動隊』を追いかけて遺跡の入り口を守らないといけませんわ」
すぐに騎士や魔法使いが動くものと思っていたフィロシュネーは、周囲の様子をみて「あら?」と思った。なにやら臣下たちが「どうしよう」と困っているようなのだ。
「いかがなさいましたの」
「陛下。石像が豪快に破壊されたあと、われわれは魔法仕掛けがほんとうにあったのか、神域でルールを守らなくてもいいのかの確証をまだ得ていません」
「えっ」
「その点の安全は、まだ確認中でございます」
遺跡の入り口は、神域にある。
先行した不届き者たちを追いかけるためには神域に入ることになるのだが、ルールを破っても安全なのかがわからない、というのだ。
「陛下。追いかける隊は、徒歩がよろしいでしょうか。馬や魔法生物が望ましいでしょうか」
「魔法は使ってもよろしいのでしょうか」
「魔獣が襲ってきたり、不届き者たちが暴れた際、殺生をしてもよいのでしょうか」
(え~~っ!? わたくしも、わかりませんけどーーー!)
フィロシュネーはこころの中で悲鳴をあげた。
ここで軽率に「仕掛けはもう解除されているので、ルールを気にせず全力で追いかけて捕まえなさい!」と言うと、もしものことがあれば従った忠臣たちは死ぬのだ。
「先に出発した者たちは、神域のルールを従う方針です。徒歩で魔法や呪術も使っていませんから、こちらがルールを破って追いかければすぐに追いつき、捕まえることができましょう」
放火未遂犯の魔法使いが情報提供をしてくれる。
「陛下! ご指示を」
「聖女様のお言葉を信じます」
(せ、責任が重い)
背筋に汗をかくフィロシュネーの耳に勇ましい声が聞こえたのは、そのときだった。
「俺が今から竜に乗り、神域にまいります。俺が死ぬかどうかで、神域のルールが機能しているかをご判断ください」
見れば、騎士道観覧会で最後に注目された竜騎士ジーク・バルトがいた。腕に青いリボンを巻いたジークは、覚悟を決めた顔で凛然と言い切った。
「陛下。この竜騎士ジークにお任せください。愚かな俺は、騎士道を踏み外して幼き主君を悲しませるという許されぬ罪を犯しました。この汚れた命を賭して国家の今後を左右する一大事に貢献できるなら、身に余る光栄でございます」
周囲がどよめく中、竜騎士ジークは自分の相棒ドラゴンを呼び、ひらりとその背に騎乗した。
「騎士は優しく、弱者の味方で、勇気があり、恐れない。騎士は、王と国家の盾であり剣である!」
自分を奮い立たせるように叫ぶ竜騎士ジークを乗せたミストドラゴンが、力強く翼を上下させる。
ぶわりと土埃を巻き上げて、巨体が飛翔する。
「騎士には、勇気がある! 武勇がある! 民を守る意思がある! 正直な舌がある! 博愛精神がある! 信念がある! ……騎士は、正義であろうとする究道者である!」
騎士のこころを唱えるジークの声に、地上の竜騎士たちが歓声をあげて次々と自分のドラゴンに騎乗していく。
「俺の騎士道と忠誠心をごらんあれ!」
「竜騎士の勇気を見よ!」
「われわれは、死を恐れない!」
先頭を疾風のように翔けた竜騎士ジークが神域に入り、雄叫びをあげる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼︎」
ルールが有効ならば、入ってすぐに声は途絶え、ジークは死ぬはず。
だが、ジークの声は途絶えなかった。
「生きているぞおおおおおおおお‼︎」
自分の生存を知らせる雄叫びに、後続のドラゴンの隊が雄叫びを返しながら神域へと入っていく。
「……竜騎士ジーク・バルトの勇気に、感謝を」
フィロシュネーがつぶやくと、小声だったその声は大きく拡声されて周囲に響き渡る。
預言者ダーウッドが魔法を使って拡声したようだった。
ダーウッドは自分の冷え冷えとした声も風にのせ、竜騎士たちに届けるようだった。
「それでは、竜騎士たちはそのまま遺跡に向かいなさい。アーサー様の救出を妨げる愚かな者たちは、その場で殺害しても構いません」
――過激なことを言っている!
フィロシュネーはあわてて言葉を足した。
「……お、お待ち。一応、過激で度を過ぎているとはいえ未遂犯で、わたくしへの忠誠心があるのです。できるだけ生きたままで捕縛なさい。問答無用で殺害するのは、いけません」
竜騎士たちは指示通りに遺跡に向かい、遺跡の入り口に向かっていた別働隊を無事捕まえてくれた。
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