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4、奪還のベリル
280、聖女フィロシュネー、石像にビンタする/ ブラックタロンを許すな
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なにを言い出すのか、と驚く周囲へとフィロシュネーは視線を巡らせた。
(わたくしは、今、神様という存在を信じていない)
フィロシュネーは石像の台座へと扇の先を向けた。
「魔法の仕掛けが施されているのではなくて? 調べてくださらない?」
それは、ほんの偶然のように頭の中で情報のピースが噛み合って生まれた発想だった。
確証はない。
「神域に魔法の仕掛け……?」
「この神聖な石像を疑って調べるだと……」
ざわざわとする声は、困惑の色が濃い。
神聖と思われている物、奇跡だと言われていることを疑うのが畏れ多い、神罰が今すぐにでも当たるのではないか――という、恐々とした気配が周囲に漂う。
(皆さま、怖がりさんね……いえ、お気持ちはわかりますわ)
フィロシュネーもどきどきしている。
だけど、思うのだ。
「皆さま、お聞きになって。皆さまの思う神様って、どんな存在でしょうか?」
自分たち王族が神のようだと信じさせているフィロシュネーは、話しながらハラハラした。
話の持っていき方を少し間違えれば、自分たちを否定することになってしまう。
「例えば、この石像が神様なら、いかが? わたくしがこの石像に平手打ちをしたら?」
「えっ――」
パシィン!
止められる暇も与えず、フィロシュネーは自分の右手で石像を叩いた。
「あなたが神だというなら、無礼なわたくしを罰して証明しなさい」
叩いた瞬間とその後の数秒、周囲は呼吸を忘れるほど緊張して石像とフィロシュネーの変化を注視した。
騎士たちはおろおろと盾を構えてみたりして。魔法使いたちは空から稲妻が降るのではないかと杖を空を向け。
――けれど、現場にはなにも起きなかった。
(……手が痛いっ)
硬い石像を打った手が痛い。
フィロシュネーは、内心を隠しつつ、堂々と言い放った。
「石像さん。わたくしたちは、あなたを神様だと思いません。神域が魔法仕掛けによるものだと疑い、これから調べさせていただきます。それが嫌なら、今すぐ意思表示なさってくださいな」
呼吸するのも躊躇ってしまうような沈黙があたりを支配する。誰も何も言えず、石像とフィロシュネーを見比べた。
静寂を破ったのは、ハルシオンだった。
「っははは! 石像さんは、意思表示ができないようですぅ! 当たり前ですよねぇ! だって、ただの石像ですからぁ!」
陽気な声は、太陽のようだった。
フィロシュネーはホッと息を吐き、にっこりとした。
「石像さんは、調べてはいけませんと言いませんでした! では皆さま、調査を開始してくださいませ!」
青国と空国の魔法使いや呪術師が恐る恐る石像に近づき、台座を調べる。
(ルーンフォークは確か「ルールの押し付けは商業神ルートの契約魔法」「仕掛けがされている扉周辺の魔導装置には月神ルエトリーの『月舟の影』と天空神アエロカエルスの『揺籠の雲』に似た仕掛けが施されていた」と話していましたわね)
しかし、紅国の多神教が使う聖印が魔導具であることは、今のところ限られた一部の身内だけが知る真実だ。
この情報は、フィロシュネーが「わたくしは神様の加護を持っていますの!」と自分を演出するための切り札でもある。
調査中の魔法使いや呪術師に「あれ? 聖印って魔導具?」と気づかれる事態は避けたい。
(これは神様の奇跡ではなく魔法仕掛け。でも、その仕掛けが聖印魔導具だと思われる、とは言いにくい……む、難しいのではなくて?)
フィロシュネーは繊細な問題に直面して、ハルシオン経由でルーンフォークを呼んでもらった。
ルーンフォークは頬を赤らめて頭を下げ、騎士の礼をしてくれる。
「なんなりとお申し付けください、聖女様!」
やる気満々だ。頼もしい。
「あの石像の周辺に、あなたが海底遺跡で見破ったという魔法仕掛けと同じような仕掛けがあると思うのです。聖印魔導具の真実を周囲に知られることなく、なんとかできますか?」
「な、なんとか?」
「なんとかです」
曖昧な頼み方ではあったが、ルーンフォークは少し考えてから杖を握った。
「皆さーん。離れてください」
石像に向けて杖を向けると、台座の周辺を調べていた魔法使いや呪術師たちが慌てて離れていく。
ルーンフォークはそれを確認してから、ひとことふたこと呪文を唱えた。
「破壊します」
「えっ」
短い宣言がされたのと同時に、視界に閃光が弾けた。
「きゃっ……」
ドォンッという爆発音が鼓膜をふるわせ、地面がグラッと揺れる。悲鳴がいくつもあがる中、石像と台座は外側からの呪術の爆発の暴力にさらされて破壊され。
内部からも光を溢れさせ、表面に亀裂を無数につくり、形を崩し――壊れた。壊された。
「アッ……」
人々がポカーンとする現場には、もはや石像も台座もなかった。呪術の爆発はそこを石像の砕けた破片だらけのむなしい空間へと変えていた。
「聖女様! これでいかがでしょうか。仕掛けは排除し、証拠も隠滅できました」
ルーンフォークは褒めて欲しそうな満面の笑顔でフィロシュネーを振り返った。
ハルシオンはその背後で「褒めてあげてください」と口パクでおねだりしている……。
「神聖な石像が!」
「歴史的に価値のあるものだったのに」
同行の考古学者が涙を流し、ふらーっと気を失って倒れていく。
「ブラックタロンを許すな」
空国の登山隊からはそんな声があがった。
「ま、待って……えーと……神罰は下っていませんわね。これはつまり、あの石像や神域がやっぱり神聖でも奇跡でもなんでもなかったという証明になるのですわ……」
けしかけた責任を感じながら、フィロシュネーは扇を開いて優雅に微笑んだ。
「……むしろ、神を偽り、魔法仕掛けで神域を騙った悪しき石像だったと言えませんかしら! わ、わ、わたくし……聖女ですから。わたくしたち、王族は神の一族ですから。偽者が存在することを、許さなかったのでしゅ、素晴らしいですわ、ルーンフォーク卿」
自分でも何を言っているのかわからなくなるような言い訳をしてルーンフォークを庇えば、本人は誇らしげに「俺は神の使徒として偽の神を成敗したのです!」などと言う。
(あれがほんとうに神様だったら、ぜったいにわたくしたち、天罰を下されちゃいますわっ……)
フィロシュネーは内心でちょっぴりハラハラしつつ、現場の後始末を命じたのだった。
(わたくしは、今、神様という存在を信じていない)
フィロシュネーは石像の台座へと扇の先を向けた。
「魔法の仕掛けが施されているのではなくて? 調べてくださらない?」
それは、ほんの偶然のように頭の中で情報のピースが噛み合って生まれた発想だった。
確証はない。
「神域に魔法の仕掛け……?」
「この神聖な石像を疑って調べるだと……」
ざわざわとする声は、困惑の色が濃い。
神聖と思われている物、奇跡だと言われていることを疑うのが畏れ多い、神罰が今すぐにでも当たるのではないか――という、恐々とした気配が周囲に漂う。
(皆さま、怖がりさんね……いえ、お気持ちはわかりますわ)
フィロシュネーもどきどきしている。
だけど、思うのだ。
「皆さま、お聞きになって。皆さまの思う神様って、どんな存在でしょうか?」
自分たち王族が神のようだと信じさせているフィロシュネーは、話しながらハラハラした。
話の持っていき方を少し間違えれば、自分たちを否定することになってしまう。
「例えば、この石像が神様なら、いかが? わたくしがこの石像に平手打ちをしたら?」
「えっ――」
パシィン!
止められる暇も与えず、フィロシュネーは自分の右手で石像を叩いた。
「あなたが神だというなら、無礼なわたくしを罰して証明しなさい」
叩いた瞬間とその後の数秒、周囲は呼吸を忘れるほど緊張して石像とフィロシュネーの変化を注視した。
騎士たちはおろおろと盾を構えてみたりして。魔法使いたちは空から稲妻が降るのではないかと杖を空を向け。
――けれど、現場にはなにも起きなかった。
(……手が痛いっ)
硬い石像を打った手が痛い。
フィロシュネーは、内心を隠しつつ、堂々と言い放った。
「石像さん。わたくしたちは、あなたを神様だと思いません。神域が魔法仕掛けによるものだと疑い、これから調べさせていただきます。それが嫌なら、今すぐ意思表示なさってくださいな」
呼吸するのも躊躇ってしまうような沈黙があたりを支配する。誰も何も言えず、石像とフィロシュネーを見比べた。
静寂を破ったのは、ハルシオンだった。
「っははは! 石像さんは、意思表示ができないようですぅ! 当たり前ですよねぇ! だって、ただの石像ですからぁ!」
陽気な声は、太陽のようだった。
フィロシュネーはホッと息を吐き、にっこりとした。
「石像さんは、調べてはいけませんと言いませんでした! では皆さま、調査を開始してくださいませ!」
青国と空国の魔法使いや呪術師が恐る恐る石像に近づき、台座を調べる。
(ルーンフォークは確か「ルールの押し付けは商業神ルートの契約魔法」「仕掛けがされている扉周辺の魔導装置には月神ルエトリーの『月舟の影』と天空神アエロカエルスの『揺籠の雲』に似た仕掛けが施されていた」と話していましたわね)
しかし、紅国の多神教が使う聖印が魔導具であることは、今のところ限られた一部の身内だけが知る真実だ。
この情報は、フィロシュネーが「わたくしは神様の加護を持っていますの!」と自分を演出するための切り札でもある。
調査中の魔法使いや呪術師に「あれ? 聖印って魔導具?」と気づかれる事態は避けたい。
(これは神様の奇跡ではなく魔法仕掛け。でも、その仕掛けが聖印魔導具だと思われる、とは言いにくい……む、難しいのではなくて?)
フィロシュネーは繊細な問題に直面して、ハルシオン経由でルーンフォークを呼んでもらった。
ルーンフォークは頬を赤らめて頭を下げ、騎士の礼をしてくれる。
「なんなりとお申し付けください、聖女様!」
やる気満々だ。頼もしい。
「あの石像の周辺に、あなたが海底遺跡で見破ったという魔法仕掛けと同じような仕掛けがあると思うのです。聖印魔導具の真実を周囲に知られることなく、なんとかできますか?」
「な、なんとか?」
「なんとかです」
曖昧な頼み方ではあったが、ルーンフォークは少し考えてから杖を握った。
「皆さーん。離れてください」
石像に向けて杖を向けると、台座の周辺を調べていた魔法使いや呪術師たちが慌てて離れていく。
ルーンフォークはそれを確認してから、ひとことふたこと呪文を唱えた。
「破壊します」
「えっ」
短い宣言がされたのと同時に、視界に閃光が弾けた。
「きゃっ……」
ドォンッという爆発音が鼓膜をふるわせ、地面がグラッと揺れる。悲鳴がいくつもあがる中、石像と台座は外側からの呪術の爆発の暴力にさらされて破壊され。
内部からも光を溢れさせ、表面に亀裂を無数につくり、形を崩し――壊れた。壊された。
「アッ……」
人々がポカーンとする現場には、もはや石像も台座もなかった。呪術の爆発はそこを石像の砕けた破片だらけのむなしい空間へと変えていた。
「聖女様! これでいかがでしょうか。仕掛けは排除し、証拠も隠滅できました」
ルーンフォークは褒めて欲しそうな満面の笑顔でフィロシュネーを振り返った。
ハルシオンはその背後で「褒めてあげてください」と口パクでおねだりしている……。
「神聖な石像が!」
「歴史的に価値のあるものだったのに」
同行の考古学者が涙を流し、ふらーっと気を失って倒れていく。
「ブラックタロンを許すな」
空国の登山隊からはそんな声があがった。
「ま、待って……えーと……神罰は下っていませんわね。これはつまり、あの石像や神域がやっぱり神聖でも奇跡でもなんでもなかったという証明になるのですわ……」
けしかけた責任を感じながら、フィロシュネーは扇を開いて優雅に微笑んだ。
「……むしろ、神を偽り、魔法仕掛けで神域を騙った悪しき石像だったと言えませんかしら! わ、わ、わたくし……聖女ですから。わたくしたち、王族は神の一族ですから。偽者が存在することを、許さなかったのでしゅ、素晴らしいですわ、ルーンフォーク卿」
自分でも何を言っているのかわからなくなるような言い訳をしてルーンフォークを庇えば、本人は誇らしげに「俺は神の使徒として偽の神を成敗したのです!」などと言う。
(あれがほんとうに神様だったら、ぜったいにわたくしたち、天罰を下されちゃいますわっ……)
フィロシュネーは内心でちょっぴりハラハラしつつ、現場の後始末を命じたのだった。
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