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4、奪還のベリル
275、敗色濃厚な空王陛下の恋の逆転略奪婚を目指す会
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空国の王都サンドボックスで、民が集まっていた。
「あれが噂のハルシオン陛下か。お連れの聖女様がほんとうにお似合いだ……美男美女というやつだな」
「なんというか……デレデレしているな」
「おい、デレデレとか言うな。不敬であるぞ!」
夜の街を彼らの青年王ハルシオンが、隣国の女王フィロシュネーを連れて歩いているからだ。本人たちはお忍びのつもりで変装しているが、これがぜんぜん忍べてない。護衛も隠れているが、わかりやすい。
「認識阻害の呪術でもかけてやればいいのに、ブラックタロンめ」
街路樹と一体化したように張り付いた騎士が唸っている。
「いや、かけたんですけど兄さんが解いてしまって……」
暗色ローブを着込み、コソコソと暗がりでしゃがみ込んでいたルーンフォークが顔を覗かせると、特徴的な緑髪に気づいた民が声をあげた。
「ここにブラックタロン弟がいるぞ!」
「あっ……」
「ブラックタロンを許すな!」
「俺は何もしてません!」
ぎゃあきゃあと騒がしい雰囲気の中、集まった民はハルシオンについての話で盛り上がっていた。
「知っているか? ハルシオン様といえば、王兄時代から『失恋濃厚会』や『失恋しました会』という会をつくっておられたらしい」
「な、なんだそれは。おれは奔放に呪術を使いまくって城を壊したりしていたと聞いていたが?」
ルーンフォークは主君の名誉のために、ここで熱弁を奮った。
「みなさん、聞いてください、俺の主君は素晴らしいのですがお可哀想な方で……」
熱い語りに、人々は心を揺さぶられた。
「我らが陛下は……見込みの薄い恋に苦しんでおいでなのだな」
「ブラックタロンを許すな」
ブラックタロン家は嫌われていた。
ルーンフォークは民に主君の良さを理解してもらえたことを喜ぶ一方で、自分の家の評判の悪さにしょんぼりとした。
そして。
「空王ハルシオン陛下の略奪愛を応援しよう」
「婚約者がいるからと遠慮することはない! 寝取ってしまえ!」
「我々の応援で、不憫な陛下に勝利を……!」
「ブラックタロンは許すな」
民は、過激な方向に盛り上がっていた。謎の腕章が配られている。
「ブラックタロンにも分けてやろう」
「あっ、ありがとうございます……なんですかこれ」
腕章には『敗色濃厚な空王陛下の恋の逆転略奪婚を目指す会』と書いてある。
「き、危険……」
――この腕章、今作ったんですか?
「空王陛下の勝利のために!」
「目指せ逆転!」
「おーーーーっ!」
ルーンフォークは歓声が主君たちに聞こえないように音を遮断しつつ、盛り上がりすぎの現場にちょっと怯えた。
* * *
石造りの橋の上からは、さらさらと流れる川が眺められる。フィロシュネーは白い欄干に手を置いて川を眺めた。
「ん……、危ない」
酔っ払いらしき太めの男がふらふらと橋の上を通りかかって、フィロシュネーにぶつかろうとする。
ハルシオンが不思議がる表情を浮かべて、フィロシュネーの肩を抱き寄せた。
「ありがとうございます、ハルシオン様?」
「いたずらっ子がいますね」
いたずらっ子とはなんだろう?
目を瞬かせるフィロシュネーの背後で、酔っ払い男は橋の向こうに「やったぞ」と笑顔でサムズアップしていた。
「ううん、いいのです。気にしないでください」
ハルシオンは誤魔化すように川に視線を投げた。
「月が映っていてきれいですねえ!」
街路樹の光に照らされる川は、風情があった。遥かな夜空に浮かぶ月が二つ、川に影を落としている。片方がちょっと大きい気もする。
「演出しろ、演出」
風に乗って奇妙な声が聞こえた気がする。
「雰囲気を盛り上げて差し上げて……なんかあるだろ」
必死な感じの声を聞いて、ハルシオンは困ったように物陰に合図をした。すると、声は聞こえなくなった。
おそらく隠れて護衛しているルーンフォークが雑音を遮断したのだ。
「護衛が気を使っているようです。たぶん……」
「護衛の方々にはご苦労をおかけしておりますわ。おかげで、お忍びが楽しめています」
「シュネーさんに楽しいと思っていただけているなら、よかった」
ハルシオンがはにかむ頭上から、風に乗ってどこからか飛んできた花びらがひらりと落ちて、流されていく。花びらと一緒に、草舟がいくつも流れていく。
「流し草船、という古代文化らしいです。我が国の預言者ネネイが知識を披露してくれて、市井に広まったのですよ」
隣に並ぶハルシオンが説明していると、橋の向こうから商品棚を抱えた行商人がやってきた。
「本日は~流し草船日和のため~、え~、無料でお配り、しています……」
そんな商売が成り立つ? と思いつつ気にしないようにしていると、一度二人のそばを通過した行商人は後ろ歩きで戻ってきた。
「流してほしい~、恋人どうしで……え~、流してほしいーと、草舟が泣いています……」
ちらちらと二人を見ては橋の上を行ったり戻ったり。
あからさまな行商人を見て、ハルシオンは草舟をもらった。
「お願いごとを唱えて川に流すのだそうです。一緒に流し草船をした相手とは、絆も深まる……という、良いことでいっぱいの文化なのだとか」
カントループの知識にはありませんでしたけどね、と笑うハルシオンの背後で、行商人はガッツポーズをしていた。
ハルシオンは「我が国の民は優しい」と照れたように言いながら、草舟を撫でた。
「アルブレヒトが見つかりますように」
優しいお兄さまの声で祈るハルシオンに倣って、フィロシュネーも願いを唱えた。
「アーサーお兄様が見つかりますように」
ハルシオンの手がフィロシュネーの手を取り、「せーの」と軽く揺らしてから、草舟を二つ、一緒にぽーんっと放り投げる。
小さな草舟は、二つ一緒に風に煽られながら落ちて、川に着水した。
その瞬間、なぜか橋の両側から拍手が湧いて、「邪魔したらいかん、静かに!」という声がして、すぐに止まった。
「陛下、応援しておりま……」
かけられた声援が不自然に途絶える。
「たぶん、ルーンフォークが雑音を遮断してくれたのだと……」
ハルシオンは困り顔で微笑した。
「あれが噂のハルシオン陛下か。お連れの聖女様がほんとうにお似合いだ……美男美女というやつだな」
「なんというか……デレデレしているな」
「おい、デレデレとか言うな。不敬であるぞ!」
夜の街を彼らの青年王ハルシオンが、隣国の女王フィロシュネーを連れて歩いているからだ。本人たちはお忍びのつもりで変装しているが、これがぜんぜん忍べてない。護衛も隠れているが、わかりやすい。
「認識阻害の呪術でもかけてやればいいのに、ブラックタロンめ」
街路樹と一体化したように張り付いた騎士が唸っている。
「いや、かけたんですけど兄さんが解いてしまって……」
暗色ローブを着込み、コソコソと暗がりでしゃがみ込んでいたルーンフォークが顔を覗かせると、特徴的な緑髪に気づいた民が声をあげた。
「ここにブラックタロン弟がいるぞ!」
「あっ……」
「ブラックタロンを許すな!」
「俺は何もしてません!」
ぎゃあきゃあと騒がしい雰囲気の中、集まった民はハルシオンについての話で盛り上がっていた。
「知っているか? ハルシオン様といえば、王兄時代から『失恋濃厚会』や『失恋しました会』という会をつくっておられたらしい」
「な、なんだそれは。おれは奔放に呪術を使いまくって城を壊したりしていたと聞いていたが?」
ルーンフォークは主君の名誉のために、ここで熱弁を奮った。
「みなさん、聞いてください、俺の主君は素晴らしいのですがお可哀想な方で……」
熱い語りに、人々は心を揺さぶられた。
「我らが陛下は……見込みの薄い恋に苦しんでおいでなのだな」
「ブラックタロンを許すな」
ブラックタロン家は嫌われていた。
ルーンフォークは民に主君の良さを理解してもらえたことを喜ぶ一方で、自分の家の評判の悪さにしょんぼりとした。
そして。
「空王ハルシオン陛下の略奪愛を応援しよう」
「婚約者がいるからと遠慮することはない! 寝取ってしまえ!」
「我々の応援で、不憫な陛下に勝利を……!」
「ブラックタロンは許すな」
民は、過激な方向に盛り上がっていた。謎の腕章が配られている。
「ブラックタロンにも分けてやろう」
「あっ、ありがとうございます……なんですかこれ」
腕章には『敗色濃厚な空王陛下の恋の逆転略奪婚を目指す会』と書いてある。
「き、危険……」
――この腕章、今作ったんですか?
「空王陛下の勝利のために!」
「目指せ逆転!」
「おーーーーっ!」
ルーンフォークは歓声が主君たちに聞こえないように音を遮断しつつ、盛り上がりすぎの現場にちょっと怯えた。
* * *
石造りの橋の上からは、さらさらと流れる川が眺められる。フィロシュネーは白い欄干に手を置いて川を眺めた。
「ん……、危ない」
酔っ払いらしき太めの男がふらふらと橋の上を通りかかって、フィロシュネーにぶつかろうとする。
ハルシオンが不思議がる表情を浮かべて、フィロシュネーの肩を抱き寄せた。
「ありがとうございます、ハルシオン様?」
「いたずらっ子がいますね」
いたずらっ子とはなんだろう?
目を瞬かせるフィロシュネーの背後で、酔っ払い男は橋の向こうに「やったぞ」と笑顔でサムズアップしていた。
「ううん、いいのです。気にしないでください」
ハルシオンは誤魔化すように川に視線を投げた。
「月が映っていてきれいですねえ!」
街路樹の光に照らされる川は、風情があった。遥かな夜空に浮かぶ月が二つ、川に影を落としている。片方がちょっと大きい気もする。
「演出しろ、演出」
風に乗って奇妙な声が聞こえた気がする。
「雰囲気を盛り上げて差し上げて……なんかあるだろ」
必死な感じの声を聞いて、ハルシオンは困ったように物陰に合図をした。すると、声は聞こえなくなった。
おそらく隠れて護衛しているルーンフォークが雑音を遮断したのだ。
「護衛が気を使っているようです。たぶん……」
「護衛の方々にはご苦労をおかけしておりますわ。おかげで、お忍びが楽しめています」
「シュネーさんに楽しいと思っていただけているなら、よかった」
ハルシオンがはにかむ頭上から、風に乗ってどこからか飛んできた花びらがひらりと落ちて、流されていく。花びらと一緒に、草舟がいくつも流れていく。
「流し草船、という古代文化らしいです。我が国の預言者ネネイが知識を披露してくれて、市井に広まったのですよ」
隣に並ぶハルシオンが説明していると、橋の向こうから商品棚を抱えた行商人がやってきた。
「本日は~流し草船日和のため~、え~、無料でお配り、しています……」
そんな商売が成り立つ? と思いつつ気にしないようにしていると、一度二人のそばを通過した行商人は後ろ歩きで戻ってきた。
「流してほしい~、恋人どうしで……え~、流してほしいーと、草舟が泣いています……」
ちらちらと二人を見ては橋の上を行ったり戻ったり。
あからさまな行商人を見て、ハルシオンは草舟をもらった。
「お願いごとを唱えて川に流すのだそうです。一緒に流し草船をした相手とは、絆も深まる……という、良いことでいっぱいの文化なのだとか」
カントループの知識にはありませんでしたけどね、と笑うハルシオンの背後で、行商人はガッツポーズをしていた。
ハルシオンは「我が国の民は優しい」と照れたように言いながら、草舟を撫でた。
「アルブレヒトが見つかりますように」
優しいお兄さまの声で祈るハルシオンに倣って、フィロシュネーも願いを唱えた。
「アーサーお兄様が見つかりますように」
ハルシオンの手がフィロシュネーの手を取り、「せーの」と軽く揺らしてから、草舟を二つ、一緒にぽーんっと放り投げる。
小さな草舟は、二つ一緒に風に煽られながら落ちて、川に着水した。
その瞬間、なぜか橋の両側から拍手が湧いて、「邪魔したらいかん、静かに!」という声がして、すぐに止まった。
「陛下、応援しておりま……」
かけられた声援が不自然に途絶える。
「たぶん、ルーンフォークが雑音を遮断してくれたのだと……」
ハルシオンは困り顔で微笑した。
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