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4、奪還のベリル

274、我々は、月隠にレクシオ山を登るつもりだ

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 ――生命力と魔力を吸われるのが『懐かしい』とは?

 フィロシュネーが理解しかねていると、ダイロスは続きを話してくれた。

「懐かしさ……なにかを思い出せそうで思い出せぬ感覚。わしは、どうも気になって気になって。合流した弟子と一緒に魔法で自分の中の記憶の断片を引き出せぬかと、あれこれと試したのじゃ」
「自分の中の記憶の断片を引き出すとは、興味深いですね。それってつまり、自意識が思い出せない記憶でも、体の中にはあるという理論なのでしょう」

 ハルシオンが相槌を打っている。なんだか難しそうなお話だ。
 フィロシュネーはこのお話で『前世の記憶』を連想した。
 
 思い出せないだけで、みんなの中には前世の記憶があったりする? ……なんて。

「うむ。試したところ、なんとわしの中には誓約魔法で封印されている記憶層があったのじゃ」
「わあ、それは面白い!」

 ダイロスとハルシオンが盛り上がっている。
 どういうこと? フィロシュネーはちょっと考えてみた。

「ダイロスさんは魔法で記憶を封印されていて、それに気づいた、ということですの?」
「うむ。それも、恐ろしく腕の立つ魔法使いに」
「まあ」
「全てではないのじゃが、わしは一部の記憶を引きずり出すことに成功したのじゃ」
 
 弟子と一緒に記憶を引きずり出したというダイロスは、びっくりすることを言った。

「わしは以前、レクシオ山から神々の舟に迷い込んだらしい」

 ……神々の舟? レクシオ山?

 なにやら、とんでもなく特別そうな名前が出てきた。場所も、先ほどまで話していたレクシオ山とは。
 フィロシュネーが目を丸くしていると、ダイロスは「遺跡があって、その奥の扉が神々の舟につながっていた。そこにアーサーとアルブレヒトと思われる二人組がいた」と話すではないか!

「アルが!」
「お兄様が!」

 ハルシオンとフィロシュネーが同時に声をあげると、ダイロスは「うむっ」と破顔した。

「わしは不老症であったのじゃが、その舟で生命力を吸い取られ、不老症ではなくなった。体質を普通の人間のように変えてもらったのじゃな。そして、弟子が迎えにきてくれた……出た先はメクシ山であった」

「……不老症が、不老症ではなくなった?」

 反応したのは、預言者ダーウッドだった。
 こっそり聞いていたらしい。

「いかにも。そんなわけで、わしは弟子のおかげでこちらに戻ってきたのじゃが、舟に関する記憶は失っておったのじゃ」
 
 フィロシュネーは喜んだ。

「素晴らしいですわ。実は、ちょうどわたくしたち、先ほどお兄様やアルブレヒト様についての情報を擦り合わせしていましたの」

 先ほどまでの推理を裏付けてくれるダイロスの話に喜びつつ、フィロシュネーとハルシオンはレクシオ山に登る計画を立てた。
 
 普段は白く輝く月がほんのりと赤くなり、暗い影に覆われる『月隠げついん』は、年に二回ある。

「次の月隠は、来月の末頃ですね」

 ハルシオンの手紙にあった『急がなくても大丈夫』の意味を理解して、フィロシュネーはにっこりした。

「ダイロスさんは、扉の場所をご存じですのね? それなら、後は準備をして当日、レクシオ山で扉を開けるだけですわ!」
 
 ハルシオンが合図を送って防諜の呪術を解かせ、臣下たちに宣言する。
 
「我々は、月隠にレクシオ山を登るつもりだ。準備せよ」
 
 フィロシュネーは意気揚々と言葉を添えた。
 
「アーサーお兄様とアルブレヒト様は、月隠にレクシオ山でお助けできますの。わたくしとハルシオン様は、お二人をお迎えにまいります」
  
 謁見の間に驚愕と喜びの声が満ちる。
 こうして、二人の王の主導により、青国と空国はレクシオ山に登る準備を始めた。

 
 * * *
 
 登山の日を控えた夜、フィロシュネーはハルシオンと空国の王都サンドボックスに出かけた。

「『だいすき、ハルシオン様』」
 
 空色の宝石が煌めく指輪に呪文を唱えて王族の瞳を隠し、同じように瞳を隠したハルシオンといたずらをするように笑みを交わして歩く街道では、街路樹の枝に飾られた丸い魔導具がぴかぴかと光っている。綺麗だ。

 護衛の騎士や呪術師たちは、距離をあけてこっそりと付いてきている。
 
「シュネーさん、このお菓子を召し上がったことがありますか? チュロスという南方の揚げ菓子です」

 ハルシオンは出店でチュロスを買ってくれた。
 
「わっ、鳥が……」
 周囲が声をあげたのは、サッと青い鳥が近くを飛んでさりげなく浄化の魔法をかけていったから――毒を警戒した預言者ダーウッドだ。

(鳥さんって夜目が利かないイメージがあったけど、変身しているダーウッドは夜も平気なのね)

「ありがとう……美味しいですわ」
  
 小声でお礼を言って、フィロシュネーはチュロスを味わった。
 もちもち、さくさくとした生地はあたたかみのある甘い味がする。小麦粉感があって、美味しい。
 
 自分用にホットドッグを買ってぱくりと頬張るハルシオンが「こちらも美味しいですよ」と笑う顔は周囲の誰もが見惚れるような美しさ。
 一緒にいるフィロシュネーも、裕福なお嬢様程度に身をやつしているが、どんなに地味な変装をしていても美形は美形。
 
 周囲は自然と二人に注目を寄せて、すぐに正体に思い至るのだった。

「あれって、陛下と隣国の……」
「しっ……」
 
「お忍び中であらせられる」
「お似合いだなあ」
  
 仲睦まじく話しながら街道を歩く高貴な二人組を、王都の民が好ましく噂して。
 緊張感をぴりぴりと張り詰めて、護衛陣がこそこそとついていく。

 夜目の利かぬ鳥の身体能力を魔法で補いながら、青国の預言者ダーウッドは街路樹の枝からそんな現場を見守っていた。
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