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4、奪還のベリル
271、一年前の殺人事件で預言者どのが披露なさった足跡魔法が参考になりました
しおりを挟む外交会談を終えて、ほっとひと息ついたフィロシュネーは迎賓宮殿に用意してもらった私室でひと息ついた。
私室の入り口で護衛が礼をして外で警備に就く旨を話し、一緒についてきていた預言者ダーウッドもごくごく自然に「では私も部屋に戻るので」と言って背を向ける。
「いえいえ、あなたはお待ちなさいな」
「ぴっ」
「ぴっ、じゃありません」
フィロシュネーは呆れた顔でダーウッドを引き留め、部屋に引っ張り込んだ。
「わたくしに言うべきことがありますわね?」
「申し訳ございませんでした」
「よろしいっ」
ダーウッドが元気そうで、落ち着いている様子なのでフィロシュネーは安堵した。
ハルシオンの言っていた『急がなくても大丈夫』というのは、この様子だとほんとうなのだ。
「私は居ても立ってもいられず飛んできてしまったのですが……こちらの陛下は大きな問題にせず、『事情があって外交団に先駆け、預言者が先に緊急訪問した』ということにしてくださいました」
小さな香水時計が置かれた白いテーブルセットに座って聞くところによると、青い鳥の姿で寝所に忍び込んだダーウッドをハルシオンは歓迎してくれたらしい。
「フィロシュネー様が早くいらっしゃるのは嬉しいことだとおっしゃり、お手紙を書かれていました」
と、手紙の裏事情を教えてくれたタイミングで、先触れの使者が部屋の扉を叩いた。
空王陛下が私的にお訪ねになります、というのだ。
わかりました、と返事をして待っていると、ハルシオンはすぐにやってきた。ルーンフォークをお供に連れている。
外交官を連れて会談していたときよりもラフな衣装だ。
フィロシュネーは早速、ヘンリー・グレイ男爵やシューエンからの手紙で得た情報を共有した。
「さすがシュネーさん。素晴らしいです」
ハルシオンは大喜びでルーンフォークに「こちらも情報を」と話を振った。
緑髪の青年騎士兼呪術師ルーンフォークは、行方不明になっていた青年だ。モンテローザ公爵が身内であるブラックタロン家に捜索させた結果、彼は南の海にあるオシクレメ海底火山の遺跡内で発見されたという。
発見後しばらくは精神状態が危ぶまれるとかで、モンテローザ派の治療院で治療されていたようなのだが。
「ルーンフォーク卿、お元気そうでよかったですわ。お久しぶりです。ご体調は大丈夫ですの? ご自愛くださいね」
フィロシュネーが優しく労わると、ルーンフォークは顔を赤くした。
「あ、あ、ありがとうございます。聖女陛下」
「ふふ、治癒魔法をかけますか? 出会ったばかりの頃を思い出しますわね」
「いえ。俺は現在、健康です。必要がないのに聖女陛下のお手をおかけするわけにはまいりません」
フィロシュネーはルーンフォークの初々しさに癒されながら、彼が人魚に連れられて遺跡にたどり着いた話を聞いた。
「一年前の殺人事件で預言者どのが披露なさった足跡魔法が参考になりました」
遺跡の内部を呪術で調べるうちに、ルーンフォークは青国の迎賓館『アズールパレス』で殺人事件が起きた際に預言者ダーウッドが使っていた『足跡魔法』を思い出したのだという。
そして、自分の呪術の技術で似たようなことができないかと試行錯誤した結果。
「できちゃいました」
「て、天才……」
ダーウッドが少し悔しそうにしている。
「足跡調査呪術を使ったところ、アルブレヒト王とアーサー王の足跡が見つかりました。俺はそれを追いました……」
当時の興奮を思い出したように、ルーンフォークはグッと拳を握った。
「海底遺跡に書いてあった壁画や扉の古代文字は、『離れた時間や遠い閉鎖空間と扉がつながっている』という意味に読み取れました。もちろん、これについては先に訪れた調査隊が散々、いろいろな解釈をしている情報ですが……俺は、魔法の仕掛けを見つけました」
遺跡には紅国の『聖印』と呼ばれる魔導具をちょっと改造したような仕掛けが何か所も施されていたのだ、と語る声は、とても誇らしげだった。
「扉には商業神ルートの『神聖な契約』に似た仕掛けがあり、『あちらへ行った者は自力で戻ってこれない』というルールが定められていたのです。扉をくぐる相手は仕掛けに気付かず、戻ってこれなくなるのでしょう。意地悪ですね」
「すごいですねえルーンフォーク」
とハルシオンが褒める。無邪気な幼子みたいな手放しの褒め方だ。
「えへへ……」
ルーンフォークは明らかに調子に乗って声を大きくした。
「そして、その仕掛けがされている扉周辺の魔導装置には月神ルエトリーの『月舟の影』と天空神アエロカエルスの『揺籠の雲』に似た仕掛けが施されていたのです!」
「まあ。他の方が気付かなかった仕掛けに気付いたのですね。すごいですわ」
――ところで、『神聖な契約』はまだわかるけど、『月舟の影』や『揺籠の雲』ってどんな効果でしたっけ。
フィロシュネーは記憶を探りつつ、「まあ、そこは重要ではないわよね」と続きの話に意識を切り替えた。
「というわけで、俺は扉を開けて、扉の向こう側にいるであろうアルブレヒト王とアーサー王をお助けしようと思ったのです。以前の預言では、『月隠に、道をひらく』『南の海。メクシ山、レクシオ山と並んで魔力の高きオシクレメ山……』とか言っていたな~と思い出しまして」
アルブレヒト王とアーサー王が行方不明になった夜も月隠だった。
もうこれ、絶対、月隠に扉が開くんじゃないか。
ルーンフォークは「俺は希望を胸に、扉の前で時を待ったのです」と語る。
日にちも昼も夜もわからない海底で、扉はいつ開くのかわからなかった。なので、おちおち安心して眠ることもできずに扉とにらめっこする日々だったのだという。
「しかし、俺は重大なルールを見落としていたのです。それを、兄さんによく似たカピバラが教えてくれました」
……兄さんによく似たカピバラ?
フィロシュネーは疑問に思ったが、ハルシオンが目配せをして「そこはスルーしてあげてください」と囁く。気にしてはいけないらしい。
「……『この扉を使ったならば、迎えは別の扉じゃないと開かんのだ』と、カピバラは言ったのです!」
カピバラって、なに?
フィロシュネーはまたしても疑問に思った。
が、ハルシオンが「気にしないであげてください」と必死に囁くので我慢しておいた。
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