上 下
277 / 384
4、奪還のベリル

271、一年前の殺人事件で預言者どのが披露なさった足跡魔法が参考になりました

しおりを挟む
 
 外交会談を終えて、ほっとひと息ついたフィロシュネーは迎賓宮殿に用意してもらった私室でひと息ついた。

 私室の入り口で護衛が礼をして外で警備に就く旨を話し、一緒についてきていた預言者ダーウッドもごくごく自然に「では私も部屋に戻るので」と言って背を向ける。

「いえいえ、あなたはお待ちなさいな」
「ぴっ」
「ぴっ、じゃありません」
 
 フィロシュネーは呆れた顔でダーウッドを引き留め、部屋に引っ張り込んだ。

「わたくしに言うべきことがありますわね?」
「申し訳ございませんでした」
「よろしいっ」
 
 ダーウッドが元気そうで、落ち着いている様子なのでフィロシュネーは安堵した。
 ハルシオンの言っていた『急がなくても大丈夫』というのは、この様子だとほんとうなのだ。
 
「私は居ても立ってもいられず飛んできてしまったのですが……こちらの陛下は大きな問題にせず、『事情があって外交団に先駆け、預言者が先に緊急訪問した』ということにしてくださいました」
  
 小さな香水時計が置かれた白いテーブルセットに座って聞くところによると、青い鳥の姿で寝所に忍び込んだダーウッドをハルシオンは歓迎してくれたらしい。

「フィロシュネー様が早くいらっしゃるのは嬉しいことだとおっしゃり、お手紙を書かれていました」

 と、手紙の裏事情を教えてくれたタイミングで、先触れの使者が部屋の扉を叩いた。
 空王陛下が私的してきにお訪ねになります、というのだ。

 わかりました、と返事をして待っていると、ハルシオンはすぐにやってきた。ルーンフォークをお供に連れている。
 外交官を連れて会談していたときよりもラフな衣装だ。

 フィロシュネーは早速、ヘンリー・グレイ男爵やシューエンからの手紙で得た情報を共有した。
 
「さすがシュネーさん。素晴らしいです」

 ハルシオンは大喜びでルーンフォークに「こちらも情報を」と話を振った。
 緑髪の青年騎士兼呪術師ルーンフォークは、行方不明になっていた青年だ。モンテローザ公爵が身内であるブラックタロン家に捜索させた結果、彼は南の海にあるオシクレメ海底火山の遺跡内で発見されたという。
 発見後しばらくは精神状態が危ぶまれるとかで、モンテローザ派の治療院で治療されていたようなのだが。
 
「ルーンフォーク卿、お元気そうでよかったですわ。お久しぶりです。ご体調は大丈夫ですの? ご自愛くださいね」

 フィロシュネーが優しくいたわわると、ルーンフォークは顔を赤くした。

「あ、あ、ありがとうございます。聖女陛下」

「ふふ、治癒魔法をかけますか? 出会ったばかりの頃を思い出しますわね」
「いえ。俺は現在、健康です。必要がないのに聖女陛下のお手をおかけするわけにはまいりません」
 
 フィロシュネーはルーンフォークの初々しさに癒されながら、彼が人魚に連れられて遺跡にたどり着いた話を聞いた。

「一年前の殺人事件で預言者どのが披露なさった足跡魔法が参考になりました」

 遺跡の内部を呪術で調べるうちに、ルーンフォークは青国の迎賓館『アズールパレス』で殺人事件が起きた際に預言者ダーウッドが使っていた『足跡魔法』を思い出したのだという。
 そして、自分の呪術の技術で似たようなことができないかと試行錯誤した結果。

「できちゃいました」
「て、天才……」
 
 ダーウッドが少し悔しそうにしている。
 
「足跡調査呪術を使ったところ、アルブレヒト王とアーサー王の足跡が見つかりました。俺はそれを追いました……」

 当時の興奮を思い出したように、ルーンフォークはグッと拳を握った。

「海底遺跡に書いてあった壁画や扉の古代文字は、『離れた時間や遠い閉鎖空間と扉がつながっている』という意味に読み取れました。もちろん、これについては先に訪れた調査隊が散々、いろいろな解釈をしている情報ですが……俺は、魔法の仕掛けを見つけました」

遺跡には紅国の『聖印』と呼ばれる魔導具をちょっと改造したような仕掛けが何か所も施されていたのだ、と語る声は、とても誇らしげだった。

「扉には商業神ルートの『神聖な契約』に似た仕掛けがあり、『あちらへ行った者は自力で戻ってこれない』というルールが定められていたのです。扉をくぐる相手は仕掛けに気付かず、戻ってこれなくなるのでしょう。意地悪ですね」

「すごいですねえルーンフォーク」
 とハルシオンが褒める。無邪気な幼子みたいな手放しの褒め方だ。

「えへへ……」
 ルーンフォークは明らかに調子に乗って声を大きくした。

「そして、その仕掛けがされている扉周辺の魔導装置には月神ルエトリーの『月舟の影』と天空神アエロカエルスの『揺籠の雲』に似た仕掛けが施されていたのです!」
 
「まあ。他の方が気付かなかった仕掛けに気付いたのですね。すごいですわ」

 ――ところで、『神聖な契約』はまだわかるけど、『月舟の影』や『揺籠の雲』ってどんな効果でしたっけ。
 フィロシュネーは記憶を探りつつ、「まあ、そこは重要ではないわよね」と続きの話に意識を切り替えた。

「というわけで、俺は扉を開けて、扉の向こう側にいるであろうアルブレヒト王とアーサー王をお助けしようと思ったのです。以前の預言では、『月隠げついんに、道をひらく』『南の海。メクシ山、レクシオ山と並んで魔力の高きオシクレメ山……』とか言っていたな~と思い出しまして」
  
 アルブレヒト王とアーサー王が行方不明になった夜も月隠だった。
 もうこれ、絶対、月隠に扉が開くんじゃないか。

 ルーンフォークは「俺は希望を胸に、扉の前で時を待ったのです」と語る。
 日にちも昼も夜もわからない海底で、扉はいつ開くのかわからなかった。なので、おちおち安心して眠ることもできずに扉とにらめっこする日々だったのだという。
 
「しかし、俺は重大なルールを見落としていたのです。それを、兄さんによく似たカピバラが教えてくれました」
 
 ……兄さんによく似たカピバラ?

 フィロシュネーは疑問に思ったが、ハルシオンが目配せをして「そこはスルーしてあげてください」と囁く。気にしてはいけないらしい。

「……『この扉を使ったならば、迎えは別の扉じゃないと開かんのだ』と、カピバラは言ったのです!」

 カピバラって、なに?
 
 フィロシュネーはまたしても疑問に思った。
 が、ハルシオンが「気にしないであげてください」と必死に囁くので我慢しておいた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る

星名柚花
恋愛
魔法が使えない伯爵令嬢セレスティアには美しい双子の妹・イノーラがいる。 国一番の魔力を持つイノーラは我儘な暴君で、セレスティアから婚約者まで奪った。 「もう無理、もう耐えられない!!」 イノーラの結婚式に無理やり参列させられたセレスティアは逃亡を決意。 「セラ」という偽名を使い、遠く離れたロドリー王国で侍女として働き始めた。 そこでセラには唯一無二のとんでもない魔法が使えることが判明する。 猫になる魔法をかけられた女性不信のユリウス。 表情筋が死んでいるユリウスの弟ノエル。 溺愛してくる魔法使いのリュオン。 彼らと共に暮らしながら、幸せに満ちたセラの新しい日々が始まる―― ※他サイトにも投稿しています。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

処理中です...