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4、奪還のベリル

270、素敵な外交カードが転がり込んできましたね

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 フィロシュネーは王女時代、父や兄が外交で空国に出かけるときに一緒に連れていってもらった記憶がない。いつもお城で羨ましがりながら、本を手に空想の翼を羽ばたかせていた。
 
(わたくし、今、空国のお城にいるのね。お父様もお兄様もいないけど)
 
 友好国の色である空色のドレスの裾を揺らし、フィロシュネーが目を輝かせていると、空国の侍従が目をまんまるにして通路の脇で立ち尽くしている。
 礼をする気配もなく、彫像になったみたいに動かなくなっている。瞬きすらしない――どうしたのだろう、と思っていると、同僚とおぼしき侍従が慌てて頭を下げさせた。

「失礼、いたしました」
「こちらの外交団も失礼をしていますから」

 ふわふわと微笑めば、ハルシオンがくすくすと肩を揺らす。

「見惚れていたようです。許してあげてください」
 
 * * *
 
 青を基調とした迎賓宮殿は、空国が友好国である青国からの客人を迎えるときによく使われる場所だ。
 
「滞在中は、ご自分のお城だと思って、ゆっくりとお過ごしくださいね」
「ありがとうございます、ハルシオン様」

 迎賓宮殿内の応接室で、フィロシュネーは自国の預言者ダーウッドと再会した。
 
 空国風の呪術師ローブに身を包んだダーウッドは、ソファにちょこんと座って置物のようになっていた。さてはここで待つように言われて待っていたものの、うっかり居眠りしている――フィロシュネーは確信し、自国の名誉のために大きな声で言い訳しながら、隣に座った。
 
「ああ、そうそう。そうでしたわ。我が国の預言者ダーウッドが先にお邪魔していましたわね。わたくし、急いでハルシオン様にお伝えしたいことがあったものですから、失礼いたしました」
 
 ハルシオンは向かいのソファに座りながらニコニコしてくれた。
 
「いえいえ。そういえば、こちらも、街道警備が行き届かずに青国の皆さんにご迷惑をおかけしたようですね。空国の街道警備隊の報告も届いていますが、シュネーさんから詳しいお話を聞かせていただいても?」

 隣にいたダーウッドが「はっ」と目を覚ますのがフィロシュネーにはわかった。

「もちろんですわ! その前に、コーヒーをいただけますかしら。わたくし、馬車に揺られて眠気がすこしあるものですから……あの飲み物は目が覚めるといいますでしょう? よければ、ダーウッドにも同じものを」

 フィロシュネーは同席する両国の外交官たちの耳目を意識しつつ、道中の街道で盗賊団に遭遇した話を共有した。
 
 ちょうど話し終わったタイミングで、応接室に空国の預言者ネネイが入ってくる。

 楚々とした仕草で礼をしたネネイは、ハルシオンに新たな報告書を渡した。

「ふむ」

 ハルシオンは報告書に目を通し、王族の瞳をいたずらっぽく笑ませた。

「シュネーさん。盗賊の処遇は、南方同盟にもお伺いすることにしましょう」
「えっ?」

 盗賊の男は南方人の特徴が濃い。
 
 ……けれど、南方人の盗賊が問題を起こしたというだけで外交問題にまで発展させる? 
 私は『南方同盟』が『反ノルディーニュ同盟』に戻る未来を望みません、と友好路線をアピールしておいて?

「実は、その盗賊が南方同盟の盟主さんによく似ているというのですよ。それで、ネネイに呪術で調べてもらっていたのです」
「えっ、……調べたというのは、血縁関係かどうか、ということをですか?
 
 フィロシュネーは記憶を探った。一年前の夏、空国の船に南方同盟の人々は乗っていた。だけど、彼らは身内で固まりがちで、部屋に引き篭もりがちで、青国勢とは接点がなく……記憶にないっ。
 
 ハルシオンは楽しそうに笑った。

「血のつながりがあるようです。素敵な外交カードが転がり込んできましたね」
「お、お仕事がお早くていらっしゃる……」
 
 フィロシュネーは呆然とした。

「そちらのカードについては後日活かすとして、私たちは国を背負う者同士、お互いの国についてもお話しなければなりませんね、シュネーさん?」
「さようでございますわね、ハルシオン様」

 言葉を発することなく、ハルシオンの唇が言葉の形をつくる。

『なぞときは、のちほど』
 
 唇を読んで、フィロシュネーは頷いた。

 * * *

 盗賊の男は、牢の中で自分の運命が言い渡されるときを待っていた。

 麗しき青王フィロシュネーは優しそうで、情状酌量の余地を匂わせてくれていた。しかし、空王ハルシオンはどうか。
 気分屋というか、いろいろと不安定な人物らしいではないか。
 
 男は牢の隅で膝をかかえて、空王が裁決する姿を想像した。
 想像の中の空王は一輪の花を手に花びらを一枚ずつむしり、「花びらが偶数だったら死罪にしましょう」などと言っていた。
 そして、奇数だったのに「なんとなく死罪の気分になったから死罪にしましょう」と言い渡した……。

「空王、なんて恐ろしいんだ。だが、いいだろう。覚悟はできているんだ。殺せ……‼」

 男が悲壮な覚悟を決めたとき、牢が開いた。
 
「おや、怖がられている? まだなにもしていないのに。悲しいな」

 青年の声が聞こえる。

「ひっ……?」
 
 見てみれば、どう見てもこの国で一番高貴な身分です、という格好のとんでもない美青年がいる。
 複雑に色合いを変えるふしぎな宝石めいた瞳は、王族の特徴である移り気な空の青チェンジリング・ブルーだ。

 どう見ても空王だ。
 これは助からない――

「こ、ころせ!」

 今わの際に、見苦しく怯えた姿は晒すまい。
 せめて、男らしく潔く断罪されよう。

 盗賊の男は、グッと奥歯を噛みしめて目を瞑った。

 しかし、死罪が言い渡されることはなかった。

「部屋を用意したので、親族の方々がお迎えにいらっしゃるまでの間、そちらでお過ごしくださいね」

 などと言われて、これまでの一生で足を踏み入れたことのない立派な部屋に通されたのだ。

「な、な、なにごとだ……? 親族とは?」

 男の人生はその日から、よくわからない方向へと転がっていくことになるのだった。
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